1-11. へっぽこ長男はハサミと同じく使いよう
獅子山城迷宮は旧時代の山下城跡を取り込んだ城型の迷宮。
ギルドの第一次偵察結果資料によると、元となる山下城跡を含め、笹部や一庫地区にある周囲一帯の山と一庫ダムを領域とし、山の麓と一部の平野を総構えで取り囲む城塞のような迷宮であると記されてる。
地図から見ると旧県道603号線を北へ向かい、173号線道路ルートに合流することもできないことはないけど、今まで放置されていた獅子山城迷宮を調べておきたいというのが政府とギルドの思惑みたいだ。
自分たちの車を使ってもいいのだが、調査期間はわからないし、その間の安全性を考慮して、普段なら均一料金で片道3000円の重装甲バス便を、ギルドが政府の特定調査依頼ということで、ギルドの装甲バスが俺たちを一の鳥居駅跡の近くまで送ってくれた。
ちなみに正重は俺らがギルド内で依頼を受けてる間は、ずっと気配を断ったまま外で待機していたし、バスのことを伝えると一人でさっさと一の鳥居駅跡へ走り去った。
あいつの移動速度は俺らではついて行けないし、子供の時からミノリねえさんに連れられて、畿内一帯を回った正重なら道に迷うこともないので、かまわずに俺らだけでバスに乗って出発した。
「見てきた。昼間は目立つので夜に侵入しよう」
バスが去った後、生い茂っている林の中で身を隠す俺らに、ギリースーツを着た正重がスッと現れて声をかけてくる。
「なぜだ、正重。 どのみち迷宮に入れば察知されるんだろう?」
「ああ、だからこそだ。見たところ、総構えにゴブリンの足軽が見廻りしてるし、総構えの外で田んぼを耕してるホビットがいる。いま行ったら発見されるだろう」
「まあ、そうだな」
「この人数で入ったら、ラビリンスマスターがこっちの意図を知るために観察に徹するかもしれない」
「なるほど」
「静観でもしてくれたらこっちとしたら時間が稼げる。偵察依頼ならわざわざラビリンスモンスターに見つかって、無用の戦闘をすることもないでしょう」
「わかった」
ギリースーツを脱ぐ正重が迷宮の方向に目をやりつつ、素っ気なく洋介の質問に答えた。四人でパーティを組んだのは卒業後の半年程度の期間だったが、正重が状況の判断を誤ったことはほとんどなく、俺らはこいつの偵察情報を疑わない。
「なら夜まで待ちましょう。それまでにここ付近を探ってみようか」
「ある程度の範囲を見回ってみたけど、魔物の集落はなく、攻撃性のある植物や動物も見かけない。パッと見の結果だが、ラビリンスが間引きしてるかもしれない」
恥ずかしげもなくに自分に韋駄天と正重が二つ名を付けてるけど、うぬぼれなどではない。俺らが車で移動している間に、こいつは馬踏飛燕という移動系の個人スキルで駆けぬけた。
高校の夏休みや冬休みのときに山籠もりで鍛え上げた気配の遮断でこの辺りを偵察してきたみたい。しかし韋駄天とか斎蔵とか、こいつは自分にいくつの二つ名を付ける気だ。
「好きにしたらいい。僕は食糧になる野生の野菜や果物を採収して、燻製肉にできる動物を狩ってくる。太郎、手伝ってくれ」
「はいよ」
ブレないやつめ。俺の収納箱なら収納中は時間が停止してるから、鮮度を保つことができる。
「現況の偵察と記録は追加報酬になるんで、おれとユッキーがやっとく。日が落ちればここに集合だ」
「じゃんじゃん稼いできてくれ。その分、僕の家賃と米代になるから」
赤面になることもなく、追加報酬の分け前を当然のようにもらう気の正重に、俺らはみんな苦笑するしかなかった。洋介と幸永は冒険者稼業で大金持ちだし、俺もささやかながら趣味に夢中でいるくらいの貯蓄はある。
依頼の成功報酬が10万円、割合として俺が1割で3人は3割ずつ、元々お金で釣ってきたこいつに、当分の生活費を稼がせてやろうと三人で決めた。
「太郎、時間がないからさっさと行こう」
「はいはい」
ワールドスタンピードの時代、家畜のニワトリ、牛や豚は畜舎から逃げ出して野生化した。リスやムササビ、シカなどは巨大化して、ギルドでわりと良い値段の狩猟依頼が出されてる。ここにはどんな獲物がいるかは知らないけど、そのあたりがねらい目になると思う。
「それはいいけど、今までどこでなんの燻製を作ってたの?」
「ワイルドドックかワイルドキャット、それかアパートに出てくる大ネズミとか。二階の空いてる部屋で作ってる」
「嫌だな、そんな燻製肉。どうでもいいけど火事になるからやめとけ」
「僕がそんなヘマをかますと思うか? 窓から漂っていく匂いに誘われて、ニホンザルとかゴブリンとかは奪いに来るがな」
「そっちも怖いな」
「なんで? ゴブリンは食えないから捨てるけど、ニホンザルの燻製肉は硬めで臭みはあるが、噛めば噛むほどよくわからん味が出てきて、ご飯に合わなくもない。食ってみるか?」
「んなものいらんわ!」
幼馴染野生化阻止大作戦は火急的に進める必要があるようだ。能力的に俺より強いし、ミノリねえさんが大人は自己責任の方針でこいつのことは放っておいてきたが、これからは定期的に人間が食べる食糧をこの引きこもりに輸送してやろう。
俺、運搬士だしな。
「——豊作だ、大漁だ、大満足だ。これで3年は生き延びられる。果物を食ってきたので飯はいらない。先に侵入ルートを見てくるから1時間くらい待ってくれ」
「ターちゃんとサイゾウくんはなにを取ってきたの?」
野人がスキップ足で集合地へ到着して、その喜びように幸永が不審そうな表情で疲れ顔の俺に聞いてきた。言いたいことだけ言って正重は夕闇に紛れて獅子山城迷宮へ走っていく。
「山の中に入ってイノシシ狩り。俺、ポーター兼デコイ。しかもそのうちの2頭は高さ3mはある化け物だった」
「そう。お疲れさま」
いやいや、すました顔で幸永が聞き流すけど俺の心に垂れ流される文句は終わらない。
あの鬼畜は俺に自生の果物とか自然薯をぶら下げてから、さっさとイノシシを誘き寄せやがる。イノシシが大範囲防御に衝突した時にできた隙、はね飛ばされていく俺をよそに、イノシシの眉間へ一撃で仕留める鬼畜がそこにいた。
なぁにがサイゾー流必殺狩りの巻だ? 俺を囮にしただけじゃねえか。
なぁにが妖刀アメのムラクモの切れ味を知れだ? お前の忍刀はミノリねえさんに頼まれて、うちの会社で特注したアダマンタイトの直刀だよ。
二度とこんな狩りなんて付き合ってやらないから覚えてやがれ。
「探索もしてないのに疲れた……」
「大変みたいだな。まずはご飯を食べるか、打合せは正重が帰ってからだ」
同情を込めた視線で洋介は慰める言葉をかけてきて、ギルドで買った三人分のレーションを携帯テーブルの上に置く。いつもなら俺が熱々の食事を作るのだが、今回の任務は偵察なので調理する時の匂いを出すわけにはいかない。
ギルドのレーションはパック式なので、過熱したらわりと美味しい。
こういう時は俺の魔法がめっちゃ役に立つ。幸永なら燃えてしまうでしょうが、俺の場合は作り立てのように温めることができる。自慢にならない俺の自慢だ。
辺りがすっかりと暗闇に包まれた頃、偵察から戻ってきた正重がきっちり侵入ルートを確保した。普段の言動はともかく、ギルドで活動をしないので知られてないだけで、冒険者としては洋介たちと同等の力量を誇る一流の猛者だ。
会敵を避けての侵入を念頭に、始めのうちは迷宮の範囲に入らないように警戒の網をかい潜り、山頂にある天守へ最短距離で目指すというのが基本方針。
正重がいうには、大手側は幅のある水堀と高い石垣によって守られ、多聞櫓が設置された大手門は厳重な守備態勢が敷かれてるという。
南側と東側の城割は竪堀や堀切などが設けられて、山頂を目指すには数多の曲輪を突破しなければならないため、本格的な遠征は避けられないと予想される。
北側は知明湖という天然の水堀が存在するから、ほかの侵入ルートよりも難易度が下がると正重は予測している。本丸の天守にいる迷宮主人と接触することが、ギルド側の希望する目標であるなら、このルートを使ったほうが達成する確率は高くなると正重が意見を示した。
その後の打合せは今回の調査依頼について、洋介が俺と正重に詳細を伝えてきた。
「——で以上だ」
「言いたいことはあるけど先に最終確認しよう。今回の目的は一つ目が獅子山城迷宮のおおよその規模を把握し、付近一帯の現況を調査すれば追加報酬が発生すること。まずはこれで間違いないな?」
「ああ」
「二つ目が大まかなラビリンスモンスターの種族を調べること。三つ目はできることならラビリンスマスターと会って、対話が可能かどうかを確認し、話し合いたい旨を伝えることでいいのだな?」
「そうだ」
「三つともやれたら完全達成とみなす。それが今回の特定調査で依頼されるすべての内容なんだな?」
「その通りだ。事前にギルドと話したことだけど、一つ目で調査依頼の所定報酬がもらえる。二つ目で二倍の報酬、三つ目が達成できれば三倍の報酬が支払われる」
洋介と話している正重が俺のほうに体を向けてくる。
「なあ、太郎。発行された依頼書には一つしか書いてなかったって言ってたよな」
「あ、ああ」
正重は洋介にこれからの行動を話し合ってる時、俺も知らない情報が出てきた。朝にギルドで契約する時、確かに一つ目の依頼内容しか書いてない。
しかしどうしようかな。場の雰囲気が変わってきたぞ? 洋介は顔を下へ向けるし、正重もフェイスマスクで見えないけど、なんだか口調が冷たくなってきた。
「フン、だから太郎以外は信用におけないってわけだ。いまさらやめるつもりはないけど、こういう条件の後出しはズルっていうんだよ。わかってるよな、高坂さん」
「……」
正重につめ寄られた洋介が口を噤んで、顔を下へ下げる。
「そういきり立たないでよ、サイゾウくん。私とヨーくんだけじゃ達成できそうになかったから黙っててほしいってヨーくんにお願いしたんだ。責めないでやってくれないかな」
「物は言いようだが聞く側にも限度があるってんだよ、ヴェルディアさん。僕はどんな状況でも対応できるだけの自信があるから、別に君たちがどう考えようか陥れようかはかまいやしない」
あっちゃー。幸永がニコニコして弁解しているのだけど、正重が射殺さんとばかりに睨んでいる。
「僕が問題にしてるのは太郎がそれを知らなかったってことだ。そのやり方にむちゃくちゃムカついてることをちゃんと理解しろよ」
梅雨が過ぎて、さあこれから夏だというこの季節で、背筋が冷たくなったのは気温のせいじゃないはず。
そりゃ、話を聞いた時に言ってくれればよかったのにとは思った。
それでも洋介ろ幸永は子供の時から気が知れてるし、俺と正重に話さなかったのはそれなりの理由もあったと思う。だから俺は彼らを責める気は起こらないが、正重がここまで切れるとは思わなかった。
これから出発するのにこの雰囲気はマズい。
冒険者稼業は仕事なのでワイワイ楽しくなんてことは思わないけど、仲間たちが団結するというのは重要なことだ。ましてやみんな幼馴染の仲で、今後の付き合いもあるからわだかまりを残さないようにやらなくちゃ。
「な、なあ。みんなはもう社会人だからそれぞれに事情はあると思うが、ずっと一緒にやってきたから、今度から話せることはちゃんと話そう。な? もうすぐ探索に出かけるので、言いたいことがあれば終わらせてから語り合おう」
「……」
場を和ますじゃないけど、せめて変な緊張感をやわらげようとした俺へ、三人とも目を向けてきた。無言が続く中での空気はとても重たく感じるが、こんなのマイの殺気に比べればどうということはない。
「……わかった。太郎がそれでいいというのならこれ以上は言わない」
「すまない。今後は気を付ける」
「ターくんもサイゾウくんもごめんね? ターくんの言う通り、ちゃんと話すように気を付ける」
ここは一緒に過ごしてきた歳月の重みというべきかな。正重が引き下がると、洋介と幸永はすぐに謝った。
正重が言わんとすることはわからなくもない。
ポーターを必要としない難易度の高い依頼に、俺は加わらないのほうが正解。
だけどこの依頼で正重にお金を稼がせようと考えている二人の気持ちも俺は知ってる。俺が参加しないと、きっと偵察や隠密に特化した正重は来ないから、そうなるとこの調査依頼の難易度はグッと上がるだろう。そう考えた幸永が一部の内容を伏せて、俺が受けやすいようにギルドと依頼を調整したかもしれない。
もっとも、いまさら色々と追求しても仕方のないこと。
三人とも和解したのなら、クエストをさっさと終わらせることに専念したほうが健全的。それにそれぞれの考えで衝突することは、人間関係ならしばしば起こりうるなので、それはなにも悪いことじゃない。




