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精霊術

3-3


「いてっ・・・・」


 完全に筋肉痛だ。慣れない農作業で完全に体中がバキバキである。腰の負担なんかやばい。今朝なんか体の痛みで目が覚めたほどである。目が覚めて体が動くことに何故か喜びを感じる。すごい痛いけれど。


「渉。おはよう。」


 寝起きの耳に柔らかな声が入る。未来が俺の部屋にいる。


「渉また模様替えしたの?」


 キョロキョロと周りを見る未来。蜜柑色の髪の毛の彼女は部屋の内装や、位置の変わりようについて言った。渉はよく模様替えをする癖があった。


「今日なんかあったっけ?」


 イマイチ覚醒しない頭で渉が尋ねる。


「今日も畑行くつもりなんでしょ?起こしてあげようかと思って。」


 未来がちょっと詰まったように言う。そのパチッとした目を逸らしながら。本当に分かりやすい反応だが、一体何を隠しているのか分からない。何か心配ごとでもあるのだろうか。なにか困ってるんじゃないだろうか。


「なにか困ってることでもあるの?」


 いくらか覚醒した頭で尋ねる。


「(俺に出来ることなら何でもする。)」


 寝起きは諸々の考えや思考があまり定まらないので欲求に対して自分は直接的な反応を見せることが出来る。これが時間が経ったりするとうじうじと考えてしまうこととなるのだが。


「うんうん。そういうことじゃないの。」


 予想外のことを聞いたように慌ててかぶりを振る未来。

 本当だろうか。未来はこれで結構自分の中で気にする方だし、よく我慢してしまう方なのだ。


「(俺がもっと頼りになれば彼女も我慢なんかしなくて済むんじゃないか・・・・?)」


 なんとなくそんなことを考える。

 いや、違う。彼女は我慢してることもそうだが、一人で頑張りすぎるんだ。


「(どっちにしろ俺がもっと頼りになればいいんだけど。)」


「俺頑張るよ。」


 渉が言った。


「え・・・・・・」


「頑張ってもっと強くなるから。もっと色んなことを知って、頼りになるようになる。」


「渉・・・・」


 未来はハッとしたように渉を見る。

 幼い時から一緒にいたのだけれど未来から見て渉はとても焦っているように見える。未来は渉に幸せになってもらいたいけど、自分から傷ついているように見えて、心の中で叫ぶこととなる。


「(どうにもできないようなことをどうにかしようとしているんだ。)」


「渉が、そうしたいなら私もそうして欲しい。それでさ。渉が笑えるのなら。」


「・・・・・笑えるさ。きっと」


 そう答えたが内心では渉はこう答えていた。


「(分からない。みんなを守れるのなら、笑えなくなったって・・・・・・)」


「絶対だからね!!渉!!幸せにならないとダメだよ!!」


 未来は俺にいつにない気迫でこう言った。


 そのすぐあとに目覚ましが音を立てて鳴り響いた。

 いつもにこにこしている未来。渉はまだ真剣な眼差しをこちらに向けてくる未来を困惑した状態で見つめ返していた。


 渉は顔を逸らした。


「今日はありがとよ。正直目覚ましじゃ今日は起きられなかったかも。」


 そう言うと未来はいつもの笑顔で元気な未来に戻った。


「じゃあ俺、着替えるよ」


 そう言って渉はおもむろに服を脱ぎ始めた。


「うん」


 未来は渉が言った情報を理解する前に返事をした。


「わぁっ」


 脱ぎ始めた渉を見て急に顔を赤くする未来。


「うううう、うん。それじゃあ私行くねっ」


 顔を背け、それでも少しの視線は未来の理性と反するように渉を追う。下を向いて早口で喋りながらドアへと向かい、部屋を出る未来。

 ドアの外で、誰かとぶつかったらしく鈍い音が聞こえる。ぶつかった時の声で渉には相手が分かった。真下とぶつかったらしい。これは未来にとっては運がよかったと言える。春秋と真歌だったら嫌な絡まれたをするだろう。嫌な絡まれた方なら久尊寺もなかなか。春日井は無害。


「(少し冗談が過ぎたかな。)」


 渉は寝巻きを着替えなら思う。今日も農作業だ。未来のおかげで気が引き締まった。


 一方未来は頭を火照らせながら歩いていた。未来は運動神経がいいため、その歩きも軸のしっかりした、それでいて彼女らしいステップだった。


 その後屋敷の庭から渉と喋って見送った。この頃には未来は落ち着いていた。重そうに鍬を持って、それでも一生懸命に歩く渉を見て未来は物憂げな視線をその背中に向けるのだった。


「(なんだろう。渉が・・・・・・)」


 ここから先は想像するのも怖い。


「(どこかへ・・・・・ずっとどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって気がする)」


 その一生懸命な獅子の子供は、その一生懸命さが原因で、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって。



  土を今日も今日とて掘り返す。渉はもうこれで三週間も晴耕雨読の生活を続けていた。子供がやるにしてが恐ろしく根気がいることである。いや、大人であっても相当なことだった。何しろ生まれて始めてやる農作業だった。では何故渉はこんなにも長く、ひたむきに続けられたのだろう。それは彼が彼自身の宝物を守るためだった。


「さて・・・・・どうだ?ノーム。土の感じは」


「まぁまぁかなぁ~」


「そうかい」


 このように地球儀のようなものに乗って浮かぶこの土の大精霊は何も曖昧な答えしか言わない。


「土が教えてくれるのだ~」


 地球儀の上で寝っ転がるノームはこんなことを言う。


「土がね・・・・」


 渉は呟きながらえいと鍬を振り下ろす。すっかり土に塗れた鍬だ。


「(俺にはわかんねぇ・・・・・分からないまま手を出した。どうしてだろうな。こんなに大変できつい事。誰が喜んでくれるわけでもなし。)」


 鍬を振り下ろす。何度も何度も土を掘り起こして、かき混ぜて、ふっくらさせる。それでも土を作るところから始めるのならば時間がかかる。当然だ。栄養がなく、その野菜を育てるのに適した土というものがあるのだから。


「(ならどれくらいかかるんだ・・・・?)」


 鍬を振り下ろしながら思う。


  昼は働き夜は学ぶ。1ヶ月もすれば慣れてきて、体もだいぶ出来てきた。



 そして半年が経った頃。だんだんと渉には土の声が聴こえ始めてきた。


 ぽわ・・・・

 と土から光のようなものを感じた。今まで微精霊の姿を感知することは出来てもこんなざわつくような「声」を聞いたことは無かった。ざわざわと微精霊が「喋って」

 いる。


「お・・・・おお・・・・」


「これは・・・・・確かに「喋って」るな・・・・」


 そうか。こういうことだったんだ。神威や、藍子や漆の言っていた感覚は。彼らは確かに精霊達の声が聞けた。


「やった・・・・・」


 行ける。頭の中でその言葉がした。振り上げた鍬の先の金属にエネルギーが収束するのを感じていた。鍬の先を不可視の力が包む。

 土にめり込む感触が今までと明らかに違う。黄色のキラキラと光る微精霊たちが渉を導き、また渉も数ミリ以下の調整と力加減の精度がずば抜けている。


 夕焼けの下で土と、渉とにキラキラとした光が散りばめられているみたいだ。


 渉は尋常ではないスピードで成長していた。


 その後野菜を育て、収穫に至るのは1年後となるが、そこまで渉はへこたれることなく続けた。収穫した野菜は上妻家の食卓に並ぶこととなった。


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