栄(さかえ)
「というわけなのです」
「なるほど、逃げてしまうとは浅井殿は中々優柔不断ですな」
「そうなのです。潔く運命に導かれた私を選べばいいだけですのに……」
見れなれた車中の中、愛読書を片手に響はそう嘆く。
それに対し運転席で響の声に耳を傾ける老紳士。
「しかし、響お嬢様お話を聞く限りお二人の関係はそれほど進展していないように思われますが、大丈夫なのでしょうか?」
老紳士がそう危惧するのは理由がある。
九条院家の血族より生まれる女子に稀に発病する相手の思考を見透かすその病は栄と九条院一族では呼ばれている。
いうまでもなくこの病は相手を見つけ完全に制御下に置くことで大きな力を持つ。
代々栄を発病したい女子が生まれた世代はすべからく、九条院家に地位と各界へ影響力含め大きな富をもたらせてきた。
だから繁栄をもたらす病、栄なのだ。
そして栄を発病した響もどうように期待されている。
「分かっております爺、お父様とお母様も望んでいる事です。金緑さんのご意志など本来必要さえない事も分かってはおりますが……私はできるだけ金緑さんの意思で私と共に歩んでほしのです」
「響お嬢様最終手段の準備はすでに整ってございます。命令さえあればいつでも実行可能です」
「爺それ本当に最終手段、そして皆さんを傷つける事だけはけして許しません!」
「失礼しました。各班にその事は重々伝えておきましょう」
「よろしくお願いします。本当に私は運命の相手が金緑さんで良かったと思ているのでです。好感をもてる異性となら夫婦になることは嬉しい限りです」
「確かにそうでございますな。今までの候補者は、一皮むけば響お嬢様に下劣な念を抱く者達しかおりませんでしたからな。響お嬢様にそこまで密着されて男としての面を見せないなど、とても血気盛な年頃の男性とは思えません」
「そうですね。本当に私たちを大事にしているのをひしひしと感じます」
「それはようございますね。先の調べでも異性に興味や性欲がないわけではございませんので、ご子息を作るうえでは特に問題はないかと」
「子供ですか、少し気が早い気がしますが是非とも欲しいですね」
「どちらにせよ。響お嬢様と結ばれるこれは九条院一族の決定事項です。浅井殿には早急にご理解頂く必要がございます」
「分かっておりますが、今はこの生活を楽しみたいのです。今日は豊穣さんのお弁当に負けてしまいましたからね。リベンジしないと」
「では、講師の予約を入れておきましょう。前回と同じく家庭料理の講師でよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」
「しかし、お嬢様今更ながらですが被り物をしなくとも大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫です。今日気付いたのですが金緑さんと長く接していれば暫くの間、栄は私の制御下に入るようです」
「それは不思議ですな。私は栄について書かれた九条院家伝来の書の内容はあらかた頭に入れておりますが、私の記憶違いでなければ番となる相手に対するそのような記述はございません。となると一度浅井殿の詳しい身体検査が必要ですな。仮定の話ですが栄についての新たな発見があるかもしれません」
「だといいですね。これから生まれる子供たちが私のような思いをしてほしくありませんから……」
「そうするとやはり、我々が支援に入る事を僭越ながら進言いたします」
「爺それはお断りします。私は私の力で金緑さんに運命を受け入れてほしいのです」
「さようでございますか、では御用のさいはなんなりと御申しつけください」
「その時が来なければいいのですが……」
そう響は小さく呟いた。




