1-10. 愉快な強者達は長男の幼馴染
「冒険してきたみたいだな、ギルドでめっちゃ有名になってるぞ。タンクポーターだってよ」
「なんだそのダサいあだ名は。戦車の運び屋って、どこの武器商人だよ」
身長はあるだが細マッチョ、理性的な整えた顔付きは人を引き付け、正統派ヒーローのような格好いい野郎はジュースを飲みながらからかってくる。こいつが俺の幼馴染である高坂洋介。
マイが天賦の才ならこいつは努力の鬼。
マイみたいに突出した力で敵を圧倒するのではなく、鍛え上げた武技と冷静沈着の状況判断で戦う時に崩れた場面を見たことはない。天才のマイは勇者になるのは当然として、全体的なバランスは洋介のほうが優れてる。
ギルドの冒険者たちはそんあな洋介のことを、お控え勇者という二つ名で呼んでいる。
カーちゃんたちと一緒に異世界へ行った洋介の両親は、魔王討伐戦の時に劣勢のパーティを守るために命を落とした。それ以来、洋介を引き取った両親が自分の子供のように俺らと一緒に育てた。ハナねえ、俺にさっちゃんと日々を過ごしてきたから、四人は血の分けた兄弟みたいに仲が良い。
高校卒業してから冒険者として働き始めた洋介は家を出て、豊中村で一人住まい。かーちゃんは嫌がってたけど、なんでも若い内の苦労は買ってでもしたいと言って、家から出て行った。
俺とは大違いだとハナねえは笑ってたけど、洋介は子供の時からハナねえのことが大好きで、女子にモテモテだがすべての告白を断ってきた。
くそ真面目クンの洋介は頑なに認めようとしないけど、俺とさっちゃんを初め、身内ならみんなが知ってる公然の秘密だ。
たぶんハナねえも薄々と気付いているはずだが、なにも言わないからみんながそっとしておいてる。二人のことを温かく見守っていこうと身内はそう決めた。
「危ないことをしちゃダメだよ。舞が怒ってたよ」
「死なないってわかってたから大丈夫、俺も冒険者のはしくれだからやる時はやる。まあ、お前らと色んな迷宮で戦闘経験を積んでたから感謝するぜ」
ベットに腰かけてる当代賢者のヴェルディア幸永は真面目な顔で心配してくれた。
長めで後ろに束ねた金髪に細めの体付き、ぱっと見は絶世の美少女だけどこいつはれっきとした男。さすがはマイの双子の弟だ。マイは母親似で幸永が父親似らしい。らしいというのは二人のお父さんに会ったことがないからだ。
ムスビおばちゃんの旦那さんは異世界で出逢ったエルフ、洋介の両親と同じく魔王討伐戦の時に亡くなった。ちなみにヴェルディアというのは父親の姓で、ムスビおばちゃんの意向で付けてる。
特級魔法は使えないものの、上級魔法なら全てがマスター級の幸永は、母親譲りの素晴らしいとしか言いようがない頭脳の持ち主で、当代勇者パーティの管理を一任されてる。
冒険者稼業では洋介とのペアで達成率は10割と、次世代の探索協会会長候補のうわさもちらほらとギルドで囁かれる。ラビリンスグループの営業部長代理として籍を置き、幸永が立ちあげて大成功させた企画はいくつもある。
ところでこいつは絶世の美男を最大限に利用し、彼女はいないと公言してるにもかかわらず、童貞を中学生で卒業してから今日に至るまで、常に容姿とプロポーションの良い美女を侍らせているド畜リア充クソ野郎だ。
この魔王を勇者である俺は、いつか灰すら残さずに滅ぼしてやりたい。
なんかこいつら二人を見ていたらムカついてきた。こちとらハイオーガ1匹を倒すのに必死だったけど、その無敵にして無双のチートっぷりはなんなんだよ。くそーっ
「なんで枕を投げるんだ」
「男の嫉妬は醜い」
マイの弟だからって読心すんな! 知ってんぞ? 社内の女子から次期社長候補にして付き合いたい彼氏ナンバー1だってことを。ちくせう!
……しかし待てよ? こいつは彼女がいないし、ハナねえを嗾けてくっつけちゃえば洋介とドロドロの三角関係になるんじゃね? ククク、これでこいつらはいっぺんに不幸の渦に陥って破局だな。見ている俺は大爆笑で幸せ。天才か、俺。
「なんか邪悪の気が」
「……良からないことを考えているけど、たぶんブーメランで一番不幸になると思うよ?」
そうだった。
身内のことを大切にする俺がそれを喜ぶはずもない。
「ところで、くそ真面目クンとド畜リア充クソ野郎は雁首を並べてなにをしに来やがった?」
二人は2年で畿内地方ギルドの主力へ上り詰め、最初の頃こそ上忍の正重を交えて4人でよく迷宮探索へ出かけて行ったけど、ここ1年は地方遠征が多い二人に俺がついて行くことは少ない。
「悪意しか感じない呼び名だけど、いっか……アスカおばちゃんからしばらくは強制休暇って聞いたから、暇してるんじゃないかなと思って」
そう告げてから洋介は眉をひそめつつニヤニヤするという器用な表情で、空になったコップを俺のほうに突き出してくる。ジュースがほしいなら自分で注ぎにいけ。
「ド畜リア充クソ野郎である親友の好意を感謝してほしいなあ」
ベットに横たわりして、布団まで被った幸永は今にもお昼寝しそうだ。エアコンが利いているから気持ちよさそうにしてるけど、平然と俺の悪意を余裕で流すこいつの態度がニクい。
エアコンを消すぞコラ。
「小さな親切をどうもありがとうよ。感謝感激で鼻水と目くそが出そうだぜ」
指に魔力を込めて、ミサキちゃん魔法人形を突っつくと、人形は踊りながら流行りのソングを歌い出した。めったにない社長公認のまとまった休暇、人形をフキフキしてやらないと埃が被る。
「せっかく来たのになんて言い草だ……どうだ、迷宮探索へ行かないか?」
「いやだ。おまいらと行ってもおいらは魔石拾い、おもしろうないわ」
この前にヤマシロノホシとの探索は心躍るものがあった。
自力で自分ができることを追い求めることは、自分が思った以上に達成感を感じさせてくれた。それがこいつらと行くと、大抵の敵は瞬殺。魔物の攻撃パターンや属性、弱点とかは観察できても、体を使わないと覚えられないことは多々とある。
「んん? ターちゃんは今さらの反抗期かな? でもこの探索依頼はターちゃんと関係あるよ? というより、このクエストはターちゃんのせいなんだ」
「聞き捨てならんなそれ。なんのことだ?」
目を閉じて今にも眠ってしまいそうな幸永がとんでもないことを言ってくる。ここはちゃんとその真意を問い質せねばならないね。
二人の話によると、ヤマシロノホシがギルドに提出した記録により、旧兵庫県道12号川西篠山線に対する調査依頼は危険度の高い魔物が出現したため、高ランクパーティの参加を初め、一定数以上の調査隊よる再調査を国がギルドへ依頼書を送り届けた。
それにより、杉生前線キャンプについて、周囲一帯の安全が確保できるまで、キャンプの設置は延期することが決まった。それと同時に現在の木津前線キャンプに対し、冒険者の増員を行うとのこと。
そういうギルドの内部情報を幸永がさらりと話してくる。次世代のギルド会長候補は伊達じゃないな。
さらに重要なことを洋介はジュースをコップ一杯入れてから俺に教えてくれた。
篠山市の復旧は日ノ本帝の国の念願であるため、12号線道路ルートが延期になった今、173号線道路ルートを再開させるための再調査を、国から正式に依頼されることが内定した。そのために獅子山城迷宮への迷宮探索は不可欠となるため、この特定調査依頼を洋介と幸永の無敵パーティにギルドから打診があったという。
その調査へ俺に同行してほしいというのが二人の提案だ。
「そう? じゃ頑張って」
「まさかのお断り即答?」
「びっくり仰天、おどろきおののきカキのタネは美味しとはこのことだよ」
お二人はそういうけどさあ、獅子山城迷宮はなんの情報もなく、しかも冒険者50人の探索隊は壊滅させられたんだよ? 俺に危ないことはするなって言っておいて、こいつらもよくお誘いしてくるよな。
それと幸永、わけのわからんことをいうな。
「タローはおれとユッキーが信じられないのか?」
「ほんとほんと。冷たいよね、ターちゃんって」
「そう言うことじゃねえ、なんで俺なんだよ。ポーターだぞ?」
なんかこいつら今日は突っかかってくる。いつもなら俺が嫌って言ったら引き下がるくせに。
「うん、まあ。今回は調査がメインなんだ。確かにタローがいなくても大丈夫だけど。実はな……」
「実はなんだ?」
なんだか洋介が言いにくそうに頭を掻いてるけど、どうしたんだろう。
「本命はサイゾウくんだよ。あの子、ターちゃんじゃなきゃ連れ出せないからお願いしにきたんだ」
「あー、正重ね」
正直に本音を言ってくれた幸永へ俺も頷かざるを得ない。
「行ったんだよ? そうしたらギルドの手羽先がなにしに来たと」
「手羽先って……」
一年以上会ってないけど、重度の引きこもりである幼馴染は頭が壊れてきたらしい。
「逃げられてしまってねえ」
「あー。あいつが本気で雲隠れするとミノリねえさんしか捕まらないから」
苦悩する洋介の顔を見つつ、人生を変な方向へ突進する上忍を思い出す。
そうだな、洋介と幸永には世話になってるし、正重のことも気になるから今回は乗ってやるか。
コレクションのマンガを読み漁ってる二人を置いて、俺一人だけが愛車を運転して宝塚村へやってきた。
ここに正重が住んでいる木造二階建てのアパートがある。山の麓に建てられ、周りに家が少ないのはたまに動物や魔物に襲撃されるからだ。ここが残っているのは高校の時から在住する正重が撃退したためだ。
危険地区にあるので築15年のアパートは今も正重だけが住んでる。この地域は復旧されたときに、需要があると見込んで、アパートを建ってみたけどまさか襲撃があると大家は思わなかったらしい。建物を取り壊したいけど動物や魔物が出るここに業者が来ないと、あいつから聞いたことがある。
玄関に入ると中はとても静かだ。アイテムボックスからガスマスクとナイフ以外の装備一式を装着して、ゆっくりとした足取りで2階への階段を上がる。
「大範囲防御」
おっと、階段の踊り場で吹き矢が飛んできた。
2階へ上がったところで噴出した催涙ガスで辺りが見えなくなった。ガスマスクして大正解だ。
「ハイパーシールド」
くっそー、なんで手裏剣と矢が天井から連射してくるんだよ。ここは要塞か。
一番奥にある部屋の前で扉の前に立つ。プレートに永遠の安らぎの間って表示されて、こいつはここで永眠したいのかよ。
「まさしげくーん、あそびましょー」
何回ノックしても返事がないから、つい子供の頃のようにお誘いの声をかけてみた。
『……だれ?』
「おれおれ」
『詐欺かっ!』
「なんのこっちゃ。俺だよ、太郎だよ」
『桃太郎か』
「山田太郎だ!」
なんで催涙ガスがこもってる廊下でとんちせにゃならんのだ。ついでに廊下の窓を開けておいてやろう。
『鍵は開けてやった。太郎なら入れるだろう』
十数回の開錠音が聞こえたので、開けてくれたのだろうが、どんだけ厳重な防犯体制を敷いてるんだこいつ。
「ハイパーシールド」
うん、やっぱりね。部屋の奥から数十本の槍が飛んできた。俺ら幼馴染じゃなきゃ死んでるねコレ。
「早く入れ! 尾行者は撒いたか?」
「いねえよ、んなの。いたとしても死んでるよ」
「いたとしてもだとお? やっぱ尾行者はいたのか!」
「そんなやつはいない。いいから入るよ」
ガチャガチャと忙しく施錠する黒い衣装を着こんだやつが本山正重、ミノリねえさんの甥っ子で自称隠れんぼ忍術第99代頭領の雲隠斎蔵。
とりあえず99代になる歴史なんてありえないし、その前にそんな忍術はない!
ミノリねえさんが子供の時から手塩をかけて、偵察と隠密行動を得意とする情報戦のスペシャリストに育てた。
味方のうちにも敵がいるの思考から、幼児の時から死なない程度の毒は飲まされるわ、山の中に最小限の装備で放置されるわなどと、間違ったとしか思えないミノリねえさんの育成方針で、正重が高校に入る頃には強烈な人間不信をみせるようになった。
「アホか。国の引きこもり捕獲協会の先兵が来たらどうする? あいつらは僕をつかまえようと躍起になっているんだぞ」
「そんなくだらん兵はいないし、そもそもそのニート捕獲協会ってなんだよ。税金の無駄遣いじゃねえか」
黒いフェイスマスクの空いた眼部から、ギラギラと血走ったの両目で睨みつけ、両手で俺の両肩を揺さぶるこいつは、性格をよく知ってる俺でもちょっと怖い。
「だから君は昔から甘い! 労働力が不足する現代、働こうとせずに無駄飯を食う奴は迷宮や動物よりタチが悪い。国はそういう輩をつかまえようとするに決まってる!」
「ほう、そうかそうか」
一応こいつも自分で無駄飯を食うニートと自覚してるんだな? 幼馴染はこじれているけど、救えないやつじゃないことにホッとしたよ。
「お茶を家から持ってきたけど、飲むか?」
「君が持ってきたのなら頂こう。ここ一年は厳重に消毒した水しか飲んでないから」
他人はもちろんのこと、家族や俺らの周りの人たちにも猜疑心を向けるこいつは、昔から俺には全面的な信頼を置いてる。実力的にこいつの敵にはなり得ないこともそうだけど、実戦的な鍛錬の相手になれない俺は、二人がガキの時からお互いに気を許せる遊び相手だ。
「お金はまだあるか?」
「来月の家賃と光熱費は払える」
「来月以降の分はないってことか。飯はどうしてる」
「買いだめした米と無人部屋で栽培してる野菜やキノコを食ってる」
「……最後に探求したのはいつ?」
「なにをいう? 一年半前に君たちと出かけたのが最後だ。国がバックの探索協会と捕獲協会は繋がっているに決まってる。あんな敵地へ一人で乗り込めるか」
「よしっ、依頼を受けに行こうか。出かけるから用意しろよ」
「なっ!」
ゆとりのあるニートライフなら、だれにも文句を言われる筋合いはないだろうが、今の正重を放っておけばあと数年で野生化するだろう。理性を失った上忍はそこら辺のラビリンスマスターより凶暴化する恐れがある。
ギルドからこいつの討伐クエストが出る前に、可能性を取り除いてやるのが幼馴染の義務だ。




