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上妻家の夜

2-6

  今は渉は1階の回廊に春日井とともにいた。

 食堂のドアを開ける。

 家族達はあらかた集まっていた。

 大家族だ。テーブルには渉の席がもちろん用意されている。


 渉はみんなが想い想いのことを話すのを聞いていた。

 渉はこの中で自然に笑えていた。

 皆が笑っているのでそれが渉にも移った。

 遅れて美来と咲夜とシュラがやってきた。


 みんなが揃ったので銀のドームみたいなフタを外した。

 現れたのは藍子の料理だった。

 渉は今日並んでいる食事には自分と咲夜とシュラの好物があることに気がついた。


 渉が顔を藍子の方に向ける。

 するとこの賢い、女将さんはいたずらっぽく微笑んだ。

 藍子は賢者のような知恵を持っているがこんなにも朗らかだ。


「(藍子はなんでも知ってるんだな。)」


 呆れ顔のような、尊敬顔のような、諦め顔のような。自分でもどういう顔をしているが解らないが、藍子は俺に笑顔で手を振っている。


 咲夜たちの顔の見た。だが、咲夜は意味ありげな俺の視線にはにかんだ笑顔を見せた。多分分かっていない。というか想定もしていないのが普通か。

 シュラはがつがつと思いっきりいい食いっぷりで食事を楽しんでいる。


 うん。シュラは絶対気づいていない。


  賢者といえば、もっと暗いイメージがあるが、うちの賢者は朗らかだ。それが渉には最近不思議に思っていることだった。藍子の叡智には舌を巻く。

 正直藍子と如月と久尊寺の会話は一割も解らない。


 確か如月が得意なのは哲学と科学だった気がする。藍子は俺に

「その二つは同じものなのよ。」

 とさらにはてなマークの欠片を降り注いでくれたが。

 ・・・・・まぁ実はさらにわかり易く藍子は解説してくれたんだけど俺の頭では解らなかった。ということが真実だ。


「渉には渉のいいところがいっぱいあるもの。知識は経験と相関関係にあるものだわ。経験をつみなさいな。何が出来るか。何が面白いのか自分の頭に問いかけるのよ。あとは、あなたの脳が教えてくれるわ。」


「私は渉がそうやって学ぼうとしているだけで嬉しいわ。知識は力なのよ。それこそたった一つ私達が神に対抗できるたった一つの矢のようなね。」


 渉は記憶から現在への回帰に成功した。


「(まぁ・・・・・俺だけか。いいか。まぁ。)」


「美優ソースとって。」


「はい。」


「ありがと。」


 渉はこのことを流すことにして、食事に取り掛かった。

 うわぁ。やっぱり美味い。唐揚げはただの唐揚げかどうか疑いたくなるほど美味い。二度揚げは勿論、油の温度、使用する衣、そして食材から調味料に至るまで、厳選されたものだ。料理に関する知識がいかんなく発揮されている。

 そもそもキッチンからして、普通とは違う。料理人が使うような大規模なものより、一回り小さいが、それはストックする食材の量が店ほど必要ないからだ。最先端技術の調理器具について、久尊寺と話しているのがたびたび目撃された。久尊寺も関わっているのだろう。キッチン関連に関しては黒繭のほうが関心があったかもしれない。


「(藍子が前に授業中に言ったっけ。)」


 この島の学校は教えたい人が申請して教えることになっている。子供であってもやりたければやってもいい。特に交互に教え合うことを藍子を中心に推奨してもいた。

 大きな学校で授業を渉達は受けていた。


「一芸を極めんとすればすなわち万事を極める。」

 

  普段から日常生活では使わないような言葉をスラスラと話す藍子ではあるが、改まった口調で正しく格言を言うような口調で格言を言うのは藍子にとっては珍しいことだ。


「それは誰の言葉ですか?」


 生徒の一人が質問した。


「・・・・・R・K」


 済ましたようなかっこつけたような 口調で (どや顔で)藍子が言った。


「・・・・・・・それって藍子・上妻じゃないんですか。」


 誰かのツッコミに藍子先生は何も答えなかったけ。でも何かを聞かれて答えないなんてことのない藍子のこの反応で、みんなには自分で作った言葉だとわかってしまった。


 現在の食事風景へと渉が見ているものが戻る。


「(俺はいつもぼーっとしている気がするなあ。)」


 渉はなんとなくでしかないが、周りのみんなと違うということを感じていた。でもどう違うのかと問われても漠然とそう思うだけで具体的な説明はできない。


 俺と咲夜は疲れていたので早く寝たかった。咲夜は居間のソファで眠ってしまっていた。


「渉。寝るなら咲夜を連れて行ってくれる?」


 美優の声に俺が返事をする。


「はいよ。」


「お願いね。でも今日本当に何をしてきたのかしら?不思議だわ?」


 咲夜を抱えた俺は片手ではドアを開けられないので美優が開けてくれた。


「大冒険だよ。」


 俺は不敵に笑っていった。


「ふ~ん。今度聞かせなさいよね。誰かのおつかいだったとかそういうオチじゃないんならね。」


 美優が俺に言う。


「どうしよっかな~」


 渉は咲夜を抱えながら階段を登る。


「それにしても不思議か。この島には不思議なことが沢山あるなぁ。」


「そうね。」


「(お前さんとか。)」


 傍から見ても美しい容姿を持つこの彼女もまた渉にとっては不思議だった。特に精神構造とか。


 咲夜の部屋に入りベッドに寝かせる。

 渉と美優はすやすや眠るこの天使を少しの間眺めていた。

 じーっと2人して黙って。


「しゃ・・・・写真が撮りたい。」


 小声で俺が思わず煩悩が漏れ出す。


「うん!」


 流石に声を落として、でもやはり煩悩が美優の綺麗な唇から優しい囁きとなって漏れた。


「でも、シャッターと光で咲夜の目を覚まさせちゃうかもしれないわ。」


 我にもどった美優が言った。


「確かに。」


 俺達は小声で話した。


「じゃあ・・・・・」


 渉。


「そうね・・・・・・」


 美優。


「あとちょっとだけ見ていよう・・・・」


 渉。


 俺達はそれから少しの間咲夜を眺めていた。


 俺達は静かに廊下へと出た。


「渉。」


 美優が俺の方を見た。

 それから1歩こちらへと歩み寄った。俺の家族用のパーソナルスペースの距離である60cmより遥かに距離を縮めた。

 美優は渉を抱きしめた。


「ありがとう。」


 俺は完全に意表を疲れてこの唐突な行為に混乱していた。


「な、何に?」


 美優は抱擁した時と同じように唐突に渉から離れる。それから返事を返さず階下へと降りる階段へと歩いて行く。


 数歩歩いて、渉の方を振り向いて、このリボンのついた髪を揺らして美優は言った。


「渉が家族でいてくれて!おやすみ!」


「・・・・・・・・・」


 俺は何も答えられなかった。





  この大きな洋屋敷の最屋上にちょっと変わった部屋がある。その部屋が渉の部屋だった。

 渉の部屋。


  ベッドの上にはいくつものクッションが置かれている。

  枕元のイチョウの木から繰り出されたものを置く場所には、あでやかな光沢に光る電気のランプが置かれている。


 引き出しの中にはこまごまとした渉の大切なものや、日記などが入っている。


 ベッドにはカーテンを引くみたいに天幕をつくることができる。


 疲れた体をベッドに潜り込ませる。とたんにソフトな感触が渉を包んだ。インド風の枕と大小様々なクッションが極上の柔らかさを持って渉の体にフィットしているのだ。


 キングサイズのベッドで渉の頭は今日一日を振り返るともなくぼんやり考えていた。


 風呂にも入って、寝巻きに着替えたし、歯も磨いたので、あとは寝るだけだった。


 腰まで毛布をかけたまま、枕元の明かりを上半身だけを動かして消した。


 明かりを消すと真っ暗になった。

 今日のことを思い出した。ちょっとした冒険を。

 ドラゴンの背に乗ったのはもちろん初めてで、あの空の王者になったかのような全てを統べるような感覚。遥か空からの眺めに感動で体が震えた。

 今日とてつもない冒険をしたと思う。その最中はそれをなんとかすることに夢中でそのことには気が付かなかったけど。


 大きな丸い天窓からは星星の煌めきが。それは巨大な渉専用のプラネタリウムだった。

 あの星にすら手が届きそうだった。

 でも渉は自分の分というものを弁えていた。


「(もっとより、逞しくなりたい。みんなを守るために。

 守られているばかりではなく、みんなを守れるように。)」


 16歳の渉はそんな考えを抱いていた。


「(俺が皆を守る・・・・・・・)」


  階下から、みんなの声が聞こえた。

 渉は今日はくたくただったからすぐ自分の部屋にひっこんだけど、普段は他のところで皆と遊ぶのが日課だった。


「(あ・・・・・みんなでゲームをやってるんだ。)」


 未来や春日井、小夜鳴、春秋、美優などの声が聞こえる。もちろん渉には一人一人の声がちゃんと聞き分けられた。

 それどころか、声を聞くだけで誰がどういう表情をしているのか分かった。

 賑やかな声だった。暖かい笑い声は渉の耳朶にすっと優しく入り込んだ。渉にとってはどんな音楽よりも安眠出来そうな、この世で一番寝つきが良くなる睡眠音声だった。

 まどろみの中決してそれらの声は騒音ではない。それどころかよろしく、渉を眠りへと誘う。


 上妻の夜は更けてゆく。


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