1-12. 裏切り忍びは長男の悪友
製作されたkisaragi様が同意の上、頂きましたFAを後書きに掲載しました。
旧川西市にあった一の鳥居駅跡から見て、獅子山城迷宮がある山の反対側が侵入するルート。
ラビリンスマスターが作らせたと思われる田んぼのあぜ道を静かに歩きながら、俺らは常に周りへ警戒の目を光らせている。どうやら正重の見解は正しいのようで、モンスターや攻撃性のあるアニマルが一向に出て来ない。
たまに田んぼから50cmくらいのアマガエルが飛び出してくるだけで、正重の仕留めたアマガエルを収納してほしい要望を俺は断固拒否した。
うちのメニューにもアマガエルのから揚げはあるけど、この場合は一旦収納すると次から次へ、野人は食糧の確保に夢中となるだろう。早期の依頼達成のために、ここは任務に集中してほしい。
採収をするつもりはないので、アイテムボックスのスキルを使わないから背負わなくてすむ。それでも身体強化を使っての走りは洋介と幸永、それに正重の三人について行くのが精いっぱいだった。
改めて思うけど、こいつらって、つくづく化け物なんだな。
走っていた正重が急に足を止める。
「この先は迷宮の範囲に入るだが、戦闘は極力避ける。万が一に備えて。各自、武装するように。それといきなりラビリンスモンスターが襲ってきたら、それはここのラビリンスマスターが好戦的であることを意味する」
「……」
「もし本丸まで敵襲がなければ、僕らはやつから観察されてることはほぼ間違いないでしょう。その場合は交渉できる可能性が高くなる」
俺ら3人は無言で正重の話を聞くだけでよく、彼へ返事する必要性はない。
「迷宮へ入れば僕が先頭をきる。その後ろをユキ、太郎の順で最後尾はヨウが務めてくれ」
バックアタックは未知の迷宮探索でパーティが崩壊する原因の一つだ。
その対策として、ギルドのほうでも最後尾に実力者を配することを勧めている。一時的に収納箱をスキルで出現させて、盾とナイフを取り出してからスキルで戻させた。
それはいいとして、正重の機嫌が直ってよかった。幸永と洋介を子供時からの呼び方で呼んでいる。俺には今も昔も呼び方は太郎で変わらない。
「進路上に竪堀があったらその堀底を上方へ走る。曲輪を通る前にまずは僕が確認してくるので、内部へ入らないようにしろ。それと夕方の偵察結果だが、なぜかここの迷宮にはアニマルが多くいるみたいだ」
「わかった」
「さすがはサイゾウくん」
「おう」
「その原因が判明するまで、遭遇した場合は眠っていないアニマルをユキの魔法で眠らせろ。対魔物戦闘は最小限、ユキは大規模な戦闘になるまで攻撃魔法の使用禁止、太郎は自衛以外の戦闘を禁ずる。用意はいいかな? じゃ、全員突入せよ」
今回は迷宮偵察が主な任務なので、正重がてきぱきとパーティに指示を出す。
四人でなにかの探索へ出かけるのは久しぶりなもんだから、俺はかなりワクワクしている。それに未知の迷宮へ足を踏み入れるのは子供以来のことでドキドキ感が止まらない。
さあ、迷宮探索だ!
正重の言った通り、ここの迷宮にはアニマルがたくさんいて、しかもそれらは曲輪ごとに群れがわかれているため、迷宮に飼われているように思えた。
たまに起きてるはぐれの個体とばったり遭ったけど、幸永が素早く魔法で眠らせたので襲われるようなことは起きてない。
山頂を目指して、俺らはときに駆け登り、ときには忍び足で迷宮を走破していく。
すでにラビリンスマスターに察知されていると思うけど、今のところはまだ迷宮からの反応はないし、ラビリンスモンスターに見つかってない。
正確にいうと何度かジッと見つめてくる視線を感じた気がするけど、それらのラビリンスモンスターはそれ以上の動きを示さなかった。
ここに生息する魔物の種族はとにかくすごかった。
下級魔物は言うに及ばず、中級魔物のバジリスク・アラクネ・スチールゴーレム、上級魔物であるキマイラ・モルボル・マンティコア・ワイバーン等々、頂上へ進めば進むほど種族が強くなっていく。その度に幸永の表情が厳しくなったのは、暗闇の中でもよくわかるものだった。
かーちゃんもよくこんな近場にある、とんでもない迷宮を討伐もせずに置いておくものだ。迷宮に対する考えでムスビおばちゃんから、かーちゃんたち先代勇者パーティが共有する考えを聞いたことがある。
「人を襲うまたは世の中を乱す迷宮は討伐に向かう。対話が可能ないし交流を望む迷宮は共存する。未発見もしくは人の営みに関わろうとしない迷宮は基本的に放置。但し、以上の方針は日ノ本国内のみ。外国にある迷宮は遠すぎるので、日ノ本に危害を及ぼす以外は関われない」
ムスビおばちゃんが教えてくれた時はなるほどと思った。
確かに日ノ本国内でもまだ知られていない迷宮はある。
海外から勇者パーティに、自国にある危険な迷宮を討伐してほしい要望が稀に政府に届いているらしいけど、俺が知る限り、かーちゃんたちは南極迷宮以外に海外で討伐した迷宮はない。
海外と通信する手段が空を支配するドラゴン族によって断たれた今、入ってくる外国の情報はリアルタイムではないし、海を渡るために海軍魔宮の協力は欠かせない絶対条件だと、在学中に授業で学んでいる。
しかし、ネイビーダンジョンが出動させる魔造機動艦隊は護衛費として、変異種モンスターからドロップされる2等級魔石を出撃する艦艇数に応じて請求されるため、我が国の国民でさえ迷宮から日常生活が脅かされているのに、現状では海外を援助する余力がない。
そういう政府見解が公布されてると、歴史の授業中に先生から教わってる。
成人式の夜、オヤジと初めて酒を交わしたときに、酔っぱらったオヤジからしみじみと言われた。
「おれとかあさんはな、村が襲われて二人とも子供の時に家族を失った。だからあの時に誓い合ったんだ、家族が住める池田村を取り戻すと。それを夢に異世界で魔王の討伐まで無理をした。帰ってきてからはお前らを立派な大人に育てようとかあさんと一緒に頑張ってきた。だから今日の酒はめっちゃ美味しい」
「オヤジ……」
「まだまだ未熟だけど、ようやくお前も半人前になった。ジローは小さいからおれとかあさんは今後も我が家の家訓で頑張っていく、家内安全が一番ってな。親の力が必要ならいつでも言ってこい。だけど自分ができることを精いっぱいやってからだ、いいな? 太郎。お前は我が家の長男だから今後も期待してるぞ」
オヤジから期待してるって言葉をかけてもらった時は涙がにじむほど嬉しかった。だがその後がクソだ。酒好きで下戸のオヤジは飲み過ぎてゲボゲボとゲロったもんだから後始末は大変だった。まったくツメがあまくしまらないおっさんだ。
正重が緊張感のある顔で、知明湖のほうへ向けるた目を細めている。なにか発見したときの証だ。そのうちに収納ポーチから高倍率の双眼鏡を取り出して、なにかをずっと凝視している。
「ちょっと見てくるから待ってろ」
小声でそれだけを言い残すとあっという間に下のほうへ姿を消した。あいつがこれだけ真剣な顔つきをしたのは久しぶりで、残った俺らににわかに緊張感が高まった。
十数分ほど過ぎるとあいつが戻ってきた。
「録画か撮影モードでスマホを用意しろ」
「なにを――」
「黙って従え、この先はみんなで確認したほうがいい。僕だけじゃ後で責められても困るから」
洋介の質問を正重は瞬時に封殺した。思わず固唾を飲んだおれは、すぐにポケットからスマホを取り出して撮影モードに切り替える。
「時間短縮のためにかなり無茶はするが、遅れないで僕の後をついて来い」
言い終えるとすぐに動いた正重の後姿を追いかけて、俺ら全員が道なき山の中を湖のほうへ向かって下っていく。
せっかく慎重に山の中腹まで上がったのに、今さら下ってどうするだろうという疑問はなくもないが、偵察のスペシャリストである正重のことだ、ちゃんと考えているはずだ。
ひょっとして今にあるお城は擬態で別に入口があるかもしれない。山頂に天守らしき建物があるだからといって、なにもそこにラビマスがいるとは限らない。
未知の迷宮であるここはなにがあるかは誰にもわからない。時々木の枝に当たって、危険が潜むラビリンスを鼓動する心臓と駆ける両足で走り続け、行く手を遮るような木と木の間を俺らは無言で駆けぬける。
突如、止まった正重は片手を上げて俺らを停止させる。滲む汗と荒くなっている吐息で少しだけ目まいがしてきたが、クールダウンするようにと自分の心臓へ右手で回復魔法をかける。
「この先は忍び足で進め。いいか? この迷宮のとても大事な場所に来ているから、絶対に音を立てて騒ぐなよ」
僅かだがなにか人の声が聞こえてくるので、俺ら3人は正重へ小さく頷いた。
そろりそろりと声の方向へ向かう。足元にある枝が音を立てないように時には両手を使って前へ進む。
暗闇の中に篝火で照らされた場所が現れてきて、正重に導かれて俺らは少しだけ上のほうへ進んでいく。
声が大きくなった。それは楽しげに笑ってる歓喜する嬌声のように聞こえた。
闇夜の中、篝火で囲まれたその場所だけが浮かぶように照らし出される。
で・か・し・た・ぞ! 上忍、韋駄天の雲隠斎蔵、だれがなにを言おうと、貴方様こそ当代一の忍者だ。
月が照らす夜空、涼し気な夜風が流れる静かな山間に温泉は現れる。
しかも、女湯。
色んな女性が産まれたままの姿ではしゃいでます。
アラクネが、エルフが、サキュバスなどがみんなが仲良くここにいます。
洗えや浸かれやいとをかし。
素早く撮影モードのスマホを向けて記録を残す。
俺たちの任務は偵察、例えギルドに提出できなくても重要な施設の写真をしっかりと撮っておかねばならない。任務には命を張るのが冒険者の天命だから。
右をチラッと見ると幸永は無音で離れていき、俺へ一度だけ手で合図をしてくる。
ラジャー、隊長。
違う角度を撮っておくのも大切なことだもんな? 同じ方向だと似た記録しか残らないからな。その立てた親指は俺に録画しろってんだろう? その指令は完遂してみせるぜ、隊長。
目にも止まらに速さで録画モードに切り替えて、さっと左側へ視線を向けたときに俺は失望の念を禁じえなかった。くそ真面目クンは口をパクパクさせながら動きを停止させていた。
バカヤロぅ、人生にこんなチャンスなんてめったにやってこないぞ。
社会人にもなれば皆無と言っていいほどない、すくなくても俺にはなかった。自分の分を確保しとかないと、後になってただで分け前をくれと言ってもやらんぞ。こういうのは同等価値の代償で交換だからしっかりと撮っておけ。
ええい、口に出して言えないのがもどかしいわ。もういい、こうなったらこいつは切り捨てる。
上方に目を向けると、敬服する上忍様はすでに木の上からスマホとカメラで記録している。
さすがといべきか、中学生の卒業旅行のときに女湯の覗く場所を確保したのも上忍様だった。もっとも先生たちにバレて、俺らが捕まったときはこいつだけ一人、隠れ身の忍術で脱出しやがったんだ。
正重はスマホとカメラを使ってるから、後でデータをもらうときが待ち遠しのだけど、今はとにかくメモリーと瞼の内側に焼き付いておこう。
温泉に浸かるエルフに湯を流すサキュバス、向こう側には夜風で温まった身を冷やそうとするハーピー。ああ、夏の風情だねえ。
先からやぶ蚊に刺されっぱなしなんだけど、気にもならないね。
笑ってるサキュバスに歌ってるエルフ、歌に合わせて体を揺らすアラクネ。
楽しそうにしている貴方たちを見て俺も心が躍ります。邪魔なんかしないから夜が更けるまで心が休まる一時をともに過ごしてくださいな。
パシャパシャ――
この絶景に似つかわしくない連写のような機械音が、心をとろかせる安静な美景を切り裂いた。
非情な音が停まった時に世界は静寂となった。
手にスマホを持つ俺らも、温泉を楽しんでいた美女たちもみな、硬直したまま無口でただただ互いの瞳を見つめ合っている。
バ・レ・た。
マ・ズ・い。
夜空に響くのは身体を手で隠すエルフたちの絶叫。
この場から離脱するタイミングを失った俺らは、上方から降りてくる迷宮魔物に囲まれようと迫りくる。
ただし、一人を除いて。
――またもや逃げたなあ? サイゾぉぉぉぉーーー!




