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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第1章 難なく生きることが目標のへっぽこ長男
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1-01. へっぽこ長男はつらい

新作です。

 辺りは薄暗く、湿っぽい空気が漂う中、けたたましい金属の衝撃音が鳴りひびいてやまない。


「うおーーーっ!」


 途切れることのない猛攻を大きな盾で防ぐ中年の男は父親、盾の前方で斧を振るう数多のミノタウロスナイト。


「おほーーーっ!」


 うん、あのくそオヤジはまた快感に酔ってるな? なんせ、かーちゃんが調教済みの後天的なドMだから。


「おひょーーー」



「……またかよ、くそオヤジのやつ」


 ここは箕面にある猛牛(ミノタウロス)迷宮(ラビリンス)



 世界が変わって久しく、迷宮なしでは日常が成り立たない今の世界は、こうして迷宮や山間部で命を張って、日々の糧を得るというわけだ。


 勿論、一般的に迷宮探索(ラビリンスアタック)というのは学校で所定の技能と知識を学び、卒業の後に国が定める試験に合格し、規定するライセンスを所有する者が行うもの。


 もっとも、抜け道はどの時代でも存在するけど。



 そんなわけで、かーちゃんは弟の育児と家業である食堂の仕込みに勤しんでる。本日の探索はかーちゃんと弟以外の家族で仲良く活動中。



「ええ、もうちょっと待ってて。

 お父さんがね、トリップしてるの」


 魔力スマートフォンでマネージャーと連絡を取り合っているのは二つ上の花子お姉さん。


 異世界で秘宝といわれる魔導書の黒書(グリモワール)を極めた姉は、当代勇者パーティの魔導師(ソーサレス)だ。


 普段の仕事は新進気鋭の若手美人女優、探索協会(ギルド)にも所属するAランク冒険者で、妹とのペアは全国区の知名度を誇る。



「ねえ、パパはまだなの? 夕方に大阪湾で撮影があるんですけど」


 やる気なしに魔力スマホの画面を滑らせてるのは幸子。


 年が二つ下の可愛い妹は今をときめく人気絶賛のモデル。


 弓と双剣を武器とする戦乙女(ヴァルキリー)のさっちゃんは、当代勇者パーティで遠距離攻撃を担当し、回復魔法に補助魔法、さらに上級魔法を駆使する彼女は遠近の距離に関係なく、変化自在する攻撃を難なく操る。


 ちなみに弟の次郎は現在2歳、兄である俺すら魅了させられてしまうとても可愛らしい幼児だ。


 幼児だというのに、すべての特等魔法が使え、なにげに日常会話も理解できる素振りをみせる。不肖の兄に似つかない将来有望な天才児である。



 前線ではオヤジと迷宮魔物(ラビリンスモンスター)が緊迫する戦いを繰り広げているけど、俺の姉妹はやる気をみせないでスマホに夢中だ。


 一向に崩れないオヤジへ、ミノタウロスナイトたちは怒気を漲らせ、より激しく攻撃を加えてきた。



 後方で控えているハナねえは魔力スマホの通話が終わらないし、その横にいるさっちゃんは親指でスマホの操作をやめようとしない。


 より大きく響く金属がぶつかり合った音が、迷宮の狭い通路でうるさく反響する。



 先代勇者であるかーちゃんは若々しくて美しい上にとても優しい。ただし料理だけは壊滅的な腕で食えたものじゃない。息子の俺が保証できるから口にしないほうが命のためだ。


 数々の迷宮を踏破した母は、間違いなくこの世界で最強だ。


 かーちゃんがいたからこそ、世界規模な迷宮氾濫(ワールドスタンピード)は止められたというのが現代の常識。


 かーちゃんを筆頭とする先代の勇者パーティは南極迷宮(ディープラビリンス)を討伐し、異世界に渡ってから現地で地球へ侵略を目論む魔王を撃ち滅ぼした。


 そんな母親を人々は天より遣わされた救世主(メシア)と呼び、今でもかーちゃんに心酔する人はこの国で大勢いる。



 俺が尊敬してやまない母親は料理の腕以外に欠点があるとすれば、それは命名のセンスだ。


 長女:花子(姉)

 長男:太郎(俺)

 次女:幸子(妹)

 次男:次郎(弟)


 うちのファミリーネームは山田。なんだろう? 兄弟全員についてるのはだれでも思いつきそうな名前。以前に学校の研修で河内地方にある中之島迷宮の迷宮図書館でみた、旧時代の外国人向けの教科書に載っているような名字。



 せめてかーちゃんみたいに明日は輝いてるような明日香(アスカ)とか、オヤジはオヤジで気力が湧き立つぞで勇起(ユウキ)とか、ちょっとは格好良い名付けしてほしかった。


 ハナねえはなにも言わないから俺も黙ってたけど、もっとなんかなかったのかと子供の時に文句の一つを言いたかったよ。


 今となっては人に覚えられやすくて、この名もそんなに悪くないかなと観念してる。


 それはそうと、そろそろさっちゃんがイラつくごろだと思う。



「ねえ、お兄ちゃん。お父さんを止めてきてよ。お姉ちゃんの車に乗っけてもらうから、そろそろ行かないと間に合わないの」


「まあまあ、オヤジも仕事とかでストレスがたまってるからな」


「そんなの自分でどうにかしてよ。うちとお姉ちゃんは仕事って言ったのに、お母さんが次郎の面倒を見るから来れないっていうから付き合ってあげたじゃない」


「わかったよ、オヤジに伝えてくる」



 魔力スマホを収納ポーチに入れると苛立ちを隠さないまま、枡花女(しょうかじょ)の弓雷上動(らいじょうどう)を手にする妹は話しかけてくる。


 付き合いは20年あるので、可愛いさっちゃんのことなんて手に取るようにわかる。二人の会話を聞いたハナねえも通話を終わらせて、スマホを収納ポーチに入れると無言で魔法攻撃増大の効果があるミスリルロッドを手に握る。



 オヤジの趣味に付き合うのもここまでだ。


 俺は背負ってる収納箱(アイテムボックス大)から愛用するミスリルの盾とミスリルナイフを取り出し、それらを装着する。ミノタウロスナイトから猛撃を受けつつ、痛みで悦に入るオヤジの肩を左手で軽く叩いた。



「よう、オヤジ。切り上げないと店の仕込みが間に合わないし、さっちゃんたち怒ってるよ」


「――そ、そうか」


 見た目は渋いのに顔がにやけてる中年男がハッと正気にかえった。



 身長180cm、ガッチリした体格を持つ俺の父親は先代勇者パーティの聖騎士(パラディン)


 オヤジの収納箱(アイテムボックス無)は箱型ではなく、空間魔法のように形がなく、収納できるものも無限だ。時間限定ではあるものの、スキルの広範囲(パーフェクト)防御(シールド)はドラゴンブレスを防ぐことができる。


 異世界で得た神剣クラウソラスを巧みに操り、欠損が治癒する特級回復魔法を持つオヤジは、パーティの欠かせない要だ。



「よしっ! 反撃するぞ……広範囲(パーフェクト)防御(シールド)


 オヤジはこれまた異世界で得た盾のコスクラハにスキルを乗せ、まばゆく光る盾で前方へ押し出した。今まで攻めてたミノタウロスナイトは急な変化に対応できず、前線にいる数十のミノタウロスナイトが体勢を崩して倒れた。



地獄の極炎(ヘルファイアー)


 ハナねえが持つロッドから繰り出す炎の大蛇は無規則に舞い上がり、灼熱のうなりを上げて、前面に出たミノタウロスナイトたちを容赦なく焼き尽くす。



「出でよ、風の精霊。敵を撃滅する力を与えなさい」


 異世界で妹と()()()()風の精霊シルフィアが、半透明で蠱惑的な姿を現した。


 枡花女の弓雷上動を引くさっちゃんの右手に両手を添えて、魔力で作り出された5本の矢が次々と射出し、大混乱に陥ったミノタウロスナイトたちを蹂躙していく。


 あれほど優勢にみえたラビリンスモンスターたちは、ブルドーザーがごとく押し出すオヤジによって、瞬く間に劣勢に追い込まれた。




 さて、ここからが俺の本領発揮。


 こういう時に自動的に発現するスキルを俺は持っている。


 ――弱点出現――


 身体強化や回復魔法、背負うタイプの邪魔で自重が30kgはある収納箱(アイテムボックス大)とともに、俺が持つ数少ない戦闘向きのスキルだ。


()()であり、なおかつ()()()()()()()()()敵に対して、その弱点を視覚でとらえることができる】



 死にかけで倒れているミノタウロスナイトは動かない。その心臓、喉やこめかみなどに拳ほどの空間の歪みが俺には見えてる。そこへ刺せば俺でもそいつを一撃で消滅させることができる。


 ……


 いつも自分に言いたくなる。


 急所なんて誰が刺しても一撃で死ねるよね? なぜ家族の中で俺だけがこんな使えないスキルを持ってる? これはもはや、神が俺に対するイジメとしか表現しようがないよね。



 あるよ? 俺にもナイフのスキルは備わっているよ?


 ――採取刀術――


【植物を上手に刈り取ることができ、生物などの死体を滑らかに解体するのは達人級】


 俺にどうしてほしいと?



 学生の時に卒業条件である遠征研修で、戦闘中にトレントなどの植物型魔物に試したんだ。

 ものの見事に弾かれてしまったよ。

 そりゃ攻撃と採取の意味が違うもんね、ちゃんとわかってました。



 ――ゴブリンやコボルドなどの下級魔物について、数体なら一人で倒すことができる。オーク辺りから傷を付けることが可能だが討伐は非常に困難と思われる。オーガなどの中級魔物にエンカウントした場合は速やかに撤退することを強く勧める――


 以上の文章が遠征研修を引率した先生からの戦闘に関する評論でした。ああ、その夜は独りで膝を抱えて泣いてたなあ。今でも思い出したら軽く泣けてくるさ。


 ほら、目の端にキラリと一粒の雫が……




「お兄ちゃん、サボってないでさっさと終わらせて。この後うちらは仕事があるんだから」


「お、おう」


 停まらない弓の射撃でミノタウロスナイトを撃滅するさっちゃんからダメ出し。それはそうと、俺も早く帰らなくちゃ店の仕事が遅れそうだ。


『モ、モギュ……』


 つぶらな瞳で下半身が消えたミノタウロスナイトは、きっと俺にくっ殺せって懇願してる。

 ……そんな気がする。



 真面目に仕事しよう。


 ナイフでミノタウロスナイトのこめかみへ一刺し。


 目の光を失わせたそいつは身体の魔力を霧散させて、仮初の命は迷宮の床に大きな肉の塊を残した。



 箕面猛牛(ミノタウロス)迷宮(ラビリンス)でドロップする名産品の一つ、みのおタンだ。


 身体強化を自分にかけて、収納箱(アイテムボックス大)の側面を軽く叩き、上蓋を開かせてから床に散らばる重さが約50kgのみのおタンを片っ端から放り込んでいく。



 俺が持っている収納箱は、収納量はオヤジのそれに比べると大きく劣るけど、それでも体育館くらいの収納量はある。この世界でアイテムボックスというスキルは、俺とオヤジにしか発現していない貴重なものだ。


 市販品の収納ポーチや収納リュックは空間魔法で加工した魔道具であり、スキルによる個人技能ではない。


 現存する最大収容量を誇る収納リュックは学校教室程度の広さでしか収容できない。そのために遠征研修の引率先生から、研修成績に大きく影響を及ぼした長ったらしい後書きが記された。



 ――前略――でして、戦闘技能では本生徒に合格点数を与えることは困難だが、後方要員としての能力は本学級において最優秀であり、運搬要員としての有能さは疑う余地がまったくない。本校から卒業する本生徒は優れた能力を所持する稀有の運搬士(ポーター)である。



 うん、運び屋(ポーター)ね。


 ええ、卒業直前に冒険者(アドベンチャラー)の国家ライセンスを受けに行った時、学科は学校の卒業成績で加点され、実技は収納箱(アイテムボックス大)に試験者全員分の物資を半分ほど入れた時点で一発合格。


 給付されたライセンスの但し書き欄に、『この者は運搬士(ポーター)としての優れた技能を有する』という一文が記されている。



「――お兄ちゃん、ボーっとしないで早く回収して!」


「あ、ああ。すぐにやるよ」


「――さちこ、風を起こして。一気に行くわよ」


「わかった! 風の精霊、強風をお願い」


「ヘルファイアー」



 オヤジの後ろから、さっちゃんの言葉に従う精霊シルフィが両手を広げ、前方へ竜巻のような風を起こさせる。ハナねえはミスリスロッドからまばゆい炎魔法をシルフィの吹かせる風に乗せる。


 勇者パーティの姉妹が誇る複合魔法炎の蛇(ファイアスネーク)は通路全体を明るく照らし、残り少ないミノタウロスナイトにまとわりつき、展開されてる魔法防御を打ち破って、一体残らず一掃した。


 これが当代勇者パーティの実力。



 ポーターの才能しかない俺は幼い頃より離れた場所から強者たち(かぞく)の背中を眺め続けてきた。人々から称えられる家族のみんなにあって、俺の手ではずっと届かないものがある。


 それは勇者(つわもの)の力だ。



 俺は22歳、山田太郎という前途洋々の若者。


 家業の社員を務めながら休日は冒険者(アドベンチャラー)稼業。畿内地方公立豊中総合高等学校冒険者学科を卒業してから二年が過ぎた今、家族と周りの人たち以外の冒険者からありがたいあだ名がついた。


 勇者(さいきょう)家族(ファミリー)のへっぽこ長男(タロー)





タイトル回収です。

今日は夜にもう一度投稿します。

来週から週2のペースですが、ストックが切れたら不定期投稿となります。

宜しくお願い致します。

2019/9/7に改稿しました。

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