2件目 このよろず屋で雇われたい物好きが来た件 1/4
―――もう朝か。
雀がちゅんちゅん鳴いている。
カーテンの間から差し込む日差しがまぶしい。
――まだ眠い。
昨日のパーティは夜遅くまで行われた。
俺は初めてのパーティーで疲れてしまい、自室に戻るやいなや床へ倒れ込むように眠ってしまったようだ。
そしてお嬢も、帰ってすぐ自室の床にぐったりと寝ころんでいた。
俺がお嬢の部屋の扉を閉めた後はどうなったかは知らないが、俺と同様そのまま寝たかもしれない。……へとへとだったからな。
俺はお嬢のことを考えつつ、まだ気だるい体をゆっくりと起こす。
そして自室のカーテンを開け、朝の陽ざしを全身に浴びた。
「気持ちのいい天気だ……」
だが、体の方は気持ちが悪い。なんだかべとべとする感じだ。
恐らく風呂に入らずに寝てしまった為だろう。汗がまとわりついている。
とりあえずお嬢に朝の挨拶をしないとな…。
それから、ちょっとシャワーを浴びてくるって伝えておくか……。
俺は寝ぼけ眼のまま、お嬢の部屋までだらだらと歩いていく。
そしてリビングを介して繋がった部屋―――お嬢の部屋の前まで行き、扉をノックしようとした。
すると―――
「ねぇ…?そこにいるの?私の大切な……。一緒にお風呂入ろう」
「―――ふぁッ!?」
おい…今なんて言った?
まだ僅かに眠気の残っていた俺の頭―――それが瞬間的に覚醒したのが分かる!
ついに幻聴が始まった?……いや……断じて否!!
お嬢の部屋から確かに聞こえた!あのお嬢のッ甘美な誘惑をッ!
奴隷の俺と――――お風呂だとッ!!
いや…落ち着け俺!あのお嬢だぞ!普通に考えたらこれは罠……罠に違いない!!
だが……誘われている可能性も十分ありうる!
何故なら、昨日の一件でお嬢との親密度はうなぎ上りだからだ!
そして……俺に心を開きかけているッ!!
しかしなぜ………一体何が目的なんだ?
仲良くなる…風呂に入る…体をあら……ハッ!?―――ま、まさかッ!?
”私の背中を流しなさい”って……ことじゃねぇのかよ!!!
そ、そういえば……旧文明の奴隷はご主人様の背中を流していたと聞いたことがある。
それにお嬢は上流階級。召使いの一人ぐらいには背中を流させていた可能性すらある。
そう考えると辻褄が合う……だが……ここは慎重な行動を心掛けるべきだ。
俺に残された選択肢は―――2つに1つなのだから!
1.ここで紳士的な対応を取り、お嬢との好感度をさらに高める
2.いや…もう奴隷としての責務を果たすべく突貫する
千載一遇のチャンス…どうすんだ俺ッ!!早く決断しろッ!!!
今まさに俺の頭の上で天使と悪魔が戦っている!
そして悪魔が怒涛の勢いで天使を駆逐していく!!
決まりだッ!俺は……奴隷としての責務を果たすッ!!!
「今行きます!お嬢ぉぉぉぉぉッ!!」
―――ガチャッ
「ちょッ―――何勝手に入ってきてるのよッ!この変態奴隷!!」
お嬢は昨日のドレスを着たまま自室の物置の方を向き、物と物の隙間を覗き込んでいた。
俺の目には猫のポーズをしているようにしか見えない。
お嬢の猫のポーズ……実に新鮮だ。
そして斜め後ろからとか――ナイスアングルじゃねぇか。
「ちょっと!何ジロジロ見てるのよ!」
「うぉッ!?あ…いや、さっき俺を呼んだんじゃねぇのかって思ってよ。……一緒にお風呂は?」
「はぁ?一緒にお風呂?……アンタな訳ないでしょ!凛よ!凛!アンタのお風呂は反対の部屋にあるでしょ!?」
俺はお嬢の部屋を見渡した。
すると―――物と物の隙間に潜む白猫を見つけることができた。
お嬢……自分の部屋でずっと……白猫と戯れていやがったのか…。
「私と凛がお風呂に入っている間にアンタは朝ごはんでも作っておきなさい!」
―――バタンッ
お嬢は扉の向こうへいってしまった。
「……。」
いや、そうだろ普通。どこをどう聞いたら”一緒に入る”って結論に至るんだよ。
そしてなんでこの判断が正解だと思ったんだよ俺。ちょっと浮かれ過ぎだぞ…。
つか、悪魔勢力強すぎだろ。天使側もっと頑張れよ。
それにしても……あぁッ…やっぱちょっとだけ期待してた!
そしてあの白猫野郎……クッソ羨ましいッ!
俺は淡い妄想に浸りながら、本日の朝ごはんを作り始めた。
◇◇
このよろず屋は玄関から入ってすぐにリビングがある。
そしてそのリビングは、一つ隣の部屋と繋がっているため結構広い。
部屋は4つ、風呂場とトイレは2つ。お嬢と俺がそれぞれ別で利用している。
因みにリビングは、仕事部屋としても利用している共有スペースだ。
そのリビングの横にある台所で朝食を作っていると、お嬢と白猫が風呂場から出てきた。
とりあえず俺は、朝食の準備ができていることを伝え、シャワーを浴びる許可を得てから風呂場に向かった。
―――シャワーァァァ
「はぁ~ッ…生き返る。シャワーきんもちい~ぃ」
俺は全身に感じていたベトっとする汗を洗い流し、一息ついた。
そしてシャワーの気持ちよさを感じながら、昨日参加したパーティの出来事を思い起こしていく。
「それにしても昨日のパーティは疲れたが…楽しかったなぁ」
グラスを片手に談笑し―――
煌びやかな広場でダンスを踊り―――
美しい庭園で星空を眺めた。
お嬢と共に過ごしたひと時。
俺にとっては最高のパーティーだった。
だがどうだ……今日の朝になるといつも通りのお嬢がいるじゃねぇか。
昨日の出来事が夢か幻に感じてしまう。……俺の夢オチ?いやまさか……。
俺は俺ができる最高のエスコートをしたばかりじゃねぇか。
だがやはり、まだ執事としては未熟だったから少々ご不満だったってやつか?
奴隷からまたやり直せってやつか?
俺の突撃訪問で機嫌を損ねただけかもしれねぇが……自業自得か?
俺は軽くシャワーを浴びた後、リビングで朝食を済ませる。
その後、リビングで待機していると、やがてお嬢がこっちに振り向いた。
「仁!仕事の時間よ」
「おう!」
昨日の一件以降、お嬢が俺を名前で呼ぶことがたまにある。
それでも職業:奴隷はまだ変わっていない。だが、少しだけお嬢に認められたことがちょっと嬉しい。
「何ニヤニヤしてるのよ気持ち悪い」
「お、おうすまねぇ……。んで、今日の仕事はなんだよ」
さて、今日はどこで何させやがるんだか…。
「エキストラの応援よ。必要なものは特にないからすぐに向かって!」
「結構近くの演劇ホールじゃねぇか」
「そうよ。今回はあまり時間がないから急いでね」
「あぁ、分かった!行ってきます!」
よし、とりあえず自転車を出していくとするか。
最低限の貴重品は持ったから……いけるな!
――バタン
「………。…いってらっしゃい」
俺は自前の自転車で演劇ホールまで急行し、本日の仕事をこなしていった。
◇◇
夕方―――17時頃。
本日の仕事を終えた俺は、よろず屋への帰路についていた。
「…やっぱ……思い出すと気に入らん……」
俺は自転車を漕ぎながら、今日の仕事内容を振り返ってみた。
演劇ホールに到着後、俺を含めた十数人程が招集。
エクストラとして演じる役柄の説明を受けさせられた。
俺の演じるエクストラの役柄―――”奴隷役”の演技説明だった。
「あのパツ金…わざと合わせやがったな。…まさか”適材適所”とか思ってねぇだろうな?」
適材適所……そう考えると少しは納得できなくもない。
実務経験ゼロの超初心者奴隷共と比べ、俺は実務経験アリの先輩奴隷。
しかも職業適性値はMAXである為、有象無象とはレベルが違う。
数々の命令で鍛えられた体捌き!
超絶ブラック環境の悲痛さを彷彿とさせる叫びの数々!
結果……俺の圧倒的演技力の前に、観客共は息を呑んでいた…。
あの偉そうなおっさん――演劇の監督も俺を誉めていたからな。
”君の演技は…何故か心が惹きつけられるものがあったよ”…ってか。……当然だな。
―――キキッ
「……まぁいい。とりあえずお嬢に報告を………ん?」
よろず屋の前まで到着した俺は、自転車から降りて駐輪スペースに止めようとした。
だが玄関前でゴソゴソする何かに足を止める。
玄関前の何かに視線を向ける。
そこには、帽子を深めに被った少年が立っていた。
「……何か御用ですか?」
「ぁッ!!」
俺は少年に声をかけてみる。すると少年は俺の方へと振り向いた。
宅配の人ではなさそうな服装。……何かの依頼をしに来たのだろうか?
「ここはよろず屋ですが……どうしました?」
「あ、はぃ!あの、アルバイトをしたくて…」
「アルバイト?………でしたら…少し待ってて下さい」
男にしては甲高い声、そして中性的な顔をしてる少年だった。
俺は自転車を片付けた後、よろず屋内に戻っていく。
そしてアルバイト志望者が玄関前に立っていることをお嬢に伝えた。
リビングの椅子から立ち上がるお嬢。
玄関へと向かい、アルバイト志望者に声をかけた。
「―――中へどうぞ」
「は、はいぃ!」
リビングのテーブル席にお嬢と俺―――そして対面にアルバイト志望の少年が座る。
いきなりの面談。かつての俺も通った道だ。
「じゃあ、始めましょうか。私がここの経営者…植野です」
「――えッ!?」
「…どうしたの?」
「あ、いえ……そちらの方が社長さんかとぉ…すみません」
「違うわ。私がここの経営者よ」
まぁ、そんな反応になるよな。
俺も最初はそんな感じの反応したし。
「えっと…ここでアルバイトをさせて下さい!」
「そう……。でも今は女性の方のアルバイトしか募集してないの」
「え?…わ、私は女ですぅ!そう見えたのかも知れませんがぁ……あ、ニット帽!」
女だと言い張るアルバイト志望者が、頭に被ったニット帽を取った。
茶色っぽい髪がふわっと広がる。
すると女性っぽい容姿にしか見えなくなった。
おぉ!?
こいつショタなんかじゃなかったのか!?
後ろで髪を結んで帽子に隠して、男服を着ていたから気づかなかった。
若干胸の部分が太ってんなぁと思ったが……なるほどなるほど…そういうことか。
「ごめんなさい。男物の服を着ていたからつい……」
「あ、いえぇ……私も帽子を取り忘れていましたのでぇ……」
「でも女の子なら問題ないわ。丁度1名募集していたから。それじゃ、自己紹介からお願いできる?」
「は、はいぃ!えっ…えっと…恒丸 茜といいます。年は17…いえ、先月18歳になりました!学生です」
……お嬢と同じ年か。
でもお嬢はもうすぐ誕生日を迎えるってパーティーの時に聞いたな…?
学年で考えるとお嬢の一年下ってことか……まぁお嬢は学生じゃないんだけれど。
「じゃあ次は―――」
その後も面談が続いていった。
恒丸と名乗る女性が、お嬢の質問に回答していく。
「―――ならアルバイト志望の理由を聞かせてもらえる?」
「あっはい!えっと……志望した理由は……”お金が必要になったから”です!」
お!結構ストレートだな。
性格が真っ直ぐなのか正直なのか知らねぇが”お金が必要だから”って答えるなんて。
まぁ、その年代だと色々と欲しい物も行きたい所も増えるだろうしなぁ。
やっぱり多少お金が欲しくなるよな。
「もしよければだけど……あなたのギフトも聞いていい?」
「――ぁッ!!……は、はい…」
ん?なんだか様子が……反応が変わった?
「……私の…ギフトは―――『お金が集まってくる』才能…です」
―――ガタッ!!
は?嘘だろ!?来やがったのか!?
摩訶不思議系の……とんでもギフトを持った野郎がよォッ!!
お金が集まってくるとか……どんな才能だよ!?
自然と集まってくるのか?どれだけ集まってくるんだ?
もしかしたら……ニート生活でも遊んで暮らせたりするんじゃねぇのかッ!?
この野郎……いや女だったな。
なんて羨ましいギフトを授かりやがったんだ!
俺のギフトと交換してほしいくらいだぜ!
「……仁」
「あ、すまねぇ…つい」
気付くと俺は座っていた椅子から立ちあがっていた。
それにより、お嬢の面談を中断させてしまっていたようだ。
いや、ちょっとは驚くだろ……そんな出鱈目なギフトを持った奴がきたら…。
お嬢の一声で俺は椅子へ再度座る。
そしてその後も、お嬢の質問を横で静かに聞いていった。
「―――それで、どのようにここまで来るの?」
「実家から歩きと電車で通う予定です。30分ほどで来れます。あ、でも学校帰りでしたら通り道なのですぐ来れます!」
「電車代に関しては必要であれば補助程度に出すわ」
「あ、一応学生定期券がありますので大丈夫ですぅ」
「じゃあ、あとは…何か要望したいことはある?」
「そ、そうですねぇ……でしたらぁ……」
恒丸と呼ばれる女性は少し考える様子を見せた。
先程までとは打って変わって、切羽詰まったような表情を見せている。
「あっそのッ!できるだけ長い時間働かせてくださいッ!」
「……そう……なら住み込みでもいいけれど?」
「あと3週間程で夏休みになりますので……その時に考えても宜しいですか?」
「いいわよ。もし住み込みする場合は私の横の空き部屋を使うといいわ。他のアパートの空室に住んでもいいけれど、アパートの管理人に話をする必要があるからその場合は別途相談ね」
「はい!」
「なら明日の9時にまた来れる?」
「明日…日曜日ですね。はい来れます!」
「とりあえず仮採用にしておくわ。言いたいことがあったら明日また聞いてあげる」
「はい!ありがとうございました!」
お嬢は最後に明日の手続き内容をひと通り伝えていく。
そしてアルバイトとして仮採用された恒丸 茜は、お辞儀をした後、帰っていった。
「………いいのかお嬢?怪しいやつではなさそうだが…」
「何がよ?」
「いくらお金が欲しいから働きたいって言ったって、泊まり込みはちょっと危険じゃねぇのかってことだ」
「ふーん。仁を採用した時もそうだったけど……危険だったの?」
「あ、確かに……」
「私は何となく大丈夫な気がするわ。仁の時と同じ感覚」
「おいおい……そんな直感でいいのかよ……」
「因みにあんたは奴隷の命令が効いてたからまだ安心してたわ。一応自室に鍵をかけていたけど」
「用心はしてたんだな。初めて知ったよ」
「それは当たり前よ。でも……今は何かあったら、守ってくれるんでしょ?」
「―――ッ!あぁ、勿論だ!」
そして俺は今日の労働報告をお嬢にした後、夕飯の調理に取り掛かった。




