収録後
「あっ、新谷さん帰り送りますよ」
収録後、木葉がそんなことを言ってきた。
「……どー言う風の吹きまわしだ」
いつもなら不機嫌そうに電車賃を手渡してくるだけなのに。
「いや、ほら……今回の収録」
「えっ……もしかして、面白かった」
「……ファイト」
「どーいう意味だ!」
と、そんなドリルツッコミをしながらも、薄々は気づいていた。この収録は面白くなかった。いつもなら、それなりにツッコミをいれられる隙はあったはずだ。しかし、なぜか言葉が出てこなかった。
極めつきは、あのクソスタッフども……最後の便りに『見た目がコンドーム』って。メンバードン引きだったじゃねぇか。
スタジオを出て、タクシーは走る。
「……新谷さん、ちょっと買い物行きませんか?」
「買い物?」
「ちょうど買いたかった洋服があるんです」
「……なぜ、俺がそれに付き合う必要がある?」
「いいじゃないですか。どうせ、生きてたって時給100円の市場価値なんですから」
「俺の時給は平均最低賃金の十分の一か!?」
「そうですよ」
「そうなの!?」
それで俺は生活していけるの!?
「大丈夫ですよ。そんな薄給の男にプレゼントしろとは言いません。心配しなくてもワリカンですから」
「お前の服を俺とワリカン!?」
「男女平等じゃないですか」
「その制度をここで適用!?」
「あんまりごちゃごちゃ言うと6:4にしますよ!?」
「サラ金のやばい理論のやつ!?」
「まだ、ごちゃごちゃ言うんですか!?」
「ツッコミがごちゃごちゃの分類に!?」
「はい、今、6:4決定です。さあて、次は……7:3……8:2……」
「はわ、はわわわわっ……」
「9:1……」
「わかった! それで、手を打つ!」
「わかりました。9.5:0.5で手打ちということで」
「もはやプレゼントの方がマシなレベル!?」
「……はぁ。なんで、タクシーの中ではツッコめるのに、今日の収録ではツッコめなかったんですか!?」
「ぐっ……」
それを言われるとグウの音も出ない。
「理由がなんなのかは知りませんけどね……いつだってベストが出せないんだったらプロ失格ですよ」
「……」
いや、理由はもうわかっている。どうしても、頭の片隅に本田の言葉がチラついていた。『柿谷のことが心配だ』という言葉が脳裏に焼きついて離れなかった。それで、つい気を遣って言葉が出てこなかった。ツッコミは時間だ。その瞬間に迷いがあれば、もうその言葉がダメになる。プロはコンマ数秒の時間で、脳内で処理して吐き出さなくては、もう自分の間合いではない。
別のことを考えながら、面白い言葉で爆笑を誘えるほど甘い世界ではない。そもそも、そんな腕があるわけでもないのに、人の心配などしている身分でもないのに。
「……新谷さん?」
「すまん……猛烈に反省した。次は絶対に面白い収録って言わせてみせる」
「なら……よし」
そんなやり取りをしながらも、時間は過ぎて行った。




