0023深まる素顔の謎
「じゃあ行ってくる」
「糞虫! さっさとメット野郎を手ひどくふってくればいいわ!」
「豊穣お前な……仮に九条院さんが告白してきてもそりゃねーだろ!」
「ゲロ! ゲロ!」
『だってだって告白かもしれないと思うと……でもそれより』
あれから中々降りようとしない木下を結局教室までおぶって運ぶ事になって。
中々の衆人環視の羞恥プレイを体験したり、木下がけがをしたと勘違いされて保健室に連れていかれそうになったりしたが、
何とか放課後だ。
昨日と同じく九条院さんの相談事を聞くために校舎裏に向かう所だが、豊穣がいつものように毒を吐くので当然俺はツッコんでそれを相殺する。
九条院さんは先に行ってしまった。
後は行くだけだが。
「どうした豊穣なんか変だぞ?」
「別に何もないわよ! 糞虫!」
『ああ浅井君に抱き付きたい! 背中から抱きしめて顔を埋めてすりすりしたい! 今朝の木下さん見ていて我慢が出来ないよ』
「まあまて豊穣、九条院さんの話が終わったらまた相手してやるからな」
そういって豊穣の頭を撫でる。
豊穣の髪は手入れが行き届いていてサラサラで撫でごこちがいい。
『えへへへへ、くすぐったいよ』
喜んでいるならなによりだと思ったが。
「な……何するのよ! 糞虫!」
と無表情で言い出すが頭を撫でる手を振り払う様子すらない。
全く少しは素直になれよ。
暫く豊穣の頭を撫でて豊穣の心の声がほどよくとろけてきた所で撫でるのを止めた。
その時豊穣が名残惜しそうに「あっ!」といったのが印象的だった。
すると俺に向けられる熱視線が一つ。
「私……にも……やって……もら……えます……か?」
「構わないけど。少しだけだぞ九条院さん待ってるだろうし」
「お……願い……しま……す」
木下のご希望に応えてなでなでと頭を撫でた。
木下の髪は豊穣より細いのか豊穣より指とうりが滑らかに感じる。
『えへへへ、なんかいいなこれ! 何故か嬉しくなるぜ!』
木下もご満悦なようだ。
しかし、時間をあまりかけるわけにはいかないので、暫くして手を離した。
「じゃあ行ってくる」
「もう……少し……お願い……でき……ます……か?」
「九条院さんの要件が終わったらいくらでもしてやるよ。じゃあ行って来る。屏風が来たら待ってるように言っていてくれ」
そう言って豊穣と木下を残して校舎裏に向かう。
途中で屏風のクラスにとうりかかったが何やら教師が熱弁をふるっているようだ。
しかし、今は校舎裏に向かうべきだ。
屏風のクラスを後目に校舎裏へ急ぐ。
俺の教室は二階にあるから階段を降りる。
途中の下駄箱で靴に履き替え。
校舎裏に到着すると九条院さんが待っていた。
「キテクレマシタネ」
「でっ話ってなに?」
「マズ ハ ミテモライタイ モノガ」
九条院さんは昨日と同じく頭のヘルメットの両脇を押したプシューと昨日と同じように蒸気が左右に放たれた。
そしてヘルメットの左右を掴むと。
「ミテクダサイ アサイサン アナタガキット――」
【普通科二年浅井金緑さん。満開花先生がおよびです。至急職員室へおこしください】
と校内放送がかかり自然と視線を校舎に向けた。
次に驚いて飛ばしていた視線を九条院さんに戻すと。
「キョウハ ヤメテオキマス」
「花さんのところに行く前に話を聞くけど?」
「スイマセン コレハ ワタシニトッテ ダイジナコトガラ デスノデ サイコウノタイミング デオハナシ シタイノデス デハ ツギノ キカイニ オネガイシマス」
そういって九条院さんは踵を返して校門に向けていった。
今回は落胆ってところか。
動き的にとぼとぼって感じがする。
だんだんと九条院さんの気持ちが動きで分かるようになってきたな。
しかし、九条院さんのヘルメットの下に一体何があるんだ?
「でっどうだったの糞虫!」
教室にもどるやいなや。
「いや今回も分からん」
「どうしてよ! 金緑?」
いつの間に教室に来ていた屏風がそう会話に割り込む。
「いやな、九条院さんが何かする前にさっきの校内放送がな……」
「また……です……か」
「そんなわけで職員室に行かないといかん。ちょっと教室で待ってくれよ。さっさと終わらせてくるから」
「ちょっと金緑……行っちゃった」
屏風が何か言い掛けたようだが、後廻しだ。
花さんの呼び出し無視すると、めんどい臭いテンションで付きまとってくるからな……。
そんなわけで職員室だ。
ふと校門を見ると黒塗りの車が発進するところだった。
多分あれが噂の九条院さんの家の高級車だろう。
本当に金持ちなんだな。
それでも運命の人とやらがなかなか見つからないとは、やっぱり運命は金で買えないのか。
まぁ買えたら買えたで問題しかないが……。
おっと脱線はそこまでだ。
気づけば一階の職員室前。
「失礼します」と心の籠っていないおべっかを使いつつ職員室の引き戸を開く。
そして目指すは職員室の角だ。
そこは左右に乱雑に書類がうず高く積み上げられ、机の端には小さな埃、そしてうなだれる黒髪。
そうこれが花さんの机だ。
「金緑く~~~ん!?」
がばっと花さんが起き上がりすがるように俺の両腕を掴んだ。
「なんです。花さんまたですか……」
「そうなんだよ! 僕は悪くないんだ! この書類たちが勝手に散らかるんだ!」
全くこの人は。
子供じゃないんだから。
そういえば某所ではそういう大人を大供というらしいが、まさにそれだ。
昔から花さんはモノを片づけるの苦手で、よく俺を呼び出して片づけを要求してくるのだ。
もてるんだからほかの連中でもいい気がするが、その様子を見て引かない男が俺だけらしく。
したないのでずるずるとこの関係を続けていたらこのありさまだ。
この前は半年前だったので成長しているのか?
「でっ今度は何です?」
「半年前にもらった必要な書類が消えちゃっててへ♪」
と舌を出すが。
「それを俺が見つけろと?」
「うん♪」
「頑張って探してくださいね♪」
満面の笑顔で肯定する花さんに引きつった笑顔で返す一応♪もつけてだ。
「僕を見捨てないで!」
「ええい! やかましい! 自分の性でしょうが!」
「いいのかな、金緑君?」
「何がですか?」
「君たちのいちゃこらライフ、度が過ぎてて職員会議にたまに議題になるんだよ? いいのかな、かばう止めちゃおっかな――」
「満開先生ぜひ、やらせてもらいます」
くっこれが権力に屈するってやつか。
意地の悪い笑みを浮かべる花さんが妙に憎らしい。
「それでこそ、僕の王子様候補だよ!」
「間に合っているので返却します」
「ぶーー美人女子教師の寵愛はお金じゃ買えないだゾ♪」
「分かりましたよ! 片づけて書類みつければいいんでしょ?」
「結構本気なんだけどな」
「何か言いました? さっき職員室に入ってきた人の声で聞こえませんでしたが」
「何でもないさ! さあ片づけたまえ! 僕の王子様件小間使い」
「一応言っときますが小間使いは女性の雑用係ですからね」
「そうだったけ、まあ似たようなものだよ。金緑君、さあ片づけたえ!」
「なんでファイティングポーズなんですか……」
「だって掃除は戦いだよ! これから戦うんだよ!」
「どうせ全部俺にやらせるんでしょ?」
「テヘペロ♪ ばれたか」
また舌を出すが。
「あざとくかわい子ぶっても俺には通用しませんよ」
「ぶぶーこれだから金緑君は……さすが僕の王子様候補だね♪」
「なんで喜んでるんでいるんですか全く」
「そんなわけで頼むよ! 僕の王子様♪」
「分かりましたよ! でっどんな書類何ですか?」
「それはね――」
そんなわけで30分の奮闘の末必要な書類をサルベージできた。
さらに20分かけて机を綺麗にする羽目になったが。
「おそいわよ! 金緑! 職員室で何してたの?」
「なにって花さんの汚机の整理整頓だよ」
「ゲロ! 花さんは片づけられない女だからね!」
「豊穣お前は何故胸を張る……」
教室に戻り平常運転の二人を相手にしながら背筋を伸ばす。
結構大変だったからな……三分の一が二枚以上のホチキスで止められた違う書類同士を噛み合わせて積んであるなんて、悪意さえ勘ぐってしまう。
花さんは「後で見やすく――」などと言っていたが、だったらなぜ乱雑に積み上げておくのかわからん。
こりゃ花さんを娶る男は苦労しそうだ。
花さんはいつもノリで「僕が行き遅れたら金緑君にもらってもらうからいいの!」などと言っていたが、一体いつまでその冗談を続ける気だろう。
かれこれ8年以上同じことを言っているが、自身で冗談と言っているのでそれはわかっているが。
妙齢の女性が気のない男に、そういうことを言い続けるのはいかがなものか。
「結局……九条院……さん……は……何を……言い……た……かった……ので……すか?」
「どうやら素顔を見せようとしているようだが、理由はわからん」
「メット野郎はどんなゲロシャブ顔なのかしらね!」
『九条院さんてどんな顔なんだろ? やっぱり立ち振る舞いのとうり美人なのかな』
「さあな、別にどんな顔でもいいけど」
「とんでもない素顔だったらどうするのよ?」
「その時は引くが九条院さんへの対応は特に変える気はないぞ」
「そう……いう……常に……紳士……なと……ころ……は……ずるい……です」
「ずるいって言われても性分だからな」
「さすが私の金緑ね! ブレないわね! そいうところはホント好きよ!」
「ゲロ!」
『そこは私の浅井君っていえたらな……』
「つーか、お前ら九条院さんが美人という発想はないのか? 俺の予想だと美人だと思うぞ」
「だった……ら……なぜ……顔……を……隠す……のです……か?」
「そりゃわからんが顔が良くても悪くても見てもらいたいかは、本人の意思次第だろ。あの青井だって自称イケメンの目立ちたがり屋だし」
そう青井の顔を思い浮かべるが、何故かすっころぶ寸前のダサい姿だった。
うん。
これが青井という男を体現するシーンという奴だ。
「まあ、どんな美人もこのスーパー美少女屏風風花ちゃんがいれば金緑の視線は私の物だけど!」
「言い……過ぎ……です」
「ゲロ! 言い過ぎね!」
「ノリが悪いわよ二人とも!」
「そういやさ、いつまに屏風と豊穣は和解したんだ? すごい今更だが」
「まぁいろいろあったのよ!」
『あんなの見せられれば、和解もするわよ』
「糞虫! それは知らなくていい事よ!」
『あの時の豊穣はthe乙女ッてっ感じだったからな!』
どうやら何かあったらしいが、今は聞かないでおこう。
本人が話したくないみたいだし。
「豊穣が言いたくないなら聞かないよ」
「それでいいのよ! 糞虫!」
『こういうのはいつか浅井君の目を見ながらじゃないと……』
何かは知らんが楽しみにしていいのか。
昔に比べりゃ言動はともかく行動が積極になってはいるが、こいつの毒に隠された本音を引き出すのは苦労しそうだな。




