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八十四話 游峯の旅 その三

 游峯はやっとのことで、南の島――景家が領するケイ地方に到着する。

 のほほんとした小さな島かと思いきや、かなり大きな島だった。

 小舟に乗って上陸すると思いきや、港街があってきちんと機能している。

 まず入港検査を行い、荷物や乗客の確認がなされた。続いて、下船が始まる。

 船員達は船に積んであった荷物を、積荷帳と照合しながら下ろしていた。

 籐を編んで作った箱が、荷馬車に次々と積み上げられていく。


「あれは、全部景家の買い物だ」


 ぼんやりと積荷が下ろされる様子を眺めていたら、船員の一人が教えてくれた。


「へえ、景家って景気がいいんだな」

「そりゃそうよ。だから、みんなやって来る」


 港街は賑わっていた。商店を覗いてみたが、物価も安い。

 これならば、出稼ぎに来たがるのも理解できる。


 ただ、出稼ぎ労働者の募集は男性のみらしい。

 それは、この恵地方の事情があった。

 ここに住む村人の多くは女系で、男子が生まれにくい傾向にあるのだ。

 よって、出稼ぎ者を迎えることは、恵地方の発展にも繋がる。


「あら、お兄さん、武官か何かをしていたの?」


 店の若い女が、游峯に絡んでくる。いきなり胸元に触れてきたので、慌てて距離を取った。


「な、なんだよ!」

「この辺りで、剣を下げている方は珍しいから」

「これは……旅の守りだ」

「そうなの。残念」


 武器は高価な品だ。普通の村人は一生手にすることはない。

 平和な景地方は、游峯のように剣を下げて歩く者は珍しかった。


「剣といえば、景家にとびっきりのいい男がいるの、ご存じ?」

「なんか、噂になっているな」

「ええ! 本当に、素敵な御方で」


 なんでも、数日前に畑を荒らす巨大猪を剣で一刀両断したらしい。


「その前も、鹿を倒したり、狐を追い払ったり」


 とにかく、野生動物の討伐に慣れている様子だったという。


「あれだろ? 黒い髪に、青い目、白い肌を持った、異国人」

「ええ、そう! あ、今日、景家のお屋敷で、仕留めた猪を村人にふるまうみたいだから、あなたも行ってきたら? もしかしたら、直接採用してもらえるかもよ?」

「ああ、そうだね」


 游峯の次なる目的が決まる。

 村までは馬車が出ていた。驚いたことに、乗車賃は無料だった。その代り、ぎゅうぎゅうに詰め込まれる。

 游峯の頬が壁に強く押し付けられた状態で、馬車は進んで行く。


 到着後、たたらを踏むようにして馬車から外に出る。

 一時間の移動だったが、体が悲鳴をあげていた。

 游峯はぐっと背伸びする。

 さらりと、爽やかな風が流れた。周囲に目を向けると、地平線まで続く広大な畑がある。

 これが――農業が盛んな恵地方。

 游峯は豊かな自然に目を奪われる。


 荷車には、野菜がたくさん積まれていた。村人達はせっせと働いている。

 この豊富な食材は、どこに消えているのか。その疑問は、前を歩く出稼ぎ労働者が話し始める。


「この食材、都に運ばれる前に、船員や役人が中抜きしているんだとよ」

「よそに売り飛ばして、小遣い稼ぎもしているらしい」

「ひでえ話だ」


 皇帝不在を多くの者達が気付いている。そのため、信じられないような悪事が横行しているようだった。


 とりあえず、景家の猪のふるまいについて、村人から詳しい話を聞かなければならない。景地方の調査も必要だ。游峯は歩きながら目や耳でさまざまな情報を集めていた。

 景家が領する村は、木造のしっかりとした佇まいの家がいくつも並んでいた。

 村より小高い丘に、立派な石造りの外門が見える。あそこに、景家の屋敷があるのだろう。


「――ん?」


 游峯は目を凝らす。外門から、ポツポツと黒い何かが並んでいた。

 よくよく見たらそれは人で、百名ほど列をなしていた。

 もしや、振る舞われる猪をもらうために、並んでいるのか。

 近くにいた老婆に聞いてみる。


「なあ、あれ、もしかして猪の列か?」

「ああ、そうだよ。若い人ばかりだけどねえ。猪の肉は、年寄りには硬いんだ」


 早く行かないとなくなるよと言われ、游峯も急いだ。


 村から屋敷までは、そこそこ距離がある。

 小川が流れる橋を渡り、ちょっとした森を抜け、島が一望できるような小高い場所にあった。


 ようやく屋敷の屋根が見える所まで辿り着いたが、景家の屋敷へと繋がる長蛇の列を見た游峯は「げっ!」と声をあげた。


 百人どころではない。三百人はいるように見えた。

 周囲の者達の会話を聞いていると景家には大鍋があり、それで猪汁を作っているようだ。

 たしかに、外門の一部からもくもくと煙が漂っている。


 游峯は根気強く並び、陽が傾くような時間に景家の中へ入ることができた。

 驚いたことに、村人へ猪汁をふるまっているおじさんは景家の当主だという。

 年頃は四十半ばほどで、日焼けした肌にがっしりとした腕は農家の男といった風貌である。とても、国内でも有数な豪族には見えない。

 前にいた娘達が、突然きゃあきゃあと騒ぎ出す。

 どうやら、噂の美貌の異国人がやって来たようだ。

 いったい、どれほど良い男なのか。

 游峯は背伸びをして、男の顔を覗き込む。


「キャア、素敵!」

「待って、見えないわ!」


 前にいる娘達も、ピョンピョンと飛び跳ねてよく見えない。

 游峯はイラつきながらも、先を覗き込む。

 やっとのことで、その姿をみることができたが――。


「――は!?」


 異国人の男を見た游峯は、瞠目した。


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