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なにはともあれ帰宅

2-5

渉と咲夜とシュラはドラゴンの背から降りたあと特別話はしなかった。話は必要なかった。渉達は明かりが灯るあの家に向かって歩いた。 静かな夜空の中、暖かな灯りが浮かんでいた。

 不意に渉が駆け出して、家に向かった。

 それを見た咲夜とシュラも駆け出した。 その暖かな光を目指して。

 玄関の扉を渉が開け、勢いよくなだれ込む。それに続くように咲夜とシュラも家になだれ込んだ。 家に帰って来た渉と咲夜とシュラ。


 ここは丘の上にある一軒家。

 和洋混合の家。ロマネスク様式の人に威圧感を与えないような優しい外装をしている。

 玄関をくぐると渉達を迎えるのは広い空間だ。そこは晴れた日は玄関の横の天井まで続く全面ガラス貼りの壁から光が降り注ぐ。

 フローリングの床。

 居間には暖炉がある。その暖炉の前には僅かな柵が設置してある。

 肌寒い季節になると上妻家の暖炉は活躍した。


  渉達が玄関に入った時、右の階段から未来と春日井が降りてくるところだった。


「ただいま!」


「おかえり。」


 春日井と未来が渉と咲夜を見て言った。


「今日の夕飯は何?」


「なんだろう。藍子に聞いてみないと分からないな。」


 顎をぽりとかく春日井。赤い繊維が混じったような髪を持つ少年だった。


「そっか。」


 渉と咲夜とシュラはもう一つドアを開けて回廊を通り、食堂まで行こうとする。玄関の大時計を見るに、7時の夕飯の時間には間に合ったようだ。


「 うわっ。どうしたの。こんなになって。 」


 近くまで来た美来が口に手を当てて声を上げる。ボロボロの様子の渉達だ。草が結構ついていた。それにところどころ泥がついていたり、切り傷があったりする。


 渉と咲夜とシュラは自分達の格好をそんなに気にした様子もなく見たあと、お互いに顔を見合わせた。そして同時ににぃっと笑うと、


「「「秘密!!」」」


 と言った。


「なにそれ。」


 美来の顔がほころぶ。美来は二人の元気な様子にほっとしていた。


「えへへ。」


 咲夜が言った。


 渉はそんな美来の笑顔を見て


「(錯覚だろうけど何があっても美来なら受け入れてくれそうだ。)」


 と思った。


「(朗らかなやつだな・・・・)」


「これから夕飯なんだし、ほら。泥だけは落として行こう。」


 春日井が指を指して提案する。と同時に中庭へと通じる扉へと渉達を促した。春日井は中庭の噴水で泥を落としたらどうだろうと提案している。騎士然とした物腰のこの少年。しかし、強さと優しさを兼ね備えている。

 

  中庭の中央には噴水がある。噴水のふちに渉は腰掛ける。石壁についているオレンジ色のランプがあたりを照らす。四方には、四大精霊を形どった、石像の彫刻がある。すなわち地を司るノーム。水を司るウンディーネ。火を司るイフリート。風を司るシルフ。そして中央には精霊王のモニュメントが設置されている。子供の姿をした精霊王だ。水とオレンジ色の灯りが映し出され、光を反射している。

 渉が生まれた時から見慣れた光景だった。小さいころからよくこの広場では遊んでいた。歳の近い家族とよく鬼ごっこや、独自の遊びをした。

 でも咲夜もそうだが、渉も小さいころは夜はこの広場が怖くてあまり行きたくなかった。


「(この家はかなり広いから1人ぼっちっていう感覚に陥ることがあったんだっけ。)」


 この家の中で迷子によくなっていて、藍子や神威、他の家族の姿を見つけると安心したものだった。


  水が吹き出す音のみがあたりにその音を残している。僅かに壁に反響しているようだった。

 いつもの様子だった。渉は漆原の隠れ家にあったししおどしが置かれている空間のことをふと思い出した。


「(同じ水の空間だけど、やっぱり2つは違うなぁ。)」


 洋風の空間と和風の空間。


「(でも・・・・両方落ち着くな。)」


 渉は眠くなってきた。

  風は四方の壁が遮ってくれている。それ以上にこの家が持つ強固な護りの感覚が渉達に安心感を与えた。

 今日ちょっとした危険を味わってきた渉と咲夜とシュラは家に帰って来られて一安心だ。こういうことはやはり家族でないと共有できない。

 絶対的な安心感を覚えていることをお互いが知っている。同じものから得ている。お互いがそこにいることに確かな心を満たすものがある。

 そんな他愛のないことだが。


「早く汚れを落として食堂に行こう。みんな待っているぞ。」


 騎士見習いのようにきっぱりした口調で話す春日井少年。


 汚れを落とす渉達を手伝うため、わざわざいっしょに来てくれるところが未来と春日井らしかった。このふたりに限らず、上妻家の人間はお人好し、お節介、奇特、好事家などそういった名称で呼ばれるような人が多い。その際たる例が神威。渉の父であった。渉の前に立つ春日井は神威によく似ていた。

 外見はあまり似ていないが中身がよく似ている。


 咲夜が草などを払っている。渉も体に着いた泥などをすすいだ。


 小さな擦り傷などは未来が治してくれた。未来が使える精霊術は治療もすることが出来る。精霊の力を借り、人の傷を癒す。精霊術の数多ある基礎の一つ。精霊との交信力。無から有は生み出せない。未来も疲れる。でも未来はそんな疲れなど気にしない。

 自分が傷つくよりも周りが傷ついてるほうが未来にとっては嫌なことだった。


「まったく損な性格してるよな。」


 渉が治療の精霊術の反応で淡く照らされる未来を見ながら呟いた。

 でも、そんなことを渉は言っていたが、渉にとっては眩しく、そしてかけがえなく、有難いことだった。


「俺はもういいよ。」


 渉はちょっと治してもらったらもう遠慮した。


「私達そんなに疲れていませんし、それにこんな傷なんて絆創膏があれば大丈夫ですよ。」


 咲夜とシュラも未来に言った。


「えー・・・・でも・・」


「あー。お腹すいたなぁ!!」


 渉は立ち上がって両手を広げた。


「もうペコぺコだよ。」


 それを見ていた春日井は渉の気持ちを汲み取ってくれた。


「カレーの臭いがしないか?今日はカレーなんじゃないかな。」


 二人の男の子は今から食べる豪華ば食卓に想いを馳せた。


 二人のやや確信的な話題転換に咲夜とシュラも便乗。


「わーい。藍子のカレーだーやったー!」


「おかわりするぞー!」


 にっこにこの四人は食堂へと足並み揃えて息ぴったりに向かおうとする。

 が、咲夜だけは未来に止められた。


「駄目です。」


 えらくきっぱり言った。


「えぇ・・・」


 咲夜とシュラが同時に言った。咲夜は離れてゆく俺の方向と未来とを交互に見た。


「(まぁ・・・あとは女の子同士やってくれ。)」


 咲夜は傷を治した方がいいと俺も思っていたし俺と春日井は咲夜達を残して食堂に向かおうとする。


「ちょっと待ってよ!渉も治さなきゃ!!」


 未来が声を上げる。超可愛いけど、断る。何故なら・・・・


「体の傷は・・・・」


「「男の勲章!」」


 俺と春日井が声をハモらせて言った。


 そんな俺達を見て未来は、もう!といって肩をすくめた。

 ドアをくぐり、俺と春日井は肩をはずませて笑った。


 その後食堂に向かう途中に春日井が渉の顔を見て尋ねた。軽い世間話のように。


「なあ今日なにがあったか分からないけど、渉が咲夜とシュラのことを護ったんだろ。流石だな。ありがとう渉。」


 渉は肩をすくませた。


 春日井は混じりっけのない瞳で渉の方を見る。


「(何たって俺の周りにはこんなやつが多いのかね。)」


「俺は何にもできなかったよ。漆原がなんとかしてくれたんだ。」


「渉が何の力も及ばなかったというなら咲夜とシュラの様子を見ていれば分かるさ。二人とも、渉を信頼してる。」


「いや、俺は何にもできなかったさ。頭も悪いし、すぐ調子に乗って失敗するしさ・・・」


「そんなことないよ。なんで渉はそんなに謙虚なん・・・・」


 赤色の前髪が揺れる。存在もしない架空の赤い小さな獅子を思わせるこの少年は言葉を切り深く思考を沈殿させた。


「・・・・・いや、理想が高いのか?渉は。だから、目に見えたことをやってもそんなんじゃ満足しない・・・・」


 二人は歩く。


「どうかな。」


「はは。俺の邪推であればいいさ。そうじゃなくても、神威に藍子なんて両親を見てきた俺達からすればハードルも高くなるか。」


 春日井が言う。


「春日井は、物わかりが良すぎるなぁ。しかもそんなに頭も切れるなんて反則じゃないか?まぁ今の評論は俺にはやや、好意的な解釈すぎるぜ。」


 何もかも揃っているわけではないのに、自分よりもものすごく価値があるように見える目の前の男。その真っ直ぐな眼差しは渉には眩しい。まるで、太陽みたいに。吸い込まれそうで。だからその視線を渉は真っすぐから受け止められる男になりたかった。


「(春日井という男にかつ要素が俺にはあるんだろうか。春日井の隣に立っていて恥ずかしくない男になるためにはあとどれだけの努力が必要なんだろうか。)」


 渉も自分の思考に入り込んだ。


「(やっぱり、渉の意識が向かう先は・・・・・・。理想があるんだ。それも遼かに高いところに。俺が見えない高見を目指しているんだな・・・・・・高く高く・・・・・か。)」


 春日井もまた深く考え込む渉を見て思いを巡らせた。

 春日井が渉に聞こえないように呟いた。


「渉も確かに上妻家の男だ。」


「辛い道を歩む星の下にいる。」


「・・・・・(渉に笑っていてほしい。)」


 春日井は渉の手助けがしたかった。何故なら渉が悩んでいたから。春日井は家族として渉のことを愛していた。


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