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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 探索に行くことが目標のへっぽこ長男
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2-01. お出かけの長男はギルドで新たな出会い

「——そうですよぉ、なんとか言ってやってくださいよ。あいつを諭せるのはもうミノリねえさんしかないっすから……え? そんなことする時間がないし、迷宮に住んでるなら家賃も光熱費もいらないから安心できるってなんですかそれ……え? 俺が暇そうだからデートしようよって全然関係ないじゃないですか! いや、待って、スマホを切らな——って、もう切れてるし……人の話を聞けや! 若作りのおばはんがっ!」



 正重(アホ)のことでミノリねえさんに連絡を入れたけど、なんの意味もなく幼馴染の迷宮行きが決定した。もう引っ越しが終わってて獅子山城迷宮の本丸に住んでるけどね。


 ——ああもう、もうどうでもええわ。


 俺だけが一人でヤキモキしてるみたいでアホらしい。今ならマイもお仕事でいないし、こういう時はお宝映像(データ)フォルダでも整理して心の安らぎを求めよう。



 そうだ、オヤジとムッツリ中年ズに画像一枚50円、動画500円で売りつけようかな。これだけの量ならきっといい小遣い稼ぎになる。この前に依頼料は追加報酬込みで総額50万円で、俺が一割の5万円を即金で受け取った。


 いやあ、夢の一刻を過ごせたし、思い出(データ)も残せた上でとても良い稼ぎも得られた。まさに冒険者の日々にバンザイですなあ。




 あれから二週間の間、休日はギルドに行かないで遊んでたけど暇になってきた。


 大金を得た正重は当分の間、新居(ラビリンス)から出ることはないでしょうし、洋介と幸永は獅子山城迷宮のことでしばらくは掛かりっきりになると思う。


 マイはネイビーダンジョンからの依頼で、魔宮を宣伝するために新曲のイベントとプロモーションビデオを撮影するため、半月ほど呉にいると残念そうに話してた。


 ダメエルフのクララはマイのお手伝いを擬態に、復旧した厳島神社の観光旅行を楽しむつもりだ。



 怪我で冒険者を辞めた数人の社員が研修で店に入ってるから、ムスビおばちゃんは今のうちに有給休暇を消化しなさいというありがたい通達があった。


 ハナねえもさっちゃんもお仕事で揃って江戸城迷宮へお出かけしてるので、家にジローちゃん以外に遊んでくれる人がいない。


 明日からなにしようかな……探索、行っちゃおうか。うん、そうしよう。



 いつもは近場で依頼を受けてきたけど、冒険者たるもの、見知らぬ土地でクエストを経験するのもためになるはずだ。


 摂津地域はある程度俺の名が知られるようになったので、ここはひとつ、行きたかった場所へ行くのがいいかもしれない。それなら日帰りじゃなくて、一週間くらい外泊して来ようかな。



 一週間もあれば行きたかった琵琶湖まで行けると思う。


 運が良ければ日ノ本三大龍の一体、琵琶湖に住む水龍ミズチに会えるかもしれないな。そうと決まれば今のうちにかーちゃんとオヤジに声をかけてから荷造りだ。


 そう言えばこれが人生で初めての一人旅、なんか楽しくなってきた。




 いつもは魔鉄を使っての移動だが、たまには車庫で眠ってる愛車を運転するのも悪くない。卒業のお祝いでもらった二人乗りの魔動車は後方に大きな収納スペースがあるマイのお気に入り。卒業してちょっとの間はマイも今のように忙しくはなく、時間があればよく二人でドライブへ出かけたものだ。



 畿内地方を初め、復旧した各地で道路や魔力鉄道の再建が急ピッチで進められてる。住んでいる池田村から山城地域へ行くには、畿内魔力鉄道京都線と並行する北大阪京都線を使うのが一番早い。


 人口が約90万人の畿内地方、探索協会(ギルド)で登録されてる冒険者は約3万2千人と、今年の初めにギルド本部から公表された。


 もっともそのうち三分の二以上はE級の俺みたいな低ランクで、洋介や幸永みたいなB級以上の高ランク冒険者は約2割とムスビおばちゃんから聞いたことがある。



 冒険者の中にはA級の実力があるのに、正重のようなD級のライセンスしか持っていない冒険者はいるかもしれないが、正重以外の実力者に俺は会ったことがない。


 そもそもあいつは卒業の後、半年くらいしか活動していなかった。それでもD級に上がれたから大したものだよな。


 ちなみに俺も二つの調査依頼を達成したと評価されて、近々D級に昇格することが内定されていると幸永がギルドの極秘情報を教えてくれた。


 等級があがるごとに年間の活躍度に応じて年末特別賞与の金額が上がるから、ボーナスを合わせると顔がにやけてしまうくらいのお金が入る。冒険者が辞めないように見え見えの餌なんだろうけど、生きるのためにはお金が必要だから喜んで釣られましょう。




 ラビリンスグループの魔力家電製造工場がある茨木村を過ぎると、この先から大山崎村まではのどかな田園風景だ。


 旧時代から交通の要衝であった大山崎村は、北は山間部に南側が淀川が流れている。


 山崎城迷宮はかーちゃんたちが以前に討伐したものの、今でも山からアニマルやモンスターの襲撃が続いてる。淀川はギルド協会と共存協定を結んだサバギン族が守ってくれてるけど、それでも水棲アニマルとモンスターがたまに陸へ来襲するみたい。



 山城地域とその先の東海道地方へ行くために、大山崎村は死守しなければならない交通の要地。


 自衛軍は魔法科2個小隊を含む普通科1個連隊をここに常時駐在させ、畿内地方探索協会は守りを固めるために要塞を築き、750人の冒険者をここへ移住の勧誘した。そのために大山崎村は冒険者の間でギルド村という名で呼ばれている。



「はい、お疲れさま。今日は京都で探索活動かい?」


「はい。山科支部で依頼を受けるつもりです」


 畿内地方探索協会大山崎支部の検問所で、俺はライセンスカードを筋肉質のお姉さんに見せて、愛想よく笑顔で返事した。


 大規模な襲撃を防ぐため、ここには厚さ10mに及ぶ防衛壁が建築されていて、大山崎支部の要塞を合わせ、冒険者から大山崎城という名がつけられた。



 旧京都市である山城地域は山に囲まれてる盆地で、ワールドスタンピードの時に旧京都市は魔物によって占領された。


 政府の希望で旧東京都を復旧させたかーちゃんたちは大阪を取り戻すために東へ進撃し続けた。反撃作戦で最初に難関を迎えたのが旧京都市の戦いだという。


「死を覚悟した戦いの連続だったな」


 中学生の俺にしみじみとオヤジは青い空へ目を向けてポツリと呟いてた。



 魔物の都と呼ばれた旧京都市は多くのモンスターが集落を作って住みついた。やつらはアニマルや生き残っていた人間を使役していたらしく、激闘となった旧京都市の戦いで初期の冒険者や立ち上げたばかりの自衛軍が多くの戦死者を出した。


 毎年の7月15日になると、かーちゃんたちはあの戦いで亡くなった戦友を弔うため、それぞれの思いで酒や花などをお供えして今でも供養を続けている。



 山城地域は未だに魔物の脅威が絶えない。


 オヤジが曰く、京都は日ノ本の心の都、絶対に京都を失うわけにはいかないと政府の要人である、旧時代生まれのじいさんやばあさんたちが政府の重要な政策として関連する条例を公布した。


 そのために旧京都市内は旧東京都以上に洛東支部・洛南支部・洛西支部・洛北支部・山科支部と、地域としては異例となる五つの探索協会支部が置かれている。



 洛西支部と洛北支部に報酬の良い依頼が多いとスマホで洋介が教えてくれた。ただ、報酬が高額なのはクエストの危険度がほかの支部に比べて高いために受ける時はちゃんと見極めたほうがいいと、追加の情報もしっかりと添えるところがあいつらしい。。



 この地域に知り合いはいないし、同級生がここにいるかどうかもギルドへ行かないと確認はできない。


 今回は独りで冒険する前提で依頼を探してみたいとある程度の方針を定めた。もし俺が受けられるクエストがないのなら、ダメエルフと同じように旅に洒落込んでもいいじゃないかな。



 ギルドと共存協定を結んでる伏見城迷宮の南側を魔動車で飛ばし、道路を左折で畿内地方探索協会山科支部へ向かう。窓から入ってくる風では強くなってきた夏の日差しで滲んでくる汗が乾きそうにない。




「そうですね、ご要望である東暦20年に豊中高校の冒険者学科を卒業したパーティは現在、当ギルドで活動を行っておりません」


「そうですか……」


 最初に対応した受付おばさんといきなり交代して、やたらと品のあるすっごくきれいな若い受付嬢が、惚れ惚れするような微笑みで検索の結果を伝えてくれた。


 同級生がいないのはちょっと残念だがこればかりはどうしようもない。なにか低ランクの依頼でも受けて、琵琶湖へ出かけてみるか。



「山田様。宜しければ当ギルドのほうで山田様に相応するクエストを提示致しましょうか?」

「——え?」


 いきなりなにを言い出すんだこの人。美人だから俺もとっさに返事しきれない。


「洛北支部に危険度3の長期山間部魔物掃討依頼があります。このクエストには三つのAランクパーティが同行してますのでご安心ください」


 安心って、なにがと言いそうになった。


「クエスト報酬のほかに90日の期間で長期手当てが30万円を保証されてますし、運搬者の報酬率は常時と異なり、最低で1.5割のお支払いが確約されておりますのよ!」


「は、はあ……」


 クエスト報酬と30万の手当て、それにパーティが売却する採取物などの成果の1.5割がもらえるから、悪い条件ではないのだけど、クエスト期間が90日というのは長すぎる。



「当ギルドが厳選したこのクエストは、山田様の適性にピッタリするクエストとなっておりますので、強く、とても強ぉくお勧め致します」


「え、えっとぉ……仕事があるんで、90日間もある長期クエストはちょっと……」


「そうですか……」


 両肩を落として、長いため息を吐いて目を下へ向けた受付嬢。見るからにわかるように気落ちしているけど、これって、俺が悪いわけじゃないよね。



「非常に残念ですが、それでは次のおすすめのクエストにまいりましょう」


「は? あ、あのぉ、受付嬢さん――」

「——受付嬢ですが九条(くじょう)日菜乃(ひなの)と申します。ヒナちゃんって呼んで下さい」


「いやヒナちゃんってあんた、初対面で親しくもないのにいきなりは無理ですよ。年上みたいですし」


 何ごとも起きなかったように、気を落としたことが嘘のようで受付嬢がとても元気にグイグイっと押してくるけど、この人はなんなの?



「対面はすでに済ませましたし、これからさらに親しくすればいいじゃないですか。それに確かにわたくしは太郎様よりちょーっぴりだけ年上ですけれど、年の差なんて、これから二人の長―いご関係になんの影響もありませんよ」


「くじょ――」

「ひなのです。はい、愛情を込めて呼んでみてください」


「愛情ってあんた――」

「ひ・な・の。ヒナちゃんですよー」


「……ひなのさん」


 カウンターから体を乗り出して、美女の顔がめちゃくちゃ近いから俺も押されて言わされたけどさあ、ここは冒険者ギルドなんだよな? 俺はお見合いとか、合コンに来てるわけじゃないよな。


 それと事務スペースにいる先のおばさんとか、事務員さんとか、面白そうにニヤけてないでこの人を止めて俺を助けろよ。



「ふー、太郎ちゃんは本当に奥手で恥ずかしがり屋だからかないませんわ……いいでしょう。それでは次のお薦めのクエストお伝えしますね」

「——へ?」


 とうとう太郎ちゃんって呼ばれたぞ俺。それに、クエストがお伝えの扱いになってるのはどういうこと? 回避不能の強制イベントが発生したかこれ。



「現在、丹波地域では動物と魔物の襲撃が非常に多いです。そこで長期依頼を嫌がる太郎ちゃんのために、洛西支部と亀岡臨時支部が共同で手配しました、危険度4の運搬及び狩猟クエストを用意致しました」


 危険度が3なら大丈夫だと思う。もうちょっと耳を傾けてみるか。


「30日の短い期間となっておりますが、依頼達成の報酬が5万円で、運搬者の報酬は通常と同じく1割の推薦金額となっております」


「30日ですか。それはちょっと長いだけど」


「ではこうしましょう。太郎ちゃんがお受けする場合に限り、当ギルドで買取りされる場合は倍率が1.5倍のアップを約束いたしましょう——どうですか、これなら文句はありませんよね」


「文句ってあんた……それよりも、ここって、山科支部ですよね?」


 先からずっと疑問に思ってたことをここで聞いてやる。



「勿論そうですわ、入口にちゃんとギルドの看板が掲げておりますけど、太郎ちゃんの目ではみえませんでしたか」


「くっ! ——先から洛北支部とか、洛西支部と亀岡支部とか、山科支部以外のクエストばっかじゃないですか?」


「太郎ちゃーん、いいですかー?」


 子供を諭すような口調にイラっときたけど口に出さない。


「わたくしたちは山城地域全体のことを考えているのですよ? それを含めて太郎ちゃんが報酬的にも満足できるクエストをお勧めしてますのよ」


 ——俺は悪くない、絶対に俺は悪くないぞ。


 ま、まあ、こんなことで一々キレてたら人生なんてやってられないし、うちは理不尽で埋め尽くしてる集団がいるから、ここは大人として穏やかに対応しよう。



「ですからね、くじょ――」

「ヒナちゃんです」


「……ひなのさん、俺は家業の仕事があるので30日とかは無理ですって」


「しようがないですね。ほかにも手間をかけて厳選したお薦めのクエストは多数ありましたが、ここは仕方なく太郎ちゃんの希望をお聞きしましょう」


 落胆どころか、上目遣いで恨めしそうに口を尖らせた九条さんが見つめてくるけれど、こういうお人とは普通に対話したら負けだ。


 普段から鍛え上げられてきた俺なら、なんの苦もなく自分の意見を言えますよ、きっと。


 さあ、言わせてもらうで——




「――そうですか、わかりました。太郎ちゃんは摂津地域以外の地域では、お一人でクエストを受けられたことがなかったため、人生で初めての経験をここで済ませたいとおっしゃってますのね」


 以前はいつも幸永たちや冒険者と同行する運搬士(ポーター)役でクエストを受けたから。


「言わばここで童貞を切りたいと」


「うん、ひなのさんの言い方に納得できない部分はあるけど、おおむねそういうことです。そんなわけで難しいクエストは俺の実力からすると、できれば避けたいと思ってます」


 額の血管とこめかみがピクピクとキレそうになっている。だけど妖艶そうに下で唇をぺろりとひと舐めするこのお姉さんに、俺はクエスト以外のことでなにも言い返すつもりがない。


 なにか言ったときが最後。


 間違いなく言葉尻を捕らえて、話がさらにこじれてしまう。


 我慢するんだ、俺。頑張れ、俺。



「太郎ちゃんの気持ちはよくわかりましたわ。ここはヒナおねえちゃんに任せて、優しく丁寧に導いてあげますね」


「……ありがとうございます」


 言いたいことをなにも言うな、俺はできる子なんだ。


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