2件目 このよろず屋で雇われたい物好きが来た件 3/4
非日常の連続により疲れてしまった為、俺は一旦落ち着くことにした。
よろず屋の敷地から少し離れた場所にある公園まで歩き、深呼吸を始めてリラックスする。
「ふぅ……外の空気は清々しいな」
何度か深呼吸をしていくと、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのが分かった。
そして気持ちに余裕が出てきた後、再度先程までの事象を思い起こしてみることにした。
恒丸さんのギフト……ある意味、幸運の才能と言ってもいいかもしれない。
お金を見つけ、割引券を当て、鞄を見つけた。しかもその鞄には大金が入っている。
今まで一緒にいた時には、こんな不思議な事象は起こらなかった。
当初かなりの羨ましさを抱いていた俺も、忘れるくらいに何もなかった。
だが今回、偶然とは思えない程の出来事の連続。流石に思い出さざるを得ない。
”お金が集まる”という摩訶不思議系のギフトの力。
俺も聞いたことがない為、極めて珍しい部類のギフトなのだろう。
本当に偶然なのかも知れないが、世の中には不思議な力があるものだと思わざるを得ない。
「―――あの、すみません」
―――ん?誰だ?
遠くの空を眺めながら考え込んでいると、横から誰かが声をかけてきた。
声が聞こえた方に振り向いてみると、見覚えのある青っぽい服装と帽子が目に映る。
同年代くらいの男性警察官が一人立っていた。
「……はい。何かご用ですか?」
「実はこの近くでひったくりがありまして、周辺の方に聞き込みをしております。少しお時間を頂いても宜しいですか?」
「はい、大丈夫です」
警察官の青年から、近所で発生した事件に関する質問を投げかけられた。
なので俺は一つ一つの質問に対し、知りうる限りの事を真摯に答えていった。
「―――ということでして…」
「なるほど。捕らえた時にはその鞄はなかったからですか」
「はい。どこかに隠している可能性がありまして……。なので逃走経路を捜索している途中なんですよ」
「では、その鞄を見つけたら連絡すればいいってことですね」
「そうですね」
「…分かりました」
ひったくり犯は捕まえたはいいが、奪われた鞄が見つかっていないってことか。
捕まる前にわざわざ隠す理由―――別の誰かに渡す為?
可能性はあるかもな……俺が考える事じゃないけれど。
「では、もし”肩掛けの青い鞄”を見かけたらすぐに警察までご連絡下―――」
――ププーッププーッ
「―――っと失礼」
突然、警察官の腰にぶら下がっている無線機の音が鳴り響いた。
恐らく何かしらの連絡が入ったのだろう。
「……はい……路地裏……布を引っ掛けた跡?…分かりました。すぐ向かいます」
――プツッ
通話が終わった後、警察官は無線機をしまった。
そして俺の方に向き直ると、帽子を少しだけ摘まみながら軽く一礼をしてくる。
「……あ、ではすみません。ご協力ありがとうございました」
「いえいえ。お疲れ様です」
軽く一礼を終えた警察官は、どこかへ向かって走り去っていった。
世の為、人の為、真面目に働いている背中が何だか眩しく見える。
俺がここで休憩している今も、どこかの誰かは働いているのか……。
あんな真面目に頑張っている姿を見せられたら、俺も少しはよろず屋の仕事を頑張れる気がしてくるな。
それにしても……商店街の近くで事件があったのか。物騒な世の中だ。
奪われた鞄ねぇ。確か肩掛けできる青い鞄だったか?
青い鞄………青い…かば…ん?
ん?……んん?……ちょっとまて?
恒丸さんが拾ってたよな?鞄を……青い鞄を…。
ははっ…いやいや…おいおいまてまてッ。
それは偶然にしてもおかしくないか?ちょっとイベント発生しすぎだろ?
でも…アレ……なんか大金入ってなかったか?
「………はぁ……。………やっべッ」
俺はため息をつきながら、急いでよろず屋まで走っていった。
◇◇
よろず屋までダッシュで戻った俺は、すぐに玄関を開けて中にはいる。
そして拾われた青い鞄の特徴を確認する為、恒丸さんを探してみた。すると―――
「但野さん?慌てた様子でどうされたんですかぁ?」
「あ、恒丸さん!……外に行くのか?」
丁度、恒丸さんが玄関の前に立っていた。両手で青い鞄を抱きかかえている。
今から外出しようとしている様子。……ここで引き留める必要がありそうだ。
「はいぃ。今日はもう日が暮れてきたので帰ろうかと思ってましてぇ…」
「そ、そうか。その前に青い鞄の事なんだが…」
俺は改めて青い鞄の特徴を確認してみる。
すると奪われた鞄の特徴とほぼ一致した。
十中八九、盗難された物だった。
「はいぃ?どうかされましたかぁ?」
「その鞄をどうするつもりだ?」
「えっとぉ……これは私が拾ったので、有難く頂こうと思っていますがぁ…」
「いや、ダメだ。今すぐそれをこっちに渡してくれ」
「―――えッ!?えっとぉ…なんでですか?私が拾ったものですよ?横取りする気ですか?」
恒丸さんの顔から笑顔が消えた。怪訝そうにこっちを見てくる。
鞄を抱き締める手にも若干力が入っている様子だ。
やはり気まずい雰囲気になったか……。
とりあえずさっき警察官から聞いた内容を掻い摘んで伝えることにしよう。
「ち、ちげぇよ!実はそれ盗まれた鞄の可能性があるんだ」
「えっ!?……ッ……で、でも……」
「大金が捨ててあるとか普通おかしいだろ?捨ててあろうがなかろうが、警察には届けるべきだと思うぞ」
「……ッ……で、ですが…例え…そうだとしても……」
俺の言い分に、目を泳がせて躊躇するような態度を見せる恒丸さん。
しかし何かを決意したのか、やがて俺の目を見つめ返し―――
「やっぱり…今日この鞄を渡すことは出来ません!」
―――渡すことを拒絶された。
鞄を胸の前で抱きしめたまま、頑なに渡そうとしない。
「……なぁ恒丸さん。お前は金が欲しいのか?」
「そ…そうです!」
「何でそこまで執着するんだよ?そのお金じゃなくても自然に集まってくるんだろ?」
「そう…なのかもしれません」
「なら―――」
「但野さん……私のギフトが勝手にお金が集まってくる凄いギフトだと…思っているんですか?」
「…ッ!?……どういうことだよ?」
真剣な表情で俺の目を見返したまま、抑揚のない言葉を発した。
言葉のニュアンスから”お金が集まってくる”以外にもあると言いたげだ。
「メリットだけだと思っているんですか?」
「あぁ……そう思っている」
「ふふっ…そうですよね?他の人からしたら……知ってます。分かってます。今までそうでしたから……でもそうじゃないんですよ?」
「じゃあ何だって言うんだよ?」
「普段はまずお金なんて集まってきません」
「…ッ……それで?」
「でも必要になると不思議と集まってくるんです。誰かが無くしてしまったお金や、何か裏がある”危ないお金”が」
「………えっ?」
恒丸さんが口にした”危ないお金”という言葉。
”お金”に対して”安全”、”危険”なんて考えが全くなかった為、すぐには理解できなかった。
「但野さんが言いたいことは理解しています。このお金使ってはいけないお金なんだろうってことも理解できました。けれど私も…これが必要なんです」
恒丸さんは何かを思慮し……やがて切羽詰まったような表情を見せた。
そして意を決したのか俺の制止を無視し、強引に鞄を持ち去ろうとする。
「おい!?何持ち出そうとしてんだよ!俺の話を聞いていたのか!?」
「そ、その手を放してください!」
「放すわけねぇだろ!持っていこうとすんなよ!」
「お願いします!今日は…今日だけは見逃してください!」
「うるさいわねッ!アンタ達ッそこで何を言い争っているのよ!」
「――ッ!!?」
俺と恒丸さんが声を荒げた為、どうやらお嬢の耳に届いてしまったらしい。
お嬢が自分の部屋から姿を現し、こちらに向かって歩いてくる。
「仁、説明しなさい」
「…ッ…あぁ…」
俺はお嬢に事の顛末を伝えていった。
鞄を拾った事。
中に大金が入っていた事。
盗まれた物である可能性が高い事等々。
俺が分かる範囲での説明をしている傍ら、恒丸さんは暗い表情を見せていた。
「――それで今の状況になった」
「そう。なら次に恒丸さん。何があったかは知らないけれど…まずは渡さない理由を話してくれないかしら?」
お嬢は次に恒丸さんへ声をかけた。
先程の一喝するような言葉とは打って変わり、落ち着いた声色で優しく語りかける。
その言葉を聞いた恒丸さんは、少し俯き考えるような仕草をし―――やがて口を開いた。
「……分かりました。真剣に話をします」
「うん、教えて」
恒丸さんの口調がいつもより、そして先程までよりもしっかりしていた。
相当真剣な様子……一体何を話そうというのだろうか。
「…3年前。私の母が重い病気になってしまった時のことです。私の家は裕福ではありませんので治療費が払えませんでした。母は安静にすれば大丈夫と言っていましたが…最新の治療を受けないと恐らく治らないだろうって医師の方がおっしゃって……その時程、”お金が欲しい”と願ったことは…ありませんでした」
恒丸さんは過去の出来事について順番に語っていった。
家庭の事情、お金に執着する理由等―――話が進むにつれてその表情は次第に暗くなっていく。
「するとある日…家の玄関の近くに鞄が置いてありました。何だろうと中を覗き込んでみたら、その鞄には600万円程の大金が入っていたんです。その時の私は精神的におかしかったのかもしれません。童話で読んだ足の長いお金持ちの人が置いてくれたんだと思いました」
恒丸さんの声がだんだんと弱々しくなっていく。
つらい過去の記憶を順番に語らせている為、当然ではある。
「勿論、私のギフトの影響かと考えたこともありました。ですが、そこまでの大金は初めて見た為、よく考えることができませんでした。そして誰が置いていったか分からないそのお金は…ありがたく使わせて頂きました」
お嬢の様子は変わらず冷静だ。恒丸さんの目を見て聞いている。
一方、恒丸さんもそんなお嬢の真剣な目を見返しながら、過去の話を続けていった。
「それから母の容体は徐々に安定してきました。ですが…その使ったお金は使ってはいけないお金でした。後日見知らぬ男たちから突然脅され……借りた形にさせられました。お金を”盗ってしまった”証拠も…用意されていました」
恒丸さんの言う”危ないお金”の意味が、やっと少し理解できた。
ギフトに対する考え方もそうだが、恒丸さんの実情がやっと見えてきた気がする。
「それからは返済を余儀なくされました。でも毎月の取り立てが酷くて…利子を払うだけの生活になって…毎日が精一杯で…誰にも相談できなくて…。まだ…返済額が500万円近くもあるんです!全く先が見えないんです!もし私が払えなくなったら……多分どこかへ連れて行かれます」
「……大変なのは分かったわ。だけど…この鞄は警察に届けましょう」
お嬢が青い鞄の肩掛け紐に手をかけて取ろうとする。
だが、恒丸さんはお嬢に鞄を手放そうとはしなかった。
「…恒丸さん。手を離しなさい」
「そ、そちらこそ離してください!これはもう私の物です!」
「それは違うわ。どうしてそうなるの」
「このお金は…私のギフトでここに来たんですッ!!いつもそうでした!どうしても必要に迫られて…必死に願って…必死に祈った時には不思議とお金が集まってきました!私はその祈りが天に通じたと信じています!これがあれば…この苦しみから少し解放されます!今月の返済日は今日なんですッ!!お願いです!使わせてください!!」
「茜ッ!!まだ分からないのッ!?」
「――ッッ!!?」
前のめりになって訴えかける恒丸さんに対し、お嬢が大声で叱責した。
「よく考えなさい!!アンタにお金が集まるってことは、誰かのお金がなくなってるってことをッ!!それが合意の上で集まるならいいわ!だけど…本当にそのギフトで集まるっていうなら、ちゃんと確認を取りなさいよ!!もしそれが出来ないっていうなら、アンタは最低のクズよッ!」
「――ッ!!……ッ…わがって……わか゛ってぇ゛い゛ま゛すよぉッ!……げどぉ゛…」
お嬢の本気の気持ちが込められた言葉。
そのストレートな言葉を聞いた恒丸さんは、少しだけ涙を滲ませた。
お嬢の気持ちは分かる。
だが追い詰められた人にそれはきつすぎだ。
どうすんだよコレ………恒丸さんも……もう泣きそうじゃねぇか…。
「そう……それが分かっているのならいいわ。私が全額立て替えてあげる!無利子でね!」
「―――ぅぇ゛?…ッグスん…ぇ゛?」
「へ?お、お嬢!?でも借金が結構あるって…」
「何よ仁?私の借金額から考えたら大した問題じゃないわ!だから……ちょっと待ってて」
お嬢は自室に戻ると金庫の中から6つの札束を持ってきた。
そして自分の持っている鞄に詰めると、一枚の紙と共に恒丸さんへ渡す。
「これにサインしなさい。無利子で600万円を借してあげる。今度返済する予定だった分だけど…多分これで足りるでしょ?私の今持っているほぼ全額よ」
「――ッ!?……あ、ありがどう゛…ござい゛ます…」
恒丸さんは青い鞄を床に置き、お嬢の出した書類を確認する。
震える手を反対の手で押さえながら、ゆっくりとサインをした。
「それで…どこに行けば全額返済できるの?」
「ごごの最寄りの゛……駅の路地裏……空き地の゛場所に…21時でずぅ…ぅ…」
「21時……。そろそろ向かったほうがいい時間ね。仁!自転車で一緒に行ってあげて!」
「お、おう!分かった!」
俺はお嬢と恒丸さんと一緒によろず屋の外に出た。
そして自前の自転車をボロアパートの裏から引っ張り出し、最寄り駅まで向かう準備を行った。
「植野さん…但野さん…ありがとうございまず。…私……ごめんなさい…」
その準備の最中、恒丸さんが弱々しくお礼を言った。
泣いていた顔は先程よりも落ち着いてはいるが、まだ目のあたりが腫れぼったい。
「少しだけだが気持ちは分かる。……でも一つだけは文句を言わせてもらおうか」
「ぅ…はいぃ。……な、何でしょうかぁ…」
「今後はもっと…俺とお嬢に頼れよ」
「――ッ!?」
俺の文句を聞いた恒丸さんは少しだけ驚いた表情を見せた。
文句―――といっても不満を言うわけではない。俺の今の思いを言葉にして伝えるだけだ。
「もし今後も困ったことがあったら相談しろ。つらい時も悲しい時もイライラする時も全部聞いてやるし受け止めてやる。だからもう独りで抱え込むんじゃねぇぞ。俺達はもう……同じよろず屋の仲間なんだからよ!」
「……ッ……」
言葉にするには少し恥ずかしいセリフ。
だけど、ストレートな言葉でしか伝わらないこともある。今がその時だろう。
これで俺の気持ちは届いただろうか?欠片程度でも心に届いてくれてればいいが……。
「お嬢もそう思うだろ?」
「うん、そうね」
「…ッ…あ、ありがとう…ございますぅ…」
「言うことだけは良いこと言うわね?仁」
「おい…それを今言うのかよお嬢…」
お嬢なりの皮肉なのか、突然俺をからかってくる。
この場を和ませようとしたのだろうか。
それとも”口だけにならないでね”と警告しているのだろうか。
お嬢の考えはよく分からない。
ただその表情には、少しだけ笑みが零れているように見える。
「まぁいい。恒丸さん乗れ!最寄り駅までいくぞ!」
「は、はいぃ!」
「あっ仁!ちょっと待って」
俺は自転車の後ろに恒丸さんを乗せ、最寄り駅に向かおうとする。
だが出発する直前、お嬢に少し制止させられた。
「ん?…どうしたお嬢?」
「一応これを持って行って」
「これは……レコーダーか」
「うん。あと今のアンタの職業はボディガードよ。しっかり茜を守りなさい!」
「――ッ!!…ああッ!」
お嬢の言葉により、俺は恒丸さんのボディーガードとして気持ちが切り替わる。
言霊というやつなのだろうか………不思議とやる気が漲ってくる。
「よし……恒丸さん。しっかりお嬢の鞄を握りしめとけよ!完全な返済が終わるまで付き合ってやる!」
「は、はい!よろしくお願いします」
「っしゃあ!行くぞッ!!」
俺は自転車のペダルに力をいれ、最寄り駅まで走り出した。




