0010屏風とデートをしよう前
「屏風かどうした」
「どうしたじゃないわよ!」
大声を発し木下に視線を向ける屏風に対し木下はばつが悪そうにうつむいた。
そうなるとは思ってはいたが屏風は大層ご立腹のようだ。
「なんで私にはキスしてくれないのに、木下さんとはキスしてるのよ!」
「なんでって木下が勝手に……」
「そうだろうけど! 金緑のことだから流されるままキスしたんでしょ! 罪よギルティよ!」
「なんで俺が犯罪者みたいなことになってんだよ!」
「当たり前じゃない! 超絶美少女屏風風花ちゃんを差し置いて、他の女に目移りするなんてそれだけで罪なのよ! 咎人なのよ!」
「なんで俺が責められてるの? 普通木下だろう!」
「何言ってるのよ! 気になってる異性とキスしたいのは女子の本能よ! 私だって隙あらばしたいわよ! よって木下さんは無罪よ!」
「無茶苦茶ってもんじゃねー! 俺の意思完全無視!」
「当たり前じゃない。三人の女の子に好意を持たれて何が不満なの! ラノベ主人公なの!」
「よく言ったわ! 雌ブタ二号! 糞虫にもっと言ってあげなさい!」
「あんたは黙ってなさい!」
言い争いを始める二人。
しかし、矛先はすぐ俺に戻ってきた。
「そんなわけよ! さあ金緑! この超絶美少女屏風風花ちゃんに、今すぐ口づけしなさい!」
目をつぶり口をとがらせる屏風。
それに続く豊穣。
『屏風ちゃんずるい! 私も私も!』
「面白い事になってるじゃないかな! 皆様方ここは僕に任せてみないかい?」
花さんはニンマリと笑みを浮かべて割り込んできた。
「満開先生」
屏風と豊穣は花さんに視線を映す。
木下も同じだ。
「つまり君たち二人は。木下ちゃんと同じように金緑君とキスをしたいってことだろう?」
「そうですけど」
『…………』
「じゃあこんなのはどうだい、お二方が思い描く最高のシュチレーションでキスをするってのは?」
悪戯をする子供のような笑みを浮かべたまま手を振る花さん。
その手の動きは昔のアニメで魔法使いが魔法をかけるような動きだった。
「どういうことですか先生?」
首を縦に振り屏風の言葉に首肯を示す豊穣。
「つまり、君たちが思い描く最高のシュチレーションと設定で金緑君にキスしてもらうってことさ。キスをするなら最高の展開でしたいだろ?」
「私……も……参加……し……ちゃ……ダメ……です……か」
「うーん。流石に今回は難しいな。木下ちゃんが先にいただいちゃったから、こうなってるわけだし」
「そう……で……す……か」
がっかりと気を落とす木下に花さんは。
「気を落とさないで観覧は自由だから、思う存分見ちゃっていいよ! それでいいよね二人共?」
「私は構わないわ」
「ゲロ同じね!」
「じゃあ二日後、二人の希望のシュチレーションと設定を書いたものを私に提出してね! 全力で金緑君にやってもらうから! 異論は許さないわよ金緑君!」
「せめて断ると言う選択を残してください……」
全くこれじゃ断れないじゃないか。
こうして文化祭の一日目は過ぎてくのだった。
◇
それか二日が立つ。
その間には演劇に打ち上げで俺たち二人がクラスメイトに囲まれもみくちゃにされながら賞賛の嵐を受け、珍しく照れる豊穣を目にしたり、眼立ちたがりやの青井に俺が主役をはりたかったと、
裏方で目立つ以前に出番がない事への怨嗟を受けるという結構本気でどうでもいい事があった。
ちなみに木下は不参加締め切りがヤバかったらしい。
クラスの女子たちは例のキスの事を木下に聞きたがったようで、代わりに俺が質問攻めにされた。
豊穣は表では冷たい目で俺を見ていたが、心の声ではしっかりヤキモキしていた可愛い奴めなどと思う暇もなく、
打ちあげは盛り上がりその日は終わり、次の日には文化祭を4人で見て回りまさに平常運転のノリで時間が過ぎる。
そして今日が文化祭最終日。
花さんに二人が俺とキスの希望シュチレーションをまとめて提出する日だ。
屏風も豊穣も花さんの所に行くと言って朝からって会っていない。
話がまとまったらメールをするというが。
「心配……です……か?」
「そりゃそうだろ木下」
俺は木下と一緒にいた。
文化祭は前日でめぼしい所は見て回ったので見るところもなく二人揃っ食堂で時間を潰していた。
『そりゃそうだな屏風だったらコンビで漫才のオーディション受けよう! とか言いそうだしな』
「それがどうやってキスに繋がるかさっぱりだが屏風だったら言いそうだな……」
『豊穣は流石にわからんな。意外と王道展開が好きそうだが……』
「そうなんだよな。熱に浮かれて、無茶苦茶な要求してこないでくれるとありがたいんだが」
『でっ金緑誰が本命なんだ?』
「そうだな……って言えるか! まだよくわからねーし!」
『ちっ! 引っかからねーか』
「お前な……今更だがこれがギャップってやつなのか? 全く萌えないのだが」
『そりゃそうだろ。人間腹割って話すことに萌え要素なんて不純物含まれないぜ!』
「俺としてはその不純物が欲しいのだが」
『なんだ俺と話すのがつまらねーのか?』
「いやそういうわけじゃないが、そういうものは恋しくなる物なんだよ。世の男の大半は」
『そういもんなのか。それよりそろそろ出ないか? 周りの視線が痛くなってきたし』
そう言われて辺りを見回すと何人かのグループが俺たちを見てひそひそと何か言っているようだ。
それもそうだ木下は最初の一言以外口から喋っていない、周りから見れば完全に俺の一人相撲。
確かに一方的なおかしい光景だ。
「じゃあ場所変えるか木下――」
その瞬間スマホのバイブが震えた。
スマホ確認するとメールだ。
ついに来たか。
メールが来たってことはそいう事だ。
メールに記された場所――文化祭で使っていない校舎4階端の空き部屋へ木下を連れ赴く。
2階3階と階段を上げると人の数加速度的に少なくなり3階の階段に張られた侵入禁止のロープをくぐると、もう俺たち以外に人の気配はない。
そのままスタスタと目的の教室の前へ。
すで廃部となり日に焼けて薄れた文字で「オカルト研究部」と書かれた扉を開けた。
「来たわね金緑くん」
花さんが俺たちを視線に捕えた。
何故が占い師に扮した格好をしていて、テーブルの上には水晶玉がおいてある。
「花さんその恰好」
「似合うでしょ! オカルト研究部の備品だよ!」
くるりと体を回す花さん。
「花さん二人はどうしたんですか?」
「ぶー金緑くん! そこは僕を褒めるところでしょ全く! ぷんぷん!」
頬を膨らませる花さんに内心呆れつつ。
「似合ってますよ花さん」
嘘は言っていない。
これで少しの実力が伴えば十分人気占い師になれるぐらいだ。
「えへへそうかな、そうだよね! 僕だからね!」
「話を戻しますけど二人はどうしたんです?」
「二人はいまちょと席を外してるよ! さあ浅井金緑くん選択の時間です。差し出された二つの手最初に手に取るのはどちらの女の子?」
「よくわからないのですが」
「ブッブー金緑くん察しが悪い減点一。屏風ちゃんか豊穣ちゃんのどっちを先にとるかってことだよ! 全く!」
先ほどと同じく頬をリスみたいに膨らませる花さんは言葉を続ける。
「じゃあ気をとりなおして、さあ稀人よ選びなさい。差し出された二つの乙女の手どちらを先に取るんだい?」
つまり選べと? 二人のことだから順番でもめるとは思っていたが、俺に丸投げかよ……。
万年毒舌本心甘々の豊穣。
つまらないボケを偏愛する屏風。
グダグダ考えても仕方ない。
どうせ早いか遅いかの違いだ。
俺は決めた先に手を取るのは。
「じゃあ最初は屏風で!」
「ほほう、なんで屏風ちゃんなんだい?」
「屏風は扱いが楽ですから、扱いが難しい豊穣を後にしただけですよ」
「ほんとにそれだけ屏風ちゃんが可愛いから先とかじゃないの?」
うん? 花さん変な事聞いてくるな。
普通にさっきの理由まぎれもない本心で、的を得てるともうのだが。
「確かに俺から見ても屏風は可愛いですけど、特にそれとは関係ないですね」
ガタッ! 隣に部屋から物音が聞こえた。
ネズミでもいるのかな。
「屏風ちゃんかわいいもんね! やっぱり彼女候補の一人なの?」
「この場にあいつがいないから言えるけど。そうです」
ガタッ! ガタッ!
隣のネズミがまた暴れ出したようだ。
「そう」
ニヤニヤと笑みを浮かべる花さんは。
「でっ話は変わるけど。豊穣ちゃんのことはどう思ってるの?」
「どうって別に……」
「ぶー嘘は良くないぞ! 豊穣ちゃんに思う所はあるんだろ?」
「最近前より豊穣が、好きになってきているぐらいですね。元から嫌いじゃないですけど」
ガタタッ。
隣の部屋からまた物音が。
今度はやけに大きい音だ。
ネズミが暴れて何か物でも落ちたのかもしれない。
「ふふふ、そう二人を想ってるんだ。二人とも入ってきていいよ!」
花さんはスマホを机から取り出し、そういった。
二人は別屋らしい。
犬猿の仲の二人が一緒でよく静かしているものだ。
ある意味花さんの人徳と言えるかもしれない。
ガチャリと扉が空いた。
「どうした二人とも」
二人を見て思わず声をかける。
屏風の顔は解けてしまうように緩んだ笑みを浮かべ。
豊穣は顔を真っ赤にして俺の方をチラリとみては目が合いそうになると目をそらす。
「これも愛なせる業だね」
花さんの言葉が理解できず花さんに視線を飛ばす。
「じゃあ来週に決行だよ! 詳しくは二人にメールで送るから! でも金緑くんには秘密だからね!」
「それでどうしろと」
「大丈夫、当日金緑くんいはインカムで指示出すから、ウッドフィッシュ先生にも相談して二人の希望をちゃんと形にするから金緑くんは、僕たち宇の指示に従ってくれればいいのさ!」
「うへへ、そういうわけよ。当日は私がエスコートするから!」
『全く金緑たら正直じゃないんだから。そいうところも好きなんだけどね』
「そんなわけだから皆、来週土曜日大阪に集合だよ!」
「大阪ってそんな遠出するお金ありませんよ!」
「大丈夫、大丈夫、都内の大阪だから心配しない」
「都内の大阪?」
聞きなれない単語に、困惑の色を浮かべた俺は考えた。
俺たちが今いる関東よエリアから大阪までは1時間以上電車に揺られる必要があるが、
都内なら半分の時間もかからない、大した金もない学生の金銭的にも優しい。
都内の大阪か……もんじゃ焼きやあたりの店名なのか?
「そういうこと、金緑は私とのキスに備えて歯磨きとブレスケアをしておけばいいのよ!」
◇
そして今日が約束の土曜日。
ついに屏風とのデートである。
ラストはキスをするという落ちの決まったコントのような形式は、芸人志望の屏風からすればよほど待ちどうしいのか、それまでの間、表の屏風も裏の心の屏風もハイテンションだった。
一方の俺は屏風に言われたようにミント味の歯磨き粉で、いつもより長く歯を磨く。
すると暫くして歯ぐきから血が出た。
磨きすぎだと分かってもさらに歯を磨いたそれから歯ぐきからの出血はとまり一安心。
無茶な歯ブラシの刺激に、口内が適応した大してうれしくもない瞬間である。
食後には毎日ブレスケアのガムを二つ噛み口臭対策はばっちり、もとから息は臭くないと思うが気にしないと言われても気にしてしまう。
「大丈夫かな口臭」
はぁーと息を吐きそれを手で捕え口臭のチェック。
うんミントの香り。
さっき噛んだガムの香りだ。
「まぁ木下も、俺の口臭云々について何も言わなかったから、大丈夫だと思うが……」
木下の事を思い浮かべブレスケアガムを一つ口に放り込む。
そのまま歩いてバス停へ急いだ。
バス停に着くと丁度バスが来たところで、バスのドアをくぐり車内へ。
バスの料金を確かめ財布を覗いて確認する。
うん。ちゃんとあるな。
金がないという馬鹿な落ちはついていない。
バスで揺られる事十数分。
目的地についた。
そこは駅から歩いて数分の立地で大きな赤の屋根が特徴的な最近演芸ホール。
なんでも本場大阪のお笑い芸人を多数抱える事務所の資金援助で建てられた演芸ホールで、お笑いライブも定期的にやっているらしい。
「来たわね金緑!」
屏風の元気のよい言葉が響いた。
「ようこそ! 大阪へ! ここが私たちの決戦場の入り口よ!」
青のスカートに白のブラウスの屏風に答える。
気合はいってるなよく見たらメイクも少ししているようだ。
「大阪ってここは演芸ホールじゃねーかよ」
「ちちち、施設名を見てから言ってくれたまえ金緑くん」
一指し指を左右に振り古臭い探偵ぶる屏風に言われるまま施設名、を確認すると。
お
「演芸ホールOOSAKA……ってそういうネタかよ!」
「再びちちち、甘いぞ金緑くん。今日は大阪のきたもと所属のお笑い芸人がお笑いライブを行うの! だから二人で見ましょ!」
きたもとか日本有数の芸能事務所だな確か。
「そういや他のメンバーは? 指示出すとか言ってたけど」
「それならあそこよ。ハイこれ」
屏風の差し出したインカムを受け取り耳につけて指さす方向を見ると、いた。
花さんを含めた豊穣と木下の姿が見えるが。
なんで花園蕾さんと腐女子ハンターU子がいるんだ。
「聞こえるか木下。その二人の説明よろしく」
【この目……で……観察……した……いと……言う……二人…の勢い……に……負け……て】
【そういうわけよ! 彼氏くん! 本妻である先生の目の前で、他の女とイチャコラするのばっちし見せてもらうわ!】
「普通に浮気みたいに言うな!」
【そのとうりよ! 男の子が女の子に浮気すなんて言語道断よ! 普通は同性でしょ!】
「腐った奴は黙ってろ!」
【ゲロ個性てきね! 私のキャラが霞むわ!】
『二人とも変わってるけど美人さんだな。浅井君ってこういう人がタイプなのかな……』
【そんなわけで僕たちが見守っているから! 存分にデートを楽しんでね!】
「話は終わった! じゃあ行きましょう!」
屏風俺の手を取った。
『金緑の手って固いけど暖かくて気持ちいいな……』
「どうした屏風?」
動きの止まった屏風に話しかける。
「なんでもないわ! チケットは買ってあるから行きましょ!」
『はぁ、この場で金緑に抱きしめてもうのは、ハードルが高いか……やっぱり』
屏風に手を引かれ、演芸ホールに入ると、すでに多くの人であふれかえっていた。
「凄い人ごみだな。屏風ちなみ誰がここでコントをするんだ?」
「誰って、うふふふふ。教えてほしい?」
悪戯をする子供のような笑みを浮かべ、屏風は訪ねてくる。
普段ならめんどくさいのでスルー推奨だが、今回は別。
いいだろう今日はとことんでまで屏風のノリに付きやってやろうじゃないか。
「でっ誰なんだよ?」
「えーもう聞いちゃいうの?」
こいつ……前言撤回を早くも検討したくなる俺。
「じゃあ発表するわね! 何と明石焼きさんま……」
「明石焼きさんま!?」
思わぬビックネームに思わず驚くが。
「の弟子を公言している漫才コンビリトルさんまよ!」
「誰だよ! 果てしなく誰だよ! 明石焼きさんまは弟子を取らない主義だと聞いたぞ!」
「そこがいいんじゃない。明らかな嘘を公然という図太い精神が魅力的なのよ!」
「そんな魅力があるか!」
問題は中身という以前、地雷臭しかしてこねぇ。
「でも意外と実力派なのよ! 私のお勧めの芸人の一組ね! さあ行きましょ!」
◇
俺たちが席についてから数分後。
コントが始まった。
他のメンバーは外で待機している。
そんな俺たちの席は最前列の真ん中の一番いいA席。
漫才コンビリトルさんまは出てきてそうそう実際は正式な弟子ではないとぶったちゃけ、会場に笑いをさそう。
それからコントが始まる。
ふと横にいた屏風の横顔を眺めた、ただ屏風がお笑いをどのようにみるのか気になったかだ。
(屏風ってこんな真面目な顔できるんだな)
屏風の顔は真剣そのもので、普段のおちゃられた笑みの言葉もない。
真剣に夢を見る年頃の女の子だった。
(普段からこれならさぞモテているだろうに)
正直にそう思えた。
普段の言動を除けば屏風は十分に美少女と言っても間違いはない。
「どうしたの金緑?」
俺の視線に気づいた屏風が話しかけてくる。
「いや意外とお前が可愛い顔してるなって――あっ」
ボロっと出た本音の残滓を押しとどめるよう口を押えるが時すでに遅い。
「ふふ、ありがと」
屏風は、そう言ってコントを見始めたが。
『可愛い……金緑が……私が可愛いって……落ち着くのよ風花。とりあえず太陽のエネルギーを高める呼吸で、石マスクをつけて紫外線を……』
それ元ネタだと死んじゃうからな。
「悪い忘れてくれ」
「そう」
『ええ忘れるの? そこはもっと掘り下げてよ! ……仕方ないか、まだ時間はあるしね。私の魅力で相方をゲットするんだから! そのためにもこのコントに集中しないと』
そういうすぐ調子乗る所がお前の悪い癖だ。
黙っていれば可愛いのにもったいない。
その典型と言える幼なじみをもつ俺がいうのだから間違いない。
とよくわからない自画自賛を自身に浴びせコントを視界に収める。
ちょうどボケにツッコミを入れている所だ。
笑いが湧き上がる観客。
しかし、屏風はさきほどと同じく微動だにしない横顔は真剣そのものだ。
屏風の芸人志望がもっと軽いものだ思っていたが、ずいぶん違ったらしい。
今度からはもう少し優しくしてやるか。
こうして時間は過ぎていった。




