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八十五話 游峯の旅 その四

 游峯が目にしたのは、長い黒い髪を一つに結び、切れ長の青い目、高い鼻筋に形のよい唇を持つ、長身の男。

 年頃は二十歳半ばに見えるが、異国人なので正確な年齢はわからない。

 珊瑚だって、二十代半ばくらいかと思っていたが、実際は二十歳だった。

 いやいやいやと首を横に振る。気にする点はそこではない。

 問題は、游峯が景家の客人として迎えている異国人に見覚えがあったことだ。


「お、おい、そこのあんた!」


 手を伸ばし、声をかけようとするが――ドン! と体格の良い村娘に体当たりされた。

 游峯の華奢な体はぶっ飛び、転倒してしまう。


「な、何すんだ!」

「抜け駆けは厳禁だよ!」

「は、はあ!?」


 どうやら、気軽に声をかけることは禁じられているらしい。村娘達の、厳しい掟のようだった。地道に並んで、近付くしかない。

 と、思って起き上がろうとしたら、きゃあ! と村娘達の歓声が聞こえる。同時に、すっと目の前に手が差し出された。

 驚くほど長い指先に、白い肌。見上げると、そこにいたのは例の異国人の男である。


「あ、あんた!」

「大丈夫か?」


 珊瑚とは違い、流暢な華烈語である。

 游峯が彼に会ったのは、ほんの数ヶ月前。場所は、牡丹宮の前にある庭園であった。


「ここで、何をしているんだ?」


 異国人の男は、かけられた言葉に首を傾げる。どうやら、相手は游峯のことをこれっぽっちも覚えていなかった。だが、それも無理はない。その時の游峯は、その他大勢だったから。


「僕は、あんたに会いに来た。話をしたい」

「お前は、誰だ」

「珊瑚の仲間だ」

「珊瑚、だと?」


 珊瑚の名を聞いた異国人の男は、瞬く間に目の色が変わる。


「珠珊瑚、金色の髪を持つ、星貴妃の愛人だ!」

「それは――」

「あんた、メリクルだろう?」


 游峯が珊瑚の他に知る、唯一の異国人。

 彼の名は、メリクル・サーフ・アデレード。珊瑚の祖国の王子だった。


「髪はどうしたんだ? そんな色じゃなかっただろう?」

「来い」


 倒れていた游峯は無理矢理立たされ、ぐいぐいと腕を引かれる。

 景家の池のある立派な庭を抜け、柱廊から屋敷の中へと入った。

 途中、すれ違った女官達は、頬を染めながら抱拳礼をしている。

 異国人の男改め、メリクル王子が景家で貴賓扱いされていることがうかがえる。

 果てがないような長い廊下を歩き、やっとのことで奥の部屋に辿り着く。

 人払いがなされ、メリクル王子と二人きりとなった。


「して、お前の名は?」

「僕は煉游峯れん・ゆうほう。星貴妃の女官……じゃなくて、護衛だ」


 帽子を取って、形だけの抱拳礼を行う。


「女か、男か……」

「どこからどう見ても、男だ!」


 姿形、顔は女、声や仕草は男だったので、メリクル王子は判断が難しいと思ったようだ。

 游峯は顔を真っ赤にして、抗議する。


「まあ、そんなことよりも、お前の身分を証明する証拠を示してくれ」

「ああ――」


 星貴妃より受け取った金の入った革袋には、星家の紋章が入っている。それを見せたが――。


「すまん。どこの家の者だか、わからん」

「だったら、何を以て己を証明するんだ?」

「そうだな……コーラルについて、話をしてくれ」

「こーらる?」

「この国では、珊瑚だったか」

「ああ、あいつのことか」


 游峯は珊瑚について適当に語り始める。


「あいつの性格は呆れるくらい真面目で、お人よしで、顔が良いのに自覚がなくて、鈍感で、腕っぷしがいい。誑しで、やたら女にモテる……変な奴!」

「なるほど。コーラルに間違いないな」


 この説明で、游峯の身分は証明されたようだ。信用に値する人物だとも。

 メリクル王子は、質問に答えてくれるようだ。


「で、あんた、ここで何をしてんの? お付きの商人は?」


 異国の王子であるが、国が違うので敬う気はゼロである。メリクル王子は不遜な游峯に顔を顰めていたが、質問には答えた。


「船で移動中、襲われて……同行していた者の行方はわからん」

「なんだ、それ!」


 メリクル王子は後宮を出たあとも、何度か命を狙われたらしい。

 嵐の中、商船に乗っていたら蛮族の船に襲われ、負傷状態で海に身を投げ出された。


「運よく、私はこの島へと流れついた。助けてくれたのは、趣味の釣をしていた、景家の当主だったのだ」

「あんた、運がいいな」

「まあ……」


 命を助けてくれた恩返しをするため、メリクル王子は景家で働いていたらしい。


「金の髪は目立つからと、かつらを用意してくれたのだ」

「なるほど」


 最初の一ヶ月は怪我で動けなかったらしい。翌月から、活動を始めていたのだとか。


「農作業に、害獣退治、当主の釣りに付き合ったり、草刈りをしたり。初めてだらけだった」


 恵地方の者達は皆温厚で、異国人であるメリクル王子を温かく迎えてくれた。


「特に、当主殿は、一等優しくしてくれている。彼のような立派な御人が、本当の父親だったらと、思うことは一度や二度ではなかった……。あ、いや、すまない。関係のない話だったな」


 游峯はメリクル王子の話を聞いたことがあった。

 実の父親である国王に疎まれ、戦争の種にされた悲劇の王子。

 親子の仲は、最悪だったことが窺える。

 ここで、大変なことを言っていなかったと思い出す。


「あ、そうだ! あんた、あんたの国、大変なことになってんだよ!」

「私の国が?」

「ああ。あんたが華烈で殺されたことになっている。それで、向こうの国の軍が、進軍してきているんだ!」

「なんだと!?」


 游峯は懇願する。メリクル王子へと。


「お願いだ。俺と一緒に、星貴妃の後宮に来てくれ!」


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