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全てが終わってしまう前に-4

4-4

 渉は崖の上に立っていた。目の前の黒い騎士を睨みつける。


「びっくりしてるか?…………俺はびっくりしてるよ。自分の愚かさ加減にな」



 横たわる久尊寺博士は浅い息をしている。そう、渉は久尊寺博士が世界改編を行う前に戻るという世界改編を行った。


 目の前の黒い騎士。なにか。 まさかここまで攻撃的なものだとは思っていなかった。


 俺が1発で成功させてりゃあ…………俺がもっと努力家だったなら………


 それでもやっぱり、こいつが悪い。


 こいつを倒して全部帳消しにする。



 目の前の黒い騎士はこちらに少しずつガチャガチャと鎧を響かせながら、近づいてくる。


 どうやって仕留めるか。やってみて分かったが、世界改編は恐ろしいほどに体力を消耗する。1回やっただけで目の前がくらくらする。


「(やつを俺に近づかせたくない)」


 渉はそう思った。この得体のしれない何かが持つ武器は剣のみ。絶対に説得も会話もできない。何をされるか分からない。


 渉は脳を通して微精霊を循環させてゆく。循環スピードは今までと比べ物にならないくらい早かった。地の精霊術だけならばトップクラスの速さで精霊術が使えるだろう。


 術式半分、演算半分に精霊術が組み上がる。

 特大の精霊術が組み上がる。このレベルに到達するのはおそらく30代後半。それもかなりの才能を持った者で。渉の文字通り命懸けの修行が渉をやったからだ。

 16歳この少年は、今、ようやくその力を振るうことができる。


 特大の精霊術を発動し、直径50cmの岩の砲丸を黒い騎士にぶつける。


 1つの岩は兜に当たり、兜が吹っ飛んだ。

 2つ目の岩は胸鎧の当たりに直撃し、黒い騎士はまるで紙切れのように吹っ飛んだ。

 岩が割れ、ひしゃげた鎧に被っている。


 ひしゃげた鎧の騎士は立ち上がった。


「ふーん……じゃあこれだ」


 先ほどよりも規模は大きく、スピードは早く術式を組み上げる。両手をかざすとそこに力が収束していく気配がある。渉の周りには生命が息づいている。それに対し、黒い甲冑を纏った何かは完全に死のようなものだった。無のようなものと対峙する渉。

 しかし、渉にとっては相手がなんだろうと構わなかった。


 生命で色づいた光る黄土色のオーラが渉から噴出している。その炎のようにゆらゆらと激しく燃え上がるオーラが突如として渉に収束し始めた。全ての力が渉の元に留まり、結晶と化す。


「さあ…………頑張って耐えろよ」


 渉が向けた精霊術が発動した。黒い騎士の後ろ岩肌から次から次へと落石してくる。ドドドドドドドドドドドッ!!


 災害クラスの激しい岩雪崩を渉は発生させたのだ。

 鳴り響く轟音。スペクタクルな光景が起きている。


「はははっははっは!!」


 轟音とシンクロするかのように笑い声を上げる渉。

 その様子を久尊寺博士は見ていた。


「(いかん…………あまりの力に精霊の側に飲まれかかっている…………このままでは渉くんが完全版精霊の側へ行ってしまうことになる)」


 しかし、度重なる世界改編で博士の体は動かなかった。


「(やつを倒せたとしても渉くんが向こう側に行ってしまったとしたらなんの意味もないのだ。このままでは彼は人間に、戻れなくなる!!)」


 一体どうすれば。


  鎧を纏ったなにかと渉が対峙している。

 倒す。とにかくこのなにかを打ち倒す。渉はそれに焦点を定めた。


 アリーシャがここにたどり着いた。四大精霊の力を使ってここまでたどり着いたようだ。やはり一番速いのはアリーシャだったか。


「(やはり、ただの人間には敵わないのだ)」


「(だが、今の俺なら)」


 勝てる?


「(勝てるかもしれない)」


 アリーシャに向かって獰猛な笑みを浮かべる渉。そのまま叩きつけるようにして腕を振る。次々と岩がアリーシャへと向うが、不可視のバリヤーがそれを弾く。

 先ほどの岩雪崩の事もそうだが、自然に作用する力の方がより、小さな力で大きな作用を起こすことができる。超自然の力とはいえ、宇宙の法則の影響は多大に受ける。


「渉!やめてよ!」


 この場にいるのは人外の存在が三つ。黒い何かが一つ。人外になりかけの存在が一つ。精霊の王が一つ。しかし一人の人間がいた。渉を追いやってきた未来だった。

 この轟音と濁流と砂塵が吹き荒れる中、その渦中に未来は飛び込んだ。その中心へ。


 とうとう中心の渉の元にたどり着き、渉を背中から抱きしめた。


「渉!よく見てよ!アリーシャなんだよ!あなたが守りたかったのは誰?あなたは何のために強くなりたかったの!?」


 その言葉と想いは渉に届くのだろうか。


「(俺は…………強くなりたかった。家族を守りたかった。必要とされたかった)」


 岩雪崩がアリーシャを襲うのをやめた。

 砂塵の中渉は立っていた。


「なんでだよ……こんな中に突っ込んできやがって……危なすぎるだろ」


 渉は正気に戻った。


「敵を倒そう」


 砂利を踏みしめアリーシャが言った。


 急速に正気に戻って行った渉。


  なんだこれ………なんでこんなことに?

 近くにはアリーシャと未来がいる。未来の服装が黄色の服にショートパンツ。そしてマリンキャップをちょこんと被っている。


「渉?ねえ渉だよね?私の知ってる渉だよね?」


「ああ……たぶん」


 アリーシャが渉が正気に戻るのを確認せずに久尊寺博士の元に駆ける。アリーシャは信じていたからだ。渉と未来を。その繋がりを。お互いを想い合う心を。人間ではないからこそより強く、純粋に信じていた。


 アリーシャが倒れている久尊寺博士の所まで駆け寄り、膝をついた。右肩のあたりから大天使を形どった精霊の集合体が顕現する。とてつもない力で久尊寺博士の傷と痛みを治そうとしたのだ。

 しかし、アリーシャは目をハッと開き、後ろに跳躍する。短めのスカートを履いていたのでそのアクロバットな動きを服装が邪魔することはなかったが。


「どうしたんだ。アリーシャ…………?」


 渉がアリーシャに近づいて言う。


「体を………久尊寺博士の体を乗っ取られた」


 苦渋の決断に迷っているような顔でアリーシャの視線の先には久尊寺博士がまだ倒れている。

 渉と未来には信じがたかった。


「そんな……」


「(久尊寺博士があれに乗っ取られた?)」


「ねえ何が起きてるの?」


 未来が言う。


「よく分からない。あんまりよくない状況なのは確かだ」


 久尊寺博士がふらふらと俺達の方に向かってくる。


「どうすればいい?アリーシャ!」


 俺は久尊寺博士から視線を切らさずに言う。


「どうしようもない。私には彼ごと殺して動きを止めるしかない」


「なっ」


「何を言ってるんだ」


 ふらふらとこちらに歩み寄ってくる久尊寺博士から目を離してアリーシャを見る。


「私には」


 アリーシャもこちらを見た。その真紅の双方が渉を真っ直ぐに見据えた。


「だが君になら、彼からあの……敵をはぎ取ることができる。君の力なら」


「俺しかできないだって?」


「そうだ。私にはできん。例えこの場に神威がいても、藍子がいても、漆がいても、あの竜がいても、久尊寺博士がもう1人いたとしても」


 久尊寺博士に憑いた何かが久尊寺博士の腕を挙げさせる。途端に博士の周囲の空気が凍結し始め、いくつもの宙に浮かぶ氷塊となった。その鋭い氷塊の先は俺達に向かっていた。

 一気に氷塊が俺達に襲いかかる。

 俺は土の塊の壁を地面から湧き出させる。揺れる地面。俺は未来を引き寄せて庇った。万が一にも氷塊に当たらないように。右では同じくアリーシャが地面から壁を湧き出させていた。一人の一流の地の精霊術師が生み出した土の壁と精霊の王が創り出した土壁は完全に氷塊を防いだ。


 激しい振動と轟音。パラパラと落ちる砂粒。

 その時渉は未来を抱きしめた。


「心配かけてごめんな」


「もう大丈夫だから……必ず俺が守るから」


 渉は揺るぎない確かなものを携えてこう言った。


「うん……うん」


 未来は渉の背中に手をまわし応えた。その翡翠のような瞳に涙がこぼれる。


 未来を後ろに置いて、攻撃役の二人が前に出る。ヒーラーは後衛って昔っから決まってるのさ。それにお姫様は後ろにいるってのも昔っから決まってる。


「(おや?)」


 と思う。


「(なんだ。調子が戻ってきたじゃないか。俺)」


 渉とアリーシャが二人並んで立ちはだかる。


「手加減なしのフルパワーで動きを止めるんだ。いけるかい?」


「ああ……もう後はないのだから」


 後がない。その意味は渉には分からないことだった。


「次は攻勢に出るぞ。私達で動きを止めたら君が決めてくれ。座標指定をして、一点で世界改編をして、博士からあれを引き剥がしてくれ。」


「分かった」


 言うやいなや俺とアリーシャは地の精霊術で博士の動きを止めるべく操作を行う。

 ドドドドドドドドと辺りは工事現場の10倍の轟音が響く。土砂が津波のように博士を囲う。俺達は、土砂の並を指揮で操るように操作した。最後は掌をぎゅっと握り博士を土砂に半分埋もれさせる形をとった。この完全な連携は家族だからこそ生まれるものだった。


「今だ!」


 アリーシャが鋭く叫ぶ。


「言われなくても!!」


 それに応じるように俺が駆け出す。

 体は軽い。だが、この不安定で作られたばかりの土砂では走りずらい。土を固めてから行く。今の渉にはその程度のことなら半秒で行えた。

 これには未来は感嘆した。

 さらにアリーシャが渉に風の精霊術で動きに補正をかけた。渉の動きが加速する。


 そして博士の体が胸から下が埋まっている位置まで走りついた。


「チェックメイト」


 太陽を背負い渉の影がその何かを覆う。腕を伸ばし世界改編を行おうとしたその矢先。その博士に憑く何かは考えもしないことをした。


 久尊寺博士の口から血が吹き出す。黒い何かが急に久尊寺博士の体自体を攻撃し始めたのだった。


「ふざけるな」


 渉は一喝する。思いもしない行動にも、もはやこの後に及んで動揺しなかった。今の渉なら意識を一瞬で絶たれない限りほぼすべてのことに対応可能だった。


「世界改編」


 渉が呟くと世界はぐにゃりと片付いた。


 博士に取り付いたことをなかったことにし、さらにその何かは無かったことにした。存在自体を消滅させた。まるで紙の上の落書きを消しゴムで消すかのように。



 その存在はこの世界から消滅した。全くの消滅。


 

「(勝った────)」


 渉は後方の二人に手を振り合図をする。終わった、と。


 未来がたったったとこちらに歩いてくる。


「久尊寺博士を治してくれ」


 俺がそう言う。


「私がやろう」


 アリーシャが治癒術を発動させる。

 俺は気が抜けたのと世界改編の反動が相まって膝をついた。

 アリーシャの広範囲の治癒術は俺さえも治癒してくれた。

 未来も治癒術を発動させようとする。


 俺は、俺は大丈夫。と言おうとしたら先にアリーシャが口を開いた。


「大丈夫だ。未来。私がいるから」


 アリーシャが未来の顔に手を伸ばした。血の気の引いた未来にも治癒術を施しているようだ。少なくともこの範囲にいる間は健康すら増進しそうだった。


「あ。ありがとうアリーシャ」


 複雑な演算は気を張らなければならない。未来はようやく安心した。ほっとした顔が未来の顔に浮かぶ。


「(俺が安心させたかったんだけど……まぁちょっとは俺も強くなれたし……今のところはね)」


 などと主人公を脇からみる脇役のようなことを考える。だいたいなんかいきなりシリアスパートに入ったのがおかしかったんだ。これからはほのぼの日常パートへと一転攻勢さ。


 じーっとこっちを見てくる未来。


「(なんだろう)」


 と俺は思う。そういえば未来はよく俺のことをじっと見てるような気がする。話している時の騒がしさと相まって静かになられると注目してしまうんだ。

 しかし柔らかそうな唇だな。えい。


「にゃっ!!」


 未来が驚きの声を上げる。

 俺は未来のほっぺたをぐにっと引っ張った。


「もうっ」


 と抗議の声を上げる未来。


「ハハハ」


 と笑う俺。


「う………………ん…………」


 おや、久尊寺博士の意識が……?


「やあ、おはよう諸君。なんだか私は結構ひどい目にあったような気がするのだが。私の白衣が茶色に染まっているではないか」


 ああ、たしかに。俺を殴って拳を痛めて体力使い果たしてぶっ倒れて、一度死んで、体を乗っ取られて、土に下半身が埋まって、内蔵を破裂させられた。そういえば何個か前の世界でアリーシャに殺されかけたんだっけ。


 俺は笑いがこみ上げてきて笑ったら未来もアリーシャも笑った。

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