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9件目 このよろず屋に様々な秋がやってきた件 6/11


 紅葉狩り当日。

 日の出と共に布団から起き上がり、外出の準備を始める。



 軽く朝食を食べた後、近くのレンタカーショップで(ミニバン)をレンタル。

 レンタルした車はよろず屋の前で停車させ、クーラーボックスを車に積んだ。


 クーラーボックスの中にはいくつかの食材や簡易皿等が入れてある。

 全てバーベキューで使うものだ。最低限は準備しておかねばならない。


 やがてひと通りの準備が完了した為、俺はよろず屋の時計に目を向けた。


 時刻は午前8時45分。

 約束した集合時間は午前11時。


 よろず屋から目的地までは車で2時間程かかる為、そろそろ出発しなければならない。

 少し早めに起きて余裕の準備を心掛けたが、逆算するとギリギリの時刻になってしまっていた。


 貴重品は…持った。

 バーベキューで使う物…それは車に積んだ。

 忘れ物は多分ない。

 いつでも出発できそうだ。


「準備は万端だな。あとは―――」


「仁、お待たせ。準備ができたわ」


 出発前の荷物チェックを終えたタイミングで、お嬢が自室から出てきた。

 外出用の可愛らしい服装を着こなし、お嬢御用達の高貴な帽子を被っている。

 どうやら準備が間に合ったようだ。


 今日は俺だけではなく、お嬢も一緒に紅葉狩りへ行く。

 主催した俺の友人には1人増えるという事を既に伝えてあるので、お嬢の参加に関しては問題ない。


「よし!それじゃ、向かうとするか」


 俺とお嬢はよろず屋を出た後、アパート敷地前に停めてある車に乗り込む。

 運転席には俺が、助手席にはお嬢が座った。


「ねぇ仁。ふと思ったんだけど……車の運転は大丈夫なの?」

「うん゛!?だ、大丈夫だぞ?」


 運転席に座った瞬間、助手席のお嬢から質問が飛んできた。

 俺の心にあった小さな不安……それをピンポイントで狙撃されてしまった為、若干動揺してしまう。


 俺の運転免許証の色はゴールド。しかしこれはメッキ加工と言っても過言ではない。

 親から車を借りていた時は問題なかったが、もう半年以上運転していないのでブランクがある。

 多分大丈夫だとは思っている。だが、不安がないといったら嘘になる。


「もしかして不安?」

「多少な。久しぶりの運転で、しかも隣にお嬢を乗せてるから緊張もする…」


「そう。なら今のアンタの職業はタクシー運転手。それと、自分の運転にもっと自信を持ちなさい」

「お嬢のタクシー運転手か。それは責任が…って…おぉ。何だかちょっと自信が湧いてきた」


「でも安全運転かつ優しい運転を心がけなくちゃダメよ?」

「フッ…任せておけ。快適なドライブを約束しよう」


「なら任せるわ。危険な運転をしたら後でお仕置きだからね」


 お嬢の言葉の最後……どうやら俺が危険な運転をしないか心配しているようだ。


 危険な運転……そんなことは絶対にしない。

 自信に満ちてはいるが、俺にそんな慢心はないからだ。


「大丈夫だお嬢。今の俺は安心安全の…但野(ただの)タクシー運転手だからな!」

「ふふっ…何よそれ。安そうな会社ね」


 さぁ行くぜお嬢!しっかりシートベルトに掴まってな!

 俺は世界最高の…お嬢専属タクシー運転手!最速でお山へお届けしてやっからよぉ!!



 俺は湧き上がる自信を抑えつつ、少しずつ運転のカンを取り戻していく。

 そしてしっかりと安全運転を心掛けながら、よろず屋を出発していった。





◇◇



 


 よろず屋を出発してから約1時間半。

 辺りは山間。広い道路はだんだん山道へと変化していった。


「ここまでくると景色が綺麗ね」

「確かに。山の彩りがいい感じだ」


 俺は前方に注意しながら横目で辺りの景色を楽しむ。


 連なる山々の雄大さ。その山々に生える木々が彩るコントラスト。

 斜面の下には渓谷が広がっており、その中央には清流がある。

 正に大自然。とても癒される風景だ。


「そういえば、もうすぐ仁の地元なんだっけ」

「今から行く場所は近くの山だな。俺の家からは少し遠い」


「そうなんだ…。ご両親の所には……今日は寄らないの?」


 少し心配そうな弱々しい声でお嬢が俺に問いかけた。

 それは”家族に会いに行きたくはないのか?”という意味合いで聞こえる言葉だった。

 俺は家族と半年くらい会っていない。

 だから疎遠になっているのではないかと心配しているのだろう。


「今日は寄らないつもりだ。それにウチの親は放任主義だから心配する必要はない」

「で、でも一度くらいは顔を見せないと……親は心配するものなんじゃないの?」

「年末年始に顔を見せるとは言っといた。だから大丈夫だろ」

「ふぅん…ならいいのかな?少しだけ安心したかも」

「安心したか?ならここで一つ、俺の地元話でも聞いてくれよ」


 俺は意気揚々と、話題を地元の名産品紹介に変えようとした。


 これから向かう場所は俺の地元。

 知ってほしい良いところがたくさんある。

 紅葉の名所ということで有名な場所だが、この辺の山域の湧水は名水ということでも知られている。

 それに山の恵みが多いこともあり、名産品の種類も豊富だ。

 この季節だと栗を加工した和菓子とかが人気だろう。


「仁の地元の話?ちょっと興味あるかも」

「お?そうか!だったらそうだなぁ…今の季節は栗が…」

「あっ!あそこにお猿さんがいる。ほら、右側の壁の上」

「ん?……あっまじだ。久しぶりに見たな」


 山側の斜面の上。

 数匹の猿がお互いに身を寄せ合っている。……寒さ対策でもしてるのだろうか?


 現在の外気温は14度程。

 日中は20度くらいまで上がるようだが、この山の木陰だと少し冷えるだろう。


「これから一気に気温が下がってくるわよね。お猿さん達って寒い時どうしてるんだろう?」

「さぁ?よく知らねぇな。そこら辺の温泉にでも入ってんじゃね?」


 もう少し山奥の方へ走ると高級旅館など多くの宿泊施設がある。

 天然温泉が湧き出る有名な温泉地があるからだ。


 これからの寒い季節、温かい温泉に浸かりながら猿を見ることができる場所。

 多分その場所でなら、猿たちも良い暮らしができるのではなかろうか。


 因みに温泉地での猿の待遇は別格だ。

 何故なら温泉にいつでも入ることができ、観光客からは飯を恵んでもらえるからだ。

 温泉地は猿を広告塔にして観光客誘致。猿はタダ飯タダ風呂の至れり尽くせり。

 お互いがお互いを必要とし支え合っている関係―――”WIN-WIN”の関係を築いている。


 それにしても……お嬢の興味が猿野郎に持っていかれるとは…。

 お嬢の意識が外に向いてしまったから話すタイミングを逃してしまったではないか。


 俺……地元の話がしたかったのに…。


 それからも俺とお嬢は道中の景色を満喫しながら目的地へ向かう。

 約束した場所まであと30分程で到着する。その間も俺とお嬢は他愛無い話を続けていった。







 そして―――







「―――到着いたしました。お嬢様」


 よろず屋から約2時間。何とか目的地に到着することができた。

 道中は問題なく安全運転で運転できた為、お嬢からクレームをつけられることはなかった。


「意外と良い働きだったわ。但野タクシー」

「ありがとうございます。ではここまでのタクシー代金を頂きたく…」


「じゃあもう着いたことだし、タクシー運転手はクビにするわね」

「血も涙もねぇな。この経営者」


 車外に出て背伸びをするお嬢。

 清々しい空気を目一杯吸い込んでいる。


 今日の天気は晴れ。

 若干雲は多いが時々差し込む陽の光は暖かく快適だ。

 でも風は若干冷たく感じる。体を冷やして風邪をひかないよう気をつける必要はあるだろう。


「それじゃ、バーベキューの場所に向かうとするか」


 俺は食材を入れたボックスを車から取り出して肩にかける。

 そして、バーベキューをするエリアの方へと歩き始めた。


 バーベキューを行う場所は山道を少し歩いた先にある。

 現在いる駐車スペースから歩いて5~6分の距離だ。


「お嬢、こっちだ」

「あっ…待ってよ」


 俺が先導して山道を歩いていき、その後ろから追うようにお嬢が付いてきた。

 坂は殆どない平坦な道。舗装はされていないが土がしっかりとしている為、歩きやすい。


「凄いわね…辺りが真っ赤…」

「凄いだろ?名所たる所以だよなコレは」


 紅い葉の色に染まった山道。

 道の両端に生えている木々は頭の真上まで伸び、紅いトンネルが造られていた。

 木々が纏う紅葉、黄葉はどれも美しく色付いており、種類は楓、もみじ、イチョウなど様々。

 時折吹く風により落ちる数枚の葉は儚げで、どこか風情を感じさせてくれる。



「なぁお嬢。そろそろ広場に到着するから………?…あれ?…どこいった?」


 暫く歩いた俺はお嬢に声をかける為、振り返った。

 だが振り返って見てみると、すぐ後ろにお嬢の姿は見当たらなかった。


 なので俺はもっと後ろの方に目を向けた。

 すると俺から20m程後ろをお嬢は歩いていた。

 どうやら周りの景色を見渡しながら、ゆっくりと進んでいるようだ。


 この道は一本道。迷うことはまず有り得ない。

 なので俺は特に意識せず、普通の速度で歩いてきてしまっていた。



 それにしてもお嬢のやつ……何だかやけに楽しそうだな。

 辺りをやたら見回して…あっ…落ちてくる葉っぱを掴もうとしてるし。

 あれは呼ぶよりもあのまま楽しませておいたほうが良いかもしれん。

 俺は先に合流して荷物を置いてくるとしよう。



 俺は先に紅葉のトンネルを抜けていき、広々とした空間まで出ていく。

 そこはお馴染みの紅葉狩りの穴場。そしてバーベキューを行う約束の地。

 辺りを見渡すと既にこの穴場は何組かのグループが利用していた。

 地元民御用達の穴場とはいっても、良いスポットにはやはり人が集まってきてしまうものだ。


「結構人がいるな。さて……アイツらはこの中の何処に陣取って―――」

「よぉー仁!やーっと来たんかい。こっちやこっち」


 俺が辺りを見回していると、比較的近くから聞き慣れた声が耳に入ってきた。


 声のする方に視線を向ける。

 すると、よく見知った顔の男がこっちに向かって手を振っていた。


「おぅ(かける)!待たせたな」


 俺は中学からの友人―――雪松 翔(せっしょう かける)に声をかけた。

 腕を組みながら待っている翔の方へ、ゆっくりと歩いて近づいて行く。


「待たせたなやないで。遅刻や遅刻」

「言うほど遅刻か?数分過ぎただけだし」


「もう皆揃ってるんやで。はよ荷物置いてこんかい」

「あぁ、分かっ―――」


「あっ仁やん!久しいなぁ!ウチにも挨拶は~?」


 肩にかけた荷物を置こうとした時、次は高い声の持ち主が話しかけてきた。

 気さくな態度で近づいてくるもう一人の友人―――上賀 真依(うえが まい)だった。


「おっ!真依(まい)も久しぶり」

「久しぶりー!元気そうやね?」

「まぁな。お前の方が元気そうだけど…変わらねぇな」

「変わらないん?去年よりべっぴんさんになっとるやろ?」

「その冷めたような顏がか?」

「こら!そこは褒めるとこやろ!」


―――バシん


 再開の挨拶で、真依に左肩を軽く叩かれた。

 昔から変わらないスキンシップ。久しぶりの洗礼だ。


「ところで翔。これで皆揃ったんやないの?」

「せやな……あとは仁の連れだけや」

「真依と翔の連れは?」

「ウチの友達はあっちの川で野菜洗っとるよ」

「ワイの連れは昨日風邪でダウンしてもうた。せやから今日のメンバーは5人……ん?」


 今日のメンバー説明をしていた翔が、何故か言葉を詰まらせた。

 俺の後ろの方に視線を向けて、表情を固まらせている。


「…おい仁。お前の後ろの子……誰や?」

「ん?誰って?」


 俺は翔の視線の先を辿っていく。

 するとそこには高貴な風貌と佇まいをした女性―――お嬢の姿があった。

 俺が放置して歩いて行ってしまった為か、ジト目でプレッシャーをかけてくる。


「あっ…お嬢…」

「おじょ!?なんやて!?」

「酷いわね。置いてくなんて」

「あっ…いやそれは……わ、悪かったよ」

「待てや仁!ちょっ…これッ!説明せんかい!」


 俺の普段通りの言葉に、翔が少し驚くようなリアクションをとった。

 いつもより若干目を見開いている。何に驚いているのかがよく分からない。


「お前……何驚いてんだよ?」

「驚くやろ!女の子やないか!」

「ん?あぁ……そういえば”一人連れていく”としか言ってなかったっけ?…まずかったか?」

「いやッええで!許すッ!…これは予想より…予想よりめっちゃ…」


 翔は片手を俺に向けたまま、何故か地面を向きながら何かを唱え始めた。

 若干顔がにやけているように見える。そしてどこか嬉しそうな雰囲気だ。

 

「ええやんけ……エエやんけッこのメンツゥ!」


 そして言葉を発しながら顔をあげ、感情をアピールした。

 今回のバーベキューメンバーがお気に召したようだ。


 まぁ……その考えには俺も同意せざるを得ない。

 真依が連れてきた子が誰かは知らないが、麗しのお嬢様と馴染みの紅一点がいるのだ。

 紅葉狩りに相応しいメンツ。今日は”無秩序上等”の男達の宴ではない。


「これで全員集まったようやね?まず皆で自己紹介でもしよか?」

「せやな。初対面ならまず挨拶……社会人の基本やで」

「ほんなら少し待っててな?ちょっとウチ呼んでくるわー」


 真依は一言だけ残し、清流のある方へと走っていった。

 どうやら連れてきた友人を呼びにいくようだ。


「なぁ仁、今のうちにその荷物預かっとこか?」

「あっ…そうだな。それじゃよろしく頼むわ」


 俺達は真依が戻るまでの間に、肩にかけた荷物を全て翔に預けた。

 そしてバーベキュー用のテーブルに座り、戻ってくるのを待つことにした。


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