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7件目 このよろず屋にお嬢目当ての野郎共が訪ねてきた件 4/9


 お嬢の号令と共に作戦内容の調整が始まった。

 幻滅させる方法と帰りたいムードを作る方法…まずは幻滅させる方法から検討する。


「それでは~候補であるSMプレイから考えて見ましょうかぁ」

「うん。そうしましょうか」


 さぁ、始まってしまったぞ。一風変わった検討会が。

 SMプレイ……一体どんなプレイをする気なのだろうか。まぁ、何にせよドン引きされる可能性が高いことに変わりはないだろうが。


 それにしても…SMプレイ以外にも嫌われる手段はあるのではなかろうか?

 俺がとんでもないSMプレイに巻き込まれる可能性が超高確率で考えられる。

 できることならリスクは減らしておきたい。


 代案として用意できそうなのは………マナーを悪くするとか?態度を悪くする…とかか?

 それが無難なところだな。…よし、ちょっとお嬢に相談してみよう。


「…なぁお嬢、ふと思ったんだが…」

「仁?どうかしたの?」

「お嬢のマナーを酷くしてみるとか、相手への態度を悪くしてみるって手もあると思うんだが?それは候補にならねぇか?」


 俺が案を提示すると、お嬢は視線を落とし、少し考えるような仕草を見せた。

 だがすぐに俺の方へと視線を戻し、案に対する回答を口にする。


「その案には賛成できないわ」

「え?何でだよ?」


 結構まともな案だと思ったんだけどな……。

 どうして賛成できないんだ?理由は何だろう?


 まさかとは思うが……SMプレイをやりたいからって訳じゃないだろうな?


「まずマナーだけど、今まで出来ていたのに急に出来なくなるなんて変に思われないかしら?あと、態度を悪くするっていうのも気が引けるから避けたいわね。”私の趣味で”ってことなら誰も傷つかないし、価値観の相違で諦めてくれるなら有難いわ」


「――ッ!?」


 俺はお嬢の回答を聞いた瞬間、気付かされ、息をのんでしまった。

 お嬢はSMプレイがやりたいんじゃない。人をなるべく傷つけたくないから、やむなく選択したんだ。


「ハハッ…なら、仕方ねぇな」


 まさかそこまで考えられていたとは…。変なことを考えてしまった俺は恥ずかしい。

 相手を思いやる心……それは人として大切なものだ。これはお嬢の考えに賛成せざるを得ない。

 お嬢……流石だ。この瞬間は女神に見えるぞ。


「ところで瞳ちゃん。例の()()ってここにありましたかぁ?」

「あっそういえば必要なのよね?…ちょっと待ってて」


 お嬢がリビングの物品置き場に向かい、箱の中を漁り始めた。

 そして、箱から何かを取り出すと、こっちを振り向いて()()を見せた。


「じゃあ、()()を使いましょうか」


 お嬢が手に持ったもの―――それはこげ茶色の鞭であった。

 透明な袋に入っている為、中が見える。長さはちょっと短めだ。だがオモチャとは思えない完成度である。


 何でここに鞭があるんだよ……お前の家系はヴァンパイアハンターか?


「おい……そんなもんどこで調達してきやがった…」

「この前の学園祭で茜が取ったのよ」

「はい!輪投げゲームで取った景品ですぅ!因みにッ2本ありますッ!!」――ドヤぁ


 おいッ!何ドヤ顔で2本あります言ってんだよッ!!

 そこでビクトリーピースかましてんじゃねぇぞ!!


 1本だろうが2本だろうがありがたみは変わらねぇんだよッ!

 つか、むしろよくも取ってくれたなッこのポッチャリ系!!

 いつの間にか鞭なんぞ仕入れやがってッ!不要なもん仕入れてんじゃねぇよッ!


 どうやら茜は学園祭で取った景品をいくつかお嬢に譲渡したようだ。

 変な指差し棒など、訳の分からないものを取っていた記憶はあるが……俺はその全容を知らない。


「これで始められるわね」


 なぁお嬢…SMプレイは鞭打ち決定ですか?それは奴隷の宿命ですか?


 俺は鞭打ちの運命に抗う決意を固めていた。

 だが、あの鞭の姿を見ていると何故かだんだん抗う気が失せていってしまう。


 お嬢に情が湧いてしまったのだろうか?体が鞭を欲してしまったのだろうか?

 これが奴隷適性の高さから来ているのではないかと少々心配になる。少しぐらいお遊びに付き合ってやってもいいか……何故かそう考えてしまうのだ。


 それにしてもあの物品置き場…カオスになってるな…。明日から5S……頑張らないと。


「あっ…でもこれ、なんだか作りが本格的よね?……叩いたら痛いかな?」

「ど、どうでしょう……試したことがないのでなんともぉ…」


 お嬢がオモチャの鞭を透明な袋から出して使おうとした。

 だが、オモチャの割には精巧に作られた鞭に、どうやら使用を躊躇っているようだ。


 まぁ、ガチで痛かったら使えないもんな。流石のお嬢もそこまで―――


「とりあえず試してみれば分かるわね」


 ―――うん。そうだね。知ってたわ。

 お約束だよね。宿命だよね。


 さて、これが避けられぬ運命であるならばッ!

 その全てを慈愛の心で受け止めてやろう!!


 ヘイッ!ウィップ!!カマンッ!!!


―――パシンッ


「んっ……」


 ――って!……あれ?おかしい?俺…じゃない!?

 ……お嬢ッ!!?


 受け入れ準備を整えた俺だったが、こちらに鞭は飛んで来なかった。

 どうやらお嬢が自分の太腿をオモチャの鞭で叩いたようだ。

 吐息を少しだけ漏らし顔を若干歪めたが、大して痛そうな感じではない。


「……意外と痛くない……これなら大丈夫そう」

「ひ、瞳ちゃん……大胆ですぅ」


 反射的に、俺に来るものだと思っていたが……お嬢はまず自分で試したようだ。

 とりあえず俺で試すという事を躊躇ったのだろう。昔のお嬢からは考えられない。

 俺、ちょっと感動だ。


 それにしても、お嬢の鞭打ちには少しドキッ♡とさせられたな。

 お嬢が自分を鞭打つ姿……なんかイイ。なんかエロい。


「確認が終わったところで……仁、出番よ」

「そうか…やっぱ俺がやるんだな」

「当たり前でしょ。早速練習してみるからそこで立ってなさい」


 お嬢が鞭を上段に構え、俺の方を向いて狙いを定めた。

 その眼は真剣そのものだ。俺の太ももが完全にロックオンされている。


「…ごくっ」

「…ッ…」


 俺と茜が固唾を呑んだ。そしてよろず屋内が静寂に包まれる。


「あっでも……”えすえむ”って叩くだけだっけ?結局何をすればいいんだろう?」


 お嬢は若干上機嫌なご様子で構えていたが、すぐに構えを解いて茜に質問した。

 実際鞭で打つだけなのかと疑問に思ったらしい。確かにそれだとあまり変態っぽくない。


「…ひ、瞳ちゃん…実はあまり知らない感じでしたかぁ」

「鞭でパシパシ叩くってことは知ってるわよ?」

「基本はそうですねぇ。でも、四つん這いにさせて、背中に乗って、お尻を鞭で叩くのが良いと思いますぅ」


 確かにそっちの方が変態プレイっぽいな。俺にはよく分からん世界だけど。

 それにしても茜……お前はどうしてSMに詳しい…。


「なら……それを実際にやってみましょうか」


 お嬢は再び俺の方を向いた。鞭を片手でパシパシと振っている。

 どうやらヤル気満々だ。…ちょっと怖い。ゾクゾクしちゃう。

 

「お、お嬢…でもこれやると、お嬢が変な性癖持ってるって噂にならないか?」


 俺は一応、お嬢の為に懸念していたことを伝えてみた。

 これで相手を幻滅させるのもいいが、幻滅させた後の影響も考えておく必要があるだろう。 


「問題ないわ。根拠のない噂なんて蔓延ってるんだから」

「いや、それでも…」

「たった数人でしょ?好きに言わせておけばいいわ。それに最悪広まったとしても、私をちゃんと知ってくれている人に分かってもらえればそれで良い!」

「――ッ!!」


 おぉぉ……。お嬢がなんかカッコイイ言葉を言った。そこまで覚悟を決めているなら俺は何も言えないな。

 そして、時々感じるその豪胆さ……尊敬ものだ。


「分かった。もう何も言わねぇよ」

「うん。だったら始めるわよ」


 さてと、懸念事項は確認したが、やっぱ当然のように俺がやる事になるんだよなぁ。

 たまには俺の代わりに茜がやればいいじゃねぇか―――って……それ、よく考えたら最高じゃん。お嬢と茜のレズプレイだヨ!


「そこの奴隷、四つん這いになりなさい」

「…ッ…へいへ~いっと」


 俺はお嬢の命令により、リビングの床で四つん這いになった。

 お嬢と茜が俺の方を見下ろしている。なんだかこれもゾクゾクする。不思議な感覚だ。


 しかしこの役割……どう茜に(なす)り付けようか。……良い考えがなかなか浮かばないな。

 

―――ポス


 様々な考えを巡らせていると、背中にお嬢の重さとぬくもりが感じられた。 

 ベンチに座るようにして、俺の背中へと腰を下ろした為だ。


「仁、どう?重くない?」 

「お?…おぉッ!お嬢のケツ柔らか~…」

「――ッッ!!」


―――パシンパシンパシン


「ウほホォオォッッ!!」


 お嬢に尻を激しく打たれた。心地の良い大きな音がよろず屋内に響き渡っていく。

 だが音の割にほとんど痛くない。……俺の心は何故か痛むが。


「へ、変態!何言ってるのよ!!」


 お嬢の感触が俺の背中から離れたことを感じた。

 なので俺は、四つん這いのままお嬢の様子を見る為に振り返る。


 すると立ち上がったままの状態で、お嬢が俺を睨んでいた。若干頬が膨らんでいる。

 照れと怒りでちょっと赤い。もうちょっと頑張れば茹でだこだ。


 つか自分でやっておいてコレとか笑っちまうぜ!

 これはお嬢に非があるからな!もっと勝手に照れてるがいいわ!!


「そのまま乗るのはやめた方がいいですねぇ…」

「……そうね。ちょっと見直しが必要かも」


「ほぅ……俺の背中には乗れないと?俺は一向に構わないんだが?」

「なんか嫌。…すごくいやらしい」


 お嬢から冷たい視線を向けられてしまったが…クククッ…まぁいい。それも一種のご褒美だと考えよう。

 それよりも、俺の望んだ方向へと状況が変化した事の方が、今は重要なのだからな!

 

 心の声が漏れ出たことによる失言で、お嬢が俺に乗ることを敬遠した。

 これは僥倖……思いがけないチャンスの到来だ。

 さっき思いついた”とっておきの提案”を通す為の足掛かりにさせてもらうぜ!!


「俺の背中が嫌ならしょうがない。ちょっと考え方を変えてみるとしようか」

「えっ?どういうこと?」


 俺は四つん這いのまま顔だけ向けて”とっておきの提案”を開始する。

 お嬢はその言葉が気になったようで、俺の振り向いた顔を見下ろしながら聞き始めた。


 よし、まずは話に食いついた。

 このまま俺が望む最高の結果へと発展させてやる!


「なぁに、簡単な事だ。俺の代わりを茜がやれば解決だッ!!」

「ええ゛ぇ!?わ、私がですかぁ!?」

「う~ん…確かに……でも……」


 お嬢が少し困惑した表情をする。勿論、茜も同様だ。

 だが考えてみろ。このドMプレイを俺がやらなければいけないことなどありはしないのだ。だったらお嬢と茜の二人でレズプレイでもしてればいい。


 俺はドMプレイをせず、面倒ごとにも巻き込まれず、優雅にお茶をしながらお嬢と茜の絡みプレイで目の保養ができる!!なんて完璧な提案ッ!今日の俺天才かよッ!!


 ……さて、あとは茜を誘導するだけだ。俺の為にお前をこれから屈服させてやる!!


「ということで、茜!出番だ!」

「え、えっとぉ……私はちょっとぉ……」


 ふむ、あまり乗り気ではないか。まぁ当然だ。

 逆に立候補してきたら、それはそれでお前の性癖が心配になる。


「茜よ!”えっと”も”ちょっと”も必要ない。ここで四つん這いになるだけでいいんだ!」

「で、ですがぁ…」

「なぁ茜。お前のお嬢を思う気持ちは……その程度だったのか?」

「――ッ!?」


 よし!キタコレ!反応良好!

 ここで間髪入れずに畳みかける!!


「お嬢の助けになりたくないのか?」

「…ぅ…ゥゥッ!」

「俺はお嬢の為……この重要な役割を茜に委託したいんだ!」

「……で、でもぉ」


 チッまだ渋るか。…だが、茜は結構情に弱い!

 このままそれとなく押し切ってしまえば……俺の戦術的勝利となる!


「さぁ早く!」

「ぅぅ…」

「全てはお嬢の為なんだ!」

「うぅぅ……」


―――ガクッ


 ィよっしゃぁッ!!


 茜が遂に片膝をついた。不安と恥ずかしさを押し殺してお嬢の為に覚悟を決めたようだ。

 まだ多少の葛藤はあるようだが……完全屈服まであと一歩。

 クククッ……さぁ、楽しいレズプレイの開演といこう!!


「…体…い、痛くないですよねぇ……」

「あぁ、勿論だ!心は痛いが身体的には全く痛くない!だから茜に託したんだ!!」

「は、はいぃ…分かりま………え?心?身体的?」

「おぉっとぉ違う違う。大丈夫大丈夫。この委託内容(いたくないよう)は、痛くないよう?ニコッ」


―――パシンパシンパシン


「ウほォフォッッ!!」

「くだらないダジャレを言わないの!」


 お嬢の振るう鞭が俺のケツを虐めてくる。俺のニッコり笑顔による取り繕い効果を打ち消し、茜の誘導を中断させられた。

 つか、お嬢の鞭の振り方……だんだん様になってきてないか?…いや、間違いなく才能がある!これはヤバイ…末恐ろしい!!


「じょ、冗談だぜ。だから本気で叩くなよお嬢…」

「アンタがもう一回やりなさい!」

「ま、マジかよ!?何でだよ!?」


 俺の完璧な提案が白紙に戻った。

 何故だ?何が悪かった?これが宿命というやつなのだろうか?


「茜がいない時に来る人もいるからいざという時に頼めないでしょ?」

「あぁ!そういやそうだったな」


 ふむ、ならば仕方ない。ここは割り切っていこう!

 代わりにお嬢のケツを堪能することにしようではないか!!

 こういう時こそ発想の転換!人生を楽しく、ストレスなく生き抜くための知恵なのだ。


「瞳ちゃん。そこのタオルを三枚敷いてみるのはどうでしょうかぁ?」

「あっそれいいわね。お願いするわ」


 茜が近くにかけてあるタオルを三枚手に取ると俺の背中に敷き始める。

 サワサワと綺麗に均す作業がちょっとくすぐったい。


 そしてこれにより、俺がお嬢のケツを堪能する計画が阻止されてしまった。

 折角気持ちを切り替えたというのに……俺はどうこの状況を楽しめばいい?


―――ボスン


「おぐぉッ!…ちょッお嬢………もうちょっとゆっくり乗ってくれよ」

「優しく乗ったらそういうプレイにならないじゃない。そういう心持ちで乗っただけよ?」


 そういうプレイって……。しかもその心持ち……八つ当たりじゃね?

 いや、絶対照れからきた八つ当たりだ。これは間違いない!


「そんなことよりも……このまましばらく乗ってても平気よね?」

「あ、あぁ…これならずっと乗せていられる。お嬢は少し軽過ぎるからな。もうちょっと茜を見習え」

「――はぅッ!!」


 茜は膝をつきながら、痛いところを突かれたような表情をし、声をあげた。

 その程度のポッチャリなんてそこまで気にしなくて良いと思うのだが、どうやら茜にとってクリティカルだったようだ。


「デリカシーがない。この変態奴隷」


――パシンッ


「うふぉッ!!……でも痛くなーい」

「見た目は鞭っぽいし音もいいんだけど……これじゃお仕置きにはならないわね」

「で、でもぉ…それっぽく見えるので目的としては問題ないかとぉ。明らかに変態さんですよぉ」

「そう?それならいいわ。最悪コレでいくわよ」

「了解だ」


 お嬢がこの作戦で決定した。これでいざという時でも、相手をドン引きさせることが出来るだろう。

 そして、相手に興味を無くさせてることにより、自然とご帰宅して頂ける。…うん、これで完璧だ!


 ……ん?でも、今思ったけど……。

 もしかして俺も変態レッテルを貼られる可能性が考えられないか?


 ……気のせいだよな?


「じゃあ、最後に一回練習するわよ。仁、いいわね?」

「しゃーねぇな……来い!!」


―――パシンッ


 お嬢が俺の背中に座ったまま、俺のお尻を鞭で叩く。

 音は良い。そして、本気で叩いたとしても鞭の先端部分は見た目ほど固くない為、ほとんど痛くない。


「あー、やっぱくすぐってぇ」

「仁、変態っぽい言葉をいいなさいよ」

「お、おぅ……次はちゃんとやる。…ばっちこい」

「うん。……真剣にいくわよ……」


 お嬢がふぅっと息を吐き、呼吸を整える。そして、茜が息をのんだ。

 俺は殆ど痛くない鞭打ち―――だが、心に響くお嬢の一撃を受け入れる準備を整えて、その時を待つ。


 それにしても…お嬢の目元がちょっとニヤついているんだが。

 だんだん楽しくなってきたのか?ホントに演技かよコレ。


 いや、お嬢の奴……絶対楽しんでやってやがる。

 ………隠れた素質があるかもしれない。


「…さぁ、喜びなさいッこの変態奴隷ッ!」


―――パシンッ


「ありがとうございます」

「何それ?もっと心を込めなさい!」


―――パシンッ


「ありがとォォございますッッッ!!!」

「よろしい!次はもっと欲しがりなさい!」


―――パシンッ

―――ガチャッ


「瞳た~ん。お裾分けもっ―――」


「もっどォもっどォッ!!!」

「フフッこれじゃお仕置きにもならないわね」


「―――てき……」


―――ボトンッ


「――ッ!?」

「――ぇッ!?」

「――ぅそッ!?」

「…………。」


 お嬢と茜が絶句する。俺は言葉が詰まり、凛花は目を大きく開けたまま固まっていた。

 暫しの沈黙が広がった。時計の針の進む音だけがよろず屋内に響いている。


 四つん這いの俺―――額からの冷や汗が止まらない。

 背中に乗るお嬢―――手に持ったオモチャのムチをフルフルとふるわせ、固まっている。

 傍で見守っていた茜―――両手で口元を押さえて固まっている。目が真ん丸だ。

 そして、玄関で全身硬直する凛花―――タッパらしきものを落としたまま、ドアノブを握り締めて立ち尽くす。


 最悪のタイミング……何も考えられない。

 頭がフリーズする感覚とはこの事だろう。


「あ、あははは………リアルにプレイ中?……邪魔しちゃ悪いなァ」


―――バタン


 ちょッ!!凛花の目!!死んでたぞ!!

 ま、まずい!!とりあえず確保ォォッ!!!


―――シュババッ


「きゃんッ」


 俺は咄嗟の判断で立ち上がってしまった為、背中に乗っていたお嬢をリビングの床に落としてしまった。

 お嬢には悪いことをしたが、今はそれどころではない!


―――ガチャッ

―――がしッ


「まッ待てぇぇい!!事情を説明させろぉぉ!」


 俺は凛花を追いかけて両肩を掴む。

 そして回れ右をさせて凛花の表情を覗き込んだ。


「なぁ凛―――ッ!!」

「……ねぇ、肩が穢れるんだけど……この変態」


 うっわぁ……


 凛花が死んだ目で見返してくる。


 キミを信じてた……なのにどうして……。

 ……なんかそんな目だ。


 俺が固まっていると、続けて出てきたお嬢と茜が凛花を囲む。その後、よろず屋内へとズルズル引き込んでいき、リビングの椅子に座らせた。

 そして、尋問されるような形で状況説明が開始された。


◇◇


 俺達は凛花に状況を説明し続けた。

 お嬢がアプローチされている事。来訪者たちの事。いざというときの作戦などだ。


 死んだような目で座っていた凛花は、その事情を理解したようで、微かに生気が戻ってきた。


 それにしても…誠実で真っ直ぐな性格をしている為か、変態的なプレイに抵抗があったのだろうか。

 学園祭でも奴隷という発言を聞いた時に、かなり気にしていた様子だったしな。


 ……お嬢が変態になってしまったのでは…と心配しているだけかも知れないが。

 

「―――って訳で、事前に練習していたのよ」

「………そう…だったんだ…」

「そう!そういうことなの!だから凛花!安心して!」

「うん…なんとなく分かったよ。ちょっと早とちりしちゃったね」


 凛花の顔に笑顔が戻り始めた。

 その様子にお嬢と茜は安堵する。よろず屋に平和が戻ったのだ。


 いやぁ…誤解されなくて良かった。

 幻滅させる相手第一号が凛花になるところだったぜ…。


「さてと、SMプレイの練習はもう終わり。最後に帰らせる為の雰囲気を作る作戦だけど……ちょっと凛花に見てもらいましょうか」

「それもそうですねぇ。さっきの凛花さんと同じ目をすればいいですかぁ?」

「いいわね。それにしましょうか」


 お嬢がすっと目を閉じた。そして目をゆっくり開ける。

 そこにはどす黒いオーラを発する死んだ目のお嬢が座っていた。


 "さっきの凛花"と同じ雰囲気。流石幼馴染……完コピである。


 そして俺と茜もテンションを低くしながらその雰囲気に追随する。

 目の焦点が合っていないゾンビが、よろず屋内に発生した瞬間だった。


「……どう?」


 お嬢が首をわずかに傾け、死んだ目で凛花に問いかける。

 とんでもない圧力。凛花の顏が若干引きつっている。


「い、いいと思うよ…これは帰りたくなるね」

「ならもういいわね。仁、茜、戻りなさい」


―――スゥゥ…


「―――ということで作戦会議は終了!お疲れ様!」

「おう!」

「はいぃ!」


 俺と茜の雰囲気が戻ったところでお嬢が作戦会議の終了を宣言した。

 俺、お嬢、茜が一斉に席を立ち、解散する。


「例の御曹司………"保険"を用意しておこうかなぁ…」

――ボソッ


 そしてその日は平和に過ぎていったのであった。

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