9件目 このよろず屋に様々な秋がやってきた件 10/11
仁と翔がキャッチボールをしている頃、瞳は真依と朱莉沙と共に話を弾ませていた。
各々が椅子に座りながら、お互いの事を話し合う。
「――ってことがあって、仲良くなれたんですよ~」
「協働作業で……何か良いですね」
「そうなんです!優しくてユーモアもあって…うえちゃん先輩は本当に素敵な先輩なんですよ~」
「ちょっ照れるやん…そんなことないて」
真依は照れるような仕草をしながら、朱莉沙の方へ笑顔を向けた。
仲の良い姉妹のような先輩後輩関係。
それを隣で眺めていた瞳は、若干の羨ましさを感じてしまう。
「そんなことありますよぉ。だって私、学生時代から知り合いたかったなぁって思ってたんですから」
「ほんまぁ?でもウチ、高校の時は結構堅物やったんよ?」
「えっ!?そうなんですか?初めて知りました」
三人の会話は、仕事の話題から学生の頃の話題へと切り替わっていった。
真依の学生時代に興味津々な様子を見せる朱莉沙の傍ら、瞳もその話題に耳を傾けようとする。
「上賀さんを見ていると…私にはちょっと想像できませんけど…」
「本当にそうだよね~。うえちゃん先輩の学生時代ってどんな感じだったんですか~?」
「う~ん…どうやったかなぁ……ウチの高校生の頃は…………」
真依は少しだけ顔を上げ、遠くの空を眺めた。
そして自分自身の学生時代―――在りし日々の情景を思い起こしていく。
模範的な良い生徒になろうと、勉学やスポーツに励み、所作や礼節に気を付けていたあの頃。
自分の”正義”と”信念”を抱きながら、勇往邁進していたあの頃。
そして窮屈さを感じながらも、良い子の仮面を被り続けていたあの頃を。
「…ただ単純にいい子ちゃんしてたかなぁ。勉強頑張って…スポーツ頑張って…ほんで………ん?」
普段通りの表情で話していた真依の表情が、僅かに歪んだ。
頭の中で思い浮かべていた情景に、仁と翔が登場してきた為だ。
当時の自分とは正反対の二人。
そんな二人に世話を焼き続けた記憶の数々が、次々と呼び起こされていってしまう。
2時間目の授業中に早弁をする仁。
女子のスカートをスライディングで覗こうとする翔。
掃除の時間に箒で打ち合いを始める仁と翔。
風紀委員としての責務から注意する自分。
注意中に終始しかめっ面を見せてくる二人。
そして最終的に自分を挑発し、逃亡を図る仁と翔の姿が思い起こされた。
徐々に良い子の仮面が剥がれ落ちていったあの時。
やがてカチンときて二人を追いかけまわし―――最後は一緒になって先生に怒られた…という事もあった。
「…仁と翔の世話ばっか焼いてた気がするぅ…」
「そ、その頃から仲が良かったんですね…」
「どぉなんやろぉ…」
「えっとぉ…良い思い出では…?」
「あの頃が一番…あかん気がしてきたわぁ…」
目を細め、渋い顔で遠くを見つめ続ける真依。
その姿に朱莉沙と瞳は苦笑いを浮かべていた。
「あはは…それも運命の巡り合わせなんですかね?」
「それなぁ…。多分キッカケは高1の終わりに…仁がウチを助けてくれたからやわぁ…」
「えっ!?助けてくれた…ですか?」
「うん。ウチ態度の悪い男女数人に囲まれたことがあってな?その時、守ってくれたんよ」
真依は瞳の問いかけに答えた後、少しだけその時の事を思い返した。
少し肌寒い日。人気のない校内の一画。
リーダー格の男に校舎の壁へ押し付けられ、脅されていた時の光景が脳裏に浮かぶ。
当時の自分の思考では、”正しい事をしている筈なのに何故?”という疑問があった。
理不尽な力の前に悔しさを噛み締め、少しずつ涙が溢れていった。
諦めに似た気持ちを抱いていたその時―――仁が近くを通りがかった。
「ほんで…何故かウチを助けた後は何食わぬ顔で歩いて行きよった」
「仁…そんな事もあったんだ…」
真依の話を聞く瞳は、少しだけ嬉しさを感じていた。
同じ様な事が過去にあった……その時の事を同時に思い出したからだ。
「因みに後日、ちゃんとお礼する為に別クラスへ会いに行ったんよ。助けてくれた時何も言えんかったしなぁ。それと、ついでに助けてくれた理由も聞いてみた。……何で助けてくれたか気になるやろ?」
「あっ!確かにそうですよね~」
「そしたらな?”いじめは良くないからだろ?”って真顔で言ったんよ…。その時、この人凄いわぁって思ったわ」
「それは凄いです…。但野さんって素敵な方だったんですね~」
「しかも、男の子を3人殴り倒したから数日間謹慎処分されとったのに…全然動じとらんかったんよ」
「ええ゛ぇ!?それも凄い……でもちょっと可哀想ですね…」
「そうなんよ…。先生にどんだけ話しても”殴った方が悪い”の一点張りやったもん…過程を考えたらウチが悪いのに…」
「うえちゃん先輩の行動も…私は正しいと思いますけどね…」
少しだけ暗い声になった真依に対し、朱莉沙はフォローを入れていった。
だがその言葉を聞いた真依は、首を横に振って応えるのだった。
「そんでも空気読めんかったウチも悪い。だから罪滅ぼしやないけど…クラスが一緒になった2年生の時に仁をちょっと意識してたんよ。…どんな人何やろって気になったしな?」
「でもその話からすると良い人だったんですよね?」
「そう思うやろ?でも観察していくとな?早弁するわ、授業は寝るわ、チャンバラするわ……」
「あ…それは……」
「良くない事ばっかやっとるやん!…って、心の中でツッコんだわ」
「確かに良くないですね…」
「だからウチは不良のレッテルを貼ったった。でもだからこそ、ウチが更生させたるって思ってたんよ……けど……」
「?…けど…?」
「いつの間にか一緒にワイワイするようになっとった!」
「何かちょっとドラマチックな感じですね~」
「えっどこが?色々大変やっただけやよ」
真依の口調は呆れたような言い方だった。
だがその表情には笑顔が見え隠れし、とても楽しそうに語るのだった。
「今考えると自分の”正しい”を周りに押し付けてただけなんやけどね。これが”堅物やった”ってこと」
「でもそれはやっぱり……うえちゃん先輩の行動が正しいと思いますよ?」
「ありがとな…でも、ウチの考えと他の人の考えはそれぞれ違う。…当たり前の事なんやけどね?」
少しだけ火照った両方の頬。
若干照れた表情を見せながら、真依は昔話を締めていく。
当時の自分が見えていなかったもの―――それを今は見ることができている。
昔よりも視野は広がった…だけど決して慢心はしないと真依は心に誓っている。
それがあの時からの数年間で、学んできたことの一つだからである。
今回話した内容は真依にとって少し恥ずかしい話だ。普段ならここまで話すことはまずありえない。
だが"今回は"あえて口にする事で、若き日にあった"大切な心の持ちよう"を少しばかり取り戻そうとしたのであった。
……ただ一つ誤算があるとすれば、ほろ酔い気分で感傷に浸り、饒舌になってしまった事だろう。
「それにしても、あの時の仁は”もう俺は勝組だから”って感じやったね。……結果はお察しやったけど」
「それが”やりたい放題”と”精神的余裕”を生んでいたのでしょうかね?」
「そうかもしれんなぁ。でも…そんな自由で正直な仁に憧れとった。勿論、翔も…あれで結構いいとこあるの知っとるし…今は皆”大切な仲間”なんよねぇ…」
真依は酔った表情ながらも、真っ直ぐな瞳で空を眺めた。
朱莉沙と瞳は真依の言葉を聞き、その言葉が嘘偽りのない思いであることを感じ取っていく。
「あっ…これ本人には言ったらあかんよ?何か恥ずかしぃし」
「うえちゃん先輩って、但野さん達の事が好きなんですね」
「うん好きやよ。仁も翔も」
「なら、どっちかには……」
「朱莉沙…ストップ」
朱莉沙が口にしようとした言葉に、真依は言葉と人差し指で待ったをかけた。
その様子に朱莉沙は目を丸くし…やがてゆっくりと口を閉じていく。
そして一瞬の静寂の後、真依は口を再度開き、自分の中の思いを口にする。
「ウチにとってはそんな関係なくてもな?変わらないこの関係が好きで、変わらない二人が好きで……今が1番好きなんよ」
そこには自然な笑みが浮かんでいた。
屈託のない真依の微笑み。
それを見た瞳は、ふと心に思うことがあった。
仁と茜……二人と今後もどのような関係でありたいのかということだ。
今の繋がりが"仕事上"だけでしかないかもしれないからだ。
とりあえず茜は"友達"と言ってくれたことを覚えている―――だから少しだけ安心している。
じゃあ仁は?どうなのだろう?仕事上の繋がりだけしかないかもしれない。
……瞳は次第にそう考えてしまう。
「…私は…どうしたいんだろう…」
煩慮する心の声が微かに零れた。
そしてその声は誰の耳にも届くことなく、涼やかな風の中に消えていった。




