昔今庵
ひとしきり廊下で嗚咽した後、やけ食いをしようと『昔今庵』に到着。とりあえず、ラーメンと小鉢を2つ。それから、カラーライスも注文してやる。
「ちょっと、ちょっと、新谷ちゃん」
そんな中、マスターが神妙な面持ちで話しかけてくる。
「なんかあったんですか?」
「あれ、あれ……なんとかしてやってよ」
……ズーンという効果音が流れるほどの落ち込みを見せながら、ズルズルと蕎麦をすすっている柿谷芽衣。いつもながら、芸能人やめちゃうんじゃないかというぐらい気合を入れて落ち込んでいる。
「おう、柿谷」
仕方なく、声をかけると
「ああ……新谷さん」
と、わかりやすく弱々しく微笑んでくる。
「ど、どうした?」
「なんでもないです」
「……そうか」
まあ、深くは聞かないことにした。なんでもないと言うなら、なんでもないのであろう。たとえ、なんかあったとしても、口に出さないということは話したくないということだ。
いくら、公式お兄ちゃんと言えど、距離感はわきまえるべきだろう。
席に座って、こちらも麺を食う。いつものように、ちょっとだけ薄いとんこつラーメンだ。
ズルズル。
ズルズル。
「はぁ……」
ズルズル。
ズルズル。
「ふぅ……私……」
ズルズル。
ズルズル。
「もう……はぁ……」
「……柿谷?」
「なんですか?」
「なんか……あったか?」
「……なんでもないです」
「いやいくらなんでもそれはもう無理だろ!」
そんなにこれ見よがしに落ち込まれたら。
「はぁ……実は……さっきの収録……失敗しちゃって」
「そ、そうか? そこまでダメだったっけ……」
いつもあんなもんだろお前は。
というか、いつもどおり変だったぞお前は。
「私……今日こそはキャラ固めようと思って、『反抗キャラ』にしよって思ったんです。それで、あんな風に……ああ」
「柿谷……あれは、凄く嫌な感じだった」
これ見よがしに反抗するんじゃなくて。
真っ直ぐに俺の瞳を見て、俺の人格を蔑すんでいた。
「もう、みんなキャラを固めてて……私、みんなに負けないキャラを付けなきゃいけないのに……」
「そ、そうかな……」
あいつら、そんなにキャラ固めてたかな。全員情緒不安定だとしか、認識していないんだが。
「反抗キャラはいけると思ったんです。ひな壇から、なんでもかんでも反抗してかかる。今、芸能界見渡してもそうはいないと思うんです!」
「柿谷……あんまりいないってことは、需要がないってことだ。お前、MCになんでもかんでも反抗している芸能人、見たことあるか?」
「ありません」
「だからだよ!」
「くっ……」
「はぁ……なあ、柿谷。もっと、自然に振舞ったらどうだろうか?もっと、ありのままで行けばいいんじゃないか?」
「……ありのまま……ですか……私、自信ないです」
「そうか? 少なくとも俺は収録の時のお前よりは今の方がいいと思ってるぞ」
「そう……ですか。でも……」
「でも?」
「ありのままでダメだったら……私はそれが一番怖いです」
その言葉を聞いたとき、
カナヅチに打たれたような気分になった。




