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もがく

3-2

 渉とアリーシャは2人で食堂まで行った。

 ガチャガチャと聞きなれたこの屋敷のドアの音。中庭の木漏れ日。

 食堂に入るとそこには藍子と春日井。春秋。久尊寺。真下。真歌がいた。真下と真歌は性格が正反対だが何故か気が合うらしくいつ見ても一緒にいる。朝だと言うのに賑やかに卓を囲んでいる。

 フライパンの上でパチパチと弾ける卵焼き。いい臭いが渉のもとまでやってくる。ポッドが沸くスチームのデシベルが大きい。甲高い、それでいてくぐもったような蒸気の音。


 そう、これが朝の音、朝って感じだ。


 ふとこの時になっても渉の頭の中では恐ろしい想像が沸き起こった。この広い広い屋敷に誰もおらず、ぽつんと自分だけがいる光景が頭の中に浮かんだ。その自分は今みたいに楽にソファなどで寛ぐことは出来ずに三角にちじこまって座っている。そんな風景を。


 しかし、春秋と真歌の喧嘩の声でその意識が戻った。春秋と真歌が喧嘩をするのは特に珍しいことではない。この2人は悪ふざけやいたずらで結託することと喧嘩を一対三の割合で繰り返しているからだ。


 俺はテーブルにつき、藍子と真下が運んできた食事に手をつけた。真下がエプロンを外しながら席につく。


 渉。真歌。真下。春秋。春日井。久尊寺。黒繭。美優。未来。咲夜。シュラ。漆。神威。藍子。みんなでテーブルを囲んでいる。


 もう始まってはいたけれどこれから一日が始まる。


 渉は勇気を出して同じテーブルを囲んでいる神威に話しかけようと決めた。


  鍬を持つ。

 渉は屋敷から出かけて今日は一日農作業をすることにした。

 鍬を振るい土に突き立てる。この動作を何回も何回も繰り返す。当然渉の細腕ではこの鍬は手にあまり過ぎるほど余った。


「重いなんてもんじゃないな・・・・・」


 そう呟く渉。数回鍬を振り下ろしただけで一日分の労働をした気分にすらなる。渉は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「(まぁだからこそ・・・・、こんな状態から始めるからこそいいんだ)」


 今は畑というか、そもそも開墾されていない場所に渉は今いる。これが終わったら。というか3時になったら、農学の勉強をする。


「暑い・・・・・」


 体の中が燃えるように火照る。今は2月で大した暑さではないのだが、当然ながら鍬を振っていると暑さが滲み出てくる。


「乳酸運動の・・・・乳酸って一体何なんだろう・・・?」


 土が少しずつほじられるようにして出てくる。


 10回ぐらい振るったところで1度休憩しなければならなかった。


「くく・・・・・・」


 鍬に手をかけ、息もすっかり上がった渉がなおも自重するように笑う。腰にかかる負荷がハンパじゃない。現代科学の遥か高みと、過去の手作業でしなければならなかった農業について1通り思いを馳せる。目をつぶる。開いて見るがやはり、こうしてなんとかして振るった鍬がようやく掘り返したちょびっとの草と土があるだけだった。




 渉が神威に農作業をやりたいと言い出した時、神威は振りかって即答はしなかった。渉を見て何かを考えているようだった。やがて答えた。


「続けられるかい?」


 穏やかだが何かを問われているように聞こえる神威の言葉。


 それに対して渉はこう答えていた。


「やってみなければわからない」


 気まぐれのように湧き出た思いなのか自分でも分からない。ただ往々にして子供は飽きっぽいものだ。それが楽しくなく、どころか苦痛に満ち溢れたものなら。


「渉の言う通りだ。でもね、続けようという気持ちを忘れないようにしよう。畑を耕すのなら、耕している時は自然とおしゃべりできるし、自分とも話すことができる。私としては始めたのならば収穫までは続けることを望む」


 神威の真剣な語調。神威が明朗な声で話すのはいつものことだが。渉は言った。


「なんだか・・・・大事みたいになってきたね」


「・・・・・・機械を使わないのならばそれはそれは・・・・・・とてもとても大変なんだ」


「神威が好きでやることだからね。とても大変そうだ」


 俺のこの冗談に神威は笑う。


「私をなんだと思ってるんだ」


「さて、やるなら5m四方の畑をつくるのがいいだろう。1人でやるのならその広さの畑で一種類の作物を育てるといい」


「ところで作る作物はもう決めたのかい?」


「いや、まだ決めてない」


「それならば、畑を耕しながら決めるか、決めてから耕すか。私は前者をおすすめする。耕している最中にここで何を育てようか、考えることができるから」


 アリーシャが会話に混ざる。


「渉は農作業を始めるのか?」


  綺麗に動かしていた箸を止めて、アリーシャは言った。


「ああ。そう決めたんだ。でも他の人にはちょっと内緒にしておいて欲しいな」


「分かった」


 それからまた食事を再開するアリーシャ。彼女はよく御飯を食べる。

 幸い?他の家族には聞かれていないようだった。


「私の力を使ってくれれば、全ての季節の野菜を育てることができるぞ」


 ことなげもなくそんな発言をするアリーシャ。それはつまり、天候、気候の部分的改変だ。天候、気候を自在に操る現実味のない精霊王。そんな膨大な力を持つ存在。

 渉は苦笑した。


「いや・・・・・いいんだ」


「何故だ?」


 アリーシャが尋ねる。


「俺は俺の力でやりたいからさ」


 アリーシャの頭に?マークが浮かぶ。


 神威が微笑む。しかし渉は見逃してしまった。この男の滅多に見せることの無い冬の空の光のような微笑みを。




 こうして渉は畑を耕すこととなった。いや、まず畑を作るところから始めなければならなった。はやる渉は1時間ほどで神威からの簡単な情報で畑に適した場所を探し、そこを開墾することに決めた。


 水場が近く、耕しやすく、栄養価の高い土・・・・などなど単純な条件にそこまで高い水準を求めず、総合的に普通の条件の土地を選んだ。


  さて、また渉はまたも愚直に鍬を振り上げた。土に鍬が刺さりこみ、雑草と土がえぐれる。降っては少し休み、降っては少し休みを繰り返した。そうやってると自分の中身から声が聞こえてくる。


「(自分は一体何をやっているのだろう)」


 無意識下で繰り返される自分への問い。


「今日の行動とそれがもたらす効果と望む結果について文字として残しておくといいですよ」


 漆は俺にそう言った。


「どうして?」


 と俺が尋ねると漆はこう続けた。


「そうしておくと目標位置がはっきり定まりますからね。目指す位置が固定されていると、たとえどんなことがあってもその時の気持ちに戻ることが出来ます。たとえどんな嵐が来てもニュートラルはそこということになるのですから」


 土ボコリが舞う。土の匂いだ。汗が頬を伝い唇につく。しょっぱい。


「(漆・・・・・・あんたの言ったことはこうなんだろ・・?)」


 頭がふらふらになりながらも、様々な出来事、事象があらゆる方向からぶつかって来た時。人は冷静でいられることは難しい。だから、文章を残すことでその時の自分というものと会話をすることができる。


「漆は最初に掲げた目標と望みを叶えたのか?」


 渉が尋ねる。


「いろんなことがあり、目標と望みはどんどん変わっていってしまいました。私は過去の文章を見て驚きましたよ。今と考えていることがまるで違うのですから!」


「そうなのか」


「ええ。何故でしょうね。やはり知らないことを知ったり、体験したりすると望みも変質していくのでしょうか」


「ああ・・・・・」


「ちなみに漆の今の望みは・・・?」


 渉が好奇心を強めて聞いた。この数々の事を体験してきた老人の今の目標、望みはなんだろう。と。


「そうですね・・・・・」


「血湧き肉躍る冒険でしょうかね」


「えっ」


「うっかり血だるまになってしまうくらい激しい闘いを行いたいのです」


 渉は漆に対して驚いた。


「・・・・と、言うのは冗談です」


 漆が微笑んで言う。


「なんだ。俺はびっくりしちまったよ。驚かせんなよな。漆の冗談に俺はドキッとしちまうよ」


 渉が若干の抗議を込めて言う。2人は笑った。


 風が吹く。いい風だった。渉は手を止めて空を仰いだ。ここから丘を登ると島を見渡すことが出来る。

 渉は流れる白い雲に語りかけた。答える声が聞こえるのさ。信じていたらね。

 渉の精霊との交信力は強い方ではなかった。だが流石にこの農作業は、様々な精霊と交信するアンテナが冴え渡ってゆく。

 特に地の精霊達との交信が冴えている。滝みたいに流れる汗だがやけに気分がいい。

 おっと。熱中症に気をつけて、水分をとろう。ごくごくと冷たく美味しいお茶を飲んだ。

 美優印のお茶だ。しかし、誰かが俺のために作ってくれた飲み物や、食べ物はどうしてこう美味しいんだろうか。

 持ってきたタオルを首にかける。渉は今神威からもらった麦わら帽子を被っている。

 今日ものどかで平穏な一日が終わる。


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