9件目 このよろず屋に様々な秋がやってきた件 9/11
罰ゲームがひと段落した後、バーベキューを再開した。
皆で残りの肉や野菜を焼いて食べていく。
そしてお腹が大分満たされてきた頃合いに、翔が小さな鍋を1つ持ってきた。
「ほな、最後に余った食材でシメの鍋でも作ろか~」
「ッ鍋!?」
「何や仁?どないしたんや?」
「あっ…いや、別に」
「鍋といっても多くはないで?野菜の味噌汁程度のやつや」
翔は余った秋野菜を小さな鍋に放り込み、そこに味噌を溶かして煮えたたせていった。
やがて野菜に熱が入り、シメの味噌鍋が完成すると、お椀のような深めの皿に入れられ、配られていく。
気温が少し下がってきた秋空の下。
翔から受け取ったシメの一杯を口にする。
秋野菜の旨味と味噌汁の風味豊かな温もりを口いっぱいに感じ取ることができた。
具材が多く入っている為、食べ応えも十分ある。……とても満足できる一杯だった。
「じゃじゃーん、レモンサワー!ウチはやっぱりお酒を嗜むわー」
「お、お前…酒を持ってきてたのかよ!?車で来たんじゃねぇのか?」
「帰りは朱莉沙が運転してくれるって言うてくれたから大丈夫~。ほな、頂きまーす」
――ぷしゅっ
――ごくごく
「ワイも…ちょっと飲みたいんやけど……」
「俺だってちょっとくらい飲みてぇよ…。でもお前も車だろ?我慢だ我慢」
俺と翔は味噌鍋を立ち食いしながら、真依の方を眺め続ける。
一方真依は、テーブルの椅子に座りながら美味しそうにお酒を飲んでいた。
バーベキュー場一帯を彩る紅葉を眺めながら、渇いた喉を潤す真依。
三口ほど飲んで一息ついた後、俺の方に笑顔を向けてきた。
「…何こっち見てんだよ?」
「…これが紅葉狩りの醍醐味やね。あ~おいしっ♡」
それは笑顔ではなくニヤり顔だった。
”とっても上機嫌”といった雰囲気を醸し出してくる。
真依ィ……中々良い”笑顔”を見せつけてきやがるじゃねぇか…。
それはアレか?挑発か?
俺がその炭酸……抜いてやろうか?(ニッコリ
「あっ…そういえば仁のお仕事の話、そろそろ詳しく聞きたいなぁ」
「…ッ…何でいきなりその話になるんだよ…」
酒を飲んで少し上機嫌にでもなったのだろうか?
急に真依が俺の近況報告を要求してきた。
”就職したこと”を伝えたのはつい先日のメール。
まだ何も教えていない為、気になって聞いてきたのだろう。
「だってぇ、ウチも翔も心配しとったんやから…ねぇ?」
「せやで。ワイらに状況ぐらい報告せんかい」
「べ、別に…俺の近況報告なんかどうでもいいだろ…」
「色々と情報収集してあげたのにぃ?もしかして…忘れてしもぅたぁ?」
「ぐっ……それを言われたら返す言葉もねぇ…」
皆が就職していった後も、俺は未だプーさんとして地元の山に存在していた。
その時期に気にかけてくれた友人達の頼みとあっては………俺も口を開かざるを得ない。
俺は一息ついた後、心を決め、近況報告をすることにした。
よろず屋の仕事内容。
従業員との関係。
最近の出来事などなどなど。
所々、お嬢と一緒に話を交えつつ、真依と翔に教えてやった。
「―――という感じだ。だよなお嬢?」
「う、うん……大体そうね」
「瞳ちゃん…社長さんだったん?凄いわ~」
「植野さん…凄いですね。尊敬しちゃいます!」
俺とお嬢の話を聞いていた真依と猪江さんは、お嬢を取り囲んで質問攻めを開始した。
最初は困惑していたお嬢だったが、二人の質問に答える度に少しずつ笑顔を見せ始めていく。
「う、嘘やろ?女の子に囲まれて…お仕事しとるんか…?」
そして翔は俺の方へ振り向き、話しかけてきた。
「おい…変な言い方してんじゃねぇよ…」
「どこがや!話聞く限りそうやないかい!ほんで…”奴隷のように”使われとるやと!?くぅぅッ!羨まけしからんッ!」
「何羨ましがってんだよ……お前変態かよ」
「奴隷ハーレム主人公は男の夢やんけ!」
「まぁそれは………って…ちげぇだろ…逆だぞ逆…」
俺は翔の言葉を否定しながら話を受け流そうと努力する。
勿論、可愛い女の子を奴隷にする物語は俺も嫌いじゃない。そこは全面同意しよう。
俺がもしその立場だったら……よろず屋のお嬢様達とあんな事やこんな事ができる。
従順なお嬢にドMな茜…想像するだけで………グふっッ!?…ぬ゛ぅぅんッ!落ち着け!
た、確かに男の夢がそこにはある……かもしれんだろう。
だがこれは現実……実際の物語は俺が奴隷側だ。
例えばよくあるシチュエーション―――”お風呂中のお嬢とキャッキャしてみた”を俺が実施したとしよう。
その瞬間に処刑が確定。社会的弾圧の後、俺の歴史がフィナーレする。
そして最後は警察車両でお引き取りだ。ドナドナされる光景が目に浮かぶ。
「まぁええわ。…んで、今はどこらへんに住んどるんや?ワイがちょっぴり遊びにいったるで?」
「おうそうか。来なくていいぞ。今はよろず屋で住み込み中だからな」
「んなッ!?なんやってぇッ!?」
俺の口にした言葉に、翔が激しく動揺を見せた。
目を丸くし、驚くような表情をしている。
だが、その表情はすぐに元へと戻っていった。
俺の目を見返し、柔和な笑みを見せてくる。
「なぁ、仁…」
俺との距離を徐々に詰めてくる。
そして、俺の肩に手を置いてくる。
俺の顔を覗きこむように見てくる翔の顏は、何故か影が差していた。
「ちょっとあっちで……キャッチボールでもしよか?」
「…お、おぅ…」
ニッコリとした表情の翔。
だがその目は全く笑っていなかった。
俺は翔の鞄からグローブとボールを取り出し、人のいない広場まで付き従った。
◇◇
キャンプ場の隅の広場。
人があまりいない場所まで歩き、翔とキャッチボールを開始した。
「とりあえずワイのジェラシー……受け取らんかいッ!!」
――ビュンッ
「うぉッ!?」
――バシンッ
とんでもない速さの野球ボールが俺のミット目掛けて飛んできた。
久しぶりに行うキャッチボール。左手に慣れない衝撃が伝わってくる。
そして目がまだ慣れていない為だろう。少し怖いぐらいのボールスピードだった。
「おまっ…いきなり本気出すなよ…」
――ヒュッ
俺は翔に軽くボールを投げ返した。
――ボスッ
するとそのボールは翔の胸の中央へと飛んでいき、構えられたグローブの中に収まっていく。
「……何や仁。意外とコントロール良いやんけ」
「そうか?久しぶりだったからどうかと思ったけど」
――ヒュンッ
――ボスッ
「会話のキャッチボールも出来るようになったようやなぁ」
「元々できるわッ!馬鹿にすんなッ!!オラァ!!」
――ビュンッ
――バシンッ
俺は力を込めて、翔にボールを投げつけてやる。
そして翔も、俺の胸のど真ん中へとボールを投げ返してくる。
中学からのキャッチボール相手である翔。
その頃の投げ合っていた記憶が想起されてくるこの光景。
学生から社会人となり、周りは色々と変わっていった。
だがこの瞬間の気持ちだけは、あの頃と何も変わっていないように感じることができた。
「……さっきから何ニヤついとるんや?」
「ん?いや、ちょっとな。…久しぶりにキャッチボールをすると楽しいなぁ…ってよ」
「あ~…それはあるなぁ。仁と投げるのも久しいしなぁ」
「昔は日が沈むまでやってたよな。あの頃はもっと無茶苦茶だったけど」
その後も翔と昔の話を続けながら、キャッチボールを続けていった。
ボールを使ったキャッチボール。
そして会話という名のキャッチボールだ。
「そいやぁ仁の才能。職業適性が良くなるやつやったやろ?」
「ん?まぁ大体そんなところだな」
「今の職業がよろず屋店員やっけ?……本当は何しとるんや?」
「いや…色んな依頼とか…配達とか…」
「話の内容を聞いとると食事とかも作るんやろ?店員が瞳ちゃんの世話までするか?」
「ッ!?そ、それは……一応隣人でもあるし……」
「”奴隷のように”言うとったが……ほんま”奴隷”でもやっとるんか?」
「ッ!?ま、まさかぁ…」
「ん?……ほぅほぅ…」
――キランッ
その瞬間、翔の目が怪しく光ったように感じた。
不気味な笑顔を見せてくる翔に、俺の心が若干動揺を見せてしまう。
「仁は分かりやすいのぉ。何か隠しとるやろ?」
「か、隠してねぇよ!?別にいいだろ?」
「別にぃ?ホンマに隠しとったんか?」
「…チッ……しまった…」
「なら余計に聞かんとあかんなぁ。ワイに全部…聞かせてみぃ?」
「……絶対…誰にも言うなよ?」
「……勿論やで?」
俺は仕方なく、奴隷として雇われていた旨を洗いざらい打ち明けていった。
面談の時、奴隷にされた事。
就職決定後に、色々こき使われた事。
少し前に仲良くなれた事などを、翔に少しだけ教えてやった。
「―――ほんまに奴隷ハーレムをしとるとはなぁ……」
「いや、だから俺が奴隷なんだけど…」
「奴隷でもハーレムやろ?」
「肩身狭くて何もできないぞ?唯一できるのは目の保養ぐらいだ」
「ほーん…そんなもんか。…あの瞳ちゃんがなぁ……かわええ顏して結構やるやないか」
「何がやるんだよ。…まぁ、色々と凄かったけどよ…」
俺はよろず屋で働くようになった当初の記憶を、少しだけ思い返してみることにした。
一つの仕事を終えたと思うと次の仕事を命令してくるお嬢。
俺が拒否すると揚げ足を取っていき、言葉と命令で必ずマウントしてきた。
それに自分でやればいい事も俺にやらせ、”メモを取れ”だの”よく見直せ”だの色々と口うるさかったことを覚えている。
だが今、改めて思い返してみると……俺はお嬢の言葉の本質を理解できていなかっただけかもしれない。
仕事に慣れない俺を鍛える為、そして上手く使う為であった…そんな気がしなくもないのだ。
もしかしたらその言葉の多くが、思いやりを内包した行動だったのではないか…。
そしてその思いに……俺が気付けていなかっただけではないのか……と。
だが俺への対応が色々悪かったことには変わりがない。
俺の額でフローリング掃除するのが好きだったしな……これは紛れもない事実なのだ!
「ほんでも…その恩恵は盲点やったなぁ。昔は仁のギフトを妬ましく思った時期もあったんやけど……ウケるわぁ!」
「笑い事じゃねぇよ。お前の”文才のギフト”の方がマシだ。社会で役立ってんだろ?」
俺は翔に自身のギフトに関する話を振ってみた。
翔の持つ”文才”のギフト―――”言葉”を使うことも得意になるであろう才能の一つだ。
社会の中でのコミュニケーションは必須。
”言葉”を上手く使えるかどうかは、とても重要なことだろう。
翔は人とのコミュニケーションが上手い。
自分の才能にあぐらをかいていた当時の俺ですら……少し羨ましく思っていた。
「多少マシなぐらいやな」
「何だよ……そういうもんなのか?」
「メールや報告書をまとめる時ぐらいやなぁ。まだそこまで営業できとるわけやないし…ワイ自身の才能をフルに活かせる環境におらんこともあると思っとる。才能を100パーセント引き出せてないワイのせいでもあるかも知れへんけどな?」
「環境か……確かにそうだな」
環境によって望まれる能力は変わってくる。
何かに優れた才能を持っていても、その環境で望まれるものではない場合もあるからだ。
例えるならパソコン作業が得意な人が、ひたすら荷物運びをしてるようなもの。
好きでしているならいいかもしれないが……才能という点では勿体ないかもしれない。
「ほんでそれに気づいたのが、この前会社であった研修なんや」
「会社の研修か……俺にはよく分からないな…」
「社会人としてのマナーとか、文書の書き方だとか、そういうもんを学ばされる場所やで」
「へぇ……そんな事もやってるのか…」
会社では色んな研修をしている……その事を俺は初めて理解することができた気がした。
社会の中で皆がそれぞれ、翔の様に自己研鑽をしているということを……だ。
では俺は…どうなのだろう?ふとそんな考えが頭をよぎる。
翔は今も自分を磨いていっている。
そして誰もが学び、自分を高めようと頑張っている。
そう考えると俺は何を…この社会の中で学べているのだろうか?
「ほんでな……ワイはちょっと小説を書き始めることにしたんや」
「うぉ!?マジかよ!今度俺に見せてくれよ」
「ダメや。人様にはまだまだ見せられへん出来やからな」
「別に俺は気にしないけどな」
「因みに仁には、勿体無くて見せられへんってことやけどな?」
「こいつ…馬鹿にしやがって!俺の怒りを思い知れッ!」
――ビュンッ
――バシンッ
「…ええ球投げるやんけ。野球選手にでもなれるんちゃうか?」
「適当におだててんじゃねぇよ。さっさとそれを投げてこい」
俺は翔に返球を要求し、キャッチボールを再開しようとする。
だが翔はそのボールを返球せず、何故かグローブに保持し続けていた。
「……そーいや……」
翔は少し考えるような仕草をする。……何か言いたそうに声を漏らす。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
その様子に、俺は構えていた左手をだらんと下げ、翔に声をかけてみた。
「あ~……朱莉沙ちゃんの事なんやけど………胸…大きない?」
「お、お前ぇ……意味深な雰囲気からの話題がソレかよ……」
「まぁ、ワイは朱莉沙ちゃんぐらい胸の大きい娘が好みやからなぁ」
「お前の好みなんて聞いてねぇよ」
「瞳ちゃんはちょっと範囲外やった……なぁ?」
「俺はあれぐらいが丁度いい……ってッ!何言わせんだッ!」
「自分で言っといて何ツッコミ入れとるんや。瞳ちゃんに言うてもええんか?」
「テメェ……絶対言うなよ?」
「何でや?”メッ”されるんか?」
「あぁ、十中八九…"滅ッ"される」
お嬢の胸の話なんてしたことはない。
何故なら絶対セクハラ発言だからだ。これは世間的にも間違いはない。
もしお嬢に聞かれたら…おしおきされる未来が容易に想像できてしまう。
「あっ……せや。もう一つだけ言い忘れとったわ」
翔がまた、何かを言いたそうな言葉を口にした。
先程の話題から下らない話をすることは明白だ。
翔との付き合いは長い……それも容易に想像できる。
「……まだ何かあんのかよ?今度は真依の胸の話か?」
「これはただの言い忘れや。……就職…おめでとさん」
――ヒュッ
「…ッ!…へいへい、ありがとよっと」
――ボスッ
翔から山なりに投げられた、ゆったりとした優しいボール。
俺はそのボールを何事も無く、変わらない動作でキャッチする。
それは今日投げられたどんな言葉よりも重く、心のこもった言葉だった。
そして俺達は暫くの間、キャッチボールを楽しんでいった。




