昔今庵
収録終わりで昔今庵に向かうと、また柿谷が一人で座っていた。
「あっ、新谷さん!」
笑顔でたって手を振ってこられると多少気恥ずかしい。なんでだか知らないが妙に懐かれていることは確かなようだ。
「お疲れ」
ラーメンが置かれたトレイを、隣の机において座る。
「ふんふんふふーん♪」
いつもとは様子が違って鼻唄混じりでご飯を食べている。
やはり、付き合っているのは確からしい。
「ご機嫌だな。なにかあったのか?」
それでも、知らぬ演技を続ける。
「これ!新谷さんにプレゼントで買ってもらったブレスレット」
「……お前はアレをプレゼントと表現するのか?」
ほぼ恐喝だろうが。
結局、あの収録の後ロケに直行。ほぼ問答無用で買わされた。
「ありがとうございます!すごく嬉しいです」
「……まあ、いいけどな」
そんな可愛い笑顔で言われたら、許すしかない。
「あーっ、いいことが続くなー」
ルンルン気分なのは、聞いて欲しいのかどうなのか。
「なんか他にあったのか?」
さすがに言って来ないだろうが、あまりにも楽しそうなので少しいじめたくなってきた。
「彼氏ができました」
ブフーッ!?
「ゲホッ、ゲホッ……お、お前っ」
思わずラーメン全部出しちゃっただろうが。
「じょ、冗談ですよ。冗談」
「だよな……あーびっくりした」
いや知ってる事実ではあるんだが、まさか言ってくるなんて全然思わなかった。
「そんな訳ないじゃないですかー。凪坂46は恋愛禁止ですよ」
「……一つ忠告だ」
「はい?」
「もし、仮に彼氏ができたとしても、俺には絶対に言うな」
「……ヤキモチ?」
「断じて絶対に金輪際それはないと言っておく。俺は大人でお前たち凪坂46の公式お兄ちゃんだ。あくまで本当のお兄ちゃんではなく、公式だ」
「……」
「俺にはお前たち凪坂46をいい方向に導く義務がある。お前たちにアイドルの仕事を全うすると言う建前だ」
「は、はぁ」
「仮に、お前に彼氏ができたと公式に伝えられれば、俺はそれを運営に報告しなければいけない。いや、俺は確実にそうする」
「……」
「それが仕事と言うものだ。凪坂46にマイナスとなる要素は排除しなければいけない。俺はお前だけのお兄ちゃんじゃないから」
「……」
「いいか?だから、言うな。仮にできたとしても、スタッフや俺には言うな。それは、決して卑怯なんかじゃない」
「……止めないんですか?」
「止めるもなにも、俺は何も知らない。知ってしまったら止めるけど、知らないんだから止めようがない。そう言うことだ」
「……わかりました」
「第一、好きな気持ちを我慢しろってのは酷なもんだ。大人だって大変なのに、お前たちにできるなんて思わない。俺もスタッフたちも一度はお前たちの年齢を味わってるんだ」
「……ホントですか?」
「ホントだよ!」
誰が永遠のおっさんだ!
「……フフッ、わかりました。私……やっぱ新谷さんのこと好きです」
「なんだそりゃ」
「あっと。私そろそろ行きますね」
そう言って柿谷は席を立つ。
「……頑張れよ」
「なにがですか?」
「……別に」
「フフッ……はい!」
元気な声で。
柿谷は去っていった。




