0013ナイフと殺意の行方
その日はなかなか寝付けなかった。
屏風と豊穣木下達と別れて早数時間時刻は11時を回ったところ。
「次に日は豊穣とデートでキスか……」
未だ残る余韻につられて指を唇にそわせる。
本当に俺は屏風とキスしたんだな。
正直屏風の心の声が聞こえていなかったらあいつの気持ちには気づくこともなかっだろう。
酷い言い方だと分かっているが、屏風との関係はもっと熱の冷めた憧れに近い物だと思っていた。
何故ならあいつの出会ってツッコミで気に入られたというイメージしかないからな。
そして明日は豊穣と……。
豊穣は豊穣でずっと正直になれないでいる。
少しぐらい心に秘めたモノを出してくれてもいいと思うが、一切出せず口から出すのは毒ばかり、まぁそれが少し前までの平時の姿だからおかしくはないが、豊穣の本音を知ってしまった今は、それを出してやりたい。
それが豊穣のためだ。
いつまでも毒を吐き続けたら、周りから人が去って一人になってしまう。
俺は豊穣を見捨てる気はないが、俺に何かあったら豊穣はきっと孤立してしまうだろう。
そのためにも、明日は――。
「寝るか……」
電気を消しベットに横になる。
特に作戦があったわけじゃない。
先ほどから考えていたことは大事な事が抜けている。
確かに豊穣の本心を引き出すことは彼女のためだが、実際は俺がその姿を見てみたいのだ。
屏風や木下のような年頃の女の子としての本心の豊穣を。
ふと屏風とのキスの感触が蘇る。
それを豊穣と、言葉が出ない。
長い間毒を浴びせ続けられた反動だろうか、そういう光景が想像できない……。
ゆっくりと思考が微睡に沈んでゆく、目覚まし時計はセットしたっけ、まぁいいや。
思考は完全に微睡に海に沈んでいった。
◇
次の日ジリジリと鳴る目覚まし時計を叩き起床。
着替えて食事を取って寝癖を直し歯を磨く。
はぁ~と口臭チェック。
完全に昨日の朝と同じ行動と感覚に激しいデジャブを覚える。
前日と今日やるとこ自体は同じだから、準備が同じなのは仕方ないだろうけど。
ピンポーン、インターフォンなった。
はいはい開けますよ。
「はーい、誰ですか?」
分かりきっているけど。
一様の確認を取りながら玄関を開けた。
「遅いわよ糞虫!」
「悪い悪い、てかお前……」
「何よ! いやらしい目で見ないでくれる」
『どうかな? 頑張ったんだけど……』
豊穣の服装は白と黒のブラウスとスカート。
所々フリルがついているゴスロリ系ファッション。
「いや、すげー似合ってると思ってな」
正直にな感想を述べる。
豊穣の綺麗な顔と白と黒のゴスロリ服合わせ技は、アニメや小説の世界からキャラクターが抜け出て来たように様になっていた。
「と……当然よ! ゲロ糞虫!」
『えへへへそうかな。頑張ったかいがったよやった!』
「じゃあ行くわよ!」
豊穣が俺の手を取った。
これは打ち合わせどうりだ。
最初は二人きりで恋人気分を味わいたいらしい。
情報の出所は駄々洩れの心の声だ。
皆の所にく行くわずかな時間だが、それでも味わいたいとご所望なのだ。
断る理由もない。
「おい!」
後ろから声をかけれられた。
明らかに友好的ではない声質だ。
振り返ると。
「昨日の人……」
そこいたのは、ロングコート姿のお笑い芸人リトルさばの片割れ、確かリトル二号とかいうノッポの男だ。
その表情は険しく目は充血し殺気立ちその目の下のクマがある。
明らかに普通には見えない
豊穣を後ろに隠すように腕で誘導して質問する。
「なんのようですか?」
「死ね!」
そういってリトル二号は手を隠すように袖を伸ばした腕を突き出した。
それは俺の腹部に当たり、激しい感覚が沸き起こる。
それが何か最初はわからなかった。
呆気にとられるのは束の間。
そのあまりに激しい感覚に膝からくぐれ落ちる。
激しい感覚――痛みは容易く手足を痺れさせ、体に力が入らない。
力を入れようとすると悶絶してしまうほどの激痛が走る。
俺の視線は自然と流れ元凶であろうリトル二号の腕へ。
ロングコートの袖にに隠されていたそれは赤い滴に染まっていた。
「へっ! すけこましが! 昨日と別の女連れやがって! 生意気なんだよ! 少しぐらいツッコミの才能があるからって!」
リトル二号は矢継ぎ早に言葉を浴びせかける。
だが声は耳の中で反響してよく聞こえない。
豊穣の声が聞こえる気がする。
「金緑っ金緑!」
豊穣が俺の名前を普通読んでいる……まさかな。
あの豊穣が俺の名前を普通に言うわけがない。
何故か体が揺れて揺れるたびに痛みが反響する。
「次はてめーだ! スケ!」
何かが後ずさった音らしきものが聞こえる。
俺何してるんだっけ。
屏風とデートをしていてそれは昨日か。
声はさらに聞こえなくっていく。
それに合わせて思考は巡る。
昨日の事、それより前の事。
高校時代、中学時代、小学時代。
パノラマのように次々に記憶が過ぎ去っていく。
これが走馬灯なんだろうか?
どれも見覚えがあるが何かが抜けている。
さっきまで近くにあった何かが……。
今は俺は何をしてたんだっけ?
「助けて金緑!」
その言葉だけがはっきりと聞こえた。
他も音は反響してぐちゃぐちゃなのに。
豊穣の声だけが耳に届く。
そうだ何で忘れてたんだあいつの事を。
「てめーもすぐ後を追わせてやるよ!」
「待て!」
体は痛みで動かないはずなのに視線は上がりリトル二号を捕え。
自然と声が漏れる。
耳で反響して分からないけど意味だけは理解していた。
「てめー生きてやがったか! これで地獄に落ちろ!」
リトル二号はドタドタといったありさまで距離を詰める。
その足取りはとても緩やかで、突き出した片手の動きがよく見える。
体の痛みはいつの間にか焼けるような痺れに変わり、さらに視界は研ぎ澄まされ。
さらにリトル二号の動きは緩慢に見える。
次にリトル二号が腕を突き出した。
とても遅いそれを交わすために体を動かす。
その時初めて気づいた。
俺の体の動きも緩慢であることを、人間は命危機に脳内麻薬の影響などで動きが緩慢になるという。
だとしたら好都合だ。
緩慢な体を動かしリトル二号の突き出した片手の手首を掴む。
人間はいきなり手首を掴まれると反射的に手の力を緩めるそれを利用し、緩んだすきにもう片方の手でナイフを奪い取る。
「――っ!?」リトル二号が何かを言いかけた。
そのままリトル二号の足を払った。
盛大にこけるリトル二号の背中に馬乗りになって両足で体重をかけ両手の自由を奪う。
「――っ!?」
またリトル二号が何かを言っているが聞こえない。
リトル二号の顔が歪む。
「――――っ!?」
また口元が動いた。
何を言っても構うものか、こいつからやってきたのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!」
リトル二号に奪ったナイフを振り下ろした。
――――――――振り下ろしたその手を見た。
ナイフはリトル二号の横顔の右目眼前ギリギリでで止まていた。
どうして?
刺したはずなのに――。
ふと自分の腕にかかる僅かに痺れるような感触に気づいた。
これがストッパーになったのだろうか?
その疑問のままに視線を動かしその発生源を見た。
腕にからみつくような小さくか細い白い手先――。
そうだよなあいつの手だ。
俺が守ろうとしたあいつの――。
背中に柔らかい感触とともに圧迫感を覚えた。
密着した豊穣の体温が包み込まれるように暖かい。
その暖かさに強張っておいた体に力が抜けていく。
だけどまだナイフを握る手は緩んでいない。
「やめて金緑……」
他の音なんて今は一切聞こえないのに、豊穣の声が頭に撫でる様に優しく響く。
「私なんかのためにその手を血に染めないで……」
その言葉にナイフを握る手が緩む。
それを僅かに残る意思で再び力を入れた。
だとしてもこいつは生かして――
「いくら金緑が私を嫌っても私だけは金緑をずっと好きでいるから、それだけはやめて……私の大好きな綺麗なままの貴方でいて……お願いだから……」
その言葉は耳から入り体中に駆け抜け。
抱いていたリトル二号への殺意がドロドロに溶かされ、流れ落ちていく。
ナイフを握る力が完全に抜けた。
変な向きでナイフを握る手を離したせいでリトル二号にナイフの先端は当たらずナイフの腹が顔面を滑り大地に落ちた。
そのナイフに付着した自身の赤い血を見て少しだけ冷静になった。
冷静となり見たリトル二号はピクリとも動かず口角泡が見て取れる。
振り下ろした瞬間気絶したのだろう。
見えないはずだがリトル二号を起点に、アスファルトに円形にシミが出来ている光景が見えた。
ああ、何か聞こえる気がする。
もう豊穣の声さえ聞こえないのか。
自分でも今死に向かっていると、ぼんやりした思考で理解する。
リアルな死に死神の鎌は現れない。
ただ無情に見えない死の鎌は振り下ろされる。
ただ無情に――。
俺死ぬのかな。
まぁいいか幼なじみを守って死ぬなんてかっこいじゃないか――。
ただ、俺の幼なじみは毒舌だけど――心は甘々で――。
俺の毒舌幼なじみの心の声が甘々の件は――。
そこで意識が消えていった。
「金緑っ! 金緑!」
それから俺は沢山の夢を見た。
そのほとんどは覚えていないけど。
最後の三つの夢の事はよく覚えている。
それはきっと俺と繋がった彼女たちから流れ込んだ心。




