期限
「響お嬢様随分と楽しまれたご様子ですが、何かありましたか?」
「ええ実は満開先生がライバルに加わったのです!」
「ほうそれはそれは」
顎の整えられた髭を触る老紳士。
ここは車中見慣れた光景である。
その老紳士の様子からは、喜怒哀楽の感情は見受けられない。
ただ真摯に耳をかけむけているに見える。
「しかし、ライバルが増えたにしては響お嬢様はお喜びのご様子ですが、如何なる心境なのでしょうか?」
「分かっております、爺。金緑さんを手に入れる事は九条院一族のさらなる発展のために必要不可欠な事柄、私の使命を忘れたわけではありませんが、皆さんと金緑さんを奪い合うのが楽しいのです」
「それはようございます。浅井殿と出会えてから響お嬢様は大変明るく成られました。この爺は歓喜の極みにあります。後は浅井殿を早急に九条院家に婿養子として迎え入れるだけです。響お嬢様もこれで夫婦ですな」
「そうですね……」
「不満でもごありですか?」
「金緑さんと結ばれる事に不満はありません。ヘルメットを外すことができなかった私を普通の女の子扱いをしてくれたのは金緑さんだけ、急に金緑さんの隣に割り込んでも嫌な顔一つしない優しくしてくれるのはきっと金緑さんだけ、でも……」
「なんでしょうか?」
「私はこの状況が楽しいのです。失しないたくないのです。豊穣さんがいて木下さんがいて屏風さんがいる今を……」
「残念ですが難しいかと先に行われた、九条院一族会議で、浅井殿を早急に一族に迎え入れる事が決まったと小耳に挟んでおります」
「そんな……もうですか?」
「そのとうりでございます。先代の栄発症者が現れたのが八十年前、先代の栄発症が亡くなり二十年、栄によういた各方面からご依頼は貯まる一方、これ以上は九条院家の名誉にかかわるとなったようです」
「それはいつですか?」
「早くて一週間、遅くともその倍はかからないかと」
「そんな早くに……折角満開先生がライバルに加わったのに……」
「響お嬢様ご覚悟をお願いします。これは決定事項でございます」
「わかりました一週間ですね……それまでに金緑さんにご理解をお願いしてみます……」
「あの三名……今は四名ですがいかがいたしましょう?」
「心苦しんですが皆さんとはお友達として終わりたいのです。卑怯だとはわかっておりますが、やっとできた大事なお友達です……」
「なるほど心中お察しします。再度彼女らには危害を加えぬよう各班に伝えておきましょう」
「お願いします。金緑さんへの暴力も禁止です」
「それは状況によっては難しいかと、血気盛んな青年を捕えるとなれば抵抗は必至、しかし、響お嬢様がご要望となればできるだけ穏便に事を運ばせましょう」
「これは運命なのでしょうか?」
そう響が呟く。
「いえ宿命かと、どちらにせよこれは覆るこのない決定事項です。これは九条院一族繁栄のため必要不可欠な事柄なのです」
「分かりました……せめてもの救いは金緑さんが素敵な方で本当に良かった……豊穣さん、木下さん、屏風さん、満開先生ごめんさい……金緑さんは私が責任をもって幸せにします。そうじゃなかったら……」
響は言葉を飲み込む。
こんな事が卑怯である事など承知の上。
この裏切りの心の痛みはきっと金緑と共に過ごすことでしか癒せないだろう。
そのことだけは響ははっきり理解できた。
彼を幸せにすることが響ができる唯一の罪滅ぼしないのだから。




