7件目 このよろず屋にお嬢目当ての野郎共が訪ねてきた件 7/9
そしてまた翌日。
時刻は11時になろうとしていた。
今日は苦手な書類整理の割合が多い為、俺の精神疲労が思ったより大きい。
茜は家庭の事情で午後からの合流となった。それまでは俺が頑張らねばならない。
だが正直、今すぐ来てほしい。俺の仕事を擦り付けたい。
―――ピンポーン
あっ茜!?―――ではないよな。まだ時間じゃない。恐らく貴族が来たのだろう。
よし、とりあえず玄関を開けるか。
―――ガチャッ
「はい?」
「瞳殿の家はこちらであるな」
玄関を出ると少し背の低い和装のお坊ちゃんが立っていた。
着物を着た付き人らしき女性も一人付き添っている。
結構いいところのお坊ちゃんっぽいな。歳は俺より下だとは思うが、言葉が妙に堅苦しい。
でも凄く礼儀正しいし、なんか誠実そうだ。……ちょっと好感が持てる。
「お嬢が中で待っている。入ってくれ」
「では、あがらせて頂く」
「付き添いの方も―――」
「いや、某のみで良い」
「ぼ、ぼっちゃま!?ですが…」
「其方は車で待っておれ。某は大事な話をしてくるのでな」
和装のお坊ちゃんは付き添いの女性に待機を命じた。
付き添いの女性は少しだけ反論したが、やがてぺこりと頭を下げるとその場を後にする。
アパートの敷地前に止まっている送迎車まで戻っていったようだ。
「…付き人はいいのか?」
「うむ。……お邪魔致す!」
和装のお坊ちゃんがリビングへとあがる。
そして、お嬢と対面するや否や、自己紹介を始めたのであった。
「某は和人と申す!瞳殿!某と祝言を挙げてはくれまいか!一目惚れだ!」
おいおい…いきなり直球ストレートかよ。
面と向かっていきなりその言葉を言えるなんて…その胆力は尊敬に値するな。
「気持ちは嬉しいわ。でもごめんなさい。私はそこまで良い女ではないの…」
「そんなはずはない!某にとって理想の女神だ!」
対面してから一方的にお嬢への思いを伝えていく和装のお坊ちゃん。表情は真剣の一言だ。
お嬢も真摯な態度で思いを受け止めつつ、申し訳なさそうにお断りを続けていく。
「――ごめんなさい。今は考えてないの」
「そうであるか…。だが、タイミングが悪かっただけなのであろう?」
「…うん……そうね」
そうだな。何にでも言えることだが…タイミングは重要だ。
相手の気持ちが萎えている時、虫の居所が悪い時等、そういう時に関わる場合は運が悪いとしか言いようがない。仕事ではそこそこあることだ。
俺の実際の例でいうとこうだ。
昔お嬢がイライラしている時、和ませるつもりで冗談を言ったら強制腹式呼吸をさせられたことがあった。お嬢は俺を過呼吸にして黙らせやがったんだ。なんてヤツだって思ったね。
……ん?あれ?でもこれは…俺が空気を読まなかっただけか?
……うん、まぁいい。何にせよ、タイミングだ!
「ならば某は帰るとしよう。また日を改めて……っと…帰る前に確認しておくことがあったな」
和装のお坊ちゃんは玄関へ向かおうとしたが、すぐに踵を返した。
そして、俺の方に向き直り、質問を投げかけてくる。
「そこのお主、確か瞳殿の執事をしておったな?」
「あぁ、そうだが?」
この前のパーティーでお嬢と一緒にいる所を見られていたのか。
まぁ、見られることは仕方がない。何か聞きたそうだから聞いてやるか。
「其方は瞳殿と同棲しておるそうだが…それはまことか?」
「ん?まぁ……そうかもしれないな…」
部屋は別々だし、隣の部屋に住んでるだけだ。
だが、リビングが繋がっている為、同棲と言えばそうかもしれん。
「それに瞳殿の手料理を毎日食しておると聞いたが?」
「んん?え?いやぁ……」
「そうか…羨ましいな。某も食したいぞ」
あ、やべ…なんか誤解させたか?
つかお嬢の手料理が羨ましいって……どうやら間違った情報を仕入れてやがるな。
これは今すぐ正してやらねばならんだろう。
この好青年に真実を教えてやる事……それが今の俺にできる優しさだ。
「悪いが、お嬢の料理は食わない方がいい」
「む?それは何故だ?」
「正直に言おう……マズイぞ?」
「不味いか…だが問題ない。そこに愛があれば必ず食せる。そして幸せを感じられるであろう」
おぉぅ…これは何言っても無駄そうだな。
俺がマズイと言っているのに…恍惚そうな表情で妄想してやがる。
つか、いま愛があればって食えると言ったか?
もしかしたら、食わせて直接分からせた方がいいかもしれんな。
好青年ではあるが、日を改めて何度も来られてはこっちがかなわん。
ここで本当のお嬢を見せて、その愛が如何に儚いものかを分からせた方がいいだろう。
そう…お嬢の手料理を披露して、愛が足りないことを実感させるチャンス……否!大チャンスだ!
「何だ?そんなに食いたいのか?」
「ん?当たり前であろう」
「そういえばちょうど昼時だな。…お腹が減ってないか?」
「む…そうだが…ま、まさか!?」
そう、そのまさかだ!
自ら地雷を踏みに来たことを後悔するなよ?
そこまで食べたいって言ったんだからな?
だからその段取り…俺が手伝ってやるよ!
「…なぁお嬢。せっかくだからよぉ…お嬢の手料理……食べさせてあげたらどうだ?」
「え?」
俺は少しだけニヤつきながらお嬢に料理を作ってあげる事を提案する。
お嬢は何を言っているのか理解できていない。キョトンとした様子でこっちを見ている。
「いつものヤツだよ。その愛が本物かどうか、この際に試してやれよ」
「な、なに言っ…わ、わかったわ仁。ちょっと待ってね」
お嬢が俺の意図を察したようだ。ルンルン気分を演出しながらキッチンに立つ。
冷蔵庫から食材を取り出し、色々と消費しながら何かを生成し始めた。
お嬢の錬成作業…………間違いなくアレが生成されるだろう。
毒を食らわば皿までというが……もう練成作業という禁忌を犯してしまったんだ…もう後には引けないぞ。
まぁ、どちらにしろ……和装のお坊ちゃんの頑張り次第だけどな。
本当に完食したのなら俺もその心意気を認めよう。
さぁ、お嬢への愛が本物かどうか……ここで証明してもらおうか!
◇◇
暫くすると、お嬢の生成物を盛った一皿が誕生した。
皿の真ん中に既視感のある黒い物体が鎮座している。クイズに出したら当てられる者はいないだろう。
クククッ…思った通りの練成結果だ!
これは素晴らしい!!大成功だぞッ!!
「お嬢の手料理が完成したぞ」
「おぉ…待っておったぞ!早くこちらに運ぶがよい!」
俺はお嬢から受け取った皿をテーブルまで運び、出してあげた。
そこに食べ物は存在していない。ドス黒いオーラを纏った何かが存在している。
「ほらよ……コレだ。お嬢が作った”モノ”だぞ」
「こ、これは一体ッ!?」
クククッ…驚愕しているようだな。当然の反応だ。
俺もソレを最初に見た時は愕然とした。心の中でのツッコミが終わらなかったよ。
封印されていた記憶の断片が微かに蘇る。
かつて、俺の意識を一撃の元に吹き飛ばしたお嬢の手料理……黒い岩石との邂逅の記憶が。
そして、その時に俺は理解した。お嬢を台所に立たせてはいけないことを。
このよろず屋のお嬢様は…バイオテロを引き起こす!
それにしても……やはりお嬢のクッキングスキルは絶望的だな。
もしお嬢が満漢全席を作ろうものなら、行政指導が入るだろう。
「……ッ!…ッ!」
お?どうやら食べようとしているようだな。だが、手がずっとプルプルしているぞ?
うんうん、でもそれは正常な反応だ…恥じることはない。さぁ早く…サクッと食べて逝くがよい。
だが、和装のお坊ちゃんは固まった状態のまま暫く動かない。
表情には陰りが差している。渋い顔で黒い物体と見つめ合っている。
なかなか口に運ばねぇな。箸でつまんだまま膠着状態を続けられても俺が困るぞ。
これは仕方ないか。……優しい声で少し煽ってやるとしよう。
「うんうん、手を震わせるほど嬉しかったのか~。そんなに凝視しちゃって……目がまん丸だぞぉ。…ん?あれ?どうしたんだ?まだソレを食べないのかい?」
「…ッぅぐ……ぐぅぅ…」
「おいおい……ずっと見入って本当にどうした?早く食べないとお嬢の手料理が冷めちゃうだろぉ?とりあえず一口、サクッと噛みしめてくれよ」
しかし、和装のお坊ちゃんの手は未だ止まっている。
箸を持った右手がフルフルと震え、自身の口と一定距離を保ち続けた。
クククッ…お嬢の料理はまさに奇跡!全てが消し炭だ!食えたもんじゃねぇ!!
愛があれば食べられるだって?ハハッ…まずそこに食べ物なんか生成されねぇんだよ!これで分かったか?
さぁ感じろ!もっと感じろッ!その強大な…小宇宙の力をッ!!
かつて俺が胃に納めたダークマターが、今ここに顕現している。
食べたことがないからこそ手が出ないこともある。
ビジュアル、匂い、味、全てが未体験ZONEだ!
今頃お前の頭の中では警鐘が鳴っているのだろうな。
だが安心しろ。それが正常だ。とりあえず……心中お察しするぜ。
「すまぬ!!はっきりと言わせてくれッ!!これは汚物!料理とは言い難い!其方は…本当にこれを瞳殿が作ったと申すのかッ!!」
こいつッ!!はっきりと言いやがった!
しかもお嬢が作ったものかどうか疑ってやがる!!
「何言っているんだ?すぐ横で作っていただろ?」
「ッ!!…いや…しかしッ…」
「私と付き合うならこれぐらい食べられなきゃダメね。仁はいつもこれを食べているんだから」
いや、いつも食べてたら緊急入院だぜ!
「ありえぬ!こんなもの……食べられるはずがない!!」
「仁は本当に食べたわよ?しかも喜んで」
そう…それは本当の事だ。昔の俺はコレを食べた。
あの時は見事に完食したんだ。……でも、全く喜んでなかったからな?
「戯言だ!嘘を申すな!」
「嘘じゃないわ。私への愛があれば当然ね」
「そこの執事は某よりも…瞳殿を愛しているとッ!?」
「えっ!?…ッ…そ、そうよ?」
「ならば、今食べさせて証明してみせよ!その執事の愛が本物ならば…某は諦めて帰ろうぞ!」
「ッ!?…ふふっ…いいわよ?そこでゆっくり見てなさい」
えッ!?嘘!?そういう流れ?
俺……心の準備が一切できておりませんけどッ!!
――ザクッ
「仁…さぁ食べて?…はい、あーん」
「あ…あぁ……」
お嬢がスプーンで黒い物体の一部を大きくえぐり取った。
そして黒い物体が載ったスプーンに手を添えて、ゆっくりと俺の口へと運んでくる。
お嬢から”あーん”してもらえるとか喜びしかないぜ。
但し、お嬢の手料理じゃなければな。
「どうしたの?あーん?」
「あっ…あッ…あぅぁ……」
おや、口が開かない……はて、どうして開かないんだろう?
俺が口を開こうとしても、俺の口はその命令を拒んでいた。口がカクカクと上下運動し続ける。
恐らく"食べなければ"という思いと"食べたらマズイ"という思いが葛藤した結果なのだろう。
これが本能レベルでの防衛反応か。すまんなお嬢……俺はここまでのようだ。
「そこの奴隷…口を開けなさい」
「あがぁ―――」
お嬢が耳元で囁くと、俺の口が震えながら開いてしまった。
俺の奴隷適性が防衛本能を上回った。そうとしか考えられない。
ここで口を開けたらどうなるか……過去の経験から学んでいても、命令には抗えなかった。
そうか…遂に命を差し出す領域まで到達したんだな。一体どこまでいくんだよ…俺の奴隷スキル…
――ポスッ
俺の口の中に異物が置かれた。
焦げた匂いが鼻を刺激する。
舌触りで分かる……コレ…アカンやつや。
「それじゃ、よく味わって食べてね♡」
お嬢が笑顔で命令してくる。
耳元で囁かれる命令に、不思議と抗うことができない。
すまない…俺の胃袋ちゃん。
食べ物を入れてあげられなくて…ごめ…
―――ゴフッ
「んウ゛ゥンん゛ん゛ッッ!フンんん゛んん゛ッッ!?」
俺は過去ッこのダークマターから生還した!だから俺は毒耐性を習得している筈だ!!
俺の体を最後まで信じろ!!もってくれッッ俺の体ッ!!
―――ガタガタガタガタガタガタガタガタッ
「震えるほど喜びを噛みしめているわ」
「あ、ありえぬ……」
「貴方の愛は少し足りなかったようね」
「……そ、そのようだな…」
「もう諦めて、帰ってもらえる?」
「ぐぅ……む、無念…」
―――バタンッ
和装のお坊ちゃんは落ち込んだ様子で帰っていく。
僅かに残った意識の中、帰っていく様子を確認できた。
――バタッ
「…仁?…大丈夫?」
「…うぁ?…お、お嬢?」
俺の視界……ぼんやりとお嬢の姿が見える。
「…目の焦点が合ってないわよ?…意識は保てる?」
「…ここは宇宙か?」
「ここはよろず屋よ」
「そうか…良かった…」
――ガクッ
「じ、仁ッ!?まだお昼よ!寝ちゃダメ!起きて!命令よ!」
薄れゆく意識の中、お嬢が俺を介抱してくれていた。
俺は若干の嬉しさを感じながら、遠い宇宙に飲まれていった。




