7件目 このよろず屋にお嬢目当ての野郎共が訪ねてきた件 2/9
俺達は入口で受付を済ませ、パーティー会場内に入った。
するとそこは今までのパーティーと一線を画する程の圧倒的な光景が広がっていた。
豪華なシャンデリアに大きな舞台。
床には落ち着いた赤のカーペットが敷かれ、白いクロスがかけられた長いテーブルが並ぶ。
そして、そのテーブルの上には豪華な料理が置かれていた。
「すっげぇ……」
おしゃれな造形美に溢れた空間。
それはまるで映画の世界に入ったかのような体験をさせてくれた。
「人数もやべぇ…」
煌びやかな世界の中で大勢の貴族が談話をしていた。
ぱっと見、参加者は4~500人程度いるようだ。
「あっ獅童さん発見!…獅童さぁん!こんばんわー」
凛花が壇上近くの隅で腕を組んでいる男に近づいて声をかける。
すると、獅童と呼ばれた男がこちらに気付き近づいてきた。……威圧感が半端ない。
「よく来たな凛花。それに植野家の嬢ちゃんも。…元気にしてたか?」
「は、はい!……ご無沙汰しております」
お嬢が手を前で揃え、丁寧に礼をした。
口ぶりや態度からすると知り合いではあるようだ。
「そんで……そこの青年が嬢ちゃんの執事か。……学園祭の時にいたな?」
俺の事を覚えていた?それは光栄だ。
鶴城家は貴族の中でも上流に位置する家だと聞いている。
ここは失礼のないようにまず自己紹介からしておくべきだろう。
「はい、そうです!では僭越ながら自己紹介をさせて頂きます」
「……あぁ、是非教えてくれ」
俺はピシっと背筋を伸ばし、獅童と呼ばれる男の目を見る。
背は俺より若干高い。そして俺より力強い目をしていた。
「お初にお目にかかります!私は但野 仁と申します!今回は瞳お嬢様の執事として参加させて頂きました」
「仁だな…覚えた。俺は獅童だ。気軽に呼んでくれていいぞ」
「は、はい!宜しくお願いします!獅童さん!」
俺は獅童さんと握手を交わす。
ゴツゴツとした力強い手。やはり只者ではない。
「…良い手だ。かなり鍛えられているようだが、武としての技術が身についていないのが惜しい」
「…ッ!?」
獅童さんからいきなりほめられてしまった。
だが同時に、技術が伴ってない事を指摘されてしまう。
俺は一瞬、手を握っただけでそこまで分かるのだろうか?と疑問に思ってしまう。
だが学園祭の時、俺と凛花の立ち回りを獅童さんには見られていた。多分その時に分かったのだろう。
「なぁ仁。鶴城家にある武道館で武術を教えているが、お前も来るか?そしてゆくゆくは俺の運営する―――」
「獅童さーん。スカウトはやめてくださーい」
「おっとッすまん!優秀そうな人材にはつい…な」
凛花が獅童さんの言葉を遮り、ジトっとした目で睨んでいる。
それに対し、獅童さんは軽く笑って返答した。
何か今、得体の知れない運営団体に勧誘されそうになった。
優秀そうな人材と言われた点では嬉しいのだが。
因みによろず屋では武術を必要とすることはまずない。
だから無理して習得する事はないだろう。
だがしかし…自身の強さと言う点では伸ばしてみたいのも事実だ。
そこが正直悩ましい。
「えっと…機会があれば学びに伺ってもいいですか」
「いいぞ!いつでも待っているからな!」
―――バシッバシッ
獅童さんに笑いながら肩を叩かれた。
雰囲気からして何となく伝わっていたが、剛毅な人だ。
「それにしても、獅童さんが参加するなんて珍しいですね。パーティーは苦手だって言ってたのに」
俺と獅童さんのやり取りが終わり、今度は凛花が獅童さんと話を始めた。
リラックスした様子で話をする凛花。かなり親し気に接している。
「親父の代理で参加させられた。俺もプロジェクトメンバーだから嫌とは言えん」
「あはは!そうだったんですね。…ところで今日は一人ですか?」
「いや、お供の変態共が外でテキトーに油を売ってる。あと弟がまだ来てないな」
しばしの歓談の時間。
世間話をしながらパーティー開始までの時を過ごす。
そして数分程度経過しただろうか。
どうやらパーティーの開催時刻を迎えたようだ。
「それではこれより、パーティーの主催である篠葉様よりご挨拶を頂きます」
突然、進行役をしているであろう司会の男が、マイクで声を発した。
会場の空気がガラッと変わり、次第に静かになっていく。そして、会場内が静寂に包まれた。
―――カツッカツッカツッ
50代くらいと思われる男が靴音を響かせながら壇上に上がっていった。
今回のパーティーの主催らしい。
顎に白髭を少しだけこさえたアッシュグレーっぽい髪色のナイスミドルだ。
壇上でマイクを片手に会場全体を見下ろしている。
「本日は多用の中、ご足労頂き誠に感謝する!」
淀みがなくハキハキとした弁舌。会場内に力強い声が響き渡った。
「それではまず、今回のパーティーの主旨を説明させて頂く!」
挨拶の後、今回の再開発に関する演説が行われた。
再開発にかける思い、未来構想、課題と解決策など、要点のみが簡潔に話された。
会場中の視線が壇上に向けられている。プレッシャーは相当なものだろう。
それでも壇上の貴族は顔色を全く変えずに演説をしていった。
緊張せずによくこれだけ話せるなと思う。
どれだけの人生経験を積めばなれるのだろうか。
それに不思議と話を聞いているだけで惹きつけられる。
今まで見てきた貴族の中でもカリスマ性は別格だろう。
やがて盛大な拍手と共に壮大な話を終えると、他の有力者にマイクを渡して壇上を後にする。
そして他の有力者の話が次々と行われていき、各々の挨拶が終わると交流会が始まった。
ふぅ…やっと全ての話が終わったか……。
だらだらと話すおっさんが出てきたときはマジで眠くなったな。
長話をするのは学校の校長ぐらいにしてほしいぜ。
俺はとりあえず会場の隅に移動し、貴族やその他有力者達の邪魔にならないように努める。
そして多くの人達が行き交う中、お嬢の姿を見守ることにした。すると―――
「瞳さん、本日もご機嫌麗しゅうございます」
「瞳お嬢さん、お元気そうでなによりです」
「植野家のご令嬢にまたお会いできるとは……何たる幸運!是非私めと一曲…」
早速お嬢は複数の男達に囲まれていた。
実業家らしき男や貴族の息子などだろう。お嬢は何食わぬ顔で談笑している。
俺も会話に加わりたいが、従者が出しゃばる訳にはいかないのが社交界暗黙のルール。
歯痒い。そして……なんか悔しい。
「仁くん。何を見てるのかな?」
ワイングラスを片手に持ちながら、凛花が俺に声をかけてきた。
なかなか優雅な佇まいだ。グラスを持つ姿も様になっている。
「凛花か。……相変わらずお嬢は人気だなぁって思ってよ。またアプローチされてやがる」
「ほんとだ。でも貴族のパーティーなんてどこもこんな感じだよ?」
「そうなんだよな~」
だがお嬢曰く、最近は"是非お付き合いを"と声をかけられる回数が多くなってきたそうだ。
今のお嬢にその気はないらしいが、人を食い物にしようとするゲス野郎が紛れている可能性がある。
物事をしっかりと判断できなければカモにされる者もいる。ここは美しくも醜い世界だ。
「…で、何か用だったか?」
「あ、そうそう。今挨拶で回ってるんだけど、仁くんにも紹介しておくよ」
「紹介?誰を?」
俺が凛花に誰かを聞くと凛花の後ろから一人の男が歩み出てきた。
銀色の髪の青年。20歳くらいだろうか?キリッとした目で俺を少しだけ見上げてくる。
「凛花さんから伺っています。貴方が”但野 仁”さん……ですね?」
「はい。そうです」
「僕は鶴城 綾里と申します。初めまして、但野さん」
「あ、えっと……鶴城さん、宜しくお願いします」
俺は”鶴城 綾里”と呼ばれる青年と握手を交わした。
爽やかな笑顔で挨拶をする。
あれ?今日の俺、何か社交界で人脈形成できちゃってるんだけど…不思議。
「どっちもダメダメだね!もっとフレンドリーにいこうよ」
だがしかし、凛花が不満そうな表情で”フレンドリーにいこう”と要求してきた。
どうやら普通のやり取りでは不満らしい。
その調子だと周りがみんなフレンドリーになっちまうんだけど?こいつはホントにマイペースだな。
「えっと……だったら”綾里さん”でもいいか?」
「ダメだね。仁くんは呼び捨てでいこう」
「あっそ。なら綾里で」
「そう!それで!」
軽いノリで呼び捨てにしたが、ホントにそれでいいのかよ…。
いきなり親し気にするのってそこそこ勇気がいるぞ?それに綾里くん……ちょっとうろたえてますけど?
「えっと、”仁さん”で…どうでしょう」
「う~ん……綾里は年下だし……ま、いいか」
何故か凛花から許しを貰った綾里くん。
キミも大変だねぇ。少しだけ同情するぜ。
「なぁ、因みに二人はどういう関係なんだ?」
「うん?そうだなぁ……綾里はボクの舎弟かな」
「しゃ、舎弟かよ!?」
こいつ!舎弟なんていたのかよ!?
いや、武道館とかどっかに通ってるって言ってたし…なくはないのか?
「り、凛花さん……僕はいつから舎弟になったんですか!?変な紹介しないでくださいよ」
「え~いいじゃん。気にしない気にしない」
軽く冗談を言って場を和ませる凛花。終始困り顔で狼狽える綾里。
少しの間ではあるが、お互いに壁を作らず気楽に会話を楽しむことができた。
恐らく、これは凛花がいる影響が大きいのだろう。
なんだかかんだでフレンドリーに接することが出来ていた。
「それじゃ!そろそろ他の挨拶回りに行こうかな。行くよ綾里」
「あ、はい!」
凛花が俺に手を振って歩き去っていく。
綾里も付いていこうとしたようだが、俺の方を見て別れの挨拶をしてくれた。
「では…えっと…仁さん!騒がしくしてしまい申し訳ありません。どこかでまた!」
「あぁ、気にするな。その時はまた宜しくな」
そして二人は俺の傍から立ち去り、人波の中へと消えて行った。
凛花が何を考えているか分からんが、あの青年はとても爽やかなだったな。
俺よりも年下らしいが、しっかりしてそうだ。
さて、俺もそろそろ飯を食おう。腹が減っては何もできん。
そして俺は色々と立ち食いをしながら、お嬢の様子を見守り続けた。
◇◇
お腹が落ち着いた俺は、会場の隅でお嬢を見守る―――――はずだったのだが、雰囲気がおかしい。
何故かお嬢を囲んでいる貴族が俺の方を向いている。そして何かを話始めたようだ。
ん?なんで俺の方を向いて話をしてる?
皆で見つめられると俺、ちょっと照れるんだけど!
でも…こっち見てるの男ばかりじゃねぇか?
野郎に見つめられてもな……これは萎える。
「………根の下…かッ!?」
「こ…私を差……いて…」
しかし…一体何を話しているんだろう?ちょっと聞こえないな。
もう少し近づいて耳を澄ませてみるとするか。
「い………だ!…の執事服の……」
「羨ましい程の……だよ」
おぉ、俺の執事服の話をしてる!
遂に俺も執事としての風格が備わってしまったのかも知れない!この俺が目立ってるッ!
ですよねほら!見てこのスーツ!
パリッと仕上がってるだろ?超絶執事してるだろ?
当然だ!今はお嬢の最高の執事だからなッ!
いやぁ…やっぱ執事適性MAXだとツラいわ~。
どうやら俺の執事レベルが一定値を超えたようだ。
俺から溢れ出る執事オーラが皆の視線を釘付けにしてしまっている。―――ヌフフ。
俺は腕を組み、爽やかな笑顔を浮かべる。
執事たるもの、皆に不快な思いをさせてはならないのだ。
「あの執事……下卑た顔で!この私をッ!!」
「人を馬鹿にしているな!!あの顔はッ!!」
え?あれ?なんだか会話が殺伐としてない?
しかも…なんで?なんかみんな…睨んでくるんですけど!?
「凛花嬢と……一つ屋根の下だという噂が…」
「な、なん…だと…」
「ゆ、許せん!」
オイ!?なんでアパートの屋根でカウントしちゃうの!?
それだと大家の婆さんとも一つ屋根の下だよッ!?そのカウント方法だめぇッ!!
「あの平民風情がぁ……」
「瞳嬢だけでなく凛花嬢もかッ!許せん!!」
周り敵だらけだな。ここはモンスターハウスか?
何もしてないのにヘイト値MAX。RPGなら職業:タンク決定だぞ。
仕方ない。ここは己の気配を消すとしよう。
俺は壁際で気配を消し、ドリンクを飲みながらお嬢が戻るのを待つ。
貴族の男共は俺の前を通ると半数近くがこっちをチラ見してくる。眺め、睨み、値踏みされていく。
あぁ怖い……。こっち見られてる。もっと気配消しとこっと。
貴族は何考えてるかわからないからな―――
「きゃぅッ」
――カシャンッ
――ッ!?うぉッ!?
気配を消した矢先、俺の目の前で小さな栗色の髪をしたお嬢ちゃんが前のめりに転倒した。
手に持っていたお皿は床に落ちて割れ、周りに食べ物が散乱している。
しかも俺の靴に食べ物のソースらしきものが付着してしまっていた。
黒のビジネスシューズが半分赤く染まっている。
花音と同じくらいの歳の子か?仕方ないな…これは許さざるを得ない。
もしぶっかけてきた奴が花音だったら……俺は即ッお仕置きをしていただろう。
とりあえず靴はあとで拭くとしよう。それよりも今はやることがある。
「……お怪我はございませんか?お嬢様」
こんな時こそ俺が執事としての大人な対応をするべきだ。
見て見ぬふりをするのは俺のポリシーに反してしまう!
だがここで下手なことをすると俺だけでなくお嬢の評価まで下げてしまう可能性がある。
なのでやるからには…本気でかからねばならない!
「ご、ごめんなさいなの!――ッ!こ、これッど、どど、どうしよう!」
床には割れた皿とグラス。そして食べ物が散乱していた。
お嬢ちゃんは混乱している様子だ。ここは俺が冷静に対処してやらねば。
「お気になさらず。それよりもお怪我がなくて良かった……。私の方でスタッフを呼んでおきますので後片づけはお任せください。それと―――」
俺はハンカチを取り出し、ソースで汚れた手を拭いてあげる。
「――ぁッ!!あ、ありがとうなの!!」
「はい」
――キラン
俺は歯を輝かせ、優しく微笑むことで全く問題ない事をアピールする。
そして近くのスタッフを呼び、床の片づけを依頼した。
お嬢ちゃんも俺のそんな様子に徐々に冷静さを取り戻してきたようだ。
表情が困った顔から笑顔にだんだんと戻っていく。
うぉぉッ!!でもやっぱり俺らしくねぇッ!!
自分でやってて超恥ずかしい!!執事はみんなッナルシストかよぉッッ!!
俺は完璧な表情を作りつつ、心の中で突っ込んだ。
「仁、あんた何やってるの?」
「あ、瞳お嬢様……」
「いつも通りでいいわ。状況を説明して」
いつの間にかお嬢が交流を終えたようだ。
俺の近くまで戻ってきていた。
その表情には若干の疲れが見てとれる。
だがそれよりも俺がこのお嬢ちゃんと何をやっているのかが気になるご様子だ。
なので俺は、今の状況を掻い摘んでお嬢に説明した。
「――そう、いい心がけよ仁。ところで……痛いところはない?」
「痛くないの。大丈夫なの」
お嬢は膝を曲げ、お嬢ちゃんより低い目線で語りかける。
お嬢ちゃんは首を縦に振り、怪我も痛みもない事を教えてくれていた。
「金色の髪…蒼い瞳……キレイ…」
――ボソッ
ん?きれい?金色の髪と蒼い瞳……あぁ、お嬢のことか。
お嬢ちゃんがお嬢に見とれたようだ。言葉をボソっと口から漏らした。
まぁ気持ちは分かる。俺も同じ気持ちだ。
「それでは小さなお嬢様。後は私にお任せください」
「執事のお兄ちゃん!任せるの!ありがとうなの!」
―――タッタッタッ
律儀に頭を下げてお礼を言い終えると、お嬢ちゃんは立ち去っていった。
なんだか少し駆け足だ。……もうこけるんじゃねぇぞ。
「仁、ちょっと会場から抜け出すわよ。私に付いてきなさい」
「了解だ」
俺はハンカチを使って割れた皿を一か所に片付けた後、到着したスタッフに後を託す。
その後、会場の外に出ていき、近くに作られた庭園まで歩くとベンチに腰掛ける。
「はぁ…凄く疲れたわ」
「お疲れ様だな。あれじゃ疲れて当然だろ」
「ホントにそう。……それに、何人か貴族が―――」
ん?お嬢?
お嬢が何かを口にしようとしたようだ。
だが何を思ったのか……その言葉を止めてしまう。
「どうしたお嬢?」
「――ううん…。明日茜がいる時に話すわ。…今は何も…考えたくない……」
「そうか…分かった」
パーティー会場の喧騒がない静かな空間。俺とお嬢は一息つきつつ談笑を始める。
お互いがベンチに座りながらくつろぎ、夜空を見上げて口だけを動かす。
「それにしても…今日は雲がなくて星がよく見えるわね。……とても綺麗」
「あぁ、それに風も気持ちいい」
「あと会場内より落ち着くわ。絶対こっちの方が良いわよね」
「俺もそう思う。絶対そうだぜ。……いつのパーティーの時でもな…」
最初に行ったパーティー以来か……夜空に浮かぶ星をお嬢と眺めるのは。
正直パーティーは早く終わって欲しい…けど…この僅かな時間だけは……ゆっくりと進んでいってほしいものだ。
やがてパーティーの時間は終わりを迎えた。
俺とお嬢は会場内に戻り、凛花と合流した後、一緒によろず屋へと帰っていった。




