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最後の温もり

5-1


 翌日。渉は未来の部屋にいた。俺達は並んでベッドに腰掛けている。


「よく頑張ったね。本当に。お疲れ様。渉」


「偉い偉い。よしよし。本当に頑張ったんだよね」


 いつもの黄色のかわいい背広みたいな服をちょこんと着る上妻未来。青色のネクタイに花のネクタイピンがきらっと差し込まれている。


「なんか、嵐が過ぎたような感じだ」


「久尊寺博士の様子だけどね。もうほとんど回復したよね。もう完全に治しちゃうんだから流石アリーシャだよね」


「 未来も俺に出来ない治癒術が使えるのが凄いよ 」


「えっ?えへへ……ありがと」


 少し意表を突かれたような顔をしたが、未来はこう言った。


「そうさ。 未来の治癒術は未来の愛情がたっぷり注がれてるから俺が好きだけどね。未来がいるから安心して俺は無茶ができるんだよ」


「む、えへ。……むむ。だからって怪我しないでよ。いつも治せるってわけじゃないんだからね。いつも一緒にいられるわけじゃないもの」


 そう言うと茶色とオレンジ色の中間のような色の彼女はにこっと笑った。


「よしよし」


 そういって彼女が俺の頭を撫でた。とても優しい愛撫だった。人の手の温もりだ。自分の事を愛してくれる人の手の温もりだ。


「とてもかっこよくなったよ」


 何が楽しいのか未来はにこにこしている。




 俺達は洋館から外へ出て、玄関の大門の外にへと歩いた。 シューズを鳴らして渉と未来は立ち止まる


「「ん~~~~~」」


 二人して実に気持ちよさそうに伸びをする。

 洋館の小さい方のバルコニーではいつものように洗濯物がたなびいている。


「いい天気だなぁ」


 雲がまばらに浮かぶ空。


「ねぇ渉。私達今日はどうしよっか?」


 腕を後ろに重ねて快活に振り向いて俺に尋ねる。彼女の髪が太陽にあたりキラキラと輝く。そしてその瞳を心を奪われてしまうのに充分なほど輝いていた。


  「なんで未来の目はそんなに綺麗なんだろう」


 渉がそう言うと未来はくすぐったそうに笑った。そのシャープで柔らかな声は耳を通って俺の中にしっかりと染み込んだ。


「渉は気づいてないかも知れないけど、渉の目だって綺麗だもん。そうだなぁ。表現するとしたら灰色の湖の淵みたいな目をしてる」


 それって褒めているんだろうかと思ったが、そこに何か俺らしさのようなものを見出してくれるのならそれでいいと思った。


 俺は手を未来に差し出した。未来はその手をとってくれた。うわ。女の子の手ってなんでこんなに柔らかいんだろう。というか女の子の全てが柔らかそうな感じがする。


「最初は俺についてきて」


「うん」


 にっこりと満開の花びらかと見紛うほどの笑みで応じてくれた。


 丘を二人で手を繋いで歩く。いい風が吹いている。気持ちのいい風だった。


 丘の上を歩いていき、俺は図書館に向かうことにした。この島に図書館は二つある。島の西の方にある施設が固まっているところにある。ここには学校や、教室、空き棟、体育館、プール、庭園、運動場などまさに学園チックな建物が満載だ。


 その中の図書館は入り組んだ庭園に囲まれている。渉達はその庭園を眺めた。綺麗な花達に囲まれて二人でいる。そうだ。渉はこの島が気に入っていた。全てが足りている。これ以上何か望むことがあるのか。ここにいることが出来きているのにこれ以上何かを望むものがあると言う人がいるのなら是非話を聞いてみたい。おそらく到底理解できないだろうけど。まったく理解できない話を面白がって聞けそうだ。


 色とりどりの花達はまばゆい光を放っている。神様が美しいものを求めたからこの花は生まれたのかもしれない。何故か今は美しいものを前にしても心を落ち着かせていられた。


 図書館。それは不思議な場所だ。図書館のアーチをくぐると絶妙な位置に花瓶に生けられた花が、本という無機質で生命を感じさせない。花瓶のその花が生命の存在感を天元のように見せられる。生命のないものの集まりとその中にひっそりとある花が妙に適合している。さっきの庭園が生命が芽吹き栄える場所だとするならば、ここはまさに生命の記録場所である。


「なんだか、あの花って渉みたいだね。そんな気がする」


 屈託のない笑みで彼女は言う。


 図書館は叡智の集積場所だ。この図書館にはありとあらゆるものがあり、同時にありとあらゆるものがない。そんな不思議な場所である。額縁に飾られた図書館憲章が渉達をま見守っている。

 そこには確かな意思と誇りと自負と歴史がある。


 


「渉?」


「私は知ってるよ。渉は今日頑張ったんでしょ。」


 同じ毛布にくるまりながら手を繋いだ。渉の部屋の大きな天窓からは美しいほし星が見える。


「うん。実はそうなんだ。」


 手がとても暖かい。テーブルに置いたコーヒーが美味しかった。未来が入れてくれたからだろう。他の家族でもなんでもない人のコーヒーならこんなに心が暖かくなることはなかっただろう。未来が入れてくれたからなんだ。

 おもいっきりベタな代物だけどさ。他の何ものにもつくれない隠し味。


 絹糸のように艶のある髪。その持ち主であるこの少女は渉と心臓が触れ合うくらいに近づいていた。


 未来の美しい手が伸び、渉の鎖骨から首元に届く。未来が渉をくすぐった。

 暗い中で二人は無邪気な小鳥のようにじゃれあった。

 渉と未来はくすくす笑いをした。二人とも飽きることなくくすくす笑った。

 渉は未来のことをもっと喜ばせたかった。もっと触れ合って、そして彼女の妖精みたいに綺麗な笑顔をもっと見たかった。


 未来は渉の事が大好きだった。昔から他の男の子よりも気になっていたけど、半年くらい前から異性としてより気になるようになった。気づけば渉を目で追っていた。彼の冗談も、彼のはにかんだ顔も、笑うと目元がくしゃくしゃになるところが一つ一つが好きだった。私の全てを上げたい。渉と一緒にいられることが本当に幸せ。渉はみんなと仲がいいし、みんなに好かれているから仕方ないけど、もっと渉と一緒にいたい。渉と一緒にいられるだけで、本当に幸せ。

 渉。大好き。大好き。大好き。

 未来は渉の顔をじっと見つめていた。その顔は女の子の顔で、とても色っぽかった。頬に赤みが差し、瞳は潤んでいる。


 渉は未来とキスをした。

 唇を重ねる。


 未来の真珠のように綺麗な歯。


「この日のこの時の未来をまるごと切り取ってショーケースに入れて自分だけが入れる部屋で鑑賞したい。」


 本気っぽい冗談を言う渉。


「なんか猟奇的だよ。」


 渉の頭を撫でている未来。

 渉は笑って、未来を抱きしめた。未来の華奢な体。未来の香りにいつもドキドキしていたけど今日は渉が独り占めだ。

 幅の狭い肩甲骨を渉は撫でた。白い肌に均整の取れた身体。


 

「とても綺麗だよ。」


 渉がそう言うと未来は嬉しそうな顔をした。


 膨らんだ胸を上気させる。未来の心臓の鼓動が渉にも伝わり、二つの楽器が愛と煎う名の音楽を奏でているようだった。心を重ねて、二人の思いが一つになる。心まで一つになるような。


「素敵だね。」


 微笑む未来。


「そうだね。」


 もはや言葉すら不要かもしれない。言葉というのは不完全なツールなんだ。


 そうしていつものように家族と晩御飯を食べて、みんなで遊んで、みんなで笑って、明日は何をしようか考えて、何が起こるかわくわくしながら自分の部屋で寝た。そういつも通りだったはずだった。これからとてつもなく後悔することになる。胸が裂けても足りないほどに。そうなる予感はしていた。最近自分で自分のことが分からなくなったり、自分が普段やらないことをやり始めたこと。これは前兆だったのだ。そして黒いあの何かもまた今から起こることの前兆だった。さぁ采は投げられた。幕が上がるのだ。真実という名の幕が。甘く、優しい時間は終わった。これからはどうしようもなく、最初から結論が出ている出来事に目を向けなければならない。そう。どうしようもないという結論は、もう出てしまっているのだ。そんなことに人は耐えられない。渉もまた、耐えることは出来なかった。


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