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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第1章 難なく生きることが目標のへっぽこ長男
13/83

1-13. へっぽこ長男はエルフから石抱責めの刑

 獅子山城迷宮の本丸にある天守、その最上階は金箔で貼られた襖が煌びやかに飾られた夢想的な広間。


 タタミで敷かれている純和風の空間で、上段に座ってるのは迷宮主人(ラビリンスマスター)裏切り野郎(ニンジャマスター)


 下段のほうで激怒しているエルフ、にこやかなアラクネ、艶のある視線を送ってくるサキュバス、それに状況がよくわかってないハーピー、いずれも温泉にいた美女たちだ。

 彼女らに囲まれてるのは、回復魔法の使用が許されず、全身に痛みが絶えない、正座の姿勢で石抱責め中の哀れな俺ら三人。


 心なしか、洋介と幸永に比べて俺のほうが傷がかなり多い気がするし、なぜ俺だけが石抱を三つも積まれてる。顔か? やっぱ顔のせいか? ちくせう。



「それは勘違いと思うよ」


 こんな時まで心を読むな! このド畜リア充クソ野郎が。お前に群がったのは、ツンツンと突いてくるハーピーにやたらとお触りするだけのサキュバスたちじゃねえか。

 激オコのエルフたちから連打を食らってたのは俺だけだぞ!


 くそ真面目クンなんて、ここに着くまで、きれいなアラクネに抱きかかえられてたじゃねえか。


 不公平過ぎて折檻の減刑及び人員のチェンジを要求する!



『わがダンジョン……こちらじゃ迷宮(ラビリンス)という名だったね……事情は斎蔵殿に伺った、我がラビリンスへようこそ。我が名はピエーロ、あなたたちを客人として歓迎しようじゃないか』


 黒髪で冴えないしょうゆ顔したラビリンスマスターは、どう見たって俺らと同じ民族の顔にしか見えなくて、しかも年も俺らと同年代のように感じる。



「お名前はピエーロさんなんですね? お聞きしたいですが、貴方は日ノ本帝の国の人ですか?」


『貴方たち、お怒りは理解するが、私はこの人たちと話があるから今日は下がりなさい』


 ピエーロは幸永の質問に答えないで、異世界の言葉を使って一部分だけ激オコの女性たちに話しかけた。その言葉は異世界産まれの俺らにも理解できる。


 一部分だけの女性は、主にエルフですが、不服の顔をしつつも言葉に従って階段から下の階へ降りた。




「先ほどの質問だが、お答えしよう。そうだ、日本人だ。ただし魂だけ異世界へ転生した元日本人だけどね。ちなみに日本のいた頃の名前は、500年前のことなので忘れちゃった」


「……そう、ですか……あのう、いきなりの申し出ですが、できれば私たちと共存するお話は――」


「いいとも、協定を結びましょう。貴方たちが我が迷宮の女性たちからププっ……そのお説教を受けている間にここにいる我が親友、斎蔵殿から大体の話は聞いた」


 途中で迷宮主人が笑ったのは気のせいじゃないよな。



「こちらとしてはそちらに迷宮を討伐する意思がない限り、むしろ今後は日本人同士として、お互いに利益のある交流を始めたいと考えているよ」


 ピエーロさんは右手をひと振りすると、全身の打撲による痛みに太ももの痛覚を刺激していた石抱が瞬時で消し去られた。それと同時に幸永の言葉を先回りして、俺らが望んでる最良の結果を正確な日ノ本の言葉で返してくれた。



 しかし、聞き捨てにならない名詞も交えていた。親友、だとぉ? 正重と? この短時間になにが起こったんだ。


 たぶん俺の不思議そうな顔がおかしかったのだろう。ピエーロさんは俺に向かってにこやかに打ち解けた表情で話しかけてくる。



「いやあね、一目でわかったよ。斎蔵殿は私と同じく人を怖がっている役立たずのニート猛者野郎だってことをね。もうね、親近感が湧いちゃって話が弾んじゃったよ」


「人を怖がっている役立たずのニート猛者野郎ですとぉ? いやあ、ピエーロ殿も人を褒めるのが上手ですな」


「あははは」

「あははは」


 仲良さげに笑いあっているこいつらは同類か? 正重を資金稼ぎに同行させたけど、類は友を呼ぶってやつか。



「よろしければラビリンスの前を、我々が通行することを許して頂ければありがたいのですが、いかがでしょうか」


「条件付きになるでしょうが、お互いが納得する内容であれば問題はない。詳細については後ほど話し合おうじゃないか」


 調査依頼にない、迷宮の前面を通過の可能性について幸永はあえて踏み込んだ。ピエーロさんは微笑みを絶やさない表情で答えてくれたので、認可するつもりはあるようだ。



「教えてもらいたいことがあります。以前に冒険者たちがここで壊滅させられたことはあったのですが、なぜ攻撃したのですか?」


 洋介の突然の問いにピエーロさんは微笑んだまま、鋭い眼光を彼へ向ける。



「攻撃したとねえ……」


「あ、いやあ——」

「——あの野郎たちはこちらの許可もなく、いきなり領域内に入り、あまつさえ田んぼで働いてる部下たちのホビットを虐殺したあげく、迷宮内にある果物などの食物を奪い去ろうとした」


「そうなんですか……」


「人の家に土足で上がった盗賊どもを成敗するのはこちらの権利だ」

「……」


「それともなに? 架空の小説に書かれてるように、貴方はダンジョンであれば、それを略奪するのは人として当然の権利と言いたいのか?」


「い、いや——気に障ったなら謝ります。ギルドのほうでそのような情報が記載されていませんでしたから、てっきり情報通り迷宮から氾濫が起きたかと……」


「ほう」


「本当にすみませんでした」


 知らなかった情報を聞かされた洋介は素直にピエーロさんに頭を下げて謝罪の言葉を述べた。目つきを和らげたピエーロさんは優しそうな笑みを洋介に見せる。



「裁判は両方から言い分をちゃんと聞き取ることが必要だ。こちらも無用な争いをするつもりはないので、ギルドへ報告するときは公平に事実を書いてくれよ」


「わかりました」


 変な誤解が起こらなくてよかったよ。洋介も真面目だから、言い方と言葉を選んで躱しながら交渉すればいいのに。もっとも俺は洋介以上にうまく話せないのが現実だ。


 ほら、人は他人のことならよく見えるっていうからね。




「差し支えない限りでいいですが、なぜこのラビリンスに動物はいるのでしょうか」


「私とダンジョンへ攻撃を示さないのなら、別にこのダンジョンを封鎖するつもりはない。どちらかいうと、物質的な同等価値の交換をしたいとずっと思ってたくらいだ」


「そうでしたか」


「それなのに今までは人がここに寄ることはなかった。ダンジョンの運営には貴方たちも知ってると思うけど、魔力の交換が必要だ。人の代わりにここ一帯で住んでいる動物に今までやってもらっているだけ。飼育するという同等価値を代償にね」


「それでは今後、私たち冒険者がこのラビリンスに来てもいいと?」


「条件は付けるけどこちらとしては大歓迎だよ。我がダンジョンを住まいとするエルフたち、前回における冒険者の侵入、それと今回の君たちの来訪で魔力における交換値は、やっぱり人型のほうが高い効率を有することが確認できた」


「なるほど」


「そう、だから来てもらえるほうがありがたい。城型ラビリンスは階層型ラビリンスと比べると、攻め方は変わるのだろうが、そこは曲輪に宝箱を配置するとかの工夫をこちらが試してみようじゃないか」


 幸永が聞いたことをピエーロさんは上段に寛いだまま、姿勢を正してから真摯な面持ちで答えた。



 ずっと正座だった俺は耐え切れずに足を延ばしたり、屈伸したりと話し合いに加わらないで両足へ新鮮な血液を送り込んでる。



「今日は色々と有意義なお話ができてありがとうございました。近い内にギルドのほうから交渉のためにここへ人が訪れると思います。私たちじゃないかもしれませんが、その時はどうかお話を聞き入れて頂けますよう、お願いいたします」


 俺の動きを見た幸永は任務を終了させるために、お別れの言葉をピエーロさんにあいさつした。



「わかった、その時に交渉に応じるのは私じゃなくて部下のドラゴニュートだ。ほら、私は人が怖い役立たずのニート猛者野郎だから、まともな話し合いができる自信はない」


「ご冗談を」


「本気なんだけどね。まあ、双方にとってできるだけ有益な交渉を行うように、ちゃんと部下には伝えておく。なに、心配はしなくていい。報酬はしっかりと斎蔵殿からもらったから安心していいよ」


 ピエーロさんがなにを言ってるかは正重以外、目と口をポカンと開いてる俺らにはさっぱりわからなかった。



「写真と動画の()()()()だよ。貴方たちのスマホはあの子たちに取り上げられて、データをデリートされたでしょう? そこへくるとさすがは我が親友の斎蔵殿だ。しっかりと残されているから嬉しい限りだ」


「ハイ?」


「いやねえ、以前に私もカメラとかをこっそりと付けたのだが、あの子たちに見つかってしまってねえ……」

「……」


 虚ろ目をした迷宮主人(ムッツリやろう)は俺らの同類らしい。



 それと上忍(まさしげ)様、後でデータを分けてください。無論、役立たずのド畜リア充クソ野郎とくそ真面目クンには贈呈しなくて良い。



「ここにいるエルフたちは迷宮魔物(ラビリンスモンスター)ですか?」


「いいえ。あの子たちは異世界にいたとき、人族に追われて私のダンジョンで保護したエルフの一族だ」


「はい」


「忠告させてもらうけど、長生きしたいなら、あの子たちの前で、あなたは魔物ですかなんて聞かないほうが身の安全のためだからね」


 迷宮に住んでいるものだから、てっきり迷宮でエルフは魔物(モンスター)として発生すると思った。


 ピエーロさんに前もって聞いてよかった。次に会うことがあればエルフたちに聞いてしまいそうだから、本当に知っておいて良かった。


 うちにいるダメエルフは細い体してるのにオーク並みの力持ちだから、エルフを怒らせるとロクなことにはならない。




「ところで、貴方が名高い勇者一族のへっぽこ長男なんだね?」


「——」


 びっくりだよ。


 なんで未知の迷宮だった獅子山城迷宮のラビリンスマスターが俺のことを知ってるんだ。驚きの表情を見せた俺をみて、ピエーロさんは相好を崩して愉快そうに笑ってる。



「そんなに驚かなくてもいい。こんな山奥に居ても情報の重要さは元日本人としては理解できてるつもりだ。方法は教えてあげられないけど、貴方たちの世界のことはちゃんと調査してるから」


「そ、そうですか」


 俺よりも幸永のほうが冷静そうな表情でほとんど身動きを見せないのだが、本当は心底から警戒していることを右手の小指がわずかに動いたで理解できた。



「なんだね、この世界でダンジョンコ——ラビリンスコアというべきかな? 色々と国のほうで使いようがあって貴重だそうじゃないか」


「……」


「もしこの迷宮のコアがほしいなら、いつでも待ってるよ。逃げも隠れもしない——って、迷宮は逃げられないか」


 ここまではまだ顔に笑みを浮かべたまま、ピエーロさんは虫も殺さないような顔で俺らに語りかけた。



「我がダンジョンの全てが欲しくば、その莫大な魔力を持つ貴方を初め、先代勇者と当代勇者の全員で遠慮なくかかってくるがいい。異世界の魔王候補だったこのピエーロ、直々にお相手いたしましょう」



 辺りが急速に冷え込み、一気に雰囲気が変わった。


 ラビリンスマスターのピエーロさんは500年間もの間、討伐されることなく異世界で迷宮主人を務めてきた。若造の俺らでは耐えきれないほどの圧倒的な気迫がガンガンと容赦なく押し寄せてくる。


 これは世界最強の勇者家族(ファミリー)へ発する警告の言葉。



 ピエーロさんの横で、冷や汗をかきながらも自称妖刀アメのムラクモの柄を握ってるあいつの姿に目をやる。正重を親友と呼んでいるのなら、ピエーロさんも本当に人付き合いが苦手かもしれない。


 もしそうなら、ピエーロさんが俺らに対して防衛線を張ろうとすることは理解できる。


 それにピエーロさんはたぶん誤解してる。


 俺は莫大な魔力を持ってても使えやしないから、はっきり言ってピエーロさんの敵にはなり得ない。


 だから俺は笑ってみせた。



「……また、また来てもいいですか」


「うん? なんのためかな?」


 とてつもない気迫こそ消したものの、ピエーロさんはまだ俺にだけ鋭い眼光を向けている。



「——え、エルフと仲良くなりたいし、ここに話せそうなサキュバスとかもいるから」


「……」


 目が疑問に満ちたピエーロさんは黙ったままで俺の言葉を聞いて、なにか思考してるようだ。力が抜けた正重は忍刀の柄から手を放したので、俺は正解を間違えなかったのようだ。



「小説でいうと亜人と仲良くしたいから、ピエーロさんならわかってくれるかなと」


「あははは——いいねえいいねえ、そういうことならむしろこちらから歓迎するよ」


「ありがとうございます」


「私は人に会いたくない性格だけどね、貴方のような人とは気が合いそうだ。貴方の魔力は上質で量も多いから我が親友の斎蔵殿と同様、この天守にお部屋を用意しようじゃないか」

「はいぃ?」


 あれ? 緊迫した空気が解けたのは嬉しいけどピエーロさんはなにを言ってるの? わけがわからないのですが。



「そうだ、ピエーロ殿の言う通りだ。僕はここで住むって決めたから、明日から引っ越しの手伝いとアパートの掃除を頼むよ、太郎」

「いやいやいや、迷宮に住むってあんた。なに言ってんの?」


「ユキも今回の報酬を大至急に口座へ振り込んでくれ、よく考えたら通信費が足りない。ネットとスマホが切れるのはヤバい」


 おいこら、ちゃんと人の話を聞いてから返事しなさい。ミノリねえさんにチクるぞ。

 幸永もしようがないなって顔しない。幼馴染がさらに人の生きる道を逸らしそうだから止めてやりなさい。



「僕の部屋は大きめでよろしくな」

「サイゾーくん、良いラビリンスマスターでよかったね」


「ハハハ、これにて一件落着」

「なんでやねん!」


 いや待て、ピエーロさんも無理にオチをつけようとすんなや。一件だけじゃないし、全然落着しないから——って、待てやこらお前ら。





ご感想、ご評価、ブクマして頂きありがとうございます。

次話から第2章です。

太郎が探索で頑張ります。

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