0028砂糖を吐く夜
後編砂糖注意!
屏風への告白と木下の誓いのキスはなんとかうやむやにできたが。
屏風は納得できないかこんなことを言い出す。
「ぶ~わかったわよ! 熱い告白はあきらめるから! でも一つ要求を金緑には聞いてもらうわよ! いいわね! 木下さんちょっと」
屏風は木下を呼び寄せて耳打ちの体勢。
「それ……は……いい……案……です……屏風……さん」
「でしょ! そろそろ考えてたのよ!」
なんだかしらんが、二人ともうんうんと頷いている。
「じゅあいいわね!」
「いい……で……す」
「なんの話だよお前ら、あんまり無茶なのは無理だぞ!」
「無理なわけないじゃない! ただ金緑には私と木下さんのお父さんとお母さんに挨拶をしてもらうだけよ!」
はい……なんだって?
付き合ってもいないのに両親にあいさつ? と聞こえたが……
「なに素っ頓狂な顔してるのよ! そのままの意味じゃない両親に挨拶よ挨拶!」
「ちょっと待てまだ付き合ってないし、だれを選ぶとも――」
「浅井……君の……事……だから……時間……が……かかり……そう……ですし……自宅……に……何回……も……同じ……女の……子……を……泊めて……いる……時点……で……付き……合って……いる……と……同じ……ような……もの……です」
『分かってんだろ! もう俺たちに体の関係はなくてもただの友達なんていえない関係だって!』
そりゃそうだが、まあ普通の男だったら一線とっくの昔に超えてるぐらいな関係だけれども。
「そういうわけよ! うちのお父さん金緑に合わせろ! って五月蠅いのよ! 金緑の家に泊る時も大変だったんだから!」
「私……は……実家……を……出て……自立……して……います……が……屏風……さん……と……同じ……ような……状況……です」
『俺の場合は母さんがうるさくてな。俺と同じ口下手だからメールでだけど』
「豊穣はいいでしょ? すでに挨拶済みって木下さんにきいたけど」
「ゲロいいわよ!」
チラリと俺を見る。
『いいな……でも私の浅井君への気持ちはお父さんとお母さんに伝えてあるし、それに最終的は……』
なんか含みがありそうだな。
三人で何か約束事でもしているのだろうか。
「分かったよ! でも挨拶した後三人のうちの違う誰かを選んでも恨むなよ!」
「恨まないわよ! 最終的な結末は三人で話し合って私を含めて全員納得済みよ! 貴方は誰が一番か選べいいの!」
「そう……いう……わけ……で……す」
『安心しろ! お前には全く損がない結末だぜ!』
そういってもな、お前らの誰から損をするってのも……一人を選ぶって言った手前言えないが心苦しいぜ。
「でもいつがいいかしら、九条院さんの先手を取りたいけど……」
「確か……に……そう……です……九条院……さん……ぐい……ぐい……きすぎ……です」
『あの野郎、遠慮なさすぎだからな。先手を取りたいが……』
「でも……私の……家……は……一か月……ぐらい……貰わ……ない……と……無理……です……母さん……が……極度の……人見知り……なので……急……には……無理……です」
「……実は私のお父さんも出張中でね……戻るの一か月後なのよ……」
「そうか、じゃあそん時にしてくれ、所でお前らの親って何の仕事してんだ?」
「私……の……母さん……は……小説家……で……父さん……は……専業……主夫……です」
「私のお父さんは、ちょっと大きな会社の社長でお母さんは専業主婦よ!」
社長に小説家……二人のキャラの濃さはここからきているのか。
「所で金緑の両親はなんの仕事をしてるの?」
「考古学者の名を借りた何でも屋かな」
「なによそれ! よくわからないじゃない!」
「俺が聞きてーよ! 3年前に遺跡発掘している写真が送られてた一か月後に、宝石の鉱山を発見したから会社作ったって連絡がきて、次の月には違う国で油田発見したからその資金で砂漠の緑化技術開発するとかなんとか、俺でも今二人がどんな仕事をしているのかよくわからん。毎月結構な額仕送りしてきてるから元気だと思うが……」
「さすが金緑の両親って感じね! なんだかんだでうまく行っているのがそっくりだわ!」
確かに、普通なら女性三人に好意を持たれれば嫉妬なりいがみ合いで一悶着ありそうだ。
それがないのはよく考えれば凄い事だな。
「分かったけど、普通に挨拶するだけだぞ!」
「分かったわ! フリね! 挨拶期待してるわ!」
「私……も……期待……して……います……浅井……君……なら……母さん……を……難なく……受け……入れて……くれ……そう……です……し」
『覚悟しとけよ! 俺の母さん悪い人じゃなーが……おっとそれは会ってのお楽しみだ!』
二人とも全くどんな濃い親御さんなんだか、想像に難くない。
まあこれだけ親密なら挨拶の必要か。
「分かった一か月後な! じゃあ帰るか!」
それから4人でマックドナルドによって俺のすきっ腹を、熱々のポテトをおかずにほとんど昼手が付けられなかった弁当をかき込みコーラで一服。
今日の花さん呼び出しは正直助かったが今後は止めてほしいものだ。
やっぱり昼飯ろくに食べないときついぜ。
それから木下と屏風と別れた。
さっそく挨拶の事を両親に伝えるらしい。
そして残ったのは豊穣ののみ。
その豊穣は今料理中だ。
ちなみに鍋二人でつつく気らしい。
豊穣の両親は俺をやたらと信頼している。
まぁ豊穣の性格と俺との関係性を見れば誰だってそうなるけど。
そんなわけで豊穣と俺はよく夕食を共にしている。
昔は毒を吐きながら何かにつけて訪ねてくるのはありがた迷惑だったが、すぐに慣れた。
なんだかんだ毒を吐かれても誰かと一緒に食事を取ると暖かい気持ちになる。
言っとくが毒を吐かれて興奮しているわけじゃないぞ。
それで豊穣の心の声を聴いてその暖かさはさらに熱が高まった気がする。
「できたわよ! 糞虫! 特製餃子鍋よ!」
「お前にしては、まともな料理名だな……でも旨そうじゃん」
『ふふ、やっと私は料理名に変な言葉つけなくても言えるようになったんだ! 褒めて褒めて!』
よくわからん成長だが、よくやった豊穣。
ご褒美になでなでしてやろう。
豊穣の頭を優しく撫でた。
『えへへへ、くすぐったいよ』
目を細め俺の手を受け入れる豊穣。
豊穣の髪の毛はサラサラで手入れが行き届いていて、指どうりがいい。
暫く軽く撫でた。
「じゃあ! 食うか!」
そういうって手を離した。
「あっ……そうね糞虫!」
『えっもうちょっと……これが言葉で言えたらいいのに……』
大丈夫だ聞こえているから。
この流れだと撫でられないが後で撫でてやる。
そのまま鍋に箸をつけようとすると豊穣が切りだす。
「糞虫! 提案があるの……いや命令よ!」
「なんだよ。藪から棒に」
「糞虫の学校の餌箱は私が管理するわ!」
「どういう意味だ?」
「察しの悪い糞虫ね! 餌箱を毎日私が作るってことよ!」
つまりそれって。
「つまり俺の弁当を毎日作ってくれるってことか?」
「ゲロ! そうよ!」
「ありがたい話だがなんでまた急に……」
「そんなことどうでもいいのよ! 糞虫!」
『だって私が一番浅井君の味の好み知ってるもん! だから九条院さんのお弁当に目移りしなくなる愛情たっぷり弁当を作ってあげるの!』
そういう事か、別に料理のベクトルが違うのだから競うとか関係ない気がするが。
断るのは悪いし仕方ない。
それに旨い弁当が食えるのは魅力的だ。
「分かった頼むよ豊穣、旨いのを頼む」
「ゲロ! 契約成立ね!」
『うん! 愛情てんこ盛りでいくね!』
その日の餃子鍋は絶品で。
特に餃子が肉汁たっぷりで旨かった。
結構な量があったが気づけばほとんと食べつくしていた。
その心地よい余韻のまま冷たい水を一口。
「ふう旨かった」
「これで糞虫の餌付けは成功ね!」
『うふふ、ならよかった。こんな日が毎日続けばいいのに……でもその前に本心が言える様にならないと……』
「豊穣どうする。もう遅いから泊っていくだろ?」
「当たり前よ! 糞虫! こんな夜中にうら若き乙女である私を放り出す気?」
『もちろん! 今日こそは浅井君を抱き枕にして寝るだんだ! えへへへ!』
◇
[でっ一応聞くが、なぜお前はさも当たり前に俺の布団に潜り込もうとする?」
「そりゃ寒いからよ! 寒い季節には糞虫の熱でも借りたいのよ! 私的には!」
あれから就寝時になると俺は早々と、豊穣にベットを明け渡した。
当然俺を抱き枕にしたい豊穣がごね出し、協議の結果俺の部屋で二人で寝る事になった。
俺が床で布団を引いて豊穣はベット。
だがこのとおり、一緒に寝たいとご所望なわけだ。
『むふふふ、いくら私でもこれは譲れないんだから! たっぷり私の匂いをつけとこ!』
全く仕方ないな。
そう肩を竦めたくなるが、布団を上部を上げて豊穣に了承の意を示す。
「ふふん! 良い心掛けね糞虫!」
『やった! いっぱい浅井君の体温感じちゃうぞ!』
「でも、あんまり騒ぐなよ? 寝れないから」
「当然よ! 糞虫! 静かでないと寝れない派よ! 私は!」
「すでに騒いでんじゃん! まあいいか寝るぞ」
そうして俺の布団に潜り込んだ豊穣は、俺の腕を抱きかかえた。
「ちょ豊穣くっつきすぎだ!」
「駄目よ! これは命令よ! おとなしくその黒光りする腕を私に貸しなさい!」
「だから! G扱いは止めろ! 分かったけど変な事するなよ!」
「しないわよ糞虫!」
『したいけど、今日の気分的に浅井君を抱き枕にして眠りたいかな』
「分かったよ! 寝るかいいな豊穣」
「ゲロ!」
そうして俺は眠りにつきたかった。
だが、問題はあっても抜群に可愛い幼なじみに抱き付かれて、さあ眠れと言われて眠れるわけがない。
さらに豊穣は時折体制を変えて今ではうつぶせで俺の上にのっていた。
どうやらこのまえの木下の体勢が羨ましかったらいい。
そしてそのまま豊穣は眠ってしまった。
それに対しまだ俺は眠れていない。
それから少し時間が過ぎた頃だった。
「浅井君……大好き……」
豊穣に何か言われた気がする。
布団の下の豊穣の顔を覗き込んだ。
「えへへへ……私浅井君の事大好きなの……」
一瞬心の声かと思ったが、どうやら違うらしい。
寝言とはいえこれが豊穣の本音を心の声ではなく普通に聞く感覚か。
嬉しいけど凄い恥かしい。
「ずっと前から浅井君のことが……」
「浅井君……私は貴方の全てが好きです……」
「私は君がいないと生きていけません……責任とってください……」
「私はずっと貴方だけ見ています……だから貴方も私を……」
「えへへへ……浅井君はずっと私の物じゃないとダメなんだから……」
「浅井君大好きです……貴方のお嫁さんにしてください……」
「浅井君……私は貴方の子供が欲しいです……」
「いつも迷惑かけてごめんね……浅井君……だ~い~好き……」
普段からこれなら俺はそく落ちてたな。
次々に発せられる豊穣の言葉は砂糖の様に甘い。
だが時折影が見え隠れする。
豊穣自身もそれを気にしているようだ。
確かに豊穣の表の姿は酷い物だ。
毒以外は吐かず、暴力だってふってくる。
唯一の取り柄であるその綺麗な顔も宝の持ちぐされ。
だが俺は知っているこいつが実は可愛い奴ってことを。
甘い言葉を吐きながら時折うなされる豊穣を優しく抱きしめうなじにキスをした。
「大好き」
図ったかのように豊穣が寝言を言った。
「ああ……俺もお前たちが大好きだ」
こんな甘い告白の返答としてはずいぶん優柔不断だと思う、だがだからこそ嘘はつけなかった。
俺は三人を愛している。
だからこそ選べない。
その気持ちに嘘偽りはない。
……豊穣の体温は熱いけど心地よくて覚醒していた意識もその熱で徐々に溶ける様に、気持ちよい気分になっていく。
そんなまどろみの中時は過ぎていく。
ぼんやりとした頭は時間の感覚をとうの昔に投げ捨てていた。
その日はそこまでしか覚えていない。




