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お祭りを楽しんでました

1-1

屋台船に乗って河川から見る家々の明かりをぼんやりと見つめる。橙色の明かりがこの夜の帷に浮かんでいる。それはまるで生命の光のようだった。


 この屋台船に乗る中肉中背の男は手すりに腕を立てかけて、楽な、実に楽な姿勢をしている。この屋台船は岸に係留されていた。ロープは杭に巻かれている。それをこの男がしたのは二日前だった。


 灯りが水面に反射して、控えめな光で彼の輪郭線を照らす。瞳は生命を司る、家々の灯りを映していた。それはあたかも彼の生命と混じり合うようにゆらゆらと揺れていた。


 スッとした顔立ちに、長さと、ボリュームが野暮ったくないほどのバランスで形成された髪型。口元は普段は結ばれていたことが想像出来るほどに隙のない意識力を讚えるものだが、今日はゆるく弛緩していた。

 甚平を着たこの少年は十代後半頃だとうかがうことが出来る。


 彼は三十分ほど前からここでこうして見るともなく、屋台舟の中から川の流れや風景を見ていた。


 今日はお祭りの日だった。この少年は今日が何を祝う日なのか知ってる。

 お祭りの由来や、何の為に祝うかなどは子供のうちはよく分からない。特に日本人は祭日に関する関心はあんまりない。さすが宗教がちゃんぽんの国だろう。そもそも祭日とは宗教的な意味を含むものが多い。


「(みんな遅いな……)」


 とぼんやり独りごちる。

 もぐもぐと屋台で買った、特製のお菓子を食べる。ひとつかみ食べる。サクサクというスナック菓子にもにたお菓子だった。この島の住人が作ったらしいそれは間食にはぴったりだが、祭りの間しか手に入らないのでこれを食べていると、ぼんやりと「精霊祭」気分になる。

 彼の名前は上妻渉。ごく普通のありふれた感性の、ありふれた価値観の日本人だ。


 上妻渉は家族と祭りを見て回っていたのだった。たまたま渉は家族とはぐれてしまい、目的地である屋台船に一足先に来ている。というところだった。


 屋台船の中は和風の部屋の様式で、畳が敷かれている。そこにテーブルが設置されている。テーブルの上には花弁を模した飾りが一つ置いてあるのみ。このテーブルには二十人ぐらい座れそうだ。その中に渉は一人でいた。

 屋台船というものに初めて乗ったが、居心地は悪くない。


 そこに待ち人が現れた。


 何やら感傷的な気分になっていた渉の静寂を破り、女子達の会話と彼女らの音が渉に届いた。


「渉。ここにいたのか。遅くなってすまない。」


 凛、とした表情で滑らかに言葉を紡ぐアリーシャ。彼女は真紅の瞳をしており、この薄暗い屋台船の中でもその輝きを見て取ることが渉には出来た。アリーシャが渉を真っ直ぐに見ていたからだったかもしれない。


「いえいえ。そんなに待ってもいないし、そんなに待つのも俺は嫌いじゃありませんから。」


「アリーシャ。未来。咲夜の三人だけ?」


 渉が顔を上げて戸の方を見て三人に言った。


「うん。私たちもあれからはぐれちゃってさ。流石にお祭り最後の日だけあって人がたくさんいたんだ。」


 それに答えるのは未来。髪飾りがチャームポイント?の彼女。

 もう一人は咲夜。

 三人の歳はばらばらでアリーシャが十八歳。未来が渉と同い年。咲夜が十歳だ。だが年齢も性格も違う彼女達だがこれが結構気が合うらしくてよく一緒に居るところをよく認められていた。


 彼女達は持っていたものをテーブルに置くと三三五三に渉の近くに歩み寄ってきて、座った。


「(な、なんだよ。なんですか?)」


 三人ともニヤニヤしているように見える。


「(さ、咲夜まで。)」


 パーソナルスペースというのものの存在を小一時間ほどみっちり教えたくなるくらいに顔と、その歳相応に育った胸を渉に近づかせてくる未来。


「ねぇねぇ渉。さっき歩いてたらミスコンテストがあってさ。私たち出てみたんだ。」


「えっ。おいそのせいで遅くなったんかい。」


 どぎまぎと渉が答える。ミスコンテストだって?ミスコン?


「ごめんごめん。でも、うん。何たってお祭りだからね。出なきゃ損。楽しまなきゃ損だーっ。って思って。」


 ぱっと弾かれたように体を動かしたり表情を百面相のように変えたりする。どきどきするのは俺だけかと思うと少し悔しい。

 渉はいつもそんな未来の様子に見とれるのだった。表情の変化に乏しく、動きが緩慢な渉には羨ましいところがある。密かに思っているのだが、これは音感や、運動神経の差ではなかろうか。


「私達三人で出たの。」


「三人?」


「うむ。なかなか楽しいものだった。渉も居れば良かったのだが。」


 目を閉じて首肯するアリーシャ。


 渉は視線を咲夜の方に向けた。しかし、咲夜はそれだけで渉の思っていることを当ててしまった。一年や二年の付き合いではない。


「私も出ました!私だって女の子ですから。」


 ぷんすかと怒る咲夜。ムムムと熱い視線で渉を睨みつける。いや・・・普段はおしとやかで大人しい可憐な幼女・・・いや少女なんですよ。

 誰にでもない弁明をする。


「ではここで問題です。」


 じゃじゃん!という効果音を口に出して言い、ありもしない眼鏡をくいっとできる秘書みたいに持ち上げる未来。

「(問題?)」


「私達三人の中で誰がミスコンで優勝したでしょうか?」


 未来はニヤニヤと渉に言う。

 たじろぐ渉。

「(そう来たか。)」


 先程から熱っぽい視線の咲夜の様子も腑に落ちた。


「(咲夜。ちょっと祭りに当てられすぎじゃないか?咲夜は十分可愛いよ。ミスコンで優勝したって俺もそうあって欲しいと思うぞ。それにしても未来。祭りだからってはしゃぎ過ぎだろ。というか、もう勘弁してください。)」


 これらのことを心の中で思うだけで口に出さないくらいは渉はヘタレだった。

 屋台船に乗る渉が助け舟を求めてアリーシャの方を見る。

 ・・・・だめだこのお姉さんはにこにこ保護者モードだ。若干放任主義気味の。


 三人の客観的にも認定される美少女が渉に詰め寄る。ああ、ちくしょう。なんて答えたら、久尊寺博士あんたならなんて答えた?と、脳内で知り合いのアルカイックスマイルの白衣の博士を想像したが、すぐに人選ミスであることに気がついた。そう。こんな時ならあの、ジゴロの(誤解)春秋春秋しゅんじゅうはるあきの軽い物言いがベスト!・・・なのか?頭の中でルシファー春秋が渉に話しかける。

「はぐらかせばいいんだぜ。ほら・・・誰も傷つかずに場が収まるなんて素敵なことじゃないか。」

 ええい!ルシファー!どっか行ってください!


 ちっとも答えようとしない渉に際どい姿勢の未来と咲夜にジト目がきつくなる。


「ああもう。分かんねぇよ。三人優勝!三人一位タイ!審査員、観客一同甲乙つけ難く三人が優勝をカッさらいましたとさ!おしまい!」


 やけくそ気味に叫ぶ渉。

 脳内では春秋が腹が立つ(大勢の春秋をよく知らない人にとってはチャーミングな)笑顔で親指を立てた。


 三人は、未来と咲夜はともかくなんとアリーシャまで少し驚いた顔をしている。


「せ、正解。」


「(え?)」


「なんで分かったの?三人一組で出場する規定のミスコンだったんだけど。」


 未来がその形のいい口をOの字にする。


「(なんで、はこっちのセリフだぜ。)」


 まさか苦し紛れの回答が正確無比に真実はいつも一つ!を当ててしまうとは。


「分かりましたよ未来。どうせ渉はこっそり私達が出たミスコンを見ていたんです。」


 そう言って若干頬を染めてそっぽを向く咲夜。


「(やべ、本格的に怒らせちゃったか。)」


「さ、咲夜。いや・・・・それは。誤解なんだ。咲夜はすごく可愛いって。ミスコンで優勝も納得だよ。」


 真面目に弁明する渉に咲夜はツーンとしたままだ。

 その姿をアリーシャと未来は微笑ましく見ている。





「ごめんよ悪かったって。」


 みんなが揃ってからもそっぽを向いたままの咲夜に渉は話しかける。


「ほら、そういや、ワタガシスター買って置いたんだ。」


「わあっ。ワタガシスター?」


 ぱぁと顔を振り向かせ、一輪の可憐な花のような笑顔を見せてくれた咲夜。ワタガシスターは限定生産品で相当並ばないと手に入らない。


「私の分?」


 手を伸ばしかけて止まり、渉に期待満面の可愛らしい表情で問いかけた。流石に名家出身だけあってこういうところはしっかりしている。渉の前ではかなりゆるいが。


「咲夜の分。」


 渉はにっこりと言った。


「ありがとう、ございます。」


 ちょっと我に帰った咲夜がおちょぼ口で恥ずかしそうに言った。綺麗なソプラノで渉にだけ聞こえるようなボリュームで咲夜が言った。本当に渉にしか聞こえていない。仮に近くにいても他の人には聞こえない。何故ならそれは咲夜の心が渉に届けた言葉だったからだ。

 咲夜は嬉しそうに受け取ると、友達の美優のところまで小走りで歩いていった


「(やれやれ。)」


 渉は思った。



 初芝未来は少し悪ノリしすぎたと反省している。こんな風に悪ノリするのはお祭りでテンションが上がっているから。幼なじみの渉にはこういう遠慮のないことをする。





  星霊祭


 祭りと言えば射的だった。射的は渉は得意な方ではない。頑張って、それこそ阿呆のように必死で的を狙ったのだが、全弾外れ。うひー恥ずかしー。

 未来は一発当てて、なんかよくわからないものを手に入れていた。(負け惜しみ)


 咲夜は見ているだけだったが、楽しそうだった。俺も見ているだけにすりゃあ良かった。

 本気で落ち込む俺。まぁまぁと未来に肩に手をかけられ、余計に物悲しくなる俺。

 と、小夜鳴と春秋が、アリーシャ、未来、咲夜から見えない位置から俺に話しかけてきた

 。


「さぁ来年はこんなことにならないよう、我々と特訓しよう。」


 春秋。どっから現れたんだあんたは。


「そうだね。僕は剣技の方は、そこそこの腕前だという自負はあるが、銃に関しては少々不得手でね。いい機会だし、機械オン・・・いや、機械が苦手な春日井と三人で後日練習しようよ。」


 おい、親友を機械オンチって言おうとしたろ。小夜鳴と春日井は親友だった。俺は正直その親友って関係が羨ましかった。ま、大体の人間、特に男には親友なんているやつの方が珍しいんじゃないですか?おっと、これも負け惜しみかな。


「じゃあ、そういうことでアディオス。渉クン。」


 春秋が軽薄そうにそう言って去る。


「アデュー渉くん。」


 小夜鳴まで、そう言って去っていった。・・・・小夜鳴。春秋と一緒に居すぎたんじゃないのか。言っちゃあなんだが、あんまり影響されない方がいいぞ。まぁ小夜鳴なら大丈夫だと思うが。息ぴったりな彼らが少し憎たらしかっただけさ。


 パチパチパチパチ!そこで拍手が沸き起こった。漆原老人が全弾命中させ、神業的テクニックで大きな、ぬいぐるみを落とした。


「さすが、漆原だな。」


「恐れ入ります。」


 漆原老人がアリーシャと会話している。


「すごーい。漆原ってこんな特技もあったんだ。」


「それで、銃の扱いはどこで覚えたんだ?」


「ホホ。ジジイには秘密が多いものです。ナイショということで。」


 まったく、ちゃめっけの多いじいさんだ。俺は思った。


「年齢を重ねすぎただけですよ。それより、渉さんのような若者には大きな可能性があるのですから、この年になれば羨ましいものですよ。」


 そう言って俺の肩に手をポンと置いた。確かに、その手には漆原の年齢と彼の人生を感じさせるものがあった。このじいさん、普段は柔和な表情と目だが、時に厳しい目になる時もあった。今はいつもの柔らかい眼差しだったけど。


「そんで、アリーシャ様も銃は駄目か。」


 渉が言うとアリーシャが不満そうな様子を見せた。分かったよ。様を抜けっていうんでしょ。


「アリーシャたんも銃は駄目か。」


 アリーシャに吹っ飛ばされた。


 咲夜は馬鹿を見る目で見てきて、漆原、射的屋のおっさん以下通りすがりは笑ってる。未来だけがびっくりして、心配そうにあたふたしていた。いやぁ。こんな阿呆に同情する価値なんてございませんのことよ。でもこんな目に会うと優しさが染みて目から岩清水がちょちょぎれそうになっちゃうんだぜ!


 りんご飴をペロペロさせている咲夜。蓬色の髪は今日は結ばれず、自然のままだった。最近はアリーシャや未来、美優など他の家族から教わったのか、いろんな髪型をしていたが、今日はナチュラルだった。そうしていると会ったばかりのころを思い出すな。

 お面を斜めに頭に引っ掛けて、大きめのりんご飴をペロペロする咲夜は可愛かった。紫色を基調とした浴衣がベリーキュートだよ。言っておくが余はロリコンではない。


 俺も、りんご飴食べたくなってきた。


「おじさん。りんご飴、真ん中のやつをくれ。」


「はいよ!りんご飴中、二つでいいね?」


 二つ?なんで?


 俺の中に疑問符が浮かび上がる。


 隣には未来がいた。俺が未来を見ると快活なスポーツ女子のような笑顔で笑った。

 やれやれ。

 しょうがない。


「分かったよ。」

 ただし、


「ありがとーっ。」


 屋台の店主からりんご飴を受け取る未来。はしゃいでおるなこやつ。


「しょうがないな。」


 そう言って渉が未来の腕に自分の腕を絡ませた。未来は右腕でりんご飴を持っているので自由が効かない。


「ワッ、わぁ!」


「ただほど高いものはない。」


 適切な言葉を言う俺。店主のおっさんは初々しいカップルを見る微笑ましい笑顔を向けてきた。渉は笑顔を返し、未来もぎこちなく笑っていた。


「もーっ・・・・・ごめんって。」


「うん。」


 顔を赤くして悶える未来。でも俺は腕を解かなかった。


「分かったから放してよー。」


 未来のお願い。


「放さない。」


 俺がきっぱりとそういうと、未来はちょっと固まった。


「・・・・・・もーっ。」


 未来はなんとおとなしくなってしまった。やれやれ。


 木の影から、例によって、イケメン俳優のような春秋と、某国の貴族のような二枚目がウィンクしてグッジョブポーズをしていたような気がしたが、気のせいだと思うことにした。やれやれ。


 そういえばやれやれ系はもはや古いよなー。所詮俺は、時代に求められない男ってやつか。


 やれやれ。



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