9件目 このよろず屋に様々な秋がやってきた件 1/11
9月下旬。
日曜日の朝方。
―――シャッ――シャッ
両手で箒を持ち、アパート敷地内の地面をひたすら掃いていく。
アパート敷地内の清掃。
アパート管理人である凛花の婆さんから頼まれた案件だ。
朝方、婆さんがその件でお嬢を訪ねてきた所に俺が居合わせた為、そのまま託された。
まぁ、色々と世話になっている婆さんの頼みだ。
断ることなんてありはしない。
「ふぅ……こんなもんか…」
しばらく清掃活動に勤しみ、アパート敷地内全体の清掃が完了した。
掃いた落ち葉を一箇所に集め、ひと段落したところで一息つく。
ふと見上げると秋の空。
透き通るような蒼い空の中、秋特有の雲が流れている。
そして辺りを見渡すと木枯らしが舞っていた。
よろず屋の周辺に立ち並ぶ木々も、毎日少しずつ鮮やかな色に変化していっている。
「辺りの様相も変わってきたな。もうすぐ秋……秋といえば……色々あるよなぁ…」
スポーツの秋。読書の秋。
食欲の秋。行楽の秋。
秋といえば…と考えると、色々思い浮かんでくる。
まぁ秋になったからといって何かをしなければいけないという事はないし、別に決めてもいない。
ただ、秋を満喫する為のイベントは、無いよりあった方が良いだろう。
俺はこの秋をどう過ごすか少しだけ考える。
”秋らしい事”……何か良い案はないものだろうか。
「……それにしても……意外と落ち葉が集まったな…」
アパートの敷地内を一通りの清掃をしてみた結果、思いのほか落ち葉や枯れ木が多かったことに気づく。
昨日は風が少し強かった。
紅葉する前に落ちてしまう葉などが多かったのだろう。とても残念なことだ。
だが、その強風に耐えた木々も多くある。そしてその多くはどれも美しい葉を纏い始めていた。
もう少ししたら紅葉の季節。
このよろず屋周辺だったら近場の大きな公園が綺麗に色づき始めているだろう。
こういう良い天気なら、公園で散歩もいいかもしれない。
でも今はこの落ち葉や枯れ木を片付けなければ。
俺は大きなゴミ袋を片手に落ち葉をかき集めて入れていく。
そして2つほどの袋をいっぱいにした時―――――ふと昔の記憶が頭をよぎった。
沢山の落ち葉と適度な枯れ木。
それを地元の友人と集めてサツマイモを焼いた懐かしい記憶。
ホカホカに焼けた金色のイモ。優しい自然の甘い香り。
そして口に含んだ時の、あの絶妙な美味しさといったら……思い出しただけで涎が出てくる。
あっ……焼きイモいいなぁ。火でじっくり焼くと甘くて美味しくなるし。
それに丁度野菜置き場にサツマイモがあったはずだ。これはやらねば後悔するな。
早速俺は凛花のお婆さんの部屋まで行き、清掃が終わったことを報告する。
その後、集めた落ち葉と枯れ木で焼きイモをする旨を伝えた。
焼きイモを行う上での安全の配慮。終わった後の片づけはしっかりする。
当たり前の条件ではあるがそれを了承することで許可を得ることができた。
そして俺は軽い足取りで、よろず屋へと戻っていった。
◇◇
冷蔵庫横の野菜置き場。
商店街で貰ったサツマイモを取り出す。
サツマイモは8つ。小ぶりだがよく肥えた良いイモだ。
よし、とりあえずこれでやるとしよう。
あとはお嬢に声をかけて―――
「仁?何してるの?」
「うぉッ!!?…お嬢…びびらすなよ…」
振り向いて上を見てみると、対面型キッチンから顔を出しているお嬢がいた。
しゃがんだ状態でサツマイモを抱えた俺を訝し気な表情で覗いている。
俺の行動を不審に思ったのだろう。
ここで何をしようとしているのか様子を探りにきたようだ。
「サツマイモなんて取り出してどうするつもり?」
「あ…あぁ。今から外で焼きイモをしようかな…と思ってよ」
「焼きいも?外で?」
「おう。落ち葉がそこそこ集まったからな。それで―――」
「何で落ち葉でおイモを焼くの?」
「んん?…え?」
お嬢の口から予想していなかった質問が飛び出す。
落ち葉で焼くなんて考えられないといったご様子。怪訝な顏でこちらを見てくる。
え?落ち葉でサツマイモ焼くのって普通じゃねぇの?
俺地元では結構やってたんだけど……。
地元の山の方では落ち葉が沢山あった。だからよく燃やしてイモを焼いた思い出がある。
だがよく考えてみると、ここらへんでそんな焼き方をしてる人はまず見ない。
それにお嬢は貴族。高貴なお嬢様は”落ち葉で焼きイモ”なんてまずやらないだろう。
「なぁお嬢。もしかして落ち葉でイモを焼いたことがないのか?」
「うん。普通そうじゃない?フライパンかオーブンで焼くものでしょ?」
Oh………なんてこったい。
貴族様には縁遠い所業であったか。
じっくり火を通した焼きイモは、フライパンやオーブンなんかより味が出る調理法だろ。
しかも外で焼いて食べるというあの解放感!
相乗効果でサイコーのひと時じゃねぇか。
まさかあの良さを知らんとは……これは…………よし、決めたぞ。
この機会にお嬢に教えてやろうではないか!
落ち葉で焼く”焼きイモ”の素晴らしさというものを!
「甘いぜお嬢。甘々だ。"落ち葉で焼いたサツマイモ"レベルに考えが甘い」
「やけに強調してくるわね……。そんなに甘くて美味しくなるものなの?」
「俺の手にかかれば余裕だ。だから一緒に焼いてみようぜ?」
「えっ?でも…そんなことしてもいいの?」
「もう凛花の婆さんから許可をもらってる」
「う~ん…そうねぇ…」
俺はお嬢に新しい経験を提供しようとした。だがお嬢は困り顔で口を閉じている。
煮え切らない返事と迷うような仕草。なかなか答えが返ってこない。
何で迷う必要がある?何に迷う要素がある?
お嬢の考えていることは分からん。一歩進んだ先に素晴らしい事が待っているというのに。
「もう少ししたら茜が来るわよ?仕事は?あとお昼前には花音を預からなきゃいけないけど…」
「仕事は昼から本気を出せばいい。茜も花音も来たら一緒にやるだろ」
「確かにそうかもしれないけど…」
「だったら先に楽しもうぜ。皆で一緒によ!」
「皆で一緒に……」
一瞬、お嬢の表情が少しだけ綻んだ。
皆で行う焼きイモ大会―――そんな妄想でもしたのだろう。
成程……お嬢にとっては未知の体験。
そして落ち葉で焼く”焼きイモ”にそこまで興味がないから渋ったのだろう。
でも皆がやるなら楽しそう。それだったら一緒にやりたい。
恐らくそういうことなのだろう。
「一緒にやると楽しいぞぉ?良い思い出になるぞぉ?」
「……まぁそうね。そこまで言うなら……茜が参加したら参加してあげてもいいわよ」
「ほぅ……その不遜な態度。後でどうなるか見ものだな…」
お嬢は”茜が参加したら”と条件を付けてきたが、茜なら何となく参加はしてくれるだろう。
それに焼きイモの誘惑力は絶大だ。花音や茜が対象であればなんの問題もない。
最悪一人で焚火でもするかと思ったが……皆で一緒にできそうだな。
とりあえず茜が来るまでに下準備をしておこう。
さぁ!早速今年の秋を楽しむ第一弾だ!
食欲の秋!お外で焼きイモを開始するとしよう!!
俺は皿などを準備した後、よろず屋の外に出ていく。
そして、焼きイモ大会の下準備を始めていった。
◇◇
まずは集めた落ち葉と枯れ木を固める。
そして新聞紙に火をつけ、徐々に落ち葉や枯れ木へと移していった。
落ち葉の枯れ具合が丁度良かった為か、比較的順調に火が広がっていく。
「ふぅん。手慣れてるわね」
「ん?まぁな。何回もやってるし」
俺が火を起こしていると、賛辞のお言葉がとんできた。
アパート敷地内で作業する俺から少し離れた位置。
よろず屋の玄関口近くで、お嬢はしゃがみながら物珍しそうに眺めている。
「……結構煙が出てきたわね」
「そうだな。大分火が燃え移ってきた感じだ」
落ち葉や枯れ木に火が燃え移っていく。
少しばかり見守っていると良い感じの焚火が完成した。
「あたたかい…」
お嬢が焚火に両手を向け、暖をとりはじめた。
とても気持ちよさそうに火の温かさを感じている。
最近は日中でも寒くなってきた。確かに暖を取るのもいい。
だがこれは焼きイモをやる為の火なのだ。
そろそろ美味しいおイモちゃんを焼かねばならぬ。
「あれぇ?皆さん揃って何をされているんですかぁ?」
「お?やっと来たか」
茜がよろず屋に到着した。
小さな鞄を肩にかけ、モコっとしたセーターを着こなしている。
暖かそうな恰好だ。
ほぅ……今日のコーディネートは茜にあっているな。
色も暖かめだしほんわかした感じが……っと……本題を忘れるとこだった。
この”焼きイモ大会”に参加するかしないかを確認せねば。
俺と同じ一般市民である茜ならば、お嬢みたいなことにはならないだろう。
「おはようございますぅ。焚火ですかぁ?」
「いや、これから焼きイモをやるんだ。一緒にやらないか?」
「あっ!焼きイモですかぁ。良いですねぇ」
「だろ?落ち葉と枯れ木が沢山あるからそれで焼くぞ」
「ワイルドですねぇ。じゃあ参加させてもらいますぅ」
よしよし。思った通り。茜が参加を表明したぞ。
やっぱり焼きイモをやりたくなるよな。
やりたいのが俺だけってことはないよな。
ちょっと安心したぜ。
「……さぁ、茜が参加したぞお嬢?一緒に焼くだろ」
「……そうね。私も少しだけやってみようかしら」
しゃがんで暖を取っていたお嬢。
立ち上がり俺の方を向いた後、遂に参加を表明した。
「で?どうやるの?ここにおイモを入れるだけ?」
「それだと丸焦げだぞ?この濡れた新聞紙とアルミホイルを使うといい」
俺はサツマイモに水で濡らした新聞紙を軽く巻く。
そしてアルミホイルで綺麗に包み、焚火の中に作った空間に放り込んだ。
――ボスッ
「ほら、こんな感じで包んでここにポイだ」
「なるほどね。ちょっとやってみる」
「これであとは待つだけですよねぇ。楽しみですぅ」
お嬢と茜が俺の後に続き、サツマイモを投下する。
俺もその傍ら花音の分のサツマイモを包んで投下する。
そして残りの分も全て順番に投下していき、あとは焼けるのを待つだけの状態となった。
「うん!できた!」
「やってみると簡単だろ?後は待つだけだ」
「そうですねぇ。では私は荷物を中に置いてきますねぇ」
茜は一旦よろず屋内に荷物を置いてから焚火の前まで戻ってきた。
そしてお嬢と焚火で暖を取りながら、雑談を始める。
今日の仕事の予定に関する話。
最近の学校での出来事に関する話。
ファッションなどの流行に関する話。
そして、今焼いている”焼きイモ”に関する話。
サツマイモが良い感じに焼けるまでの間、話題は尽き無さそうだ。
二人とも笑顔で、楽しそうに会話を続けていく。
俺はそんなお嬢と茜を見守りながら、本日の主役であるおイモちゃんも見守る。
水分が少なめの品種。美味しくなるまでの間は適度に見ておかねば。
俺は十数分ごとにアルミホイルを転がしながら、サツマイモが甘くなるのを待ち続けた。
◇◇
やがてお昼の時間が近づき、お腹も減ってきた。
火は熾火のような状態。そろそろ美味しい焼きイモができあがっているはずだ。
「そろそろか…」
俺は軍手で自分の入れたアルミホイルを一つ取り出す。
そしてそれを掴んだまま、アルミホイルを剥がしていく。
「……まぁまぁだな」
「あ!すごい!焼けてる!」
「良いですねぇ。とてもおいしそうですぅ」
「私もそろそろ取り出していいかしら?」
「いいんじゃねぇか。多分良い感じになっているはずだ」
茜とお嬢が軍手で各々の入れたアルミホイルを取り出した。
お嬢の持っているイモを見てみる。
何故か両サイドが黒焦げだ。
流石お嬢の手仕込みだ。
ウェルダン通り越して炭化しかけてるじゃねぇか。
「…ちょっと焼きすぎたかも?」
「…かもじゃねぇよ。ちょっと貸してみろ」
軍手をした手でも熱さを感じるサツマイモ。
その外の皮を剥いて焦げ付きを少し取り払ってやる。
すると、中から金色に輝くサツマイモが顔をだした。
若干焦げ目はあるが、よく火が通っている。ほっこりとした美味しそうなお芋さんだ。
「すごい……とても美味しそう!」
「ちょっと包み方が甘かったな。でも上手く焼けてるから美味しいとは思う」
「茜も一緒に食べましょう」
「はいぃ!頂きましょう」
お嬢と茜が焼きイモを口に近づけ、少し冷ましてから口に含んだ。
一度、二度、ゆっくりと噛みしめる。そして飲み込み、吐息を漏らした。
「はぁ…おいしい!ほくほくしてる!」
「甘くておいしいですねぇ!」
二人が顔を見合わせ二口目を頬張る。
どちらも笑顔で満足そうにしていた。
お嬢の焼きイモをやるまでのあの態度は……アレは一体何だったのだろうか?
「お嬢。最初はやりたくなさそうな態度だったけど、やって良かっただろ?ん?」
「ふぇ?ふぉんなほふぉあっふぁっふぇ?」
「おぉぅ…」
そんなことあったっけ?ときたか…。
いやいや、そんなことありましたよ。
全然乗り気じゃありませんでしたよ。
何おっしゃってるんですかね?このお嬢様は。
ホクホクのサツマイモを食べたからか態度が最初と明らかに違う。
とんでもない手の平返し。……まぁ喜んでくれて悪い気はしないのだが。
その後、暫く皆で焼きイモを舌鼓する。
俺、お嬢、茜ともに二つずつをペロリと平らげてしまった。
そして焼き終わった後は後始末だ。
火を水で消し、辺りをキレイに掃除して完了させる。
―――よし。これで無事完了だな。
残りのサツマイモは遊びに来る花音に分けてやるとしよう。
もう少し早く来てたら花音も一緒にできたのだが……残念ではあるな。
一緒に焼きイモできて、ホカホカの出来立てを頂けたのに。
まぁ機会はいくらでも作れる。またどこかで用意やるとしよう。
今度は花音も一緒に楽しく焼きイモを―――
―――あれ?……でも何故か…苦労するビジョンしか浮かばねぇぞ。
”もっと燃やすです”とか言ってキャンプファイヤーしてこないか?
”仁、あーん”とか言って激熱のサツマイモを口にぶち込んでくる気がしないでも……。
……ふぅ…今日は楽しかったな。
そろそろよろず屋に戻るとしよう。
そして俺は残したサツマイモ2つを手に、よろず屋へと戻っていった。




