狂言できない狂言師。
マルボロに火を点ける。携帯を確認する。自販機に100円玉を入れて、コーヒーを買う。そしたら、
「き、京介さん、で、ですか」
「は、はい」
「ぼ、僕、弘人で、です。こ、こんなこ、こと、しちゃって、すみません」
「いやいや、いいですよ」
変な奴。頼りなさそうな、丸坊主の、デブ。
「ちょ、ちょっと、お、お茶で、でも、い、行きませんか。ぼ、僕をり、理解し、してくれて、あ、ありがとうございます」
「お、お茶。行こうか」
無言のまま、弘人は歩く。何も話さず。そして、俺、どうしよう。また、歩き煙草。美由紀。お、俺、どうしよう。
着いたのは、『HANABI』という喫茶店。黒い屋根に白い、壁。まさに、チェッカーフラッグだ。
「こ、コーヒー、の飲みませんか。あ、アイスですか、ほ、ホットで、ですか」
「俺、それじゃあ、アイスで。弘人くんさ、席に、座ってから、決めようよ。焦ることないよ」
弘人はいきなり、俺に土下座した。し、信じられない。いや、いいからさ。
「も、申し訳ございません、ぼ、僕。。」
「いや、いいからさ。座ろう」
煙たい奴。俺もそうか。ああ、煙草の本数が増える。吸っては消し、吸っては消し。
「きょ、京介さん。ぼ、僕、が、画家だったんで、ですけど、あ、アトリエにし、師匠がい、いたんですけど、せ、先週、は、破門、さ、されました」
「それで、服が汚れてたのか」
「は、はい、す、すみません。ぼ、僕、京介さんと、京介さんと、コ、コンビ、く、組んで、漫才師に、な、なりたいんです」
はっ。何、こいつ。ま、漫才師。初対面で。いきなり。
「漫才師。お、俺と」
「は、はい」
「でもさ、俺、そういう、舞台に上がるとか、正直、言って、苦手だし、今日が弘人君と初対面だろう。理解者募集はわからないでもないけどさ」
「ぼ、僕じゃ、だ、駄目ですか。ぼ、僕、が、画家を、あ、あきらめて、ま、前向きに、ぽ、ポジティブに笑われるんです」
俺は、マルボロに、また、火を点ける。思ったことは言ってみよう。
「ひ、弘人君。もしかして、と、統合失調症、やってない。俺の彼女、精神科の看護婦やってるんだ。弘人君にも会いたいって」
「う、嬉しいです。ぼ、僕、わ、笑えますか」
「うん。そう、そうだね」
「ぼ、僕、わ、悪いところはな、治すんで、ま、漫才師のゆ、夢、い、一緒に追いかけて、く、くれませんか。お、お願いします」
正直に、考えた。こいつの気持ち、わからんでもない。でも、答えを出すのは。やっぱ、こうきたか。
「お、お願いします。ぼ、僕の理解者に、きょ、京介さん、な、なってください」
信じられない。テーブルの上に、い、いきなり、飛び乗って、弘人は、また、俺に土下座した。コーヒーカップも灰皿も、ぜ、全部、床に落ちて、割れた。
「わかった。俺と漫才やろう」
「あ、ありがとうございます」