表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/56

7件目 このよろず屋にお嬢目当ての野郎共が訪ねてきた件 8/9


 翌日。

 時刻は午前9時。


「あー昨日は良く寝たからなー。だからかな…まだ頭がぼんやりする。…あれ?今日何曜日だっけ?」


 俺は軽く朝シャワーで汗を流し、朝食を摂った後によろず屋のカレンダーを見た。

 今日は8月最後の土曜日だ。お盆が明けてからもう1週間が経過している。


 さて、今日は最後の来訪者が来るはずだったな。

 確か大手企業の御曹司。お嬢が嫌いという程の嫌な貴族とのことだ。


「おはようございますぅ」

「おう、おはよう」

「茜、やっと来たわね」


 茜が出勤したことにより、よろず屋の従業員が全員が揃った。

 お嬢はリビングの椅子に座り、今日の作戦会議を始めようとする。


―――ブルルルッ

 

「あっちょっと待って……電話だわ」


 突然、テーブルに置かれていたお嬢の携帯が振動し始めた。

 お嬢は自身の携帯を取り電話に出ると、少しだけ席を外す。


「―――うん……うん大丈夫。気にしてないわ。…えっ?お昼にこっち来るの?」


 お嬢が誰かと電話をしている。

 神妙な面持ちで何を話しているのだろう?


 ……通話が終わったようだな。聞いてみるか。


「…どうしたんだお嬢?」

「凛花が大丈夫?って電話をくれたわ」

「凛花さんは瞳ちゃんをとても心配されてるんですねぇ」

「うん、いつも心配させてるかも…」


 お嬢はそんな言葉を口にしつつ、少し口角をあげて嬉しそうにしていた。

 心配させている事への申し訳なさがある一方、心配してくれる気持ちが嬉しいのだろう。


「…それじゃ、始めるわよ。皆聞いて」


 お嬢が今日来る貴族の情報に関しての話を始めた。

 雰囲気が若干引き締まったように感じる。


「よろず屋内の雰囲気を悪くする作戦はとりあえず実行よ。テンションを低くしてあまり関わらないこと。基本受け流しなさい」

「おう。…でもいいんだよな?その貴族に悪い気がするが…」

「問題ないわ。私はそれで興味がなくなってくれれば御の字だと思ってる」


 おぉう…ならいいのか。無下にするのは罪悪感があるが、今はお嬢を信じよう。


「それから、女性には優しく接してくるタイプよ」

「え?えっとぉ…本当は優しい方なんですかぁ?」

「女性にだけね。でも、思い通りにならないと権力を振りかざしてくるから注意して」

「は、はぃぃ!」


 女性にだけ優しいのか。なら俺には塩対応ってことだな。

 問題は権力を持っているという部分か。挑発等はしないほうがよさそうだ。 


「今までは公の場だからずっと愛想笑いで済ませていたけど、今日は私のホームグラウンド!本気で興味をなくさせるつもりだから!皆、手伝って!」

「あぁ!勿論だ!」

「はいぃ!頑張りますよぉ」


 今日が最後……相手は力のある御曹司。

 どこまでやれるか分からないが、これが最後の戦いだ!


 俺達は一致団結した後、今日の業務に戻っていった。



◇◇



 皆で一致団結してから2時間程が経過した。

 俺達は簡単な業務を適度に処理しつつ、その時を待つ。


――コンコンッ


「おい、開けたまえ!」


 ――ッ!?来たか!?


 俺は椅子から立ち上がると、お嬢の方を向いた。

 お嬢は俺の目を見返して、コクリと頷く。


――ガチャッ


「…はい」

「植野家の令嬢……瞳嬢はいるか?この華夜(はなや)様が会いに来てやったぞ」


 玄関の扉を開けると、いかにも貴族風の男が立っていた。

 上着のポケットにさしてある一輪の赤い薔薇を触りながら、金髪の髪をかき分ける。


 その貴族の後ろには、当然のように執事とメイドが複数人控えていた。

 落ち着いた佇まいでアパートの敷地内に整列している。


 見た目はイケメンの金髪貴族か。だが、やけに偉そうな感じの男だな。

 雰囲気からして傲慢さが滲み出ている……お嬢の言う通り、話しかけるとめんどくさそうだ。


「お嬢様なら中で―――」

「邪魔だ平民。さっさと扉を開けろ」

「ッ!?」


 おいおい…この金髪ホスト野郎……今何て言った?

 いきなり邪魔とか……礼儀を習ってないのかよこのホスト野郎は!?


「私が中へ案内―――」

「平民の案内などいらん」


 こいつ…やはり俺を見下してやがる!性格に難ありのクソ野郎のようだ!

 目つきも態度もまともじゃねぇな!!……目つきは俺も悪いけどッ!


 俺は扉から渋々一歩下がると、お嬢と茜の方に振り向き目配せをした。

 お嬢と茜がコクリと頷き返した瞬間、作戦の意思疎通が完了した。


―――どよーん


 お嬢と茜、そして俺が死んだ目での歓迎を始める。

 このよろず屋に暗黒フィールドLv3が展開された。

 そしてそのフィールド内に、ホスト野郎と執事一人が入ってくる。



 ようこそ、我らがよろず屋へ。塩対応で歓迎してやろう!

 


「……ん?なんだこの辛気臭い場所は…。よくこんな所に住めるものだな…」


 どうやら雰囲気の悪さを感じ取ったようだ。

 顔をしかめながらリビングへと歩いてくる。



 今のよろず屋の雰囲気は超絶ブラックになってるからな。

 テメェにはさっさとお家に帰ってもらうぜ。



「瞳嬢、久しぶりに会いに来たよ」

「えぇ………そうね……」

「そちらのお嬢さんも…初めましてだね」

「はぃぃ…」


 ホスト野郎は、お嬢の対面の椅子を引いて座った。

 そして、お嬢と茜に爽やかな笑顔を向けた後、簡単に挨拶をしていく。


 おいおい……俺の時とは態度が180度違うじゃねぇか!?

 女性に優しいのは良いかもしれんが……ガチでいけすかねぇ野郎だな!


「さて、知っているとは思うが、改めて自己紹介をしておこう。僕は大手フラワーショップの御曹司…華夜(はなや)だ。ビューティフルなフラワーを何でも取り扱っている。今日は僕の気持ちをスペシャルなフラワーに込めて……瞳嬢……君に贈ろう」


 コイツ…言葉も仕草も気障(きざ)過ぎて腹立つ!俺が最も嫌いなタイプだ!

 それに髪を何回も掻き分けやがって……自分の美しさでもアピールしたいのか?


「さて、そうだな……これなんかはどうだろう?」


 後ろの執事が持っている大きなカゴから一輪の白い花を取り出した。

 そしてその花をお嬢の前へと差し出し、手渡そうとする。


「このビューティフルなフラワーを見てごらん?とても珍しく高価なフラワーさ。気高く、色も落ち着いていて、香りも素晴らしい…これは君のような女性によく似合う。高貴で美しく輝く…君のような女性にね」


 白く形の整った気品を感じさせる花がお嬢の前に差し出されている。

 素人目の俺から見ても、かなり美しい花なのだと分かってしまう。


「……本当に良い花ね…」


 口から賛美の言葉を漏らすお嬢。だがその目は死んだまま変わらなかった。

 気障なセリフや美しい花に動じることなく、目の前に差し出された()()()()に視線を向けている。


「僕の気持ちを受け取ってくれるかい?」

「……それは受け取れないわ」


 お嬢の回答を聞いたホスト野郎は、苦笑いをした。

 そして一旦後ろに控えている執事の元へと行き、違う花を受け取ってから席へと戻る。


 執事の持ってる大きなボックス内には多くの綺麗な花が入っているようだ。

 流石は御曹司。俺にはできないアプローチ方法である。


「…なら、これならどうだろう?」


 次に差し出されたのは明るい色の花だった。

 先程の白く気品に満ちた花とは違い、色鮮やかで目を惹く花だ。


「この目を惹く存在感は、パーティー会場での君によく似ている」

「……。」

「これなら受け取ってくれるだろう?」

「……それも受け取れないわ」


 色鮮やかな花を差し出されても、お嬢の目は死んだままだった。

 流石のホスト野郎もやれやれと首を横に振り、また苦笑いをしている。


「ふぅ、仕方ないね……なら、とっておきのフラワーを用意しよう」


 ホスト野郎はまた執事の元へ行き、新しい花を手に取った。

 今度は綺麗な青いバラを持っている。


 先程までの花よりも一目で鮮やかさの違いが分かる。

 俺は取り出された輝くような花に、つい目を惹きつけられてしまった。


「これは超高価で数少ない…レアなフラワーだ。…君の瞳のように綺麗なカラーをしているだろう?」

「……そうね。とても綺麗な花だわ」

「どうだい?気に入っただろ?」

「えぇ…とても」

「なら――」

「それでも私は受け取れないわ」

「―――ッ!?」


 お嬢の変わらない回答に、目を見開いたホスト野郎。

 髪をかき分ける仕草を何回も繰り返しながら、苦笑いを浮かべてお嬢を見る。


 金と権力を持ったイケメン貴族が甘い言葉と綺麗な花でアプローチしてきたら、心が揺れる女性も多くいるだろう。

 だが、お嬢の心を揺さぶることは、どうやらできなかったようだな。

 まぁ、それも仕方のない事だろう。俺はそう思っている。


 このよろず屋に咲く一輪の花は…どんな花よりも高潔(こうけつ)な……”高嶺の花”なのだから。


「そ、そうか…。…そ、そういえばそちらの方……瞳嬢の友人かい?」

「…そうですよぉ」


 何とか間を持たせようとしたのか、お嬢と並んで座っている茜へと話を振った。


 茜は死んだ目でどこかの空間をぼんやりと眺めていたようだ。

 だが、話を振られたことで眺める向きをホスト野郎の()()へと変えた。


「君は何か……高価なフラワーを欲しくはないか?」

「…そうですねぇ…でも思いつきません…」


「思いついたら言ってくれ。何でも差し上げよう」

「…あっ…ありましたぁ。欲しいフラワー」


「フラワーの名は?」

「カリフラワー」

「ッ!?」


 すげぇ……絞り出した回答が花ですらない!流石は優等生ッ!イかれてやがる!

 しかも死んだ目とボケっとした表情が凄く馬鹿っぽく見える!なんて演技力!IQ低そうだ!!


「あの食用フラワーは美味しいですぅ」

「それなら私も欲しいわね」

「いや、それはフラワーでは…」

「そうですかぁ…残念ですぅ」


 クククッ…残念だったなホスト野郎!悔しそうな表情を浮かべて…ざまぁみろ!!

 他のお嬢様達がどうだったかは知らないが、よろず屋のお嬢様達は花より団子(カリフラワー)なんだよ!!


 もう諦めてさっさと帰りな!花では腹は満たせねぇ!!


「…何故だ……あり得ない……あり得ないッ!!」

「ッ!?」


 急に声を荒げ始めるホスト野郎。

 恐らく思い描いたように物事が進まなかった為だろう。


「瞳嬢!この僕が囲ってやると言っているのだぞ?何故受け取らない!?」

「……。」

「それにッ君は花に興味がないのか!?全く欲しそうじゃないじゃないか!!」


 このホスト野郎…遂に本音を漏らし始めたか。

 フラワーを連呼していた時と、態度が豹変してるぞ。


 その様子を見ていたお嬢はため息を一つついた。

 そして今度は、お嬢がやれやれといった表情に変わる。


「……別に……興味がないわけではないわよ…」

「では何故!?何故受け取らない!?この僕が用意した花だぞ!そして、どれも最高の一品のはずだッ!」


 花を受け取らなかったお嬢に苛立つ心が見て取れる。

 受け取るのが当たり前だと思っているのか?ワガママちゃんかよこのホスト野郎。

 会った時から自己中心的な言動ばかりだ。


「花はどれもこれも素敵だわ。そしてお客様に喜ばれる一品であることは、一目見ればすぐに分かるの」


「そうだろ!当たり前だッ!」


「でも、その花を受け取るかどうかはまた別の話。花の美しさや珍しさ、値段の高さでは私は受け取らないってことよ」


 お嬢が真剣な眼差しで、ホスト野郎に語っていく。

 自分が相手に求めているものは、容姿、権力、お金なんかではない……遠回しにそう言っているかのようだった。 


「この僕がここまでしているのにか?」

「他の女の子にもその花を渡していることは知っているわ。一体何人の女の子を囲う気なの?」


「ッ!?」


「私は貴方の周りを彩る花じゃない。本気で私の事を思ってくれているのなら…自分を押し付けるだけじゃなく、もっと私の気持ちを汲みとってほしいわ。……だからもう、軽い気持ちで言い寄ってこないで」


 お嬢はもう死んだ目をしていない。哀しそうな目でホスト野郎を見ている。

 多分本心を漏らしているのだろう。そして色々と気づいてもらいたいのかもしれない。


「分からない!何が不満なんだ!?この僕がッ認めているのだぞ?」

「今は分からなくてもいいわ。帰ってから考えて頂戴」

「そ、そんなことを言って……くそッいいのかよ?この僕なら植野家の借金返済も直ぐにしてあげられるっていうのに…」


――ギリッ


 ん?お嬢?


「アンタのじゃなくてアンタの親のお金でしょッ!?そんなもの不要よッ!気分が悪い!!」

「この僕が持っている力だぞ!それを使って何が悪い!!」

「仁ッお願い!もう我慢できないわ!!今すぐこいつを摘まみ出してッ!!」

「――ッ!あぁッ任せろ!!」


 俺はお嬢が指さす標的―――ホスト野郎の胸倉を掴み、強引に玄関まで引きずっていった。

 そして、玄関の扉を開け、力任せに外へと投げ捨てる。


―――バタンッ

―――カチャッ


 俺はホスト野郎と執事を叩き出した後、玄関の鍵を閉める。

 力は俺の方が勝っていた為、抵抗されてもさほど問題はなかった。


 外からは怒声に近い声で”覚えてろ”との捨て台詞が聞こえたが、とりあえずもう忘れておこう。

 

 それにしても…お嬢の演技は鬼気迫るものがあったな。

 ……ガチでキレてた可能性もあるけど。


「お嬢…叩き出したぞ」

「ありがとう……あと……ごめんなさい。私の方が熱くなってしまったわ…」

「あの様子…報復とかあるのでしょうかぁ…」

「それは分からないわ。…でももしその時は…私が責任をとるから…安心して……」


 お嬢は顔に両手を当てながら俯いた。声が少しくぐもっている。

 怒りと哀しみと後悔に苛まれている雰囲気だ。


 だがもし…権力を振りかざしてくる馬鹿だったなら……お嬢の心配する通り、何をしてくるか分からない。


「お嬢が責任をとる必要はねぇだろ?もしそん時は俺が―――」

「仁!……やめましょ?…少し休憩するわよ」

「あ、あぁ……分かった」


 お嬢がリビングのカーペットへごろんと寝転がる。

 俺と茜は椅子に座って休憩だ。


―――ブルルルッ


 突然、お嬢の携帯が振動を始める。恐らく電話が来たのだろう。

 お嬢は携帯を手に取った。そして誰かと話をし――――――通話が終わる。


「…凛花がもうちょっとしたらこっちに着くって……一緒にお昼にしましょ…」

「いらっしゃるんですねぇ…」

「歓迎…しなきゃな…」


 来訪する貴族を帰らせた後、よろず屋はいつもの雰囲気に戻るはずだった。

 だが、貴族を帰らせ、作戦を終了した筈のよろず屋内には、未だ暗い空気が立ちこめていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ