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九十九話 癒しの存在

 その後、珊瑚は牡丹宮へと戻り、身支度をするようにと命じられた。


「妃嬪様……本当に、ありがとうございます」

「よい。その代わり、お主は何があっても戻ってこい」

「もちろんです」


 早く旅支度をするよう、背中を押される。


「もう、私のもとに挨拶など来なくてもよい。一刻も早く、出かけるのだ」

「はい、承知いたしました」

「次に会う時は、調査結果を報告するときだ」

「はっ!」


 星貴妃は珊瑚の背をばん! と力強く叩いた。


「気を付けろよ」

「はい」

「では、行ってまいれ」


 星貴妃の命を受け、珊瑚は私室へと急いだ。


 速足で歩いていると、さまざまな感情が入り乱れる。

 あの無残な遺体は絋宇ではなかった。

 だが、身元不明の誰かが死んでいることに変わりはないので、手放しには喜べない。

 けれども珊瑚の胸に希望が芽生える。

 故郷の者に捕らわれているのならば、殺されている可能性は低い。

 捕虜を痛めつけたり殺したりすることは、騎士道精神に反するからだ。


 珊瑚は絋宇を、きちんと確認したかった。

 腕を怪我していたと聞いていたので、生きていたとしても完全に無事な状態であるとは言えないだろう。

 本当に死んでいたとしたら、今度こそ供養したい。

 絋宇に直接、ありがとうと言いたかった。


 私室に戻ると、紺々とたぬきが出迎える。


「珊瑚様!」

「くうん!」


 いち早く駆け寄ってきたたぬきを片手で抱き上げ、そのあとやってきた紺々もぎゅっと抱きしめる。


 おそらく、紺々とたぬきは星貴妃と珊瑚の様子から、何かあったのだと察したのだろう。

 珊瑚は紺々の耳元で囁く。


「こんこん、こーうが、死んだという連絡があり、遺体確認に行きましたが、こーうではありませんでした」

「そ、そんなことが……」

「はい。ただ、華烈軍は相変わらずの劣勢で、苦戦を強いられているそうです。こーうは敵軍に捕らわれ、生死はいまだ不明で」

「そう、でしたか」


 紺々を離し、目と目を合わせた状態で話す。

 真剣な眼差しを向けていたら、紺々はハッとなった。


「珊瑚様、まさか――!」

「こんこん、私は、今から戦場へこーうを捜しに行ってきます」

「そ、そんな!」


 紺々は顔を覆い、その場に膝を突く。


「こ、こんこん!」

「汪内官がいなくなって、さ、珊瑚様までいなく、なるなんて!」


 珊瑚も膝を突き、紺々の顔を覗き込む。

 そして頭を撫で、幼子を諭すように語りかけた。


「こんこん、私は、かならず戻ってきます」


 紺々は珊瑚を彗星のようだと言ってくれた。

 一度流れた星は戻ってこない。燃え尽き、キラキラ瞬いて空の塵となる。

 しかし、珊瑚はそうならない。結果はどうであれ、かならず牡丹宮に帰ろうと思っている。

 その決意を口にした。


「今度は、こんこん。あなたを目指して、戻ってきます」

「さ、珊瑚様!」

「くうん、くうん!」


 再度、珊瑚は紺々とたぬきを抱きしめる。


 今まで、珊瑚は自分のことを後回しにして、他人のために生きてきた。

 今日初めて、珊瑚は自分のために行動を起こすのだ。


 紺々やたぬきと別れを惜しむ気持ちは尽きないが、旅支度を行わなければならない。


 珊瑚は紺々と共に、準備を始める。

 まずは、身支度を整える。

 狸仮面の装いはやや華美なので、黒い服が用意された。

 顔が見えないよう、商人が被っているようなつばの広い帽子も用意する。


 続いて、手荷物の用意を行った。

 風呂敷を広げ、着替えに、地図、財布に食料と、必要最低限の物を持って行く。


 たぬきが近づき、口に加えていた物を珊瑚の手のひらに落とした。


「くうん」


 それは、生の栗の実だった。たぬきの朝食だったらしい。

 あとで食べようと取っていた物を、珊瑚に持って行くよう渡したのだ。


「たぬき、ありがとうございます」

「くうん!」


 頭を撫でると、嬉しそうに目を細めていた。


「珊瑚様、私からも」

「これは?」

「翼家の商船に乗ることができる、旅券です」


 現在、紺々の実家であり商家でもある翼家は、戦場への物資の運搬をしているらしい。

 通常であれば関係者以外立ち入ることはできないが、紺々の手紙と共にある旅券があれば話は別らしい。

 紺々の二番目の兄が、忍ばせていたたった一枚しかない旅券である。


「泣き虫で意気地なしの私がいつでも後宮から出て、逃げられるようにと用意してくれていたみたいです。まさか、役立つ日がくるとは……」

「こんこん、ありがとうございます」


 珊瑚は単独で馬を駆り、陸路で行こうと考えていたのだ。

 海路であれば、半分以下の日数で行くことができる。


「私にできることは、これくらいしかありませんが」

「いいえ、そんなことはないです。こんこんは、本当に謙虚ですね」

「そんなことを言ってくださるのは、珊瑚様くらいですよ」

「またまた」


 もうそろそろ、出発しなければならない。

 珊瑚はもう一度、紺々とたぬきを抱きしめた。


「こんこん」

「はい」

「あなたは、私の自慢の友です」

「ううっ、珊瑚様、友だなんて~~」

「お友達です。そうですよね?」

「あ、ありがとうございます~~!」


 珊瑚はポロポロと涙を流していたが、それは喜びの涙だった。

 しゃくりあげる紺々の背を、珊瑚は優しく撫でた。


「こんこん、戻ってきたら、たくさんお話しましょう」

「はい」

「おいしいお菓子も、用意して、たぬきと、れいみサンと一緒に、お茶会もしたいです」

「はい」

「こんこんの歌も、また聞きたいです。私が二胡を弾くので、歌ってくれますか?」

「もちろん、私の歌でよろしかったら、いくらでも」

「うれしいです」


 ここで、珊瑚は紺々とたぬきから離れる。

 風呂敷に包んだ荷物を背負い、金の髪は見えないように外套の中に入れ、最後に傘帽子を被った。


「では、行ってきます」

「いってらっしゃいませ、珊瑚様」


 珊瑚は紺々とたぬきの見送りを受け、牡丹宮を出た。


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