真夜中の邂逅
リハビリで書いた小説ですが、今回は雅文体を取り入れてみました。(樋口一葉先生の十三夜のオマージュ作品です)
初挑戦なので、至らぬ点は御座いましょうが、よろしくお願いします。
ぎぃこぎぃこと人力車を漕ぐ若い男を呼び止めて、「これこれ、お客さんもなにもないのなら、どうかわたしを乗せてはくれないかえ」と尋ねるに、その男、夜も深いせいなのか、あさっての方向を向いて頷きなさった。私はちと心配になりながらも、「では浅草の方までお願いします」と申するに、その男はもうすたすたと歩き始めてしまった。私はいきなり駕籠の中で揺らされたものだから少しばかりムッとして、けれどもこんなところで怒鳴っても女がすたる、やめましょやめましょと思って、なにも申すことはしなかった。ただなんとなく、前よりも太ったのではなかろうかなどと些末な考えばかりが脳裏をよぎって、それではいけない、なんとなく恥ずかしいわと腰掛けから身体を浮かせたりなどしていると、若い男から、「ぼくはもう疲れたからあとはお前さんだけで行きなさい」と突然にさじを投げられた。私はなんだか腹が立ってきて、「そんなに重苦しかったですか?」と嫌味の一つでも言ってやった。するとその男は慌てた素振りで違うんですと弁解を始める。「ぼくは気ままな性分だから、客もないのに時々こうやって彷徨したりするのです。そうして疲れたら勝手にやめてしまうわけだから自然とだれも乗らなくなりました。さりとて、気分が乗らない日は、家の中でひねもすぐうたら三昧をやっていますがね」わははと振り返ったその横顔、私は瞬間に声を発していました。「あなた、長吉さんじゃないかえ」「おや、どこかでお会いしましたか?」「私だよ私。長屋の常子よ」「ああ、常子さん、ご無沙汰しています」長吉さんはやっぱりあさっての方向に向かってお辞儀をして、「いつぶりでしょうかね」などとおっしゃる。「いつぶりなんてよそよそしいお返事があろうものか、私はあなたが僧になるってもんで泣く泣く吉原の遊女になった遊び人だというのに、ほんとうになにをしているのよ」私のような身分の低い女では、こうしてお話をすることは叶わなかったはずだ。「なあに、つまらない話です。ぼく、勘当されてしまったのですよ。文無しです。妻にも子にも見捨てられた放蕩者ですよ。しまいには目もよく見えなくなってしまって、この有様で候う」ああ、私があなたとこうしてお話しすることをどんなにこいねがったことか。およそあなたにはわかりますまい。私は着物の袖でごしごしと目元をこすって、「もう夜も遅いでしょうから、家に来なさい。どうせ帰ってもだれもいないのでしょう」と申するに、長吉さんはたちまち笑顔になって、「本当かい、じゃあ一晩お邪魔させておくれよ」と言いなさった。ほんにまあ、人間万事塞翁が馬というもので、私達は二人で人力車を押して帰路を急いだ。その行き先を、冴え冴えとした月明かりだけが見守っていた。
改行してないのは、わざとです。
本当は句点すら打ちたくなくて、文末以外は読点で繋ぐつもりでした。
めっちゃ読みにくくてすいません!