サイコロジントニック。理解を忘れたカナリア達よ。
三月二十八日。この日は、日付が変わってもやたらと暑くて。俺も今日で二十三か。やってる事はいつもと同じ。煙草、吸って、ここで飲んで、溜め息、吐いて、美由紀を抱いて。立派な退屈で暇な日々。
「京介、おめでとさん。今日、タダ酒にしとくわ。これが俺からの愛のメッセージだ。ジントニックでいいんだろ」
「ありがとよ。俺様の素晴らしき誕生日にこの店、俺とツトムだけってのは、これも愛のメッセージかよ」
「すまねぇな、この店、お前と一緒で暇でよ。お前、働けよ。美由紀ちゃんの白衣に、何時までも、甘えてる場合じゃねぇぞ」
「今日ぐらい、飲ませろよ」
「お前、毎日、飲んでんじゃん」
仕事なぁ。何時までも、美由紀のひも、やってるわけにはいかないしな。今日も夜勤だし。俺もしかっりせねば。
「お前さ、いつになったら、真佐子ちゃん、紹介してくれるんだよ」
「また、その話かよ。こないだ、ツトムの写真、真佐子に見せたんだよ」
「お、動いてくれたか。お兄ちゃん」
「そしたらさ、『アニマルツトム君はあきらかに浮気しそうで、丁寧にお断りします』って言ってた」
「そしたらさ、可愛い妹真佐子ちゃんに、ツトム君は整形しますって伝えといて」
「伝えとくけどさ、お前、どこ、整形するの」
「歯茎と浮気心と秋の空」
「はいはい。言っときますよ」
欠伸して、時計、見た。午前一時二十五分。その横に、何だ、これ。
『理解者募集。弘人』
貼り紙がある。煙草、揉み消し、水、飲んだ。
「ツトムよ、これ、何だよ」
「ああ、こいつか。何か、よく分かんねえんだけど、昨日な店、掃除してたら、これ、貼ってほしいって、頭、気持ち悪いほど、下げられてな。いやだったんだけど、しつこ過ぎるから、俺もしょうがねえなって」
「どんな奴」
「頭、丸坊主で、ペンキの付いたジーンズだろ。それで、黒いТシャツ着て、眼鏡、かけてて、何か、頼りない感じしたな。お前、理解者になってやれよ。お前も理解不可能なとこあるからな」
「考えとく」
とぼとぼと歩く。理解者募集か。美由紀は俺のこと、理解してくれてんのかな。満月の下、煙草に火を点けて、工場の光と轟音の中、美由紀のアパートへ向かった。
『誕生日、おめでとう。八時には帰れると思うからね。冷蔵庫にビールあるからね。後で、美由紀お姉さんが癒してあげよう』
『サンキュー。サンキュー。適当にやっとくわ』
メールを返して、アパートの階段を上る。ドアを開けて、冷蔵庫を開ける。考えてしまうのは、やはり、理解者募集になってしまう。ビールを何本か空にして、窓ガラスにうっすらと映る、自分の顔を見てしまう。
「ツトム、理解者募集の例の奴、電話番号、教えてくれ」
「お前らしいな。メモと書くもんあるか」
弘人か。どんな奴だろう。扇風機のスイッチを入れて、テレビを点ける。テレビの中は、パンクバンドのライブが流れている。少し、横になるか。
「ただいま。あ、起こしちゃった」
「う、うん。今、何時」
「八時ジャスト。おい、京介。今日は誕生日だぜ。はい、おめでとう。マルボロ1カートン」
「あ、ありがとう」
窓の外には小雨が降り出した。俺と美由紀は裸になって、抱き合って。俺が、背伸びをすると、美由紀は言った。
「京介、浮気したでしょ」
「してねえよ」
「ほんとに」
「ほんとだよ」
「じゃ、何か、変わったこと、あったでしょ。私は、精神科の人気看護師なんだよ。素直に自白しなさい。京介容疑者」
美由紀に弘人の話をした。弘人に夢中になる自分自身が不思議だった。
「とりあえず、服、着ようか。ね。私達、間抜けだよ」
「そりゃ、そうだな。で、美由紀、こいつに会ったほうがいいかな」
「会いたいから、電話番号、聞いたんでしょ。世の中、淋しい男が多いんだよ。私も会ってみたいしさ」
起き上がったら、雨は止んでいた。美由紀は、ぐったりと眠っている。マルボロに火を点けて、美由紀の寝顔をボケーっと見てた。二人の部屋には沢山の落書き。バスタブに浸かる。
俺は部屋を出て三時二十七分の公園の時計台を見て弘人に電話を入れた。
「あの、ジーコンの貼り紙、見たんですけど」
その男は、低い声で、ぼそぼそと喋り出した。
「あ、はい。ありがとうございます。すみません、こんなことしちゃって」
「いや、いや、全然、構わないですよ。俺、加藤京介といいます」
「あ、僕、畑中弘人です。よろしくお願いします」
六時に、図書館前で待ち合わせ。しかし、謙虚な奴だな。見習わないといけないかもな。