表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/56

9件目 このよろず屋に様々な秋がやってきた件 7/11


 連れてきた子を呼んできた真依が、テーブルの場所まで戻ってくる。

 手には水切りのできる籠を持っており、中に切られた野菜が入れられていた。


「ちょっと待ってな。これ置いてくる」

「すみません…遅くなってしまって。ちょっとだけ待ってくださいねー」


 真依と連れている女性が野菜の入った籠を持って歩いていく。

 そして調理用の簡易棚にそれを置き、空いている椅子へと座った。


 真依の連れてきた女性は少しウェーブのかかった癖ッ毛で、薄いピンク色の服装をしている。

 和かな表情と優しい声。何となくほのぼのしてそうな印象を受ける。


「皆集まったようやし…ワイから自己紹介するで?ええか?」

「それでええよ。はよして」


 今日のメンバー5人がバーベキュー用の簡易テーブルにつく。

 初顔合わせの人がいるということもあり、各々の自己紹介タイムが設けられた。


「ワイは雪松 翔(せっしょう かける)ってもんや。普通のサラリーマン営業してますわ!呼び方は何でもええで!よろしゅー」


 翔が挨拶をすると、お嬢と真依の連れてきた娘が挨拶を返す。

 2人揃って頭を少し下げ、”宜しくお願いします”と口にし会釈した。


「もしバーベキューで分からんことあったら何でも聞いてや?手取り足取り優しく教えたるで」

朱莉沙(ありさ)。アレに絶対触れたらあかんで?そこの茶髪は破廉恥やからな」

「えっそうなの?」

「ワイは卑猥な男なんかやないで。ただ堂々と…男らしく生きているだけや」


 ジトっとした目で”卑猥な者”を指さす真依に対し、胸を張って堂々と言い切る翔。

 その顏には爽やかな笑みが浮かんでいる。

 はたから聞いていたらこのやり取りは冗談にしか聞こえないだろう。


 でも俺と真依は知っている。こいつが破廉恥で合っていることを。


「まぁええわ。ほんなら次はウチの番やな。ウチは上賀 真依(うえが まい)っていいます!そんでウチも会社員。デザイン関係の仕事をしてるんよ。初めましては…この中やと一人だけやね。よろしくな~」

「えっと…よろしくお願いします。上賀さん」


 真依がお嬢に向かって笑顔で挨拶をした。

 それに対し、お嬢も軽く会釈をする。


 テーブル越しに向かい合い視線を合わせる二人。

 真依は頬杖をついてじっくりお嬢を観察している。

 一方お嬢は若干緊張しているのか、少し俯き気味で上目遣いだ。


「貴方とっても礼儀正しいんやね。肩肘張らずに”うえちゃん”か”真依”って呼んでくれてええんやよ?」

「それより”上様”の方がしっくりくるんとちゃうか?おったやろ?暴れん坊の将軍様が」

「誰が将軍様や!蹴り入れるで!」


 真依と翔の冗談めいたやり取りが発生した。

 へらへらと笑いながらいじる翔と、冷たい視線でツッコミを入れる真依。

 相変わらずこの二人はノリがいい。日常会話でコントばかりやっている。


「もう…翔はいつまで経ってもガキやね。ほんなら次は朱莉沙(ありさ)

「あっはい。私は猪江 朱莉沙(いのえ ありさ)って言います。うえちゃん先輩に紅葉の名所に行こうと誘われまして、今回ご一緒させて頂きました。よろしくお願いしますー」


 俺とお嬢は優しい笑顔で挨拶をしてくる女性―――猪江さんに会釈をした。

 翔も初対面のようなので一緒に会釈をする。勿論、若干鼻の下を伸ばしながらだ。 


「それにしても…”うえちゃん先輩”って何だ?」

「あーそれな。ウチ会社で”うえちゃん”呼ばれてるんよ」

「だからか。納得した」

「そんで朱莉沙はウチの会社の2年目社員なんよ。どや?めっちゃ可愛いやろ?」

「せやな。真依にしてはええ働きしたで」

「アンタには聞いとらん。もし朱莉沙に手ぇだしたら…分かっとるな?」

「おっほぉ…こっわ」


 真依の牽制に対し、茶化すような表情で受け流していく翔。

 そんなやり取りの連続に、お嬢と猪江さんも若干笑みを浮かべ始めた。

 ここで険悪なムードは一切感じられない。

 寧ろ翔の変幻自在な顔芸に、場が和やかなムードになっていった。


「じゃあ次は仁の番。自己紹介よろしくな」

「んじゃ簡潔に自己紹介するぞ。俺は但野仁。気軽に仁って呼んでくれ。以上」

「おい仁。ほんまに簡潔やな。他に何かないんかい?」

「自己紹介としては十分だろ。それとも野郎の自己紹介をもっと聞きたいのか?」

「ワイはお断りや」

「ならいいだろ。ハイ次お嬢」


 俺は猪江さんに改めて会釈した後、お嬢に会話の流れをバトンタッチした。


 あまり自慢気に公言できることは一つもない。

 なのであまり深掘りされる前に話を流しておくことにした。


「え、えっと…私は…植野 瞳と申します。その…今日は宜しくおねがいします…」


 俺を含めた4人の視線を浴び、若干委縮してしまっている。

 パーティーの時とは違い、貴族の仮面を被っていない素のお嬢。

 パーティーであしらうのは手慣れたものだが、この場の空気にはまだ慣れないご様子だ。


「植野さん若そうやけど…今いくつなん?」

「19歳…です…」

「え~!若いなぁ~。ウチの5つ下やん。ほんなら呼び方”瞳ちゃん”に変えてもええ?」

「あっ…はい。大丈夫です」


「瞳ちゃんは仁とどういう関係なんや?」

「自然に名前で呼んできたなコイツ」

「えっとぉ…仁とは同じ職場の……」

「後輩ちゃんやな?」

「いえ、仁が部下です」

「ぶ、部下!?ということは…上司やと!?」


 翔の適当そうな表情が驚きの表情に変化した。


 無言で椅子から立ち上がりテーブルを半周し、俺の横まで来る。

 そして俺の肩に軽く手を乗せた後、笑顔で顔を近づけてきた。


「お前……瞳ちゃんにどんなプレイをさせとるんや?」

「させてねぇよ…それが真実だ。つか顏を近づけてくんじゃねぇ。…あっちいけ」

――ドスッ


 俺の視界の大半を占有し不快感を与えてくる翔に対し、腹を軽くつつくことで仰け反らせる。

 肋骨の下あたり。指2本で斜めから突くと効果が高い。


「ちょッ…横腹やめーや!」

「軽いノリで顔面を近づけてくるからだ」

「ええやろ別に。ワイのスキンシップに照れとるんか?」


 翔は俺をからかうように、ニヤついた顔を再度近づけようとしてきた。

 絶対に反応を見て楽しもうとしている。完全に俺を煽ってきている。


 どうやら翔は俺との拳の語り合い(スキンシップ)を望んでいるようだ。

 仕方がない…本気で迎撃してやるとしよう。


 俺は座ったまま翔の方へと体を向けた。

 テリトリーを犯そうとする侵入者―――翔に対し、左手を前に出して突きの構えを見せる。


「どうやらもっと横腹を突いてほしいようだな。このマゾ野郎」

「そんな仁は人様をつつきたくてしょうがないようやな。全く困った性癖やで」


「ほぅ…よく言った。ならば次は正中線を突いてやろう。喜ぶがいい」

「それはワイの股間も含まれるんか?そんなとこつつかんといてや~」


「……もう貴様に慈悲はない。今すぐ絶滅させてやる!!」


「なぁそこぉ~。2人でイチャついとらんと、そろそろバーベキュー始めへん?お腹減ってきたわ~」


 翔の冗談に乗って軽く成敗してやろうと考えた矢先、真依が俺と翔に話しかけてきた。

 ”早くバーベキューを始めよう”という言葉。確かに時間的にはもうお昼だ。

 お嬢や猪江さんも何だかお腹が空いていそうな雰囲気。ふざけて遊んでいる場合ではなかったようだ。


「………まぁ……確かにそうだな…俺も腹減ってきたし。つかイチャついてねぇ」

「何や、良い所やったのに。ほな準備を始めるとするで」


 バーベキュー用の椅子から立ち上がり、荷物を置いた場所に行く。

 そして各々が持ってきた食材を取り出し、バーベキューの準備を始めていった。






◇◇






 翔達がテーブルに皿や調味料などを出している傍ら、俺はコンロ下の炭に火をつけていく。

 そして良い感じに火が広がってきたら、バーベキューの焼き担当である真依にバトンタッチした。


「朱莉沙。紅葉を眺めすぎて焦がしたらあかんよ」

「確かに見入ってしまいそうですけど…多分大丈夫ですよー」


 真依と猪江さんは辺りの紅葉を眺めつつ、自分達の用意した野菜を網にのせていった。

 カボチャ、サツマイモ、キャベツ、シイタケ等が網の上で焼かれる。

 垂らされた醤油の香ばしい香りが食欲をそそる。


「あれ?それにしても…」


 俺はコンロに置かれた網の上を見る。


 真依と猪江さんが野菜を焼いている網の上。

 そこには肝心のお肉がのせられていなかった。

 そしてテーブルの上……そこにもお肉の影が見えなかった。


 女子連中は野菜先行でもいいかも知れない。

 だが俺は一番に肉を食いたいと思っている。…これはいかん。


「なぁ真依。肉はどこだ?」

「ん?それは翔が持ってくるってゆーとったよ。姿が見えんし…車にでも忘れてきたんやないの?」

「成程…なら俺の持ってきた肉を先に焼いてもいいか?」

「ええよ。焼くから持ってきてー」

「あ、でしたら私も出してきていいですか?」

「朱莉沙も持ってきてたん?ならそれも一緒に焼こ」


 俺は自分の荷物を置いた場所まで戻る。

 そして自分の持ってきたお肉をボックス内から取り出し、俺は一人笑みを浮かべる。


 クククッ……登場には少し早いが、このドッシリとした肉塊を見たら…みんな驚くだろうな。


 俺の持ってきたパッケージ……そこには大きな1枚肉が入っている。

 昨日商店街のお肉屋さんでわざわざ購入したステーキ肉だ。

 インジェクション処理とカットが既にされている加工肉。

 量の割に値段はそこそこなのでコスパは良い。そして味の評判も悪くはなさそうだった。


 俺はそんな素敵なステーキを手に、野菜を焼く真依の元へと戻っていく。

 すると、猪江さんが一足先にコンロの前まで戻ってきていた。


 その手には木目調の箱が持たれている。

 この美しい自然の下でも映える、趣のある箱だった。


「――実はこれね?うえちゃん先輩に食べてほしくて内緒で持ってきたの。お口に合えば嬉しいかな~」

「えーもうっ!その気持ちだけでウチ嬉しいわー」

「何や何や、イチャコラして?ワイも仲間に…」


―――パコッ

―――キラキラ


「…えっ?」

「…げッ!?」

「…うひょッ!?」


 猪江さんが木目調の箱を開ける。

 その中から顕現したもの…それは霜降りの宝石のような牛肉だった。


 それを見た”山の民”勢―――俺を含めた3人が揃って絶句した。


 豪華食材が放つ神々しい光。俺の枯れた目が耐えきれずにやられていく。


「朱莉沙……何コレ?」

「え?……牛肉だよ?」


 首を傾げて笑顔で答えている猪江さん。

 真依の言った”何これ”という言葉の意味を恐らく理解していない。


 さも”普通のお肉”を持ってきたように発した言葉。

 そして雰囲気からも、かなりの確率でお嬢様な気がしてきた。


「こ、こんなお肉持ってきてるなんて…ウチ聞いてなぃ…」

「少しだけ奮発してもらったの。これなら喜んでくれるかなぁって」


 超美味そうなサーロインが眼前に現れる。

 それだけで本日の”バーベキュー”のレベルが格段に跳ね上がっていったのが分かった。


「とても良いお肉ですね?どこ産のお肉ですか?」

「えっとぉ……ザカマツ産のA4ランク?だったかも?なんか熟成してあるらしいよー」

「ミディアムで食べるととっても美味しいですよね」

「そうそう。一口サイズに切ってから、軽く炙って食べよっか」


 どうやら猪江さんはお嬢と気があうようだ。

 少し距離を置いて見ているが、話が結構弾んでいる。

 貴族あるあるの話なども少し聞こえる為、もうほぼほぼ間違いはない。

 このお方はお嬢様。失礼の無いように心がけておこう。


 お嬢達は高級肉を一口サイズに切り、網の上にのせていく。

 炭火で炙られる高級なお肉様。焼ける香りも一級品だった。


 猪江さん……バーベキューにご参加頂きありがとうございます。

 網の上で輝く高級肉に……わたくし…涎が止まりません。


「なぁ…仁…」

「…ッ……あん?何だよ?」


 お嬢様達が笑顔で調理する中、翔は自身の運んできたクーラーボックスから何かを取り出そうとしていた。

 その声には覇気がなかった。

 そしてその背中には、憂いのような何かを感じた。


「ワイの肉…これ出してもええと思うか?」


 翔の手にしていたもの……それは1枚の大きな牛肉だった。

 スーパーでよく見るパッケージの上に置かれ、ラップで密封されている。

 お買い得ステーキ牛モモ肉―――1980円。


「お前もステーキを持参してくるとはな…」

「その手に持っているもの……仁も持ってきとったんか…」

「まぁな…だが出鼻を挫かれた。タイミング次第では比較対象として晒し者になっていたところだ」


 俺と翔はコンロから一旦距離を取り、緊急ミーティングを開始した。


 俺は顔に片手を当てて考える。翔も考える人のポーズで考える。

 良かれと思って持ってきた”とっておき”が、空気になる恐れが出てきた為だ。


「ワイはステーキで場を盛り上げるつもりやったけど…あの様子を見ると多分もう無理やな…」

「考えも同じだったか……恐らくその通りだ」

「なぁ同志…この肉はいつ出したらええと思う?」


 お嬢達女性3人が会話する中、少し距離を置きながらコソコソと会話していく。

 ステーキでテンションを上げていく予定が既に上がり切ってしまっている。


「今は諦めろ。この流れで出しても空気扱いになるだけだ」

「ワイのメンツってもんがあるんや…。さっき"ええ肉持ってきたで!"って真依に豪語してもうた…」


「馬鹿だなお前。だったらこれを地元名産のジビエとして…」

「あかんやろソレ……どう見ても牛肉やんけ…」

「なら地元自慢のお肉として…」

「これが自慢とか……地元魅力なさすぎやろ…」

「まぁそうなるよな……冗談だ。とりあえずパッケージから出して、これを下ごしらえするぞ」

「それがええな……筋切りから始めよか…」


 俺と翔は無言で肉のスジを切り、コーラを入れた深めの皿に浸しておく。

 女性陣がワイワイお肉を焼く中、俺と翔は黙々とお肉のレベルを上げていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ