頑張れ木葉ちゃん(3)
チュンチュン。
鳥の鳴き声が聞こえる。
「誕生日……か」
我ながら、センチメンタルだとはわかっているが、つぶやいてみた。いや、こんな日はそれを許して欲しい。昨日の新谷さんの腐った電話を無言で切った後、あまりにもムカつきすぎて定時でダッシュ。
もう、営業なんか、かけてやんないんだから。
「……はぁ、そんなわけにもいかないよね」
仕事は仕事だ。私情を挟んでいる私が悪い。
することもないので、いつものようにテレビをつける。いつものように有名な芸能人が出て、頑張っている。
「はぁ……」
この世界は、残酷だ。人より百倍頑張っても、人並みの生活ができる保証はない。いや、むしろそれだけでは生活できない人がほとんどだ。才能と運と努力が揃った限られた人だけが立てる舞台。
小さい頃からお笑いが好きで、この本吉に入社することに迷いはなかった。自分の手で天下一のお笑い芸人を生み出すんだって、ガムシャラに働いてきた。
そんな中出会ったのが、新谷大二郎という男だった。彼は、ボケの才能は皆無だが、ツッコミなら天下が取れる男だ。一目見て、確信した。でも、彼は断固としてボケを選択。その結果が、R−1回戦圧倒的敗退だ。
それは、一重に自分の力不足。マネージャーは裏方として、適性のある方に導けなかった。
♪♪♪
あっ、新谷さんからメール。
『美術館シリーズってどうかな?』
・・・
これは、一重に自分の力不足だ。このボケナスに、ツッコミの面白さを教えてあげられなかった自分の。
梨元プロデューサーから『凪坂ってナギナギ』の仕事を頂いた時、運命だと思った。MCとして、アイドルたちの個性を引き出す役割。彼女たちを回して、ツッコミの奥深さを知ってもらいたい。そう思って、ほぼ強引に……と言うか、完全強制的に引き受けた。
結果として、一部のコアなファンから毎回炎上させられるという二次的被害は受けているが、概ね評価は好評だ。
……でも、なんでだろう。
どこかガッカリしている自分もいた。彼ならば……いや、彼と彼女たちならばもっと面白くできるはずだ。もっと、もっと、もっと。面白い番組だとは思ったが、思った以上の成果でもなかった。
この番組で、新谷さんは完全に化けると思っていた。
期待しすぎなのか……私の想いが入って……目が曇ってしまっていたのか……
「はぁ……」
誕生日と言うのは、お祝いをする日じゃないってのは最近わかった事実だ。忙しい毎日に、ふと自分のプライベートを見つめ直す。そんな日だ。そして、今の自分を見つめ返したときに、出るのはため息と……
新谷さんの顔。
「もう……結婚しちゃうよ」
メールを打ちながらも、消して。
また、ため息をつく。
……なにやってるんだろ、私。
ピンポーン。
そんな時、インターホンが鳴った。
モニターを見ると、新谷さんの顔が全面に映し出された。
「な、なにしに来たんですかこのアンポンタン!」
「あ、アンポン……あの、今、時間あるか?」
途端に、胸が高鳴る。
「と、と、と、特にはないですけどっ! じゃなくてあるんです。あるんですけど特に用はないって意味で……」
な、なにを言っているんだ私は。
「じゃあ……あの、部屋に上がっていいか? ちょっと、見せたいモノがあるんだけど」
「へ、部屋ですか!?」
「ああ」
「……あの、仮にも女性の部屋に上がるのっていうのは……仮にもって自分が言うのもどうかと思いますけど」
「そうだな……確かに。ごめんな、突然」
「で、でも! マネージャーと芸人ですし、まあいいかな。別になにかあるってわけじゃないし! そんなわけないし!」
「……そう? じゃあ、失礼して」
そう言いながらドアを開けて遠慮なく新谷さんが入ってきたが、
・・・
「……なんですか、その格好?」
「美術館シリーズ、『牛乳を飲む女』」




