0026取り合い
「はい金緑さん。あ~ん」
「糞虫! 餌よ! 口を開けなさい!」
『負けないもん! 浅井君あ~ん』
「浅井君……あ~ん……で……す」
『おら! 金緑口開けろ! あ~んだ! あ~ん!』
「ずるいわよ! 皆! 私一人だけ菓子パンなんて……ほら金緑あ~ん! チョコメロンパンよ!」
俺の目の前には豊穣、木下、九条院さん3組の箸に摘ままれたオカズと千切ったチョコメロンパンを持った屏風の手が制空権を争っていた。
時刻は昼時。
まだ屏風には九条院さんの事は話していないが、昼食時になると九条院さんが豪華な弁当のオカズを箸で取って俺にあ~んと新婚夫婦のようなことをし始め、それに対抗意思を燃やした豊穣と木下が参戦。
途中屏風がいつものように騒がしくやって来て状況を大雑把に理解したのかこれに参戦。
これはどうしたら正解なんだ?
「邪魔よ! メット野郎!」
「ここは譲れません!」
「なら……私……が!」
「ああずるいわよ! 木下さん!」
お互いがお互いを押しのけようとする4人。
俺は少し前の事を考えていた。
ホームルームの時間が終わるころに花さんに向けた九条院さんの言葉だ。
「あら、貴方もライバルですか」
という言葉だ。
それに無言で表情も花さんは変えなかったので、九条院さんの言葉のあやだろうが、あの花さんがライバルね。
確かに花さんは綺麗な女性だけど。
花さんは俺をそう言う目で見てないだろうに。
どう思われているかはわからないが、そいいう素振りはほとんど見たことがない。
結構長い付き合いだが多分ないな多分。
何故か言い切れない歯切れの悪さを感じるのはわからんが、そう思える。
まあ今は深く考える必要はないだろう。
少し考えていたが未だ4人の制空権争いは続いていた。
そこで俺が。
「分かった! 落ち着けお前ら! 食べるから!」
「では誰から行きます?」
九条院さんが言った。
それに俺が返す。
「じゃあまず豊穣からだな」
豊穣の箸が摘まむエビフライをパクリ。
「どうなの? 糞虫!」
「うん、普通に旨いよ」
香ばしい揚げ衣に包まれる仄かに甘い海老が普通に旨い。
相変わらず料理は上手で何よりだ。
『えへへへ自信作なんだ……あっ、あ~ん忘れちゃった』
「次は……私……が……いいで……す……手作り……で……す……あ~ん」
「そうか? じゃあお言葉に甘えて」
木下の箸が摘まむミートボールをパクリ。
甘辛いたれに絡まった肉団子の旨みが口に広がるうんこれも。
「どう……で……す?」
「甘辛くて旨いよ! 弁当って感じだ」
『結構子供舌なんだな。メモっとくぜ』
それは助かる、こういう味付けドンピシャだからな。
「次は私ね! 私! 菓子パンだけど。ほらあ~ん」
「どれどれ、結構旨いパンだな」
屏風の手のチョコメロンパンをパクリ。
表面のチョコと中のチョコクリームが甘さ控えめで、薄味の生地に合って旨い。
「最後は私ですね! はいあ~ん」
「すまないけど九条院さん。こいつらの前でそれはちょっと……」
「なんでですか?」
「さすがに出会って数日の人にあ~んってされるってラノベじゃないんだから、優先順位的にもね」
「木下さんどういう事この人九条院さんなの?」
「そう……です……な……んでも……心……が……読める……そう……で……す」
「まっさかー小説でもあるまいし」
「屏風さん今コメディ芸人の事考えましたね?」
「なぜそれを……さては貴方エスパーね!」
「微妙に違いますが似たようなものです。しかし、困りました私の愛読書ウッドフシュ先生の「乙女の恋の魔法」
には男女の関係になるためにあ~んは欠かせないと書いてあります! だからこそあ~ん欠かせません!」
何その乙女チックな理論。
確かにこりゃこじらせてる。
木下の言うとうり黒歴史臭ぷんぷんじゃねーか!
「でもねく――むぐ!?」
九条院さんが喋っている途中の俺に「今です!」と言いながら箸を口にツッコんできた。
この場合吐き出すのかもしれないが、女性の前ではそれは失礼ってもんだ。
むせかえり、気管に汁が入りそうなるが何とかこらえる。
口の中で咀嚼してみればそれはジューシで芳醇な肉汁と軟からさを伝えてくる。
これがA5ランクの肉の味か。
「どうです? 私の番になったら毎日これぐらい料理が食べられますよ」
「まあ確かに美味しいけど」
「なんですか?」
九条院さんが不思議そうに聞いてくる。
こんな旨いものを食べさせられて言うセリフではないと多くの人が思うだろが。
「俺は豊穣たちの弁当の方が好きだな」
と正直な感想を述べる。
別に九条院さんの弁当にけちをつけるわけではないが、手作りと比べるとどうしても。
「やっぱり、手作りの美味しい気がする」
「私のお弁当もシェフの手作りですよ?」
「いや、そういう意味じゃなくてね」
確かに同じ手作りではあるだろうけど。
可愛い女の子が作った物の方が美味しく感じるのは男の性ってやつだ。
それもあるけど手作りの方が何と言いうか暖かい気持ちがこもっている気がする。
それが美少女ともなれば味が悪くもなければ、軍配はおのずと決まるってものだ。
普通に二人の料理は旨いし、食材が同じ物なら大差はないと思う。
「私……たち……の……勝ち……ですね……料理は……愛です」
「く……そうでした。その要素を忘れていました……でも、今からでは……まあいいです。これは後程上げればいいのですから、とりあえずあ~んは成功です。後は食後のキッスですね!」
「なんでそうなるのよ! メット野郎!」
「豊穣さん。羨まし――」
「黙りなさい!」
またも、九条院さんの口を塞ぐ豊穣。
九条院さんの愛読書の登場人物はどれだけ熱々なんだよ。
この流れではお休みのキッスとから、目覚めのキッスとか普通にありそうだ。
なにそのラブラブ関係。
新婚さんでもそこまでしないだろう。
「そんなわけでキッスをお願いします! できるだけ熱いのを!」
口をとがらせる九条院さん。
積極的ってもんじゃない。
3人の顔を窺うと案の定。
「私……も……です!」
「私も私も!」
木下も屏風も次々に唇を尖らせるが豊穣は。
『どうしよう……私も浅井君と食後のキッスしたいけど……こんな人前じゃ恥ずかしくて……』
一人だけ固まっていた。
それ以前にお前らまだ食事中だぞ。
やれやれと肩を竦めかけたが、刺すような感覚を感じて辺りを見まわす。
凄い――見られてる。
主に男子だが、視線が痛い事この上ない。
青井に至っては鬼の形相だ。
まあ九条院さんの持病の事があるから変な事はしてこないだろうが。
様々な思いの籠った視線が痛くてたまらない。
「糞虫! 動かないで!」
そう豊穣が俺の頭を掴んで唇を尖らせた。
『人前で恥かしいけど。一番手は私なんだから!』
そして顔を近づけるが。
「ホールドなんてずるいですよ! 金緑さんは私の運命の相手なんです!」
「違い……ま……す! ……私……です!」
「金緑は私の物よ!」
そうわめきながら、4人はお互いを押しのけ合う。
お前ら自重しような!
周りの目が痛くてたまらん。
エスカレートしたら殺意を抱きかねないから。
トラブルはごめんだぞ。
「私が先よ! 糞虫とはそういう仲なんだから!」
「運命で私たちは繋がれています! 譲れません!」
「浅井……君……は……私の……物……です!」
「金緑はこのスーパー美少女屏風風花ちゃんのものよ!」
やばい……収拾がつかねえ。
誰を一番先にしても後で一悶着あるだろうし、全員とこんな場所でキスでもしようものならこの視線の強さから考えて、クラスの男にマジで刺されかねない。
そう考えるとずきりと古傷が痛んだ。
さすがにあんな目には二度と会いたくはないが。
でもこれキスしないと収まりそうにないし……。
すると助け船が。
【普通科二年浅井金緑さん。満開花先生がおよびです。至急職員室へおこしください】
「あっ花さんが呼んでる! というわけで行くわ俺!」
「ちょっと糞虫!」
「浅井……君!」
「金緑!」
「金緑さん!」
各々が俺を引き留めようするが、俺は食い掛けの弁当箱を閉じ、鞄を開け後で零れないベストポジションに弁当箱を安置し、そそくさと教室を脱兎のごとく後にした。
わけだが……
「こりゃいったいどういうことだ?」
職員室につ自分の目を疑ってしまった。
だってこれは。
「金緑君~!? 助けて! また書類が勝手に行方不明になったんだ~!」
「そんなわけあるか! 何でまた書類タワーが復活してるんです!」
「これは暗黒から這い出た闇の眷属達だよ! 助けて僕の王子様!」
「教室に帰ります。あー腹減った食事の続きをしないと」
「僕を見捨てないで! この書類が見つからないと、僕に災いが!」
「ちなみにその災いってなんなんです?」
「高橋先生の小言! これで通算10回目だからね!」
満面の笑みで言うので大人の対応で返す。
「分かりました。食事に戻りますね!」
「見捨てないで! 僕を見捨てないで!」
「ええい! うるさい! 周りから注目されちゃってんじゃないですか! いい大人がみっともない!」
「頼むよ! 僕のファーストキスあげるから!」
「そんなことでそんな大事なもん使うな!」
「ええ~! 僕は金緑君を攻略対象として見ているんだよ?」
「また冗談を、やめてください笑えませんよ……」
「何ってんのさ! 僕は君と出会った日から君を攻略対象として見ているよ!」
はい……?
何言ってんだ?
「でも教師の身分で教え子を手籠めにはできないからね! 気持ちは押さえてるのさ!
それに君をしたっている子があんなにちゃ僕は入り込めないからね!
全くもって僕が君より少し先に生まれたのが忌々しい!」
「それを打ち明けて俺になにを求めているんですか?」
「特に求めてはいないよ! これは僕の片思いだからね! 三人にふられたら僕が君を美味しくいただくだけさ! そんなわけでこの悪魔の塔を崩して宝を見つけてくれたまえ! 僕の王子様!」
そういってニパと笑みを見せるが、どことなく悲しげな気がする。
どうやら九条院さんの言葉は間違っていなかったらしい。
でも、これは秘密にしておこう。
花さんにめっぽう弱い豊穣なんかショックを受けそうだ。
「分かりましたが、三人の前ではその話はしないでください、約束ですよ!」
「当然さ! そんなこと正直に言っても問題しか起きないからね! 僕はそういう気づかいが自然にできるから君が好きなんだ! パクリと食べで君の子供を産みたいぐらいね!」
「もてるんだから、俺じゃなくても……」
「そうだけど、金緑君と他の男の人じゃ僕を見る目が全然違うからね……口では紳士ぶっても人を舐め回すような目つきで見ている奴らばかりでね。
やっぱり本当の紳士は情欲を心に決めた相手しか向けないモノさ! 金緑君みたいにね!」
そこまで言われるとこっちが恥ずかしくなるじゃないか。
さも当然のことを言っているような表情の花さんを見てそう思った。
「わかりましたよ! でなんの書類ですか?」
「あっ! 赤くなった! まんざらでもないんだね! 冗談だよ! 冗談! 僕の気持ち以外はね!」
全くこの人は、でも少し嬉しがってる自分がいるのは花さんには内緒だ。
そんなわけで昼休憩を潰しごちゃまぜ書類タワーから宝さがしを始めたのだった。




