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やる気なし英雄譚 外伝  作者: 津田彷徨
第0章 -アノコロノキミハ-

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予期せぬ再会

「あれ、ユイ君じゃない?」

 七日間連続で講義をすっぽかされたユイは、ライン公の家からトボトボと歩いて帰っていた。

 ただこのまま帰宅しても食べるものが無いことに気づいたユイは、どこかで食事でもしようかと俯きながら思考をめぐらしていたところ、突然正面から歩いてきた亜麻色のショートカットの女性に声をかけられた。


「ん? ああセシル、久し振りだね」

 ユイは顔を上げて女性に向かって微笑みかけると、クラスメイトであるセシルは嬉しそうな表情を浮かべて、話しかけてくる。


「学校が休みになって以来だから、十日ぶりくらいかな。それで、こんなところで何をしているの?」

「家庭教師の帰り……というか、教え子にすっぽかされてきたところなんだけどね」

 ユイが苦笑いを浮かべながらそう答えると、セシルは首を傾げながら意外そうな表情を浮かべる。


「家庭教師? ユイ君、そんなことしてるの」

「ああ、アーマッド教授の紹介でね。だけど、そこのお子さんが大変な子でね、正直困っているんだよ」

「へぇ、そうなんだ。家庭教師なんてしたこと無いけど、ユイくんに教わることができるって、贅沢なことなのになぁ」

 言葉通り若干羨ましそうな表情を浮かべたセシルであるが、ユイとしてはお世辞を言ってくれた以上の受け取り方はできず、取り敢えず笑いながら口を開く。


「そうかな? まぁ、正直なことを言うと何も教えずに給料だけもらえるんだから、今の状況は楽でいいんだけどね」

 さすがにこのままだと首になるとは思っていたが、別に望んで家庭教師になったわけでもないユイは、今の状況にそれほど不満は持っていなかった。なにしろ何もしなくても給金がもらえるのである、労働意欲の低いユイにとってはある意味天国といっていい職場であった。


「はは、ユイくんらしいね」

 ここ最近、だいぶユイの思考を理解できてきたセシルは、ユイの発言を本気だと理解して思わず笑ってしまう。そんな良き理解者である彼女の笑みを見て、ユイは一つの誘いを彼女に提案した。


「そうだ、セシルは夕食は食べた? これから知り合いの店に夕食食べに行こうと思うんだけど、良かったら一緒に行かない」

「えっ! いいの?」

 二人で食事をしたことなどこれまで一度もなかったことも有り、突然の提案にセシルは驚いたが、すぐさま顔が喜色に覆われて行く。


「うん、このまま一人でご飯食べて、帰宅するのもなんだか虚しいしね」

「ふふ。じゃあ、ユイくんの夕食にご相伴させてもらおうかな」

 自宅で夕食が用意されていることを思い出しながらも、こんなチャンスはめったにないと思ったセシルは、ユイの提案を満面の笑みで受け入れる。


「なら……ここから歩いてすぐのところに良く知っている店があるから、そこに行こうか」

 そうしてユイはセシルを案内するように前を歩きながら、すぐそこにある馴染みのグリーン亭へ歩みを進めた。そして入り口のドアを開けると、店の中が大変騒がしいことに気が付く。


「ん? 何をやってるんだ、今日は祭りでもあったかな?」

 ユイが首を傾げながら、店の中を覗きこむと、珍しくカウンターの外へと出てきた、マスターのロダックと顔を合わせた。


「おお、ちょうどいい所に来たなユイ」

「ちょうどいいところ? あのロダックさん、何か騒がしいようですけど、何をやっているんですか、これ?」

 ユイは首を傾げながらロダックにそう尋ねると、ロダックは弱った表情を浮かべながら、口を開く。


「うちの店に可愛らしいガキが二人ほど舞い込んじまってな。適当なノンアルコールの飲み物と食いもん出して帰すつもりだったんだが、近くにいた陸軍の連中に絡まれているみたいだ」

「陸軍ですか……血の気の多い奴が少なくないですからね」

 王立軍の三省のうち、最も練度と規律にバラつきがあるのは陸軍である。それは地方出身の兵士が多く、腕っ節だけで出世して王都勤務になったものが少なくないためであった。


「まあ、今日の連中は陸軍の中でもあんまり評判のいい連中じゃない奴らだけどな。ちょっと飲み過ぎて絡みに行ったところを。ガキの方が意地を張ってやり合い始めたようだ。はぁ……最初うちの店で酒を頼もうとしてやがったから、あの小僧にはいい薬だと思っていたんだがなぁ。これだったら最初から追い返しておくんだった」

「ご愁傷さまです。では、マスターさっさと止めてきて下さい。マスターなら楽勝でしょ、あんな奴ら」

 元軍人であり、ユイがここで働いていた時も何度も見る羽目になったマスターの実力を脳裏に浮かべつつ、ユイはあっさりとそう言い放つ。しかしロダックはやや浮かない顔をすると、溜め息混じりに首を左右に振った。


「おいおい、俺が力で仲裁したら、この間みたいに関係ない客がドン引きして、また常連が減ってしまうじゃないか。せっかくお前が来たんだ、申し訳ないが奴らを止めてきてくれ」

「はぁ……面倒事はごめんなんですけどねぇ」

 短期間だがお世話になったマスターの依頼に、ユイは心底嫌そうな表情を浮かべながらも、拒否は口にしなかった。


「いいだろ? 晩飯ぐらいはそこのかわいい嬢ちゃんの分と合わせて好きなだけ食わせてやるから」

 ロダックはドアの外にちらりと見えるセシルの姿に気づくと、ユイに向かってそう告げる。


「分かりましたよ。どちらにせよこの騒ぎの中じゃ、落ち着いて飯を食う気にもならないですしね……じゃあセシル、申し訳ないんだけど、ちょっと建物の外で待っていてくれないかな?」

 ドアから首だけを中に入れて先ほどから立ち止まってしまったユイの姿に疑問を浮かべていたセシルであったが、ユイからそう頼まれると首を傾げながらも一度頷く。

 その返事を確認してユイは苦笑いを浮かべると、店の中へと入ってドアをしっかりと閉める。そしてカウンターの近くに引っ掛けられたエプロンを一枚掴みとると、騒ぎの中心へと足を進めた。


「すいません……この店のものですが、ちょっと騒ぎは止めてもらえませんかねぇ」

 ユイは四人の男に囲まれて蹴りつけられていた金髪の少年と男たちの間に強引に割って入り、苦笑いを浮かべながらそう告げる。


「ああ? うるせいな。俺達は金を払ってこの店にいるんだ。お前にどうこう言われる筋合いはねぇ」

「揉め事を許可する料金までは含まれてないですよ。それに見れば、まだ若い子たちじゃないですか。その胸に輝く陸軍の紋章が泣きますよ」

 ユイは凄んできた男の服の刺繍された陸軍の証に視線を向けながら、両手を左右に広げて肩をすくめる。


「なんだと? 俺達は背伸びしたクソガキをわざわざ指導してやってるんだ。関係ない店員はすっこんでな」

「と言われましてもねぇ……ほら、そこのお嬢さんはのびているし、そっちの少年君も自分では起き上がれないみたいじゃないですか。明らかにやり過ぎだと思いますけどね」

 体の至る所に痣を作った金髪の少年をちらりと横目で見て、ユイは何かに気づいたように渋い顔を浮かべながら、男たちに向かってそう告げる。


「なんだぁ? 貴様俺達とやりたいっていうのか?」

「だからそういう訳じゃなくてですね……取り敢えず面倒臭いので、今日のところは店から出て行ってもらえませんか?」

 ユイは酔っ払い相手に、穏便に済ますことが不可能であることを悟ると、彼等に向かってそう告げる。


「売ってるじゃねえか、喧嘩を……ふん、お前もまだまだガキのようだし、俺達の指導が必要なようだな。後悔するなよ!」

 男たちの中で、最も体格の良い男はそう言い放つと、突如ユイに向かって掴みかかる。

 するとユイは右手で彼の左腕を掴むと、その場で反転するように姿勢を入れ替え、左手の手刀を彼の首筋へと叩きこむ。


「はぁ……いきなり掴みかかって来ないでくださいよ」

 力を失ったその男の体を地面へと放り捨てると、ユイは頭を二度掻いて溜め息を吐く。


「……野郎、今のは何だ? ジェイスに何をしやがった!」

「ん? いや、話し合っても分かり合えなかったので、ゆっくり考えてもらえるように、しばらく眠ってもらったのですが……それが何か?」

 なんでもない事のように、ユイが残った男たちにそう告げると、彼等は怒りの表情を浮かび上がらせる。


「ざけんな!」

 残った三人の男たちのうち、手前にいた二人は怒りに任せてユイに向かって突進する。さすがに現役の陸軍の軍人であり、その鍛えられた体格の男たちが迫り来る姿は、ユイに強靭な肉の壁が迫る印象を与えていた。


「まいったな……」

 ユイはそう独り言を呟くと、二人の内、彼の右手から迫る男の正面に飛び込む。そして近寄ってきたユイ目がけて拳が振り下ろされると、彼はその手を掴み、そのまま背負う形で後方へと投げ飛ばす。

 そして次の瞬間には背後に迫り来るもう一方の男へと向き直ると、ユイに向かって放たれた中段蹴りを両腕でキャッチする。


「はぁ……ホント肉体労働って嫌いなんですけどね」

 ユイは掴まれた足を必死に引き抜こうとする男に向かいそう呟くと、彼はそのままの体勢で回転しつつ内側に向けて倒れこむ。その瞬間、男の膝の靭帯が破壊される音が、その場に鳴り響いた。


「お、お前……何者だ?」

 最後に残された男は、わずかに後ろに後退しながら、ユイに向かってそう問いかけると、彼は頭を掻きながら返答する。


「いや、ただの元店員です。さて、あとは貴方だけですが、出来れば他の連中を連れて、店を出て行ってくださると助かるんですが」

「クソ、クソ、クソ! ガキが舐めやがって。死んで後悔しな」

 男はユイに向かって憤怒を叩きつけると、腰に備えていた剣を抜き放ち、ユイに向かって振りかぶる。そして振り下ろそうとした瞬間、ユイの持つ長刀の刃が、自らの喉元に当てられていることに気がついた。


「そこまでです。光物を出した以上、覚悟はできていますよね? ですが、先程も言ったように僕は肉体労働が嫌いなんです。できることなら、このままお仲間さんたちを抱えて出て行ってもらえませんか……まあ、出ていけない体にしても、特に気にはしませんけどね」

「す、スマン。俺達が悪かった。す、すぐに出て行くから、命は助けてくれ」

 剣を振りかぶったままの男は、あまりに光速の抜刀術に冷や汗を流し、その硬直した姿勢のまま、なんとか口だけ動かしてそう命乞いをする。


「そうですか、では一刻も早くこの店から出ていって下さい。あ、あとお勘定はちゃんと払ってから出て行ってくださいね」

 ニコリとした笑みを浮かべたユイは、その兵士たちにそう告げると、彼等は意識を失ったものを抱えながら、有り金を全部おいてその場から逃げ去っていった。


「さてと、もう大丈夫だよ。起き上がることはできるかな?」

 ユイは突き飛ばされて気を失ったままのマリアの無事を確認した後、エインスに向かって歩み寄り、彼に声を掛けた。


「あ、ありがとうございます……って、この間の虚弱な兄ちゃん?」

 男たちに殴られた痛みをこらえながら、先ほどから目の前で起こった信じられない光景の傍観者となっていたエインスは、目の前の男が先日の迷子の青年であることにようやく気づいた。


「虚弱……まぁ、そう見えるものなのかな? ともかく、体は動くかい?」

「ああ。というか、兄ちゃんってこんなに強かったの」

 ゆっくりと体を起こしたエインスは、ユイの見た目と先ほどの戦いのギャップに、信じられないものを見る目をしながらそう問いかける。


「ん、別に強くはないさ。私の知っている赤毛の男だったら、彼等にしゃべる暇さえ与えないだろうしね。別に普通だよ、普通」

「あれが普通って……なあ、兄ちゃん。どうやったら兄ちゃんみたいに強くなれるんだ? 女を守れないような男に俺はなりたくないんだ」

「だったらまず女の子を危険な場所に連れてこないことだね。こんな店に来るのは、君にはまだ早いよ」

 ユイはエインスを窘めるようにそう告げると、わずかに視線を落としたエインスは俯いたまま口を開く。


「……ああ、俺が悪かったよ。彼女にも迷惑をかけちまった」

「うん、しっかり反省して、彼女に謝るんだね」

 恋愛の機微に疎いユイは、それ以上の言葉が見つからず、頭を掻きながらそう口にする。


「なあ……兄ちゃん。一つ頼みがあるんだ」

「なんだい? 言ってみてくれるかな」

 ユイはエインスの頼みを、なんとなく察しつつも、彼に向かってそう問いかける。


「俺をさ、強くしてくれないか?」

 エインスは視線を上げてユイの両目を見ながら、覚悟を決めたようにそう口にする。


「本気で僕に教わりたいのかい?」

「ああ……さっきの兄ちゃんを見ていて、兄ちゃんなら女を守れる男だと思った。俺は兄ちゃんみたいになりたいんだ」

 エインスの真摯な表情に、ユイは溜め息を吐くと、彼に向かって忠告を告げる。


「ならば、君はまず戦い以外のことを学ぶべきだろうね。人を守るために一番有効なことがなにか知っているかい? 戦わなくてすむようにすることさ。そうすれば、最初から彼女を危険に晒すこともなくなる」

「だけど、だけど……俺は強くなりたいんだ。親父のコピーとして生きるだけじゃない、親父に負けない俺だけの価値が欲しいんだ」

 それは彼の中の葛藤の吐露であった。こんな幼い少年に課された大公家の跡取りという重圧。ユイはその重みを彼の言葉から感じ取った時、ゆっくりと一度だけ顎を縦に動かしていた。


「わかったよ。だけど一つだけ条件がある」

「条件?」

 ユイの告げた言葉に、エインスは思わず不安そうな表情を浮かべる。その様子を見て取ったユイは、苦笑いを浮かべながら条件を口にした。


「ああ。明日の午後に君の家に来る家庭教師から、毎回きちんと授業を受けること。それを約束できるなら、少しだけ戦い方を教えてあげるよ」

「マジかよ、よし! だったら明日からは授業を受けるさ……って、なんで兄ちゃんが俺に家庭教師が付いていることを知っているんだよ?」

 エインスは鍛えて貰う約束を取り付けられたことに喜んだものの、ふとユイの発言の内容に違和感を感じ、訝しげな表情を浮かべる。


「ん? ああそうか、まだ一度も屋敷では顔を合わしていなかったよね、エインス君」

「なんで俺の名前を……も、もしかして兄ちゃん」

 エインスは最初に出会った場所とタイミングを脳内で呼び起こすと、ある仮定が想起されて思わず驚愕の表情を受かべる。


「僕の名前はユイ・イスターツ。先日から君の家庭教師を務めさせてもらっている。これからよろしく頼むよ、エインス君」

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