抽選会
予選会が終了し、予選を突破した者達は続々と抽選会場へと足を運んでくる。しかしそのメンバーのほとんどは魔法科の上級生で占められており、抽選会場に集まった者達は、比較的和気藹々とした雰囲気で、互いの健闘を喜び合っていた。
この校内武術大会の結果は、学業成績に反映されることになっており、つまり卒業の席次が上がることとなる。そして卒業時の評価は今後の軍生活に付き纏うので、将来のためにも、この武術大会は重要な大会とされていた。そんな理由もあり、まず決勝トーナメント進出という結果を残したことは、彼らにとってひとまずの喜びを与えていた。
しかし祝賀の雰囲気溢れる抽選会場に、新入生ながら優勝候補と言われる二人が顔を見せると、会場の空気が急激に凍りついた。その場にいた上級生たちのほとんどは、入学後に彼らによって辛酸を嘗めさせられた者達ばかりであり、先程までの喜びは何処かに行ってしまったかのように、一様に皆が険しい顔付きとなる。そして彼らに対し怯えを示す者もいれば、人によっては、彼らに対して露骨に敵意を向ける者もいた。
そんな不穏な空気の中、最後に決勝トーナメント進出を決めた戦略科の新人が姿を見せると、先ほどの試合内容のためか、ただでさえ不穏な雰囲気に僅かながら殺意まで混ざりだした。それは将来の掛かった神聖な大会において、ユイの予選で行った戦い方が、明らかに彼らの顰蹙を買ってしまったためである。
そうした息の詰まるような空気が落ち着いたのは、大会実行委員を務めるアーマッド教授が、部下の講師を引き連れて抽選会に姿を見せた時であった。彼は学生たちの前に立つと、ほんの少し白髪の交じる髪をかき上げ、学生たちに向かって話しかける。
「諸君、予選突破おめでとう。さて、ここからが本番となるわけなんだが、早速、決勝トーナメントの抽選会を始めよう。今回は参加者が多いから、AブロックとBブロックのトーナメントに分けて戦ってもらう。そしてそれぞれのブロックの最終勝者同士で、最後に決勝を行なってもらうことにした。くじ引きは、この箱の中から各々一枚ずつ、くじの入った封筒を引いてもらう。公平性を保つため、私が結果を読み上げるので、中を見ないように引いた封筒をその場で私に渡して頂きたい。では始めよう。予選一組の勝者から、順番にくじを引きに来てくれ」
アーマッドのその言葉を受けて、会場の後ろの方に立っていたリュートが、くじを引くためにゆっくりと歩き出す。すると、その歩行線上に立っていた上級生たちは、やや苦い顔をしながらも彼のために道を開ける。リュートはそれらの動きを気にすることもなく、アーマッドの元へ歩み寄ると、封筒の入った箱に右手を入れ、数回かき混ぜた後に、その中の一枚を取り出す。
「ふむ、魔法科のリュート君はAブロックの五番だから、第三試合だね」
リュートから封筒を受け取ったアーマッドがくじの内容を読み上げると、彼の部下が後ろに貼りだされたトーナメント表に名前を書き込んだ。そしてリュートの順番が終わると、予選二組の勝者、予選三組の勝者と、予選の順番通りにくじを引いていき、少しずつトーナメント表が埋まっていった。
抽選会は比較的穏やかに進行していったが、予選八組の勝者であるアレックスが、Bブロックの八番を引いた時だけは、会場から多数の安堵の溜息と、約一人の悲鳴が会場にこだました。そうした例外を除くとくじ引き自体は淡々と進行していき、次々と箱のなかの封筒が消えていく。
「あ……」
ユイの前の試合に勝った学生が、Bブロックの四番のくじを引いた所で、ユイが思わず声を漏らすと、哀れみと冷笑の成分を含んだ視線が、一斉にユイに集まった。
「ふふふ、やった。貴様を叩きのめす時が来たぞ、イスターツ」
リュートはトーナメント表の空欄が一つとなったところで、右手を強く握り喜びを表した。そして笑みを浮かべながら、わざわざユイの元まで歩み寄り、眼前に立ちはだかってそう告げた。
「ああ、当たっちゃったか……しかし、最初に引いてその隣が最後まで空いているとは、君ってみんなのくじに嫌われていたんだね」
「ふふ、そんな軽口を言っていられるのも今のうちだ。本当にくじに嫌われていたのは誰か、試合を通してじっくりとお前に教えてやる」
ユイが抽選結果にあまり関心を示していないことに気がつき、リュートはわずかに自尊心を傷つけられるも、この後の試合のことを考慮したためか、余裕の笑みを浮かべ、見下すような視線をユイに投げつけた。
「さて、盛り上がっているところ申し訳ないんだが、ちょっといいかな。各自対戦相手が決まり、後の予定も詰まっていることだし、手短にルールの話をさせてもらいたい。決勝なんだが、一対一の個人戦で行う。予選と違って転倒や地面に手を付けたことによる敗北、また壁への接触による敗北は決勝には適応されないから注意してくれ。基本的に勝ち負けは、一方が降伏を申し込んだ場合か、教師が明らかに戦闘続行不能と判断した時に決定することとなっている。もちろん私たちも事故が発生しないように注意するが、君たちも無理をしないよう十分に注意してくれたまえ。それでは決勝は半刻後にAブロックから開始する。遅刻しないように気をつけるように。それでは、解散だ」
アーマッドのその声を合図に、選手たちは各々が自らの準備のために、一斉にその場を離れていく。
そうして決勝を戦う学生が、ただ一人を残してその場からいなくなると、唯一その場に残ったユイは、トーナメント表を片付けているアーマッドの元へと歩み寄った。
「先生、ちょっといいですか?」
「君は確か……新入生のイスターツ君だったね。どうかしたのかい?」
アーマッドが笑みを浮かべながらそう答えると、ユイは僅かな逡巡の後に、口を開いた。
「えっと、先程のくじ引きなんですが、もし良ければ僕の分の封筒も引かせてもらえませんか?」
「……どうしてだい。君は残っていた一枠なんだ。結果はわかっているじゃないか」
ユイの要求に一瞬言葉をつまらせたアーマッドは、やや困ったような表情を浮かべながら、ぎこちない笑みを浮かべてそう答える。
「……なるほど、それはそうですね。その残った封筒にはきっとAブロック六番のくじが入っているはずですよね。これは失礼しました」
ユイは頭を掻いて苦笑いを浮かべると、アーマッドに頭を下げ、踵を返して出口へと向かう。
「おじさんの頼みのためとはいえ、ちょっとあざとい方法だったかな。しかし、やはり彼は気づいたね。トーナメントの結果次第では、彼に決まりかな」
アーマッドは、歩み去っていくユイの背中を見つめながら、にこりと笑みを浮かべるとそう呟いた。