ファンの流儀
楽屋で、いつものように『凪坂ってナギナギ』の放送を見る。が、その映像には俺が出ていない。
ディレクター曰く、『熱狂的なファンを見つけた』とのことで、急遽俺の出番をなくして3週間ぶち抜きで放送を敢行。一言のお詫びすらないクソスタッフにはムカついたが、自分の実力のなさであるという想いもあるため渋々了承した。
正直、自分のいない『凪坂ってナギナギ』など見たくもないが、反省なくして向上なし。今、まさに震える手を必死に抑えながら、放送を見守っている次第だ。
*
チャッチャッチャーラーラ、チャッチャッチャッチャッラー♪
『ファンの流儀』
松下総一郎
年齢 32歳。
職業 会社員
生きがいは――
『凪坂46ファン』
今夜は、凪坂46に命をかける漢の生き方を密着した。
・・・
『都会の空は〜♪ ナギナギナギナギ〜♪』
松下の1日は、凪坂46の1枚目シングル収録曲『ナギナギで行こっ♪』から始まる。
『いーつものよーに、先陣きーって♪ かーぜを少しだーけきる♪』
「ナギナギ」
相槌でハモりながら、歯を磨き、シャワーを浴びる。
「ええ、基本的にシャワーを浴びながら、歯磨きはします。無駄な時間は一秒たりとも使いたくないですから」
『時短』
松下にとって、凪坂46以外の全ての事柄が無駄なこと。その他に、優先すべきものなど、
ない。
「はい、今日は富士Qランドで、凪坂王国です。もちろん、今日のために、チケットもこの通り」
嬉しそうに、子どものような無邪気さでチケットを掲げる。
「さて、そろそろ行きましょうか?」
時刻は5時20分……ライブ開始は17時……
『普通列車』
「ええ、青春18切符です。時間? ええっと……9時間45分ですか」
ニヤリと、不敵な笑みを見せる松下。2千円×5回。合計1万円弱で、JRが乗り放題の青春18切符。彼は、これを使って、最安値で目的地へ向かう。新幹線を使うと、1万3千円。高速バスでも東京を経由して、8千円。
「はぁ……はぁ……やはり、グッズは必須でしょう。そのためには、はぁ……はぁ……多少の……節約は……はぁ……はぁ……」
自転車を漕ぎながら、最寄りのJR駅まで飛ばす松下。5時37分に対し、始発は5時47分。
あと……10分しか……ない。
・・・
ジリリリリリリリリリリリ。
「はぁ……はぁ……はぁ……の、のりまーーーーーーーーーーーーーーすっ」
ガタン。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……うおぇええええ」
松下は、人目憚らず、嗚咽する。発車まで5秒のところをギリギリで滑り込む姿を見て、駅員は激しく、舌打ちをする。おっさんが激しく汗をかき、倒れるように席へ座り込む様子に、怪訝そうな眼差しを投げかける女子高生。
やがて。
松下の息が落ち着き始める。さしずめ、乗れたことに満足感を抱きながら。ゴソゴソとイヤホンを取り出し、再び、凪坂46の曲を聞き始める。
「やはり、ライブって言うのは、その時間だけじゃないんですよね。この道中。凪坂46の曲を聞きながら、電車に揺られる。その時間こそが、僕の一番大事にしてるものと言っても、過言ではないです」
そう言いながら、スマホをいじり、柿谷芽衣(うんばば娘)の画像を眺めながら、ニヤニヤを繰り出す。
・・・
午前9時45分。
「駅を自由で降りれるのも、青春18切符の魅力です。まだ、次の電車が来るまでは1時間以上ありますから。そこで、地元の名物を楽しむのも、凪坂46ファンをしていて、よかったなと思うことですね」
そう笑いながら、駅員に青春18切符を掲げて、散策に出る。山梨県の名物店を散策。
・・・
『ない』
どこにも空いている店がない。早すぎて、朝の時間帯では全てシャッターが閉められている。
「まあ、こんなこともありますよね。と言うか、駅前にこそ、その県の名物が美味しかったりするんですよ」
松下は、喫茶店に入り、メニューボードを見る。
「……ククク、これですよ。山賊焼き! ほら、やっぱり僕の言ってること、間違いじゃないでしょう? すいません、山賊焼、一つください!」
「あの……すいません。お肉、きらしてまして」
『肉不足』
「じゃあ、オムライスください」
チャッチャッチャーラーラ、チャッチャッチャッチャッラー♪
続く
*
「……」
「あっ、新谷さん。休憩時間に『凪坂ってナギナギ』見てるなんて。やっぱ、自分が休みの回、気になってるんじゃないですか」
「木葉……今、俺に、話しかけるな」
なんなんだよ……イカれてるよ、このスタッフ。




