表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/127

九十話 舞台裏で、踊る

 集まっていた人々にもみくちゃにされていた狸仮面の剣士であったが、なんとか脱出し、仲間達と合流する。

 周囲に警戒しながら、本拠地となる牡丹宮へと抜け道から戻った。


「おかえりなさいませ、珊瑚様」

「こんこん、ただいま戻りました」


 狸仮面の剣士、珊瑚は仮面を外して溜息を一つ落とす。


「紅さんが、滞りなくことが済んだならば、先にお風呂に入るようにと」

「ありがとうございます」


 紅――星貴妃の気遣いに、珊瑚は感謝する。

 跳ね返った血の感触が、まだ肌に残っているような気がしていたのだ。

 まっすぐ風呂場に向かい、狸仮面の剣士の装束を脱ぐ。

 熱い湯で、血を流した。

 こんなところで立ち止まってはいけないと、何度も己に言い聞かせながら湯を被る。

 珊瑚は気持ちを入れ替えた。


 風呂から上がったあと、星貴妃のもとへ報告に行く。

 女官に扮する彼女は、芋の皮を剥いていた。

 珊瑚の姿に気付くと剥いていた芋を投げ、前掛けで手を拭き、笑顔で迎えた。


「おかえりなさい、珊瑚!」


 星貴妃はいつもより高い声で珊瑚に呼びかけ、ぎゅっと抱きついてくる。


「あんたがいなくて、寂しかった」


 甘い声で話しながら、背中や腕をバンバンと叩く。

 これは星貴妃扮する紅が、体に触れながら珊瑚が怪我をしていないか確認しているのだ。

 耳元で、そっと囁かれる。


「ふむ。怪我もなく、作戦は滞りなく進んでいるようだな」


 珊瑚は返事をせずに、コクリと頷いた。


 その後、別々の方向へと別れたあと、同じ部屋で落ち合う。それは、星貴妃の寝屋であった。

 そこは複数の抜け道に繋がる仕掛け扉があって、入り口から入らずとも中に入れる。


 寝屋には、紺々とたぬきがいた。

 星貴妃と珊瑚が現われたので、尻尾を振って出迎える。


「くうん、くうん!」

「おうおう。大歓迎だな」


 星貴妃はすり寄ってくるたぬきの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でた。


「それで、星貴妃・・・は大人しく眠っていただろうか?」


 星貴妃の問いかけに、紺々が答える。


「はい。状態は、変わりないようで」


 星貴妃は布団を覗き込み、布団を捲ったあと顔を顰める。

 布団の中には、星貴妃を模した人形が横たわっているのだ。


「何度見ても、気持ち悪いな」


 寝台に横たわる人形は見事な人型で、星貴妃そっくりだったのだ。

 それは、地方の人形職人から星貴妃への献上品である。

 なんでも不遜な態度の男を次々と腐刑にした星貴妃の噂話を聞いて、創作意欲が湧いたらしい。

 わざわざ西地方の星家から星貴妃の絵姿を取り寄せ、作ったのだとか。


「届いた時は死ぬほど気持ち悪くて、二度と見ることはないと思っていたが、まさか役に立つ日がくるとはな」


 星貴妃人形は、病に伏した星貴妃役を務めていた。

 たまに、病気が感染してもいいので、ひと目でもいいから星貴妃の顔を見たいという女官がでるのだが、この人形を見せたら二度とその申し出をしなくなるのだとか。


「生きているようだけど、死んでいるようにも見えるらしいな」

「ええ、本当に、よくできています」


 伏せ目がちの目に真っ白い肌は、まさに、病に伏せた姿のように見える。


「そんなことはさておいて。報告を聞こうか」

「はい」


 日に日に、国民の感情が皇帝への不信感から、怒りに染まっていることは手に取るようにわかっていた。

 怒りの緩衝材役がいないと国民の感情は爆発し、皇帝の宮殿――紅禁城に押し寄せることは安易に想像できている。

 そのため、星貴妃は国民の味方である、『狸仮面の剣士』を立てることを提案した。

 狸仮面の剣士役を務めるのは珊瑚である。


「私は汪紘宇に頼もうと思ったのに、予定が狂った」


 狸仮面の剣士の構想は、ずいぶんと前からあったようだ。


「こーうの狸仮面の剣士、素敵だったでしょうね……」


 珊瑚はうっとりとした顔で言う。


「私は、汪紘宇に嫌がらせのつもりで狸仮面の剣士役を頼もうと思っていたが――」

「はい?」

「いや、なんでもない。とにかく! 作戦は功を奏した」


 狸仮面の剣士の出現は今日で二回目。

 昨日も、悪徳役人を珊瑚扮する狸仮面の剣士が追い払ったのだ。

 今まで役人に酷い扱いを受けていた者達は、希望の光を見出していた。


「明日は、下町のほうに行くらしい」

「承知いたしました」


 役人の予定を聞き、先回りしているのだ。

 ちなみに、役人の街回りの予定は、紘宇の兄汪永訣が提供してくれる。

 役人達も、まさか汪家が裏切っているということは想像もしていないだろう。


 また、囚われた罪のない役人の救助作戦も動いている。

 彼らは長い間、まともな食事を与えられずに牢屋の中にいたようで、憔悴しきっていた。

 時期がくるまで、じっくり休養を取ってもらっている。


「まったく、奴らは酷いことをする。目先にある利益に囚われ、百年、二百年と続く未来のことを考えることすらしない。自分達が、誰の作った土台の中で生きているか、しっかりと理解した上で働かねばならぬというのに」


 星貴妃の言葉に、珊瑚も頷く。

 人は、人が作った歴史と文明の中で生きている。

 現代で生きる者は、百年、千年と先に生きる者のことを考えて、時代を作らなければならない。


「未来のために、私は剣を揮います」


 ぐっと拳を作った珊瑚に、星貴妃が指先を重ねる。

 目と目と合わせると、強い眼差しで見つめられる。

 それはまるで、珊瑚に一人で頑張るなと言っているかのようであった。


「だが、珊瑚一人で狸仮面の剣士をするのも限界がある。なるべく早急に、事態をひっくり返したい」

「ですね」


 狸仮面の剣士や、そういった作戦を支えているのは、星貴妃に心酔する閹官の者達であった。


「彼らには、本当に助けてもらっている」

「私も、自分一人では狸仮面の剣士はできなかったでしょう」

「閹官といえば、煉游峯はどうしているのか――」


 良い男を探して来いと言って送り出した游峯だったが、出発してからそろそろ二週間ほど経とうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ