7件目 このよろず屋にお嬢目当ての野郎共が訪ねてきた件 5/9
翌日。
時刻は午後4時頃。
本日の業務がだんだんと落ち着いてきた為、俺とお嬢はリビングで少し休んでいた。
貴族が来訪する約束の時間が刻一刻と迫ってくる。俺は若干緊張した面持ちでその時を待った。
―――ピンポーン
そして遂によろず屋のチャイムが鳴った。
時間的には恐らく貴族だ。俺はお嬢と顔を見合わせてコクリと頷くと、玄関の方へと向かっていった。
―――ガチャッ
「……はい」
「瞳たん?僕ちんが会いにきたよ」
横幅の広い脂の乗った貴族様が出現した。
アパートの敷地前には従者らしき人物がおり、高級車の横で待機している。
何だこいつ!?いきなり瞳たんとかヤバ過ぎるだろ!?
どっかのお気楽女も瞳たんとか言っているが、こいつは見るからに100倍はヤバイ!
とりあえず俺はヤバそうな貴族をリビングまで案内する。
そして、お嬢とヤバそうな貴族がリビングの椅子に座った後、俺は部屋の隅で待機することにした。
「ふぅ……瞳たん。久しぶりだね」
「え、えぇ……お久しぶりね」
対面での挨拶を済ませた後、二人での会話が始まった。
何度か顔を合わせているようなので、お互いの紹介は特にない。
そして、パーティーの時の男達と同じ様に、お嬢が色々と口説かれ始める。
お嬢は勿論、真摯な態度でお断りをしているようだが。
「―――瞳たんは照れ屋だね。…ところで、最近一緒にいる男……アレ誰なの?」
ヤバそうな貴族が俺の方を見た。俺とお嬢の関係を気にしているようだ。
最近はお嬢と一緒にパーティーへ行っている。なので何度か見られていたのだろう。
俺の存在を随分と気にしている様子だ。
「え、えっと……わ、私の…ダーリンなの!」
「えっ?こんな奴が?僕ちんとの仲の方がアイツよりいいでしょ?」
こんな奴とか……失礼な奴だな!
それに俺よりもお嬢と仲がいいだと?勘違いも甚だしいわ!!
確かに貴族としてのやり取りはテメェの方が長いかもしれねぇ!
だがお嬢との仲の良さなら、俺も負けてねぇんだよォッッ!!……多分ッ!!
「二人の仲が良い理由ってなんですかねぇ?俺にも分かるように教えて欲しいのですが?」
俺はヤバそうな貴族に仲のいい理由を聞いてみることにした。
何を考えている貴族なのかを知る必要がある。…というか、その自信がどこから来てるのか確認しておかなければならない。
「キミ何言ってんの?”たん”付けだよ"たん"付け!相手を"たん"付で呼ぶことは一部の貴族で"親愛の証”とされてるんだよ?瞳たんも僕ちんに呼ばれて拒否してないでしょ?そんなことも知らないの?」
は?テメェこそいきなり何言ってんだ?
"たん"はテメェが勝手につけてるだけだろ!?何が親愛の証だッ!!
お嬢は許してるからテメェに呼ばせてんじゃねぇ!断れねぇから渋々呼ばせてるんだ!
凛花と一緒にいるお嬢を見てれば……それは俺にも分かるんだよッ!!
「へー、そうなんですかー。初めて知りましたよー」
「そうなんだよぉ。分かってくれたかい?」
「あぁ……俺も普段からそう呼んでる仲だったんでなッ!まさかそれが親愛の証だったとは!!俺に教えてくれてありがとよッ!!」
「ッ!なな、何だってぇ!?」
「―――ぇッ!?……そ、そうね。いつも呼ばれて…い、いるわね!」
俺はここで敢えて強気の態度を取ることで、この場の雰囲気の掌握を図る。
相手の考える親愛の証が判明した為、それを逆手にこちらの優位性を見せつけてやるのだ。
そしてお嬢……どうやら俺の意図を察した様だ。
さぁ、見せつけてやろう!俺達の超絶演技力をッ!!
「もういつも通りにしようか。…ねぇ?ひ・と・み・たん?」
「ッ!!……そ、そそ、そうね?あは、あはは…」
俺は椅子をお嬢の近くまでズラし、座ると同時に反対の肩へ軽く手を回した。
お嬢は少しだけビクッとしたが、特に駄目そうな感じではない。
おっおっおっ?これはこれは…。
この状況だからか知らないが、意外とお淑やかにしてるじゃねぇか。
だが、俺には何となく伝わってるぜ?照れと怒りを我慢してるってことをッ!!
やっべぇぇッ!!でもこれは不可抗力ッ!!何故ならこれは…ダーリンとしての演技なのだからなッ!!
「どうだ見たか?俺達の仲の良さを?」
「そういう事なの。だからごめんなさい。申し訳ないんだけど、諦めてくれないかしら?」
少し仲の良さそうな所を見せてから、お嬢が申し訳なさそうに頭を下げた。
こういうところはやはり律儀だ。本当に申し訳なく思っているのだろう。
つか、これだけお断りアピールをしてやってるんだ。
普通だったらそろそろ気づく。そしてお嬢を諦めるはずだ。
「ぶふぅ……瞳たん…。それでも僕ちんとの仲は変わらないよね?だから一緒に暮らさないかい」
こいつ……全く動じてねぇ!!鉄の心でもお持ちなのでしょうか?
どうやらこいつは一筋縄ではいかないようだ。…いや、いかない奴しか来ないんだったな。
ちょっと考えが甘かった。
……これからどうしよう?
俺はお嬢とアイコンタクトをとってみることにした。
すると、どうやらお嬢も俺の方に目配せをしていたようで、コンタクトに成功する。
(おいお嬢、全く諦める気がねぇぞ)
(もう仕方ないわ。”アレ”を実行するわよ)
(――ッ!早速かよ……覚悟を決めるか)
俺とお嬢の意思疎通が終わる。
そして俺達は、対面する貴族に対する最終手段”幻滅作戦”を実行することにした。
「―――ねぇ、簡単に”一緒に暮らそう”って言ってるけど、私との暮らしは普通じゃないわよ?」
お嬢は椅子から立ち上がり、物品置き場に向かう。
そしてお嬢が戻ってきた時、その手には例の武器が握られていた。
不敵な笑みを見せながら鞭をパシパシさせているお嬢。
ジト目で見下す表情や仕草が生き生きとしている。
……お嬢……意外と演技派だなぁ…。
「このプレイを見ても一緒に暮らせるかしら?」
「そ、そうだぜ!毎日が刺激的ッ!毎日がエクスタシーッ!!常人なら発狂しちまうだろうなぁッ!瞳たんとの暮らしはよォォッッ!!」
お嬢の女王様ノリに続くべく、無駄にテンションアゲアゲで言っちまった。
だがそれぐらい本気でかからねばならないだろう。それだけこの貴族は強敵だッ!!
「さぁダーリン!早く四つん這いになりなさい!!」
「へイッらっしゃいッ!!!喜んでぇぇーッ!!!」
―――シュババッ
俺はスマートな動作で四つん這いになる。
そして、四つん這いになるやいなや、お嬢が俺の背中に座り鞭を振るう。
―――パシンッ
「ありがとぉぉございます!!」
「どう?こんな感じなのよ?」
よし、完璧な一連の流れ!いきなりこれはヤバイだろ!
一般人なら早くここから立ち去りたくなるはずだ。
これは間違いない!確かな手ごたえを感じるぜ!!
「え…そんなプレイを毎日?」
どうだ?引くだろ?
「そんなまさか…」
そのまさかだぞ?
「う、うぅ―――」
嘘だと思うだろ?
「―――う、うらやまぁァァァッッッ!」
おい…うそだろ……。
こ、これはヤバい…幻滅作戦が初回から失敗してんじゃねぇか!!
そしてこの貴族……ドMだったのかッ!!
「コレだよぉ!!物心ついた時から僕ちんが求めていたものォォォッッ!!」
こいつマジモンの変態貴族じゃねぇか!!
しかも物心ついた時からだと!?"ド M"のギフトでも授かりやがったのか?
いや、でもそんなもの聞いたことがない。というかあって欲しくない。
もし物心ついた時にそのギフトだったらと思うと超恐ろしい!
あの男のプライドを賭けて戦い続けた日々が、快楽を得る為の日々へと置き換えられてしまう!
「これは…一体どうされたいっていうんだよ」
「ひ、瞳たん!!か、彼と同じ鞭をッ!僕ちんにもッ!!」
「アンタと一緒に暮らしたら絶対打たないわよ。…どうする?」
「なら今!鞭を下さい!!なるべく痛いやつをォォッ!!」
変態貴族は懇願するようにお嬢へ頼み込む。
マジモンの変態…目の当たりにするのは初めてだ。
こいつ…相当なガチ勢かよ。正直ドン引きだぜ。
だが、痛い鞭を打てば帰って貰えるならありがたい。
これでこいつは、何とかなりそうだな。
ん?でも…痛い鞭って用意してないじゃんか。
まさかこんな展開になるとは予想していなかった。しまったな……どうする?
「なら特別よ?私が特製の鞭を使ってあげるわ」
――ガサゴソ
え?お嬢?いきなり何言って?
しかも物品置き場の箱をまた漁り始めて……一体どうしたんだ?
突然、お嬢が物品置き場にある箱を漁り出し、中からもう一本の鞭を取り出した。
先程の鞭と同じ物しか入っていなかったはずの箱。だが取り出した鞭は少し違っていた。
先端部分を見てみると、何故か光を反射させていたのである。
えっ?あの鞭、先端がメタル加工されている?
なんで?どうして?いつの間に光り輝く仕様になってるの!?
「おじ……ひ、瞳たーん!?何かなぁーその鞭はー?先端がメッチャ、固そうだよねぇー?」
「うん。昨日の夜に強化しておいたの。愛しい愛しい…ダーリンの為にね♡」
嘘ッ!!ありえん!!強化鞭だとッ!!??
何勝手に強化してんだよッ!何をこっそり企んでたんだよッお嬢ォォッ!!
「やめろおじょ……それは……」
見たら分かるッ!!”鞭+99”まで強化されているッッ!!
「念の為に作っておいて良かったわ!」
―――バシンッ
「うほぉッ!!きっくぅぅ!!」
クソがッ!俺はドMの才能は持ってねぇッ!
「アンタにもあげるわ!!」
「う゛あ゛ぁッッ!あ゛りがと゛うございま゛ずぅぅ!」
変態貴族は嬉しそうに鞭を受ける。
恍惚な表情……正直見るに堪えない。
それにしても……くそッどうすれば……。
お嬢の鞭を受け続けるのはキツイ。
何かしらの対策が必要―――っ!?
そうだ!閃いたッ!!
あれだよあれ!心頭滅却すれば火もまた涼し!
無念無想の境地に達すればこの苦行も乗り越えられる!!
よしッ早速―――心頭滅却ッ!
―――バシンッ
「ハイ無理ィィッ!!滅却でぎませぇぇん!!」
クソが……ならばッ!
全てを受け入れて痛みを快感に変換すれば―――
―――バシンッ
「ああ゛ッ――か・い・か・んなわけあるかクソがッ!」
「こっちも!」
「ぶひぃ!ありがどうございまずぅぅ!!」
お嬢が変態貴族に鞭を打ち続ける。
一応、たまに俺に対して打ってくるが、段々と痛みがなくなってきた。
お嬢の奴!もう手加減が上手くなってるよ!
鞭の武器適性値は絶対”S”だ!間違いない!!
「じゃあ命令よ!さっさと家に帰りなさい!二度と来ないで!!」
―――バシンッッ
「ぶひぃ!!」
―――バタンッ
調教された豚野郎は嬌声をあげて帰っていった。
よろず屋内に静寂が生まれる。長く空しいカオスな戦いがここで幕を閉じた。
「……お、終わったのか?」
「そのようね。……もうこのプレイはやめましょう……凄く疲れたわ」
いきなり変態貴族とは運がなかった。
まさかとは思うが、他の貴族も同じような性癖を持っている可能性も?
いや、もう考えるのは止めよう。今はこの困難を乗り切ったことを喜ぼうではないか。
「よし、とりあえずミッションコンプリートだな」
「いえ、まだよ」
「…え?」
今日はもう貴族は来ないはずだろ?
それなのに…まだって……え?え?
「ねぇ仁………瞳たんって………何?」
「え?まさか…根に持っていたんですか?」
お嬢が微笑みながら近づいてくる。
照れと怒りのボルテージがここで解放された。
すっかり忘れてたッ!調子に乗りすぎてたか!?
「それを許してるのは凛花ぐらいよ?しかもさり気に……肩に手を……ッ身の程をわきまえなさいッ!」
―――バシンッ
「うぉッ!?」
「ッ!?避けたわね!そこの奴隷!立ったまま動かない!!」
――し、しまッ!!
「お、お嬢!?さっきこのプレイはやめるって言ったじゃねぇか!!」
お嬢が強化鞭を持ってこっちを向いている。そこに躊躇いは感じられない。
そして鞭の打ち方が様になっていた。最初のぎこちなさはもう感じられない。
「これは別。お仕置きは必要でしょ?」
「え?いや、それはいらな―――」
「遠慮しないで♡」
――バシンッ
「アッ―――ッッ!!」
そして俺は、お嬢に少しだけ調教された。




