儂らのイベントホライズン号
怪獣はーー倒さなければいけない。そう望まれて作られ、そう望まれて立ち塞がるから。なら……倒す為に全力を振ろう。怪獣もまた、儂を倒さんとやってくる。正義の巨人はここにはいないのだ。だが、怪獣に抗う力であり、巨大ロボットならばここにある。光の巨人のように星の彼方からの力には遠く及ばぬかもしれん。だが、儂らのパワーよ、それすなわち人類の叡智の結晶。
降り止まぬ夜の雨、儂らのパワー、イベントホライズンがサンダーフィストを握り込む。何十万という大電力で、大気中の成分でさえも固定しプラズマ化する超電圧が紫電の竜を抑え込もうとしてなお漏れさせる。スマートとは言い難いイベントホライズンが傍目にはゆっくりと、しかし高速で走り怪獣へと肉迫した。
轟音。衝撃。サンダーフィストの雷が世界を奪い、電磁波が物理的な衝撃波となったように大気を押し分けるのが見えた。イベントホライズンのAKA装甲帯を打っていた雨粒が飛び散る。戦艦どころではない、要塞でさえもその一撃で破壊できる破壊力がたったの一匹に全力を注ぐ……それが怪獣という『生物』だ。そして怪獣はーー生きていた。
イベントホライズンのサンダーフィストを、怪獣の蜥蜴とも虫ともつかない地球上の生物とはあまりにもかけ離れた掌が受け止めていた。オゾンの焦げる臭いを吸い込みながら、決してそれから目を離すことはしない。怪獣が複数の手あるいは足の一本を切り落とされ血が吹き上げ儂の体を染めようとも、決して。
怪獣とは何か。生きた災害とは儂は思わない。越えるべき生存競争の障害だ。奴らは決して神でも守護者でもない。ワイルドアニマルと同じだ、生きて、喰らい、人類と生存競争を繰り広げる。当たり前の天敵の一種。であるならば打ち倒せ、全身全霊をかけて駆逐するのだ、何故共存などを考える必要がある。怪獣を押しのけ、変わった生態系にはまた別の動物が割り込むだけのことだ。神聖視することはない、そのせいで躊躇うこともない、ただ敵として見ればいい。
怪獣とイベントホライズンの死闘は肉弾戦だ。殴り、牙を使い、挌闘技を多用する原始的な戦いだ。原始的な戦いーーならば数が多ければ、勝てる。強くて沢山いる、勝利の原則だ。怪獣の背後に巨大な大鎌のような腕が振り上げられる。それは怪獣の背中を切り裂いた。原子間結合を著しく弱める電磁波を纏うその一撃は、もう一機の巨大ロボットが怪獣を襲ったのだ。
だがそれは、その先はもう儂が何かをやる世界ではない。十全の備えをした。整え、用意し、育て今に至る。ならば儂の使命はすでに終えた。終わっているのだ。怪獣の血に染められ、しかし儂の中には奇妙な安堵が占めていた。イベントホライズンの敗北は考えていない。確実に勝てるであろう状態を作るために生涯を費やした。全てを賭けた。だからこの勝利は、『必勝』であろう。
怪獣は二体一で不利のまま、初めから終わりまで一方的に叩きのめされ、そして斃れた。映画や漫画のような、ハラハラドキドキの展開の余地は一切なかった。だがそれで良い、それで良いのだ。何故、対等に命運を任せなければいけないのか。そんな必要はない。可能であるのならば、一方的で確実な勝利を取るべきなのだ。
記録では、怪獣とイベントホライズンは退屈極まりない、およそ地球の命運を賭けているとは信じられないような淡白な勝利だろう。だがその演出の為には、途方も無い影の中での戦いがあったのだ。
だが……そんなことは、知られることはないだろう。多くの人間には、イベントホライズンが怪獣に圧勝して世界を救った。それだけが伝わる。そして……それで良いのだ。