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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -アノナツノヒ-

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12/28

夏の日

 八月、それは真夏の太陽が容赦なく大地を焦がす季節。


 このクラリスに生きる普通の者にとっては、そのうだるような暑さに辟易し、日中は外を歩くものも少なくなる時期である。

 しかしながら、そんな猛烈な日差しなど気にすること無く外でひたむきに体を動かす金髪の少年と、渋々彼に付き合わされている気怠げな黒髪の少年がいた。


「先輩、もう一回だ。もう一回手合わせを頼むよ!」

 汗と泥で端正な顔をぐちゃぐちゃに汚したエインスは、ユイに向かってもう一度の手合わせを口にする。


「ええ……まだやるのかい? 別にもう十分じゃないか、こんなに暑いんだしさ。同じ訓練でも、ただ繰り返すんじゃなくって、ちょっとでもいい環境でやったほうが身につきやすいよ」

 エインスの頼みを耳にして嫌そうな表情を浮かべながら、ユイは手でパタパタと顔を扇いだ。


「……そう言って、また家の中に戻って座学をさせようと考えているんだろう? 約束通りに出されていた課題は全て終わらせてきたんだから、手合わせしてくれてもいいじゃないか」

「今日はもう十回もやっただろ。いいかい、別に一日で急に激しい訓練をやったからといって、突然強くなるようなものではないよ」

 両手を腰に当てたユイは大きな溜め息を吐くと、せがんでくるエインスに向かいそう告げる。

 確かに前日の夜にエインスにかなり大量の課題を出し、それを彼が全てこなしてきたことは事実である。しかしユイとしてもまさかこんな真っ昼間から、訓練という名の肉体労働をさせられるとは、約束通りとはいえ完全に想定外であった。


「だけどな、普通以上に頑張らないといけないって言ったのは先輩じゃないか。たかがこれくらいの訓練なら、まだ人並み程度だぜ」

「言ったかなぁ、そんなこと……はぁ、仕方がない。今日はこれが最後の一回だからな」

 ユイは首を左右に振りながら、渋々エインスの前へと進み出ると、ゆっくりと構えをとる。

 すると、その姿を確認したエインスは大きく息を吸い込み、次の瞬間に彼めがけて一気に飛び込んだ。


「うん、今までで一番速いね」

 既にこの日において十一度目となる組手であるが、エインスはこれまでの中で最も無駄な力が抜けており、ユイも感心するほど鋭い突進を見せた。

 しかしいくら速いとはいえ、それはまだユイのコントロールできる範囲内のものである。彼の動きを完全に予測すると、エインスの視界から一瞬消えるかのように高速で体を前方に沈み込ませ、エインスの前へと進む勢いをそのまま逆用する形で、片腕を掴み一気に後方へと投げつけた。


「くっ、でもまだまだ———」

 地面に叩きつけられ、一瞬痛みに顔をしかめるも、すぐさま片膝をついてエインスは立ち上がろうとした。

 しかし、彼が視線を上げた瞬間、既にユイは目の前まで迫っており、エインスの立てている右膝に左足で飛び乗る。そして彼はエインスの左腕を掴むと同時に右足を彼の首の裏に巻き込んだ。

 ユイはエインスに完全に足が引っかかったことを確認すると、そのまま後方へと背中から倒れこみ、自らの左足で右足をロックし三角絞めの形で締め上げていく。


「ちょ、先輩。ギブですギブ。これシャレにならないって」

 グイグイと頸動脈を締めあげられたエインスは、必死にユイに向かってそう伝えると、ユイはようやく脚のロックを外す。そして背中についた砂をパンパンと払うと、わずかに悲しそうな表情を浮かべて思わず呟いた。


「しまった。ただでさえ暑いのに、関節技なんかを見せるなんて……全くもって、暑苦しい事この上ない」

「って、反省点そこかよ。もう少し基本的な技を教えてくれねえかな」

「おいおい、今日は散々教えてやったじゃないか。こんなに付き合わされたんだから、せめて最後くらいは少し変わった技を使ってみてもいいだろ?」

 ユイはそう口にすると、立ち上がってこれで今日は終わりだと言わんばかりにだらだらと屋敷の方へと歩き出す。するとエインスは、慌てて起き上がり、急ぎ彼の背中を追いかけた。



「あらまあ、見事に泥だらけね」

 ユイ達が屋敷に戻ると、玄関先で帰りを待っていたルネは、エインスの砂と泥にまみれた姿を目にして、微笑みながらそう口にする。


「はは、すいません。ちょっと汚させてしまいました」

「まったく、これがライン家の次期当主の姿とは嘆かわしい」

 息子のことが心配で入り口から二人の訓練を覗いていたジェナードであるが、未だにユイのことを素直に認めることが出来ていないのか、わずかに刺を含ませた口調でそのような言葉を発する。


「あなた! せっかくエインスが教わっているのにその言い方は何なの? そんなに汚れている姿を見たくないというなら、直ぐにでもこの子の為に室内練習場を敷地内に作って下さいな」

「なっ……いや、私はそんなつもりで言ったのではなくてだな」

 予想外の口撃を受けたジェナードは目を丸くすると、一歩後方へと下がり、思わず言い訳を口にする。


「だったら、どういうつもりなの?」

「う、うむ……室内か。それもいいかもしれんな。いや、検討しておこう」

 頬に一筋の冷たい汗を垂らしたジェナードは、慌ててそう取り繕うと、そそくさと屋敷の奥の方へと退散していく。


「ルネさん。室内練習場はともかく……取り敢えず、彼に水浴びをさせてあげてもらえますか。かなり汗も掻いているでしょうから」

「ユイさんはいいの?」

「ええ、幸い私はあまり汗を掻いていませんから。最後に少しだけ背中を地面につけたくらいです」

 ユイは苦笑いを浮かべると、彼女の提案をありがたいと思いながらも、頭を掻きながら断った。


「そう。なら少し休んで夕食を食べて行きませんか? 今日は執事のローゼルフがいいお肉が入ったと言っていたわよ」

「はは、ありがたい申し出なのですが、今日はこの後少し用が有りますので」

 ごちそうの機会を失ったことに対し本当に残念そうな表情を浮かべながら、そのルネの提案に対して、ユイはゆっくりと首を左右に振る。


「あら、そうなの。残念ね」

「ちょっと待ってくれよ、先輩。もう少しゆっくりしていってくれてもさ、別にいいじゃないか。だいたいさっきの最後の技はまだちゃんと教えてもらってないんだし、せめてコツだけでも説明していってくれよ」

 汗に濡れた髪を後ろに束ねたエインスは、ユイに向かってわずかに頬をふくらませながらそう抗議する。すると、ユイは両手を左右に広げながら、再び首を左右に振る。


「エインス、昨日言っただろ。今日は用事があるから、この時間までだって。それでもどうしても組手の練習がしたいからって言うから、座学の半分を宿題という形にしたんじゃないか」

「うう、そうだけどさ……でも用って言ったって、どうせ大したこと無いんじゃないだろ。ちょっとぐらいサボってもいいじゃないか」

「はは、サボれるものならサボりたいよ。君といるほうが気楽だし、ルネさんたちとの夕食は魅力的だからね」

 ユイは本気でそう考えているようで、露骨に気がすすまない顔をすると大きな溜め息を吐き出した。すると、そんなユイの表情を珍しそうにエインスが覗き込む。


「俺といる方が気楽って、一体これから誰に会いに行くんだい? ま、まさか、先輩に女が!」

「はぁ、なんでも君の基準で考えるのは止めてくれるかな。これから会いに行くのは、大学にいるただのおっさんだよ。ただしすごく……そう、すごく偏屈なね」


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