頑張れ木葉ちゃん(4)
「……」
変な格好をした、変な発言をした、変な男がいる。
通報しようかしら。
「……面白くなかった?」
「今の私の表情を見てどう思いますか?」
「……イマイチ」
コロスゾ。
「ったく、なにしに来たんですか?」
期待させといて……
いや、別になんの期待もしてないんでど。
「いや、新ネタを思いついたから感触だけ聞きたくって。そうしたら、たまたま年休だって言うから」
「わざわざ休日に乗り込んできて……そんなに会心のネタでもないのに」
「いや会心だったよ!? 少なくとも俺の中だけは」
「はぁ……」
もはや、ため息しかでないというのはこのことか。
「美術館シリーズはもっと色々あるんだ」
「……多分一ミリたりとも面白くないと思いますけど、どうぞ」
「じゃあ……」
軽く流すんじゃない。
なんて強靭なスベりメンタルを持った男なんだ。
・・・
『種を蒔く男』
「……」
『座り込む男』
「……」
『遠くを見つめる男』
「……」
つ、つまらん。
『乳を絞る男……家でもね』
「……」
『牛乳を飲む女……もう5杯目だ』
「……」
『陽気に酒を飲む男……お葬式の日に』
「……」
壮絶につ、つまらん。
「ど、どうだった?」
「新谷さん……めっちゃつまんなかったです」
「……まあ、最初だからね」
「いやそう言う問題じゃないです」
「テメエにネタ作る苦労がわかんのか!?」
「……休日押しかけてネタを強制的に見せてきて逆ギレですか……ぶん殴りますよ」
「ごめんなさい」
すごく素直に土下座するプライドなし芸人。
「このネタって、漫才用でしょう? ツッコミありきで考えてるからピンネタじゃ生きないですよ」
面白いとか面白くないとか、まあ今のままだと壊滅的に面白くないが、それ以前の問題だ。着眼点などは悪くないとは思う。
最初は普通の美術館ッポいタイトルから入って、徐々に変化を織り交ぜて行く。それは明らかにコンビ漫才的な手法だ。
「……すごく真っ当なご意見ありがとう」
新谷さんは土下座しながら、そのまま崩れ落ちる。
「前のR−1だってリズムネタとか言って。あれって、コンビでうまくコンビネーションを見せるからこそのもんでしょう?」
R−1はもともとピン芸人としての実力が問われる大会だ。コンビネタの方が生きるのに、敢えてピンネタにして披露したところで、審査員に一目で見破られてしまうのだろう。
そもそも壊滅的なオンチであったので、その点も破綻して史上最低得点を叩き出したのだが。
「……」
「やっぱり、新谷さんはコンビがいいと思いますよ。誰かいないんですか他に」
「……ははっ、もう俺は終わってるんだって。Mー1で史上最低得点出して相方からソッポ向かれた男だぞ? そう簡単に……見つからねえよ」
「ひ、ひどい……誰がそんなひどいことを」
「貴様が取材を入れた辛口フリーライターの奥田さんだよ!」
そ、そうでしたっけ?
「まあ、相方の件は私も探しておきますから。今は『凪坂ってナギナギ』にもっと力入れてくださいよ」
「……はぁ。わかったよ」
「彼女たちから得られるものもあると思いますよ?」
「ほぼ毎回絶望しか味わってないけどな……わかった……邪魔したな」
そう言ってトボトボと歩いて行く後ろ姿が寂しそうだった。
「……あ、あの新谷さん」
「ん?」
「私、今日暇なんですけど……その……美術館でも行きません?」
「美術館……」
「あ、あくまでネタの取材のためですよ。
「行く! 行くよ! わははは、実は気に入ってんだなあのネタ?」
「……なんとでも言ってください」
我ながらマネージャーの鏡だと思う。
あくまで仕事。
仕事なのだ。
「じゃあ、20分後に下で」
「わかった」
そう言って、外へ出ていく新谷さんを見送って。
「ああ……いい天気だ」
今日が快晴であったことを思い出した。




