森の中で出会った頼れる(恐ろしい?)老人達
2-4
森の中を進むといきなり、木が開け、整備された、刈られた地面が現れた。その先には家が存在した。
俺達の家ではない。でも人がいる家までたどり着いた。
俺は、その家の玄関まで行った。ガラガラと引き戸を開ける。石畳の床が俺達を出迎えた。人の気配はあまりない。木造の家屋。
「すいません。」
「すいません。」
2回声をかけたが誰も出てこない。山奥のこんな場所だ。手入れされている家だったから人がいる可能性は結構高いと踏んだんだが・・・・
俺は下唇を噛む。咲夜が不安そうだ。シュラも。
だが、助けてくれる人は現れた。
家の中から一人の男が現れた。その男は老人で、俺はもちろん咲夜もよく知っている人物だった。
「漆原。」
俺は言った。
「渉さん。咲夜さんとシュラさんも。一体どうしたんですか?」
漆原が驚いたように言った。嬉しそうだが、心配の色の方が強い色合いの声だ。
「ああ、ちょっと山で迷っちゃってさ。」
「とにかくお入りなさい。疲れたでしょう。」
俺は大きく息をついた。はー・・・助かったな。
家に招かれて、和風づくりの家の中を進む。居間のような和室に案内されて、俺はテーブルに身を投げ出す。咲夜も渉を見て同じようにテーブルにへばった。
「いやぁ助かったぜ。」
俺は呟く。またため息。俺も不安だったのだ。
「漆原の匂いがするー。」
シュラがふよふよとあたりを飛ぶ。
「ホントです。」
咲夜が目を閉じて言った。
俺は木目の見えるテーブルに顔をつけてリラックスする。
「ああ、漆原の匂いだな。」
気の抜けた感じで俺は言う。とりもなおさず、もう安心なのさ。
縁側に腰掛け外を見る。
回る水車。穴に水が入りそれで、ぐるぐると縦に水車が回っている。なんというか日本って感じだ。竹で作られた柵。
かこーんと水がいっぱいになった竹が石に当たって小気味いい音が響く。ししおどしとはな。水の音が心地よく耳朶を打つ。
ここは一体何なんだろう?漆原の家は麓にあるはずだし。
そう考えたながらぼんやりと外の様子を見るともなく見ていると襖が開いて漆原が入ってきた。片手でお盆を持っている。お盆にはコップとお茶の入った容器が載せられていた。
「疲れたでしょう。お茶でもしながら話しを聞きましょう。」
グロッキーな渉君にはありがたい。ああ、冷たい麦茶が五臓六腑に染み渡るぜ。
「そうだ。貰ったクッキーもあるんだ。みんなで食べよう。」
テーブルにバスケットを乗せ、そのクッキーを渉と、漆原と咲夜と、シュラが食べた。
やっぱりクッキーには飲み物がないとなぁ。しかもくつろげる屋内がいいに決まっているのだ。
「それでどうなさったんですか?こんなところで。」
ここだけは人の気配があるが、漆原の屋敷と庭園から一歩外に行けば森がずっと続いている。
俺達はこれまでの経緯を説明した。
「なるほど・・・・・大変でしたね。」
漆原はかつては世界中を旅していた。だからその言葉も実体験に基づく、同じような体験をしてきた人間の言葉だった。
「咲夜さんとシュラ君も怖い思いをしながらようく頑張りました。偉いですねぇ。頑張った三人はもう気を落ち着かせて大丈夫ですよ。三人が頑張ったのです。このジジイが人肌脱ぎましょう。」
しかし、ラッキーというか運がいいというか。こんな所に漆原がいてくれるとは。いつもここに来るわけではないらしい。漆原もなぜ、こんな所にいるんだ?
「思索の為の屋敷、とでも言いましょうか。このジジイの秘密基地です。」
漆原が朗らかに答えた。
「もちろん精霊術のためにもとても適している環境なのですが。」
「精霊の側に行き過ぎちゃ駄目だぜ?」
「そうですよ。行かないでくださいね。」
俺と咲夜が心配する。
並んで腰掛けるが漆原は座高も高い。漆原はホホホと笑う。
「私は大丈夫ですよ。まだやることを残していますし、見守らねばならない人がいますから。」
そういって俺と咲夜とシュラを混じりっけのない瞳で真っ直ぐに見据えた。俺は少し気恥ずかしいや。
俺はそれを紛らわすようにクッキーを食べた。
また外の景色を見た。それほど大規模というわけでもなく、漆原一人用と聞いても納得できる。
裏の蔵には何が入っているんだろうか。
あとでかい納屋があるけど、あれはもう使われていないみたいで中には牛も馬もいない。
一休みしたら、もう夕方になってしまっていた。
「そろそろ帰りたいが帰るにはどうしたらいいんだ?」
渉が聞いた。
「順路があってそれはちゃんとした道なのですが・・・普段は私一人しか使ってないので標識もありませんし、ずいぶんと歩くことになります。」
「じゃあ?」
何か今挙げた問題点を解消する方法があるのだろうか。漆原は上品にウィンクして見せた。二昔前の明治の紳士のようなこの老人漆原。
漆原老人に連れられて俺達は外に出た。
荷物という荷物を持っていなかったが、帰り支度は済ませた。しかし、漆原はどうするつもりなんだろう。きっと俺には予想もつかない方法で問題を解決してくれるのだろう。俺も咲夜も特に疑問もましてや、懐疑の念など一片も浮かばずに漆原について行った。
◇ ◇
「我が背に乗り、往くがいい。」
紫の宝石のような鱗を身に纏ったドラゴンがそこにいた。俺と咲夜とシュラはあんぐりと口を開け言葉を失っていた。言い訳させてもらうというか、開き直らせてもらう。無理もないだろう?
その驚くべき巨驅。高さは俺の身長三人分はあった。赤紫の光沢がギラギラと光っている。
ゴロロロロと喉を鳴らしているのだろうか。そんな音が、顎の振動で楽器のように奏でられる。脈打っている体。
「我が友漆原!久しいな友よ!健在であったか!」
質量を持った振動が俺達に叩きつけるように響く。
「ええ。お陰様で。」
漆原とドラゴンが挨拶をして、会話をしている。
・・・・・・この生き物は漆原とどういう関係なんだ?さっきから震えが止まらない。蛇に睨まれたカエルってやつか?咲夜とシュラも同じらしい。2人とも俺と同じように震えている。しかし、怯えている咲夜も可愛いなぁ。
「おや、旨そうな食事が三つも。漆原よ。今日は、これをご馳走してくれるのかな。」
ドラゴンの視線の圧力が俺達に当たる。
あんなに震えていた体がまるで石になったみたいに俺と咲夜とシュラが硬直する。
しかし、石の彫像のような咲夜も可愛いなぁ。
「彼らにはその冗談は刺激が強すぎますよ。」
漆原が真面目に答えた。
「ガララララララ。」
ドラゴンは大声で吠えた。・・・・笑ってるのか?
・・・こいつ、笑ってやがる。なんて思った。俺の口角は音圧を一身に受け上がっている。
これが、ドラゴンなのか。俺はこんな状況なのに、ドラゴンの凄さに感動していた。これがドラゴン。太古の生き物。最強の生物なのか。
俺の仲間になれば世界の半分をやろうとか言われても多分違和感がない。
俺が思わず呟いていた。
「圧倒的だ・・・・・」
なんだこれは・・・・
「大丈夫なんだよな?漆原。」
俺は首だけをようやくぎこちなく動かして聞いた。
「ええ。もちろん。彼のおむつは私が変えたぐらいですから。」
「それは逆だ。」
ドラゴンが言った。少なくとも友好的?というか、話が通じている。だがその事実はこのかけ離れすぎた全てが同じ事実として俺に認識させない。このドラゴンが仮に人間の姿をしていればこんな風には感じなかっただろう。だが咲夜は、その幼さ故か、シュラという存在を小さな頃から認めていたことからか、やや、現実を認識しつつあった。
「儂の方が漆原より長生きしているのでな。」
そうなのか。そう言われてもそんなに違和感がない。というか、現実感がなさすぎて、頭がうまく飲み込めないんだが。
「あの・・・・アリーシャの事を知っていますか?」
咲夜がドラゴンに聞いた。
俺はその咲夜を見たあとドラゴンを見上げた。
「ああ、知っているとも知っているとも。知らんはずがない。この島に住んでいるものならばな。」
ドラゴンが勢いよく話す。
「また遊びたいものだ・・・・あれは楽しかった・・・」
ドラゴンが頭を上げ、空を見る。いや、かつての、いつかの記憶を追体験しているのではないだろうか。
「儂の遊びについてこれるものは少ないのでなぁ・・・・」
悔しがるように鉤爪を動かすドラゴン。
「漆原。そうだそうだ。久々に将棋でもやらんか。・・・・まぁボードゲームならなんでもいいぞ。」
「(新手を思いついたのだ。)」
ドラゴンが内心を漆原に悟られないよう、さして将棋にこだわりがないかのように言った。
「(将棋やんのかよこのドラゴン。)」
俺は思った。
俺はおかしくなって笑った。そしたら咲夜とシュラも緊張の糸が解けたように笑った。
紫色のドラゴンの眼は渉を見ていた。
「そうか。この子が・・・」
ドラゴンは渉を見て語調が変わった。
このドラゴンの心の中にさざ波が起きたのだろうか。
「ええ。」
漆原は頷いた。
老人二人は渉を見ていた。このふたりがどういう想いで渉を見ていたのか。いずれにせよこの2人が同じ眼差しで渉を注視していたのは数秒のことで渉は気が付かなかった。
その後渉と咲夜とシュラはドラゴンの背に乗った。おっかなびっくり彼らは背を登った。
ドラゴンの背に乗ると、ドラゴンは翼を大きく持ち上げて羽ばたいた。あたりに風塵が巻き起こる。
漆原はその中で平気な顔で立ってこちらを見上げていた。
この歳にしては足腰の丈夫な老人なのだが渉も咲夜も驚かない。漆原なら驚くことでもない。という心理だった。
体が急激に上昇し、体にかつて味わったことのないほどの重力がのしかかった。
渉達は悲鳴にも似た声を上げて空へと飛び立った。とてつもない勢いで空へと登るドラゴン。
俺と咲夜はシュラが吹き飛ばされないように支えた。
ぐんぐんと地上が離れて行く。霞にも似た雲の中を抜けるとそこは蒼穹がどこまでも広がっていた。眼下に広がるのは雲海だ。
滑空状態の空はとても気分のいいものだった。太陽が渉達を照らした。遮るもののない太陽の恵みそのものが彼らに降り注いでいるようだった。気づいたことがある。ここの空気はとても澄んでいることに。下の空気とは違うが、やはり同じような優しい空気だった。優しい風が渉の頬をすり抜けていった。
思わず、微笑まずにはいられなかった。
ドラゴンの首の毛筋。その配下に広がる雲海の白の光と影のグラデーションが美しい。
すごく綺麗な風景だった。美しい夕焼けだった。
「(あの雲に乗れたらいいのになぁ。)」
「渉。あの雲に乗れたらいいのにって思いました?」
咲夜が俺の顔を見ていたずらっぽく言った。
「なんで分かるんだよ。」
俺が苦笑すると咲夜も笑った。
「私もそうだったらいいなあと思ったからです。」
空の旅はあっという間に終わった。ドラゴンの飛行速度が速すぎたのかもしれない。
とても楽しく、特別な時間だった。
丘の上にある一軒家。その一軒家の前にはオレンジ色のポストが置かれてある。
その家が渉達の家だった。
渉達は草原に降り立ち、三人はお礼を言う。西の空に消えるドラゴンに手を振った。三人はドラゴンが夕焼けに埋没するまで見送った。